13.傷口に塩をふりかける所業です
ティファニーが去って三十分もしないうちに、来客を知らせるベルが鳴りました。
てっきり戻ってきたのかと思ってドアを開ければ、そこにはジークがいました。
「ジーク……久しぶ」
「シア、お前……まさかとは思うが、ヴェルフレイムが誰か気づいてないのか!?」
挨拶しかけた私の肩を掴み、ジークが凄い剣幕で尋ねてきます。
「誰って、どういうことです」
「……ヴェルフレイムの顔は見たよな。俺に似てなかったか?」
「確かにジークと同じ黒髪でしたけど、涙で滲んでよく顔までは見ていないのです。目があうと食べられてしまうとファウストに散々脅されたので、怖くて直視できませんでした」
答えれば、ジークはその場で頭を抱えてしゃがみこんでしまいました。
「嘘だろ。あれで気づいてないなんて……」
「一体なんのことです?」
悲痛な声をジークはあげましたが、こっちにはさっぱりわけがわかりません。
「……なぁ、シア。一つ、どうしても確認したいことがあるんだが」
「な、なんですか?」
立ち上がったジークが、私に一歩近づきます。
話し出すのを待っているのに、ジークは何故か黙ったままです。
何か思い悩んでいるように見えました。
「もし、俺が……ヴェルフレイムだったら、シアは婚約を破棄したか?」
少し怖がるような声で、ジークは私を見つめてきます。
「何ですかその質問」
「いいから答えろ」
ジークは真剣な顔で尋ねてきます。
「破棄なんてせずに、婚約をそのまま受けたと思いますよ」
「シア……!」
考えるまでもなく答えれば、ジークは顔を綻ばせました。
「ジークなら怖くありませんし、私のピンチに助けてくれたんだなと婚約の理由がわかります。契約の形は少々変わりますが、これまでどおりですしね!」
「……」
何か私は変なことを言ったのでしょうか。
先ほどまで笑っていたジークの眉間に皺が寄りました。
「おい、シア。お前、肝心なことわかってないだろ」
「肝心なこと? 何か見落としていることがあるのですか?」
怒った声で言われましたが、何のことを指しているのかが、よくわかりません。
首を傾げれば、ジークが焦れたように私との距離をつめました。
「本当、お前は鈍感なんだな。言わなきゃわかんないのかよ」
「何も言わずにわかってくれというほうが、おかしいと思うのですが」
私の返しに、ジークがうっと声を詰まらせます。
「とにかくだ。お前の状況はティファニーから聞いた。アベアのとこへ行って、この馬鹿げたスキルをどうにかするぞ」
ジークがそう言って、私の手を掴みました。
その手の甲に《エンゲージ》の証がないことに気づき、はっとします。
「ジーク、お相手と婚約を解消したのですか!?」
「お前なぁ……」
つい口に出せば、ジークが恨みがましく睨んできます。
この様子だと、お相手に破棄されたのかもしれません。
デリケートなところなのに、気を使うべきでした。
「大丈夫ですよ、ジーク。私とお揃いです!」
「何の慰めにもなってないうえ、傷口に塩を塗りこまれてる気分だ」
ジークはがっくりきているようです。
こんなことを言ってはいけないとわかっていますが、少しほっとしている自分がいました。
「婚約がダメになったということは、まだしばらく私の従者でいてくれるんですよね?」
「……シアが望むならな」
尋ねればジークが頷いてくれます。
「なんでにやけてるんだ」
「すみません。ジークがふられたのに、喜んじゃいけないとは分かってるんですが……まだ一緒にいていいんだなって思ったら、嬉しくて」
ここのところずっとジークとギスギスしていましたが、いつもの日常が戻ってきたみたいです。
自分で思っていた以上に、ジークの婚約が堪えていたようでした。
緩んだ私の頬を、ジークがつねってきます。
「いひゃい! 何するんですか!」
「……うるさい。どれもこれもお前が悪いんだからな! ほら、行くぞ!」
ジークが私の頬をつねってくるときは、大抵照れ隠しです。
ジークも私と同じように思ってくれてるような気がして、何だか嬉しくなりました。




