1.《婚約破棄の魔女》VS王子様
「悪いが君との婚約を破棄させてもらう!」
「そ、そんな!! 酷いですわ、コーネリア様……どうしてっ!!」
コーネリア王子が告げた言葉に、婚約者のレベッカが声をあげました。
本日は夜会で、沢山の貴族がいます。
そんな中で大胆な発言をした王子に、周りの目は釘付けです。
「元々君との婚約は、親同士が決めたものだ。昔の君はとても愛らしかったし、それもいいかと受け入れたこともあったが……君はもう変わってしまった。それに俺はもう、自分を偽らないことにしたんだ。真実の愛に目覚めた!」
王子が隣にいる私の頭を、自分のほうへぐっと引きつけてきます。
正直……物凄く王子をぶん殴りたいです。
ですがここは、ぐっとこらえます。
そして、王子の服の裾をちっちゃく掴んで、くいっとひっぱりました。
「こーねりあ様っ! 今の言葉、皆に誓って本当だと信じていいんですのね!」
可愛い子ぶるのは私の十八番。
面の皮が厚い、猫を被るにもほどがあると、従者からはいつも絶賛されています。
新緑を思わせる色をしたくりくりとした瞳。
白い肌に、ほんのりと桃色の頬。驚くほどにつやつやとした髪は、腰までたっぷりと。
全体的に華奢で胸はなく、大きなリボンとふりふりのドレス。
背丈は大人の半分くらいで……今の私は、どう見たって七歳くらいの幼女です。
愛の神・アベア神から賜ったスキル《変幻自在》で、王子好みに自分の外見を変えてみたんですけどね。
えぇ、どうあがいても王子はロリコンです。
でも今の私、エステルの年齢設定は、王子より十歳年下の十五歳ということになっています。
この国ではちょうど結婚適齢期です。
もう成長が止まっちゃったのといえば、王子は理想の女を見つけたと大喜びです。
ほんともう、この王子手遅れすぎて何も言うことがありません。
海の藻屑として、消えてほしいくらいの気持ちです。
「あぁ、もちろんだよエステルたん。俺は、レベッカ・アンレキスタとの婚約を正式に破棄する。俺が愛してるのは君だけだよ~」
必殺の上目遣いをすれば、王子がでろっでろの顔でそんなことを言ってきます。
キショいと思った私は悪くないはずです。
というか、周りの皆さんもどん引きしておられます。
コーネリア王子は、肉付きがよくお世辞にも美形とは言えません。王子という肩書きゆえに、ちやほやされて育ったお坊ちゃまです。
加えて、マザコンとロリコンを同時に発症している手遅れ物件。
第二王子であらせられますが、王からも見限られているという噂を耳にしております。
「さぁレベッカ、アベア神に誓って婚約破棄を受け入れると言え。そうすれば、俺とお前の《婚約》の証は消える」
王子が手の甲を見せつけるようにして、レベッカに詰め寄りました。
王子の左手の甲には薔薇の花。
全く同じ場所に、同じ模様がレベッカにもあります。
左手の花の模様は、恋愛と婚約を司る愛の神・アベア神に、婚約を誓い合った証です。
一度婚約をすれば、婚約した相手と結婚するか、婚約を破棄するまでこの模様は消えません。
模様のあるものが他の者と不貞を働けば、死に至ります。
また、他のものと重ねて婚約をすることも不可能です。
「……婚約破棄を受け入れます」
小さくレベッカが呟きました。
すると、その薔薇の模様が王子とレベッカから消えます。
これで、婚約破棄が完了しました。
晴れてお二人は、婚約者ではなくなったのです。
「嬉しいですわ、こーねりあ様!」
婚約の証が無くなったのを確認して、王子にしなだれかかります。
目の前では、レベッカが顔を手で覆っていました。
周りは、彼女に同情的な視線を向けています。
レベッカが顔を隠した、本当の理由を彼らは知りません。
笑いを堪えられなかったからだと知っているのは、この場で私くらいです。
私も役者ですが、彼女はそれ以上に役者でした。
「コーネリア王子、いくらなんでもそれは酷いです! 幼い頃からレベッカは、あなたの婚約者として恥じないよう、頑張ってきたんですよ……! それなのに!」
レベッカを庇うように声を張り上げたのは、そばかすだらけの優男でした。
伯爵家の次男坊で、公爵家の一人娘であるレベッカの幼なじみ。
確か名前はジゼルと言ったはずです。
事前の調査では、周りの評価がヘタレ、ヘタレ、超ヘタレと芳しくなく。
王子に盾突く度胸なんてないと、私は思っていました。
「そんなの、親が決めたことだ」
「ッ……あなたは、国を背負うお方でしょう。高貴な血を次へ繋ぐことが重要だとわかっているから、レベッカも……僕も我慢してきたのに……」
吐き捨てた王子に、ジゼルは怒りに震えていました。
そこからはレベッカへの想いが伝わってきます。
「あなたなんかに、レベッカは渡さない!」
その見た目にそぐわない、はっきりとした声でジゼルは告げました。
レベッカの手を取り、王子を睨み付けます。
「どうぞ、その女と幸せになってください。行こう、レベッカ」
ジゼルは王子にそう吐き捨てると、レベッカの腕を引いて、広間を去っていきます。
後には、微妙な空気が残されました。
王子は、何とも言えない苦い顔。
不安になってきたのでしょう、私の手をにぎってきます。
「ふん……なんだ、俺が悪役みたいじゃないか」
いや、悪役そのものだと思いますよ。
それでいて私は――その悪役さえも手玉に取る、生粋の悪女と言ったところですが。
「全くあの女ときたら。だいたい、女の旬は三歳から十歳までというのに、あんなババアに興味はないんだよ。政略結婚でなかったら、相手にもしない」
王子が悪態をつきます。
ちなみにレベッカはまだ十六です。
そして、私の本当の年はそれを軽く上回ります。
