10.それは姑のごとく
「シア……本当に、そのスキルをもらうつもりなのか」
「はい。そのためにここまで来たんですから」
責めるようにこちらを睨むジークに答えます。
「……っ、なんで……」
ジークは悲痛な顔をして、俯きます。
私の気持ちが理解できないというようでした。
その様子を見れば、私の中に黒い気持ちが溜まっていきます。
ジークがどうしてそんな顔をするのか、私のほうがわかりません。
そんなに、私とヴェルフレイム様をくっつけたいのでしょうか。
そこまで考えて……気づいてしまいました。
ジークは、私から解放されたいのです。
偽の恋人としての契約期間は十年で、あと四年は期限が残っていました。
けれど、ジークは今……婚約者がいます。
このまま私の恋人役を続けるのは、どう考えてもムリがありました。
しかし、私がヴェルフレイム様と結婚してしまえば、恋人契約は自然に解除されるのです。
どうして、そのカラクリに今まで気づかなかったのでしょうか。
きっとジークは、恋人の契約を私と結びながらも、ずっとお付き合いしている人がいたのでしょう。
でも、十年の恋人契約がありますから、私に言い出せずにいたのです。
私に婚約者ができたこの機会なら、うまく恋人契約を解除して、お相手と結婚できると考えたに違いありません。
だから、ジークはヴェルフレイム様との婚約のときにも助けに来てくれなかった。
私が婚約破棄をすることにも――ここまで反対しているのです。
もし私とヴェルフレイム様との婚約が破談になれば、ジークとの恋人契約は続行。
そうなればジークは、婚約相手といつまでも結婚できないと心配しているのでしょう。
全て謎は解けました。
そういうことなら、相談してくれればよかったのに。
言ってくれたらちゃんと聞き分けたのに、どうしてずっと隠していたんでしょう。
そんなに信頼されていなかったんでしょうか。
たとえ偽の恋人といえど、心を許しあって、強い絆で結ばれていると思っていたのは、私だけだったのでしょうか。
こんな仕事をしているからといって、相棒の幸せを喜べないほど、心の狭い女じゃありません。
悔しくて、何よりも悲しい気持ちになってきます。
そりゃあ……ジークにお相手がいるのは、正直面白くないです。
ずっと私が相棒だったのですから、試してやろうくらいの気持ちはあります。
でも、それはあくまでもジークの為を思ってのことです。
ジークには誰よりも幸せになってもらいたいですし、いい人と結婚してほしい。
これは、相棒として当然の気持ちです。
この私の目にかなわない女では、話になりません。
ジークが恋人にどう接しているのかは知りませんが、多少なりとも猫を被っていると思います。
見た感じ、ジークは俺様でクールな美形です。
しかし、ツンとしているように見えて寂しがり屋で、なかなかに面倒臭い男だったりするのです。
まず、構ってほしくても、構ってほしいとは言いません。
お前が遊びたいなら、遊んでやってもいいぞと上から目線でやってくる猫のようです。
それでいて、こっちが構ってやらないと不機嫌になります。
クールを装っているくせに、その実超がつくほどの甘党だったりします。
ペットのティファニーと私の手作りお菓子を取り合いし喧嘩をする、お子様みたいなところもあります。
それを知ってしまえば、大抵の女の子は幻滅するのではないでしょうか。
それと、ジークと一緒にいるのなら、体力は必須条件です。
ジークがいつも私に課してくるトレーニングメニューを、ジークに変身して、相手にやらせるのもいいかもしれません。
あまりの鬼っぷりに、すぐ泣いて逃げ出すことでしょう!
それを想像すれば心がすっとして、少々楽しい気持ちになってきます。
人というのは、いいところばかりではありません。
ジークの悪いところも見て、それでもジークが好きだと言ってくれる子じゃないと困ります。
私がちょっかいを出して壊れる程度の仲ならば、どうせいつかダメになります。
ですから、私が早めに手を下して……。
そこまで考えて、ハッとします。
……もしかして、これがいけなかったんじゃないでしょうか。
これでは、まるで嫌な姑のようです。
ジークに恋人ができれば、素でいびる気満々の私がいました。
こんな私だから、ジークは恋人がいることをずっと黙っていたのです。
何とも納得できる、納得できすぎる理由でした。
ジークがずっと黙っていたのは、恋人との仲を壊されたくなかったからなのでしょう。
この機会に婚約を進めてしまったのも、客観的に見れば物凄く賢い選択です。
そりゃ、ジークも恋人の存在を隠しますよね。当然のことです。
私はそれを、真摯に受け止めなければなりません。
私がヴェルフレイム様と婚約を破棄した後、今までどおりに恋人役をやらされるのが、ジークは嫌なのでしょう。
その気持ちを――汲むべきだと思いました。
「心配しないでください。私が婚約を解消した後も、ジークに恋人役を押しつける気はありません。あと……ちゃんと十年分の契約金は支払いますから」
自分で口にした言葉が、胸に突き刺さるようでした。
私達の関係は最初から契約です。
でも、これでジークとの関係も終わりだと思えば、やっぱり寂しくて苦しくて。
そんな気持ちを堪えるように、ジークから顔をそらしました。
嫌な気持ちと一緒に、光の球を口に含みます。
味はありませんがむにゅむにゅとして柔らかく、妙な食感です。
ごくりと飲み込めば、胸へと温かいものが落ちていく感覚がしました。
「なんでだよ……恋人になれって、俺に声をかけたのはシアのほうからだろ!」
私がスキルを手に入れたところで、ジークが叫びました。
思わずジークを見て――私は硬直しました。
いつも強気なジークが、今にも泣きそうな顔をしていたのです。
「お前だけは他の奴らとは違うって、ちゃんと俺を見てくれるって……思ったのに。そんなふうに突き放すなら、最初から……っ!」
苦しい気持ちを吐き出すように、ジークが訴えてきます。
――ジークは、私と恋人契約を解消したかったはずでは?
ようやく理解できたと思ったジークの気持ちも、予想とは違っていたのでしょうか。
もう、わけがわかりません。
こんなジークを見たことがなくて、まばたきすることさえ忘れていました。
混乱する私の手首を、ジークが強くにぎってきます。
血が止まってしまうと思うほどの力でした。
「どうして……こんな酷い仕打ちをされても、俺はお前を……」
言葉を絞り出すジークは、辛そうでした。
何か言わなきゃと思うのに、どうしていいかわかりません。
「……くそっ!」
戸惑う私と舌打ちを一つ残し、ジークはその場を去ってしまいました。