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三色の王2  作者: 水山柔
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邂逅

 まともな形さえなく、ばらばらに解体されて散らばる黒い死体。そして、消し炭も残さぬと容赦なく燃え盛る火焔。

 まさに地獄絵図。すぐ目の前に、焦熱地獄が具現していた。


「ちっ」


 舌打ちは、何に対してか。

 独特の刺激を伴った臭気もあわせ、嘔吐を催す光景にか。途中で勘づいていたのもあって、それを見て殆ど動揺すらしなかった自分にか、或いは――


「くそが、酷い真似しやがる」


 こみ上げる怒りを抑え込み、冷静に判断を下す。

 炎は、消せない。探してきたとして、この火勢は消火器程度で抑えられないだろうし、火を消す特殊な技能もない。それに、そもそも残念ながらとっくに手遅れだ。ここで現場を眺めていたところで、遠からず駆けつけるであろう消防隊員の邪魔になるだけだろう。

 それよりも、やることがある。バラバラ死体が勝手に燃えるなど、自然発火現象なんてオカルトを持ち出しても説明できない。これは間違いなく、下手人がいる。そして乾の聴覚は、やけに落ち着き払った足取りでここから立ち去る人物の足音を捕えていた。天気のいい日の散歩のような軽やかさは、断じて、火災に巻き込まれた一般人のものではなかろう。


 別に乾忠猛は正義の味方ではない。被害の出ない悪戯くらいなら小悪党めと見逃してもいいが、ネジの外れきった狂人がこの街に入り込んでいるとなれば、黙っていられない。もはや捨て置けぬ、即刻叩きのめさなくては。

 街路二つ向こう、こちらの上げた気炎に気付いたか、唐突に走り出す誰か。間違いない、あれこそが猟奇殺人犯だ。


「馬鹿野郎、逃がすわけねーだろがァッ!」


 青い空に長い遠吠えを一つ、消えるのを待たずして、乾は半回転して狙いを定め――――助走をつけて、一直線に敵へと向かう。障害物の回避など、一切考慮していない。当然壁に激突するが、艦砲射撃もかくやの大男の猛進に、コンクリの家屋は発破をかけられたように吹き飛ぶ。都合四軒分、殆ど速度も落とさないまま、乾はかつての豪奢な内装ごと建物を貫通。廃屋相手とはいえ目を疑う膂力、傷一つついていない金剛石のごとき肉体を含め、完全に人間技ではない。

 そして過たず、足音の側に突き抜ける。そのまま、突進前に交錯すると予想しておいた場所に向けて拳を叩き込む。


「……へェ?」


 大雑把に放った一撃は、しかし紙一重で避けられた。無論、後を考えて撲殺しないように加減はしたが、壁をぶち破って不意をついた奇襲を回避されるとは思っていなかったらしい乾は、逆に虚をつかれて一瞬動きを止める。

 しかも、安易な攻撃を嘲笑うかのように、乾の上腕部に鋭い痛みが走る。ちらりと目をやれば、ごく薄くではあるが確かに切り裂かれていた。

 多少は腕が立つらしい、と煮えたぎる頭を無理やり落ち着かせ、乾は数メートル離れた相手を牽制しながら観察する。心配ない、既に間合いだ。逃亡をはかれば、その瞬間後ろからかみ殺せる。相手もそれが分かっているのか、下手に動けないようだ。


 それにしても、改めて見れば、いかにも怪しい人物だった。

 長い外套で足元まで身体を覆い隠し、何かの面をしているのか貌は確認できない。髪は一応黒だが、そんなものはどうとでもなる。身長は男にしては小さく、女にしては大きい、どちらともとれるくらいのサイズ。左足を引いた半身の構えで、無言を貫いている。

 まるでおとぎ話に出てくる黒尽くめの怪人、夜闇に紛れれば見つけにくいだろうが、夕方遅くとはいえ真夏の太陽光の下ではいやに目立つ。湿度は低いが連邦の夏は暑いのだ、こんな格好の不審人物は他に二人といまい。涙ぐましい努力の結果、正体は不明、人種も性別も、この段階では断定出来ない。


