まどろみの日々
その日。
一連の騒動が始まった日、乾忠猛は朝寝坊していた。
年の瀬に舞い込んだ仕事も予定通り終了し、事務所に帰り着いたのが大晦日の深夜。それから、年が明けて早一週間。土地柄、特に新年を祝う風習も無く、別件で不在の同僚もいた為、普段通りに暇を持て余していた。
事務所兼自宅の所在地は、メガラニカ連邦首都カイリーの南西部の外れ。職務上、そして人生における相棒と二人暮らし。名義上の社長の持ち家を格安で借りている。
仕事は、民間警備会社勤めの戦闘員。とはいうものの、十年前の世界大戦への参加を目論んで作られた交戦目的の部隊ではなく、大都市間において危険生物と化した野良の精霊から積荷を守る護衛を主とする比較的新興の企業だ。あまり経験はないが、強盗団との戦闘も場合によっては厭わない。
依頼を一度もしくじったことが無い実績と安価な値段設定を買われて、絶頂期はそれこそ寝る間もないほどの盛況ぶり。しかし、時は移ろうもので、数年前に大規模な駆除作戦が展開されて状況は一変。かつては何の妨害もない空振りでも安心を買ったと納得して貰えていたのが、今となっては、最低限の同行料のみを受け取り、オプションの撃退賃は襲撃の有無や数によるといった歩合制を受け入れざるを得ないほど。それすらも、年々減少傾向にある。不本意ながら、副業の方が稼ぎとしては余程上だ。
先細りの不安定な稼業だが、されど特段焦りもしていない。元々、安定や定住なんてものが性に合っていないのは重々承知。要するに、全てが暇潰し。自らに任じた役割を全うしたその時には、相棒を連れて自由気ままな旅に出るのも悪くなかろう。
穏やかな、ある意味で停滞した日々。興奮を掻き立てる刺激的な非日常は、今では過去の物語。
なお、今日の予定は、依頼が無いことを言い訳に、数日粘っていた年始の買い出し。翻って言えば、それしか無い。いよいよ買い溜めしておいた食料品が底を尽きつつあるので、必要に迫られるまでだらけていただけともいえる。
もうそう遠くない、しかしまだ少しの猶予がある出立の時を思いながら、彼は暫しの小休止に微睡んでいた。
巌軋民間警備会社の固定電話が久し振りに鳴ったのは、そんな自堕落な昼下がり。灼熱の太陽が照りつける、とある夏の日のことであった。
――その日。いや、その時点では、まだ乾忠猛は気付いていなかった。
穏やかな日常が、脆くも終わりを迎え。平和が訪れた世界に、再び大いなる嵐が巻き起ろうとしていることに。