今の発言は全ての女性を敵に回しました。
……後で王子の部屋に隠されている幼い女の子を描いた絵画コレクションを、筋肉ムキムキのナイスガイにすり替えておこうと思います。
「ひどいです、こーねりあ様! えすてる、来年にはもうレベッカ様と同じ十六歳なのに……」
「何をいってるんだ! エステルたんは、永遠の七歳だよ! 俺の愛は変わらない! ババア共とは違う、至高の存在なんだ!!」
瞳を伏せた私を、王子が膝を折って必死に宥めてきます。
あと、ババアって言ったの二回目です。
私、忘れません。
アベア神にお願いして、王子の運命のお相手を無骨な筋肉マッチョにしてもらうことが決定しました。
こう見えて私はアベア神の神子であり、お気に入りです。
これは有名な話しですが、アベア神は男色も認めていて、むしろ大好物です。
「この後、二人で語り合おう」
王子がそんなことを言ってきますが、二人っきりになるつもりはサラッサラありません。
たぶん、王子もこの後それどころじゃないと思います。
少々おつむが足りないとはいえ、コーネリア王子は一応この国の第二王子です。
王様が決めた結婚を蹴ったので、後で呼び出しをくらうのは目に見えています。
「おい、お嬢。そろそろ帰るぞ」
面倒だなと思っていたら、私の従者であるジークが声をかけてきました。
さすが長年私の従者をしているだけはあります。
助け船を出すタイミングがばっちりです。
しかし、今の私は仮にも伯爵家のご令嬢という設定。
ジークときたら、もう少し礼儀正しい従者のまねごとができないのでしょうか。
執事服を着崩し、ポケットに手を入れてけだるそうな顔をしています。
柄が悪いことこの上ありません。
ジークは本来黒髪なのですが、本日は茶に染めていました。ルビーのような色をした瞳に、同じ色のピアスを耳に付け、ビジュアル系というか少々危険な香りのするイケメンです。
しかし、いかんせん品の悪さが目立ちます。
流れの冒険者だったところをスカウトしたので、仕方ないといえば仕方ないのですが。
「そろそろお別れなのです、こーねりあ様」
「まだいいだろう、エステル!」
舌っ足らずに言えば、王子がごねます。
「そういうわけにもいきません。もうおねむの時間なのです……」
目をこすりながら幼さ全開でアピールします。
お前いくつだよというツッコミも受け付けませんし、十五歳の設定も無視です。
王子はこういうのが好きだと、調査の結果出ています。
「そうか……それなら仕方ないな。俺の部屋で」
「ムリです」
はっ、つい即答してしまいました。
断られた王子が目を見開いています。
「けっこんするまで、一緒にねむるの、メッなの!」
王子に指をつきつけ、頬をぷっくりと膨らませます。
何がメッ!なのか。
自分で言っといて、ドン引きです。
ジークが「うわぁ……」としらけた目を私に向けていました。
しかし、「エステルたん、マジ天使」と王子の目はハート状態なので、私の精神力と引き替えに得た勝利と言っていいでしょう。
「本当、エステルたんは奥ゆかしくてかわいいなぁ。今日婚約を破棄したから、エステルたんと《エンゲージ》が結べるのは一年後か……長いな」
「あっというまですわ、こーねりあ様」
婚約破棄を言い出した者が、他の者と《エンゲージ》を結び直す場合、ペナルティとして一年必要です。
ちなみに、婚約破棄した相手に復縁を迫るのはご法度で、少なくとも五年間は「もう一度君と《エンゲージ》したい」とも「好き」だとも自分から言い出せない強い制約があります。
なので、今回の件でレベッカと王子の婚姻は、完全になくなったと言っていいのです。
「いや、俺はすぐにでも君と結婚したいのに……エンゲージ後じゃないと結婚できないなんて、本当面倒だ」
それがこの世界の婚約を司る、アベア神が定めた掟なのだから仕方ありません。
エステルにメロメロな王子からすると、永遠にも等しい時間に思えるようでした。
というか、そもそも。
こんな王子と結婚なんてまっぴらごめんです。
「それではさようなら、こーねりあ様」
スカートの裾をつまんでお辞儀をして、名残惜しそうな王子に手を振ります。
もう二度と会うことはないでしょうという、そんな気持ちを込めて。
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「ありがとうございます。《婚約破棄の魔女》に頼んで正解でした。しかも、王子と婚約を破棄するだけでなく、ジゼルとも結ばれることができて……本当に幸せです」
「いえいえ、まいどありがとうございます! お代まで弾んでいただいちゃって!」
麻袋には、金色の硬貨がたっぷりと詰まっています。
出張所である街のカフェで落ち合ったレベッカさんは、これでもかというほどにツヤツヤした顔をしておりました。
私の本名は、エステルではなくクレイシア・ウォルコット。
通称《婚約破棄の魔女》として有名で、望まぬ婚約を強いられたお嬢様方の味方をする、正義の魔女です。
ただの別れさせ屋じゃないか、と言う人もいますがそうではありません。
恋人と別れたいとか、円満離婚したいとかそういう仕事は一切受け付けてません。
あくまで、《婚約》限定のお仕事です。
何故私が、こんなお仕事をしているのか。
それは、私自身が昔望まぬ婚約を強いられた身で、婚約破棄をしたい気持ちが物凄くよくわかるから。
あと、お金が必要なのもありますが、なにより。
私の通り名である《婚約破棄の魔女》の由来となったスキル《婚約破棄》が――呪いでしかなく。
これが、その呪いを解くための手段だからという切実な理由がありました。