 ――だが、そんなことは問題ではない。


「やっぱり、頭のトンでる奴は服装もおかしいんだなぁ、おい」

「…………」

「だんまりかよ。まあ、どーーーでもいいんだけどよ」


 既に、間違えて一般人を攻撃しているかも、などという躊躇はない。後ろ暗いところがあり、追手がかかっていると僅かでも考慮していないならば、先ほどの拳が避けられるはずがないのだから。あまつさえ反撃までこなすとなれば、断じて軽んじていい相手ではない。


 言い換えれば、手加減もしなくていい。


「いいぜ、このオレが直々に叩き潰してやる。腐れ外道に生きる価値はねェ、あの世でせいぜいオレに出会った不運を呪え」


 視線はあくまで不審者から逸らさずに。あまりに滑らかな動作で、乾は上体を倒して手を地面に着き、攻撃態勢を完了する。

 それはまさしく、獣の如く。この四足状態こそが、彼の真価が発揮される形態なのだ。


「――逃げたきゃ逃げろ。避けられるなら避けてみろ。ただし、オレは〝魔王〟の狼だ。地獄の果てまで追いかけるがな」


 刹那の沈黙、そして、弾ける。ただ、一直線に全速力で突っ込む。轟音の後に残ったのは、余波で倒壊した家屋だけだった。




「…………って、しまった。幾らなんでも、やり過ぎたぞ」


 数分前までの狭いながらも整然とした路地裏は一変、いまや絨毯爆撃でも食らったような有様になり果てていた。

 もう少し詳しく描写すれば、街路の両脇がごっそりと抉られ、道を塞ぐように建物が倒壊している。勿論、周辺の硝子など一枚残らず木端微塵だ。

 また遠く、どこかで家屋が崩れる音が聞こえて、乾は頭を抱えた。あれは多分、飛んで行った()の余波だろう。

 これをただ一個の生命体が速く移動しただけで引き起こしたなどと、果たして誰が信じるだろうか。だが、事実は事実だ。


「巻き添え食った奴、いないだろうなぁ?」


 頭頂部を掻きながら、呑気そうに呟く乾は、一応瓦礫の山を申し訳程度に覗き込む。どうも一撃で狂熱が冷めたらしく、相当罰が悪そうだ。自身のぼろ衣になってしまった上着を窺う視線には、母親に怒られる子どもの恐怖の色すら浮かんでいる。


「やべー、響に何て言われるかな。輝空也の耳にも入るよな……っと、それよりあの人殺しだ」


 やってしまったものは仕方ない。開き直りもいいところだが、とりあえず棚上げすることで精神の安定をはかる乾であった。

 それにつけても、乾忠猛の本気の体当たりはまさに神速。猟奇殺人犯に、回避どころか、身じろぎ一つ許さなかった。肩口のぶちかましが直撃し、真っ直ぐに吹っ飛んでいくところまでは確認したのだが、何処まで飛んだか、着弾地点付近は瓦礫に埋もれ、見失ってしまっていた。全身強打で即死、下手すれば色々と欠損しているだろうが、一応死体だけでも回収せねばなるまい。おもに後処理的な意味で、証拠は押さえておかねば。

 半裸に近い大男が、不審者の残骸があると思しき方向に一歩踏み出したその瞬間。


「――そこ、動くなァッ!」

「あん?」


 覇気に満ちた静止の命令と共に、空から青年が降り立った。乾の数メートル前、その歩みを妨げるように。周囲にまともな道は残っておらず、乾と同じく家屋の上から飛んだことは疑いない。しかし、今度こそ完全に弛緩していた大男といえば、唐突に現れた人物に何とも間抜けな呟きをもらした。



 南條真琴と乾忠猛。

 出会うべくして出会った二人の邂逅から、時は半日ほど遡る。

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