12.後悔はいつだって苦いもの
――もっと他にやり方があったのではないでしょうか。
私は、自分のバカさ加減に落ち込んでいました。
――ごめんなさい、傷つけるつもりはありませんでした。
あなたのことを、私は何も知らないのです。
婚約ということに、戸惑ってこんな行動に出てしまいました。
ヴェルフレイム様さえ、許してくれるのなら――文通からはじめませんか。
そう書いたところで紙をぐしゃりと潰して、投げ捨てました。
ずっとこの調子です。
謝罪の手紙を書こうとしては、手が止まります。
結局は自分を許してほしいだけの、調子のいい言葉でした。
あれからヴェルフレイム様も、ジークも屋敷を訪れません。
私が一方的に婚約破棄されてしまったと知り、家族達はほっとしたようでした。
援助したものは違約金代わりに貰っておけと、ヴェルフレイム様は言ってくれました。
それもあって、誰もこの婚約破棄に文句を付けるものはいません。
こちらに都合がいい形に、全ては収まったのです。
なのに――素直に喜ぶことができませんでした。
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「お姉ちゃん、アベアちゃんから手紙だよー! あと、ティファニーちゃんが遊びにきてるの!」
「ぷぎっ!」
机に突っ伏していたら、妹が入ってきます。
そこにはティファニーもいました。
会うのは、ヴェルフレイム様と婚約破棄をした日以来です。
「ティファニーはジークのペットなのに、ここに来てもいいのですか? それに……この間はヴェルフレイム様と親しげでしたが、知り合いだったのですね」
「ぷぎ!」
ティファニーは頷きます。
「どういう知り合いなんです?」
「ぷぅ……ぷぎ……」
ティファニーは困った様子です。
どうやら説明し辛いことのようでした。
教えてもらったところで、ジェスチャーを解読できる自信もありません。
ジークはティファニーの言葉が分かるようで、普通に会話をして喧嘩もするのですが、私にはぷぎぷぎ言っているようにしか聞こえないのです。
「ぷぎっ!」
それよりもというように、ティファニーが手紙を差し出してきます。
さっき妹が持ってきたアベア神からの手紙です。
「この手紙が気になるのですね」
「ぷーぎっ!」
ティファニーは返事をして、専用のクッションを机の上に運ぶと、座って聞く姿勢をつくります。
まぁいいかと、私は手紙を読むことにしました。
婚約破棄をして、もう一週間が経ちます。
しかし、私はアベア神の所へ、未だに報告へ行っていませんでした。
恋人役のジークもいないので、ダンジョンへ入ることができないのです。そしてアベア神も、基本的にダンジョンから出ることはできませんでした。
「婚約破棄、上手くいったみたいね。スキル役に立ったようでよかったわ」
手紙はそんな言葉からはじまっていました。
婚約を司るのはアベア神ですから、そのこともばっちりお見通しのようです。
しかし、それがスキルの力ではなく、ヴェルフレイム様から言い出したことだとは、知らない様子でした。
二枚目は、私のスキルに関する説明が書かれていました。
もしかしたら、婚約破棄をしてきた相手と元に戻る方法が書かれていないでしょうか。
つい、それを探して目が文字を追います。
「このスキル《婚約破棄》は、その名のとおり《エンゲージ》期間の者にしか発動しないスキルです。婚約前や婚約破棄後、結婚後では使うことができません」
なるほどなと思いながら読み進めたのですが、当たり前というか、復縁に関する記述はありませんでした。
しかし、よく考えればスキルを使ったわけではなく、通常の婚約破棄をしたのです。
それなら婚約をやり直すことは、私の心次第で可能でした。
婚約破棄を一方的に言い出した者は、自分が婚約を破棄した相手に、五年間は好きと告げることも復縁を迫ることもできません。
それを破れば、重いペナルティが発生します。
自分の中にある、相手の記憶を――全て消去されてしまうのです。
一方的に婚約破棄を言い出した癖に、都合よく相手に復縁を迫る調子のいい奴から、婚約破棄された者を守るために定められた罰。
それは、婚約を真剣に考え、責任感を持たせるために定められたルールでもありました。
さすがに記憶はやりすぎだと私は思うのですが、ちなみにこの罰が発動した後、記憶を取り戻す方法も存在します。
