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三色の王2  作者: 水山柔
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摘発

「まったく、なんて様だ!」


 メガラニカ連邦最大の都市クローバーのとある事務所の一室。巨漢の男が苛立ち紛れに拳を振り下ろす。顔を伏せていた周囲の男は、思わず身体をひくつかせた。

 男の不機嫌も納得だ。ここ数日というもの、取り締まりが急激に厳しくなった。用心棒ごと、売人のことごとくと連絡がとれなくなっている。全く、商売あがったりというものだ。

 それでも、末端の人間が捕まるだけなら何も問題はなかった。幹部であろうと、ドジを踏んだ奴は切り捨てるだけのこと。どうせ近々、本拠地を西へ移そうと計画していた。いくらか間引いてくれるのなら、むしろありがたいくらいだ。

 しかし、品物を運搬する取引相手を船ごと轟沈させられたのは致命的だ。国内で製造する技術がなく、独占的に利益を得ていたのが裏目に出た。これで当面新規に入荷する術を喪い、備蓄を売り捌くだけとなった。


「それにしても、奴ら何を仕出かしたのか理解しているのか。外国船籍の貨物船に堂々と攻撃とは、正気の沙汰とは思えんぞ!」

 

 もう一度黒檀の机を叩きつけて、鼻息荒く喚きたてる男。発言自体は然程的外れでもないが、実情を鑑みれば身勝手極まる言い草である。


――その代償は、速やかに、そして苛烈に督責された。


「な、なんだ!?」


 突如として、轟音をあげて蝶番ごと弾け飛ぶ扉。不運にも傍にいた若い男が巻き込まれ、見るも無残な姿になり果てる。更についていないことに、残骸がめり込んだまま彼は即死を免れてしまっていた。直撃しなかった仲間たちは、甲高い絶叫に、救助も忘れて眼をそらした。


「邪魔するぞ」


 そして、凍った室内の様子に構うことなく、平然と入室してくる一つの影。面食らう男たちの前に姿を見せたのは――


「だ、誰だ、てめえ!」


 白髪の青年。

 恐らくは未成年。黒眼鏡をかけ、普段着のような服装。よく鍛えてはいるようだが、そう大柄でもない。

 勘のいい者はその正体に薄々気付いたが、単身で現れ、またあまりに軽装で若かった為、脅威の度合いを取り違えた。簡単に言えば、舐めた。この段階で無条件降伏を申し出ていれば……いや、恐らく結果は変わらなかっただろうが。


「こういうもんだ。これの件で来た、といえば分かるな」


左胸を指さしつつ、ポケットから袋を取り出す青年。見覚えのある家紋と白い粉は、最悪の組み合わせだった。


「〝青薔薇〟!」

「てめえら、ぶちころ――」


 もはや言い逃れする余地が残されていない現実を突きつけられた巨漢たちは、硬直から回復して一斉に立ち上がる。反応のいい一人は、同時に懐に手を伸ばしていた。もしかすると、優秀な人材だったのかもしれない。抜き打ちの速度は、周りから頭一つ抜けていた。

もっとも、残念ながら、この時ばかりは完全に裏目に出た。


「ぶグ」

「せ……?」


 巨漢の言葉が終わらぬ間に、処置は完了していた。短く醜い断末魔を最後に、拳銃を構えようとしていた男の姿がかき消える。再び沈黙した全員がそろそろと視線をスライドさせていくと、壁に赤い染みを発見。今度こそ、生死の確認はいらないだろう。

 それにしても、不可解だ。見えない車に吹っ飛ばされ、壁面に叩きつけられたかのような惨状だが、勿論そんな筈はない。状況からして青年が何かをしたのは間違いないと思われるものの、なにぶん二人の間には距離があった。一歩も動かずに、果たしてどうやってそんな真似をしでかしたというのか。

