11.婚約破棄は突然に
スキルを手に入れたら、あとは婚約破棄するだけです。
なのに、ジークのことが小骨のように引っかかって、そのことばかりを考えてしまいます。
それを振り払い、ヴェルフレイム様へと手紙を送ります。
会いたい旨を書けば、すぐに手紙が来ました。
「ぷぎー! ぷ、ぷぎ?」
何故か手紙を持ってきたのは、城からの使者ではなくジークのペットであるティファニーでした。
心配そうな感じで、小首を傾げています。
「これはヴェルフレイム様からのお手紙ですよ、ティファニー」
「ぷぎ」
手紙が何か知りたいのかなと思って言えば、それは知っているとばかりにティファニーが頷きます。持ってきたのはティファニーなので、送り主も知っていたようです。
「どうしてこれをティファニーが持ってきたのです?」
「ぷぎ、ぷぎぃ!」
大きく手を広げ、何かを表現しているようですがさっぱりです。
伝わらないと思ったのか、ティファニーは諦めたように肩を落として首を振りました。
この問題は置いといてというように、手を動かします。
「ぷぷ、ぷぎー! ぷぷぎ?」
手で釣り目をつくり、偉そうに腕組みして。
横に移動してくねっと可愛い動作をし、それからバタバタと手を動かします。
「ジークと喧嘩したのかと聞きたいのですか?」
「ぷぎっ!」
たぶん最初のはジークで、次のは私を表しているつもりなんでしょう。
当たっていたようで、ティファニーが頷きます。
「ちょっと、いいえ……かなり大きな喧嘩をしてしまいました。何がジークを怒らせたのかも、私にはよくわからないのです」
力なくティファニーに笑いながら、手紙の封を切ります。
中にはヴェルフレイム様からのお返事がありました。
――わざわざ、堅苦しい手紙をありがとう。
そんなに会いたければ、俺のほうから会いに行こう婚約者殿。
手紙には思いの外汚い字で、そう殴り書きされていました。
指定された日時まで、あともう少ししかありません。
「大変です! そ、粗相がないようにしなければっ!」
ザッと青ざめます。
私が出向くつもりだったので、お迎えの準備はしていませんでした。
こんな時に限って、父様も姉妹達も留守です。
急いで来客用のドレスに着替え、お茶やお菓子を用意しました。
使用人がいればいいのですが、そんな者を雇うお金はうちにありません。
しばらくして来客を告げるベルが鳴り、ドキドキとしながらヴェルフレイム様を迎え入れます。
「い、いらっしゃいませヴェルフレイム様。ようこそ、我が家へ」
頭を下げれば、ヴェルフレイム様の足下が見えます。
金の縁取りがある高級そうな黒のブーツに、黒のマントが見えました。
これからすることの大きさと、目の前にヴェルフレイム様がいると思えば、顔をあげるのにも勇気がいります。
「……別に中に入る気はない。お前との婚約を破棄してやるよ」
「えっ!?」
まだ私は、ヴェルフレイム様に好きと言っていません。
スキルは発動していないはずです。
驚いてヴェルフレイム様を見れば、すでに私へ背を向けていました。
パリン、と薄いガラスが弾けたような音。
左手の甲が一瞬熱くなって、それから熱が引いていきます。
そこを見ればもう《エンゲージ》の証はありませんでした。
「俺との婚約を破棄したかったんだろ? そのスキルを使って、俺の気持ちまで変えられるのは……耐え難いからな」
どうしてかは知りませんが、ヴェルフレイム様は私が《婚約破棄》のスキルを手に入れたことを知っているようでした。
ヴェルフレイム様の声は軽蔑するように冷たく。
それでいて、傷ついているとわかる声でした。
自分が大きな間違いを犯してしまったんだと、そこでようやく気づきます。
ヴェルフレイム様は、私を本当に好きで……求婚してくれていたのです。
私はヴェルフレイム様が気まぐれで婚約を言い出したのだと、ずっと思っていました。
この間、城で会ったのが初対面です。
私を好きになる時間なんてなかったはずですし、誰かから好かれるような性格をしているわけでもありません。
だから、ヴェルフレイム様が私を好きだというところまで、考えが及んでいませんでした。
――本気でヴェルフレイム様は、私を好いていてくれた。
それを知れば、自分の身勝手さに愕然とします。
相手の『好き』という気持ちを素直に受け取らず、あろうことか私はねじ曲げようとしていたのです。
私は、自分が嫌々をするだけで、ヴェルフレイム様のことを知ろうともしなかった。
化け物王と呼ばれる彼は、幼い頃からずっと私の恐怖の対象でした。
婚約というより生け贄に捧げられたような気持ちで、相手が見えていなかったのです。
ヴェルフレイム様は困っている私達の領土だけでなく、国全体に支援をしてくれました。
その好意も、私は枷のように感じていました。
周りから固められていくような気がして、私の気持ちを置き去りにしているように思えていたのです。
たとえいきなりの婚約でも、もっと歩み寄るべきでした。
どうしてそこまでしてくれるのか、その理由を知ろうとするべきでした。
相手のことを知りもしないで、傷つけて。
私は――最低です。
「ぷぎっ!? ぷぎっ、ぷぎぎぃっ!」
「うるさい、黙れ。帰るぞティファニー」
ティファニーが動揺した声を出して、ヴェルフレイム様の足下にまとわりつきます。
ヴェルフレイム様はそんなティファニーをつまみ上げ、馬の上に放りました。
「ヴェルフレイム様……!」
その後ろ姿に、私は何を言おうとしたのでしょう。
自分が彼を傷つけたのに。
後味の悪さと後悔しか――胸にないというのに。
何も言わず、後ろも振り返らず。
ヴェルフレイム様は馬へと跨がって、去っていってしまいました。
7/16 脱字等の微修正をしました。内容に変更はありません。




