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三色の王2  作者: 水山柔
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始まりの電話

 年明けから一週間。全ての始まりは、一通の電話からだった。


「お久しぶり、輝空也(きくや)です。ねえ、忠猛(のりたか)さん。最近、お忙しいですか?」

 

 新年の挨拶もなく、開口一番からかってきたのは、馴染みの相手であった。どうせこちらの状況は筒抜けのはず、乾忠猛は取り繕うこともなく率直に答えた。

 

「いんや、正直、めちゃくちゃ暇だな。本業も副業も、どっちもさっぱりだ。今朝の時点で、次の依頼は一カ月も先だぞ。もうそろそろ、この商売からは足を洗うべきかねェ」

 

 連日連夜仕事に追われていた時期は、一体何年前のことだったか。紆余曲折のすったもんだの末、一大決心して始めた稼業だったが、今では月に数件依頼が入れば御の字というありさまである。だというのに、頼みの綱のお得意様は、ひどい言い草であった。

 

「忠猛さん達が忙しいということは、治安が著しく乱れているということです。警備を預かる身としては、実に喜ばしいことです」

「嫌味を言ってねぇで、何か仕事をくれよ。あれだ、手が空いていると余計な騒動を巻き起こすかもしれねえぞ」

 

 勿論。冗談だ。もし乾が何か仕出かせば、例えちょっとした悪戯でも冗談では済まない。最悪、完全武装の軍隊が店の前に集結する羽目になる。そしてその場合、責任者は恐らく電話向こうの相手、ということになるだろう。要するに、どちらに転んでも全く旨みがない。


「そういいますけど、今のところ、僕から忠猛さん達に回せる仕事は特に無いんですよ。ただでさえ、月末の建国記念行事関連で手いっぱいなんで、大人しくしておいて下さいよ。もし僕の手を煩わせるようなことになれば……」

「ハッ、どうするよ」

「恨みます。それはもう、盛大に。いいかげん、超過勤務続きなんですから」

「声がマジ過ぎるぞ、輝空也」


 どうやら、仕事も金と同じく、あるところには余っており、ないところにはからっきし、というわけらしい。暦的には絶賛長期休暇中なのだが、あまり睡眠もとれていないのか、疲労の色を隠せていない友人の嘆きに、乾は頭を掻いて応えた。

 

「わあったよ。あとあれだ、雑用とか、特に力仕事とか、まあ、手伝えることがあれば何でも声かけてくれ。とりあえず今月いっぱいは予定もねえことだしよ」

「相変わらず、ちんぴらのような物言いの割には気遣いが出来るんですね。ありがたいのですけど、お気持ちだけいただいておきます。非公式にでも乾さんが動くと、付随して事務仕事が物凄く増えるので、勘弁して下さい、ね?」

「お、おう……」


 今度こそ正真正銘真剣な声音の忠告に、乾は思わず頷いていた。まだ彼が幼かった頃は、気弱で優しい子だったのに、人の成長は早いものだ。たかだか十か二十年そこらで、いっぱしの風格さえ漂わせている。

 それにしても、恐らくは街で最も多忙の彼が、わざわざこんなつまらない念押しの連絡で時間を浪費するだろうか。まさか、不可抗力で厄介事に巻き込まれるならともかくとして、乾が本気で事件を起こすとは考えていない筈。ならば、忠告を口実として気分転換に外部の者と話したかったのか、あるいは何か別の思惑があるのか。

 乾が首を傾げながら、暫く世間話に興じていると、あくまでその延長といった体で、青年が話題を変えてきた。

 

「――そういえば。最近妙な噂があるのを、御存じですか?」

「いや、年始末の仕事が終わってからは、ずっとごろごろしていたからなあ。何か、面白い話か? 儲け話に繋がるとなお良しなんだが」

 

 なるほど、これが本題か。常ならば単純明快に努める電話先の様子をいぶかしみつつ、とりあえず乾は話に乗る。しかし、どうにもこうにも胡乱な内容だった。

 

「いえ、期待には添えないでしょう。何でも、路地裏で小火騒ぎが続発しているらしいんですよ」

「……夏休みで盛り上がり過ぎた阿呆が、ちょっと気の早い花火にでも興じているんじゃあねえのか?」

「それが、警察関係者によれば、確かに何かが激しく燃えた跡はあるのに、肝心の燃焼物が見つからないそうなんですよ。勿論、犯人らしき人も、出頭してきてはいません」

 

 やはり何とも歯切れの悪い語り口に、違和感がぬぐえない。答えを知っているのに、敢えてはぐらかしているような。もし本当に情報が不足しているのであれば、よく分からないので調べてくれ、とすっぱり頼めばいいだけだ。そうしないということは、何か思うところがあるのだろう。

 ますます疑惑を深めながら、乾はとりあえず会話を投げ返す。

 

「油でも巻いて火をつけた、とか?」


 完全な素人考えだが、燃えた物が残っていないというのなら、火種が灰以下にまで燃え尽きる類の物質だったか、あるいは揮発性の液体でも使用したか。立てこもり犯の登場するドラマの記憶による、単純にして安易な乾の指摘は、当然真実を射てはいなかったらしい。


「そうですよね。現に残留物がないのでその方向性で考えるのが自然なんですが、現場の跡を見た専門家は、何か固形物が燃えていたのは確実、と断言したそうです」

「でも、何もなかった?」

「ええ。あってしかるべきの燃えカスも皆無、まさしくチリも残さず、ね」


まるで化かされているみたいじゃないですか、と困惑する呟きがこぼれた。


「成程。それで、輝空也の方でも何か調べてみたのか?」

「そうしたいのはやまやまなんですけど。大した実害が無く、致命的に危険な兆候がみられていないのに、権限を乱用するのも憚られまして。特にほら、今は通常業務で手いっぱいですし」

 

 と、ここで何やら向こうで動きがあったようで、数秒電話口から相手が離れた。何も言って来ないので乾も問いたださないが、第三者が近くで聞き耳を立てているのは何となく察した。異常を知らせる符丁を発しないので、身の危険があるわけではない筈だが、どうやら、何らかの変事が起きていることは間違いないらしい。となれば、下手な発言は控えるべきか。

 

「だよな、祭りまでもう三週間切ったし。悪いな、忙しいのに愚痴につき合わせて。それじゃあ、またな」

 

 当たり障りのない受け答えに徹しよう、と試みるも、よくよく考えて乾は自分にそんな器用な真似が出来るはずもないことに気付き、仕方なく通話の終了を選択した。多少不自然かもしれないが、構うものか。しかし、返ってきたのは、何ともずれた答えだった。

 

「ええ、よいお年を」

「……おいおい、もう年明けて一週間だぜ。まだ正月ボケか?」

「失礼、そうでしたね。忙しくて日付の感覚がおかしくなっていたようです。では、また」

 

 受話器を置いて、暫く一連のやり取りを思い返してみる。

 続発しているらしい小火騒ぎ。明らかに怪しい不審火。乾に依頼せず、手勢も早々動かすわけにもいかない。なにより、事実上連邦最大というべき権力を握る彼の行動を制限できる人物の影。 秘められた意図を必死に推し量っていたところ、背後に人の気配を感じて乾は振り向く。


「お待たせしました。電話、輝空也からですか?」


 凛と透き通った声に、過熱していた頭が冷えていく。夏らしい白い帽子を被っていたのは、同僚にして同居人の鈴浦(すずうら)だった。

 

「ああ。どうも、厄介事みたいだ」

 

 やれやれとため息をつく乾に、彼女は猛禽類のように鋭い目つきを更に険しくすがめてみせた。

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