 理屈は全く分からないが、これだけは断言出来る。全員の反抗心は、一撃で完全に粉砕されてしまった。それを感じ取ったのだろう、青年は鼻白んだ様子で一同を見渡す。


「なんだ、もう終わりか。いいぞ、許す。必死で抵抗しろ。どうせお前ら、一人残らず誅殺対象なんだから。せめて最後に、華々しく抗ってみたらどうだ?」


 いかにも頼りなく思えてきた銃器を一応構えてみるものの、誰一人引き金に指をかけられない。されど、残念ながらそれで見逃すことは無いと、青年は冷酷に言い渡した。


「そ、そんな――武器ならすぐに捨てる。せめて、申し開きの機会をくれぇ!」

「俺に銃を向けるくらい、別に構わねえよ。武器の所持自体も、まあぎりぎりセーフ、か。言い分くらいは聞いてやってもいい。だが、これは駄目だな」


 真っ青な顔で喚き散らす大男に、青年は小袋を放ってよこした。


「あんたらの罪状は、その違法薬物の流通だ。メガラニカ大陸での製造、持ち込み、及び販売は、量や種類によらず、関係者全員皆殺しって相場が決まっている。禁錮で済ませてくれるお優しい警察に捕まらないくらいには手堅くやってたのが、運のつきというわけだ」


 黒眼鏡を掛け直しつつ、青年はひたすら淡々と告げる。

 駄目だ、このままでは全員、特に自分も殺されると理解した巨漢は、脂汗を吹き出しながら、人生で最も早く脳みそを回転させる。


「ま、待て、待ってくれ。証拠はあるのか。我々がそれに関与していたという証拠は?」


 それは、必死に絞り出した醜い悪あがきだったが、確かに正鵠は得ていた。青年も、微動だにしないままでそれを認める。


「ないな。よほどうまいことやってたんだろう、物証は何も出てこなかった。契約書類も、指示書も、決定的なものは何も見つからなかった」

「だろう。では――」

 

 今日まで違法行為を持続出来ていたのは、巨漢の男が証拠隠ぺい能力に長けていたからだ。少なくとも、直接自分に繋がる証拠品は一切残していない筈。彼が最後に頼った寄る辺は、しかしあっさりと叩き潰された。


「ただ、証言があってな。溺死しかける瀬戸際でのタレこみだ、信憑性の高い情報だと思わないか。いやいや、責めてやるな。一度でも溺れた経験があるなら分かるだろうが、苦しいぞ、あれは。特に今回は、口を割るまで死なせても貰えなかったんだからな。だからまあ、お詫びという訳じゃないけど、役に立ってくれた彼は速やかに楽にしてやったよ。今頃は、食物連鎖に貢献しているんじゃないか?」


 獰猛に大口を広げ、歪んだ笑いをこぼす青年に、全員の背筋が冷え、思わず唾を飲み込んだ。


「彼は言い残したよ。取引相手のボスは、猪みたいな巨漢だと。あんた、若い頃は〝暴れ猪〟とか呼ばれてたんだろ。年のせいか、ははっ、豚みたいに緩んじまったようだけどな」

「しかし、それだけで決めつけるのは――」

「やかましいッ!」


 自らの大きな腹を嘲笑われても、巨漢は怒り狂う暇もなく、まだ弁明しようと試みた。けれど、鋭い青年の一喝がそれを遮る。


「警察じゃねえって言ってんだろ。証拠、推定無罪、そんなもん知ったことか。流石、生粋の連邦人のくせに薬物を販売できる恥知らずは、余程おつむの出来が残念とみえる。いいか、よく聞け」


 ぐいっと巨漢の胸倉をつかみ上げ、それに飽き足らず両足が宙に浮くまで釣り上げて、青年は死刑宣告を突き付ける。体重差を考えれば、尋常ならざる膂力だが、首のしまった男がそれを驚嘆することは無く、


「広かろうと、メガラニカ連邦は一つの島だ。この国に住んでいる奴は、全員一心同体、大きな家族みたいなもんだ。それを薬物漬けにして金儲けしようなんて外道を、俺たちがのさばらせておくものかよ。怪しきは徹底的に根絶やしにしろ、それが今回のお達しだ。物証さえ残さなければ言い逃れできると、本気で夢でも見たのかよ、豚野郎」


 直後、圧倒的な暴力の嵐が室内を蹂躙した。

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