婚約破棄された側が、記憶をなくした相手を愛し、もう一度相思相愛となって……エンゲージを結びなおしたとき。
記憶が戻るという、少々ロマンティックとも言える仕掛けがあったりするのです。
まぁ、それはさておき。
婚約を破棄された側……つまり私から言い寄ったり復縁を迫る分には、このようなペナルティはありませんでした。
五年という長い期間も、こちら側からのアプローチやプロポーズの場合は、例外と見なされます。
「……」
今からでも、歩み寄るのは遅くないでしょうか。
黙りこんでいたら、続きを読めとティファニーが服の袖を引いてきました。
三枚目は、対他人用のスキルの使い方のようです。
別に人の婚約破棄をするつもりはないので、飛ばして四枚目へいきます。
「これでクレイシアちゃんは、誰とも結婚できないわ。だから、覚悟を決めてあたしのお嫁にきなさい。次にクレイシアちゃんがダンジョンへ一人できたら、特別に扉を開くわね。眷属として迎え入れてあげる……ってこれどういうことですか?」
アベア神の書き方は、私の独り身が、この先も確定しているというものでした。
ヴェルフレイム様との婚約を破棄したのだから、私はもう自由の身のはずです。
先のほうへと目を向けました。
「スキルは一生付き合うもの。《婚約破棄》は一回限りのスキルではないわ。この先も誰かと婚約したとして、クレイシアちゃんや相手がお互いに好意を示した瞬間、その恋は終わりを告げるの。結婚の誓いをしても同様にね……って、これは……!」
続くアベア神の手紙を読んで、愕然とします。
なんということでしょう!
目先のことに囚われて、私はその先のことまでよく考えていませんでした。
誰とも、結婚できなくなってしまった。
そのことに――今更気づいたのです。
「……私はどうしたらいいんでしょうか、ティファニー?」
踏んだり蹴ったりとはこのことです。
アベア神が、裏ダンジョンの攻略をオッケーした理由は、ここにあったのでしょう。
どうにもアベア神は、私を眷属にしたがっているところがありました。
アベア神めと思いましたが、説明はしてくれていたので、怒ることもできません。
油断した私が悪いのです。
アベア神は、私がそこに思い当たっていないことに気づいていたはずです。
あえて、指摘をしなかっただけなのです。
神様というのは、そういう生き物でした。
まぁ私の知っている神様は……アベア神と他に数柱くらいなのですが。
「ぷぎ、ぷぎぎ!」
机にうつぶせた私の肩を、ティファニーが元気づけるように叩いてきます。
その優しさに、涙が出そうでした。
「ティファニー……私の悩みを聞いてくれますか?」
「ぷぎっ!」
任せておけというように、ティファニーがドンと胸を叩きます。
本当にティファニーはいいブタ……もといコウモリでした。
ティファニーは賢く、人の言葉を理解しています。
いつだってオシャレな服を着ていますし、二足歩行もしていますので、本人は人間のつもりなのかもしれません。
ティファニーは喋りませんが、その分聞き上手です。
私は時々、誰にも言えないようなことをティファニーに聞いてもらうことがありました。
ちゃんと頷いてくれるし、誰にも言わないとわかっているから、話しやすいのです。
紅茶とお菓子を用意し、私は胸の内のもやもやを全てティファニーへさらけ出しました。
一人で抱え込むには、すでに限界を超えていたのです。
ヴェルフレイム様と婚約したところから、スキルを手に入れて婚約破棄するところまで。
ジークに対する不満に、ヴェルフレイム様への罪悪感。
懺悔するように全てを包み隠さずぶちまければ、聞き終わったティファニーは頭を抱え、唸っていました。
まるで、「どうして、そんなことになってしまったんだ!」というようです。
親身になってくれていると分かれば、ささくれた心が少し癒やされた気になりました。
「聞いてくれてありがとうございます、ティファニー。話しただけで大分すっきりしました」
「……ぷぎ」
お礼を言えば、ティファニーは立ち上がり、机の上から下りました。
私が先ほど床に丸めて捨てた紙を拾い上げると、窓から飛び去ってしまいます。
「ティファニー!」
それは出すつもりのない手紙です。
止めようとしましたが、すでにティファニーの姿はありませんでした。




