14.伝わる想いは遅すぎて
「ジーク、あんたきちゃったんだ? バカねぇ」
ダンジョンへ行けば、アベア神が呆れた目をジークに向けながら、私達を入り口で迎え入れてくれました。
「お前のダンジョンは、恋人同士じゃないと扉が開かないからな。俺がシアといるのは当然だろ」
恋人という部分を強調して、ジークが私の腰を引き寄せます。
「ふふっ、自分のしでかしたことに、まだ気づいていないのね」
アベア神が、ジークをバカにしたように笑いました。
「好きと口にすることも、恋人だと名乗ることも。このダンジョンを開けることも、好意の示し方の一つだって言ってんの」
普段は気のいいオカマのアベア神ですが、時折別の顔も見せてきます。
人とは違う、冷酷無慈悲な神の一面とでもいうのでしょうか。
どこか残酷な雰囲気があって、こういうときのアベア神はあまり好きではありません。
「ちっ、そういうことか。罠にはめやがって……この腹黒オカマ野郎」
「あんたが勝手にかかっただけでしょうが。これは愛の神としてのお仕事だから、あたしがやろうと思ってやってるわけじゃないの。本来ならすぐに発動してるところを、こうやって時間作ってあげてるだけで、感謝してほしいくらいだわ」
私の横に立つジークは、アベア神の言葉に苦虫を噛みつぶしたような顔をしていました。
「ジークは、このダンジョンに来るべきじゃなかったと思うわ。子豚ちゃんあたりが止めるかと思ったんだけどね」
同情めいた視線を送るアベア神を、ジークが睨みつけます。
二人の会話の内容が理解できなくて、私の頭にはいっぱいの疑問符が浮かんでいました。
「ティファニーならシアに会うのを邪魔してきたから、誓約で縛り付けてきたんだ。まさか、こんなところに落とし穴があるとは思わないだろうが!」
怒鳴るジークは、相当参っているようでした。
そろそろ私にも会話の内容を説明してほしいのに、それどころではなさそうです。
「話しがさっぱり読めないのですが、二人とも何のことを話しているんです?」
「これからはジークがいなくてもいいってお話よ。クレイシアちゃんにはあたしがいるから、安心していいわ」
仕方なく自分から尋ねれば、アベア神が手を引いてきます。
私を背後から抱きしめると、あんたの役目は終わったのよとばかりにジークを追い払う動作をしました。
それがカンに触ったのでしょう、ジークが眉を寄せます。
「シアをお前なんかの眷属にしてたまるか!」
「だって、クレイシアちゃんは一生あたし以外と結婚できないのよ? そうなれば、家業を継いでダンジョンを経営していく道を選ぶでしょう?」
確かにアベア神の言うとおりかもしれません。
スキル《婚約破棄》のせいで、私はもう誰とも結婚することができませんでした。
アベア神の眷属になって、ダンジョンを盛り上げていくのが現実的です。
ずっと一人で寂しくおばあさんになっていくより、よほどいいように思えました。
「早いほうがいいわよ、クレイシアちゃん。眷属になった年で成長が止まるから、若い方が絶対にいいもの。まぁあたしは、おばあちゃんになったクレイシアちゃんでも愛せるけどね!」
「それもそうかもしれませんね……」
後半のアベア神の戯言は無視して、少し真剣に考えてしまいます。
「そんなのダメに決まってるだろ!」
ジークがアベア神から私を取り返します。
「シアをオカマ野郎なんかに渡すかよ。ファウストにも、誰にも渡す気はない!」
強い言葉で言い放った後、ジークが私を真正面から見つめてきました。
「シア、好きだ」
真に迫る表情で、ジークが告げてきます。
普段、恋人役をしていても、そういう言葉を口にしないくせにどうしたのでしょうか。
思わずキョトンとしてしまいます。
「おい、ちゃんと聞いてるのか。俺はシアが好きだって言ってるんだ。もう少し……反応しろ」
ジークは真っ赤でした。
それでいて、熱っぽい瞳で見つめてきます。
「言っておくが、契約だからとか、恋人のふりとかそんなんじゃないからな。本気で……俺はシアが好きなんだ」
突然のことに、状況が飲み込めません。
あのジークに告白されている……?
遅れて気づけば、とくとくと心臓の鼓動が早くなりました。
これはどういうことなのでしょう。
ジークが私に告白してきたのにも驚きましたが、何より自分の反応に驚きました。
――嬉しい。
そう心が私の意識していない場所で、叫んでいたのです。
胸の奥がくすぐったくて、その気持ちは勝手に溢れ出して止まりません。
「えっと、いや……私はその……!!」
こんなのおかしいです。
これだと、まるで私がジークを好きみたいです。
落ち着かなきゃと思うのですが、今起こったことを冷静に考えようと頭の中で繰り返すたびに、余計に泥沼へとはまっていくようでした。
顔を見られたくなくて手で押さえれば、ジークがそうはさせないと私の手を掴みます。
手をにぎられている、ただそれだけで鼓動が跳ねます。
この程度のふれあい、今まで当たり前にしてきました。
なのに、こんなにも動揺するなんて、自分で自分が分かりません。
「シア、真っ赤だな」
私が困っているのに、ジークは満足そうに笑いました。
「その反応、シアも俺のことが好きって思っていいよな?」
「えっと、その……あのっ! 落ち着いてくださいジーク!」
ジークが距離を詰めてきます。
息がかかるくらいの近さに、心臓が飛び出してしまいそうでした。
「言えよシア。聞きたい」
ジークのとびきり甘い顔。
そんな表情は見たことがなくて、きゅうっと胸が締め付けられます。
それは、初めての感覚でした。
「きょ、今日のジークはちょっと変ですよ!?」
こんな感情知りません。
相手はジークなのに、どうしてこんなことになっているのでしょう。
確かに顔はよいと認めましょう。強さだって圧倒的です。
でも意地悪だし、スパルタだし、素直じゃありません。
女の子が憧れるような、優しい王子様では決してないのです。
しかも人見知りで愛想がなく、心を許した相手以外には素っ気ないです。
けど、一度ふところに入れると、なんやかんや言いながら面倒を見てくれる世話焼きなところがありました。
私だけに、ジークは心を許してくれている。
どこか優越感にも似た感情があったのは、事実です。
そこまで考えて。
ふいにジークの婚約者のことが、頭をよぎりました。
その瞬間に胸が痛んで、体の中でくすぶっていた熱が引いていきます。
もしかして、婚約者にふられたから、誰でもいいとジークはヤケになっているのではないでしょうか。
結婚を上げると、私に報告をしてきたジークは嬉しそうでした。
ふられたことを指摘したときのジークは、これでもかというほどに落胆していました。
相手のことを本気で好きだったことくらい――あの態度を見れば、私でも分かります。
ジークの胸をそっと押して、距離を取りました。
「ジークには、婚約者がいたはずです。そういうことは……私に言うべきじゃないと思います」
もやもやしたこの気持ちが、嫉妬だったのかと今更気づきます。
先ほどまでの高揚した気持ちが全て重い泥に変わって、胸の底に溜まったような、行き場のない苦しさがありました。
「お前以外にこういうことを言うわけないだろ。俺の婚約者はお前だ、シア」
「……へっ?」
思わず顔を上げます。
ジークの言っていることが、よく理解できませんでした。
「俺の本名は、ジークフリード・ヴェルフレイム・エイデルハイン。魔族の王・ヴェルフレイムを封じたエイデルハインの王だ」
「ジークが……ヴェルフレイム様?」
言われたことを繰り返せば、そうだとジークが頷きます。
「同じ黒髪で、声も一緒だろうが。顔見てなくても、それくらい気づけバーカ」
不機嫌な顔で、ジークが私の頬を抓ってきます。
思い返せば……確かにヴェルフレイム様の背格好も、声もジークと驚くほどによく似ていました。
「でも、ヴェルフレイム様は、山より大きくて目が八つあって……」
「それは俺に封印される前のヴェルフレイムの話しだろ。あいつは元々神だったが、人間を甘やかして、裏切られ化け物になった。けど俺に封印されて、長い時をかけて自我を取り戻した。今はただの気のいいブタだ」
戸惑う私に、ジークが説明してくれます。
「まさか、ティファニーがヴェルフレイム様……?」
「一般的にヴェルフレイムって言えば、魔王を封じた俺のことをさすんだが、本来のヴェルフレイムはあのブタだ」
ただのブタだと思っていたティファニーは、魔族の王だったようです。
驚きすぎて、すぐには信じられませんでした。
「まさかシアが俺の正体に気づいてないとは思わないからな。くそっ、こんなことならさっさと……告白しておけばよかった」
ジークが、大きな手で私の顔を固定してきます。
「それでシアは? 俺のことどう思ってる? ちゃんと言葉にしろ」
「えっ、あの……私は……」
目をそらすことさえ、ジークは許してくれません。
けれど、気づいたばかりのこの気持ちを言葉にするのは、気恥ずかしくてできそうにありませんでした。
「ジークのこと、嫌いじゃないです……」
「それで納得すると思ってるのか? 婚約を申し込んだのに素っ気なくされて、好きな人がいるって言われて。さらには、アベアの裏ダンジョンをクリアしてまで、婚約破棄されそうになったんだ。俺が可哀想すぎるだろ」
精一杯頑張ったのに、ジークはそれじゃ足りないとやり直しを要求してきます。
「でもあれは……ジークも悪いと思います。先にヴェルフレイム様だってことを言ってくれれば、私もあんなに怖がらずに済んだのに」
「俺はシアにヴェルフレイム王だって、今までにも何度か言った。信じてはもらえなかったけどな?」
思い返せば、確かに言っていた気がします。
しかし、それらを全て冗談として、私は流していました。
「シア」
催促されるように、名前を呼ばれます。
もう観念するしかないと思いました。
「私はジークが好き……みたいです」
「最後のは余計だが、まぁいいか」
振り絞った言葉に、ジークの顔が柔らかく崩れます。
それは今まで見たことがないくらいに、甘い顔でした。
ゆっくりとジークの唇が、私の唇にそっとふれます。
長いような、短いような……不思議な一瞬でした。
「シア。その気持ち、俺が忘れても……ずっと覚えてろ。約束だからな」
慈しむように私の髪を撫でながら、ジークは悲しげに笑って。
それから、その場に倒れ込んでしまいました。
活動報告のほうにも書きましたが、ミスにより遅れてすみません。
そして、ここでプロローグ終われる予定だったのですが、もう一話続きそうです……。
本当、長くて申し訳ないですorz