佳純と佑樹
「ねえねえ。今度の日曜日って休み?」
『はあ?何だよ、突然。』
「あれ?佑樹だよね?番号、変わってる?」
『いや、そうだけど。だから・・・・・・』
「あたし、あたし。佳純だよ。もしかして忘れてる?」
『いや、それは分かってっけど、だから、そうじゃなくて。』
「あー、良かった。違う人にかけちゃったのかと思ったよ。」
『いや、だから、話聞けって!』
「聞いてるよ。日曜日は休みかって。」
『いや、だから、そうじゃねえよ!』
「ん?なに?」
「だからさ、日曜日とかじゃなくて、それよりも前にもっと言うことがあるだろうが。」
「前に?」
『そう。例えば、「久しぶり」とか。』
「あ、そっか。久しぶり。」
『「元気?」とかさ。大学卒業して2年経ってて、それ以来会ってないのに、いきなり「日曜日、空いてる?」って、それはないだろ。』
「あはは、そうだね。」
『「そうだね。」じゃねえよ。全く。・・・・・・相変わらずだな、佳純は。元気そうでなによりだ。』
「うん。あたしは元気だよ。元気しか取り柄ないって言ったの、佑樹じゃん。」
『そんなこと、言ったか?俺。』
「うん、言ったよ。」
『・・・・・・忘れたよ。そんなこと。』
「忘れっぽいんだから。」
『2年以上も前のことを、覚えてねえよ。』
「あたしのことも、忘れてるんじゃないかって思ったよ。」
『そんなわけあるか。例え、俺が忘れっぽいヤツだとしても、佳純のことを忘れるわけないじゃん。』
「やーん。それって、あたしのことをそんなに気にかけてくれてたから?」
『違うわ!』
「えー。違うの?」
『大学の時、どれだけ俺に迷惑かけたのか、忘れたのかよ。』
「え?そんなこと、あったっけ?」
『「あったっけ?」じゃねえよ。・・・・・・全く。』
「今みたいに、そうやって笑ってくれたから、迷惑かけてるなんて思ってなかったよ。」
『まあ、それが佳純だもんな。』
「・・・・・・褒めて、ないよね?それって。」
『褒めてないな。』
「ひどーい。笑いながら言うなんて。」
『分かった、分かった。』
「もう!」
『で、日曜日な。良いけど、何?』
「うん。一緒に行って欲しいところがあるんだ。」
「行って欲しいところ?どこだよ。』
「それは、日曜日のお楽しみ。じゃあ、日曜日の10時に、S駅の銅像前ね。」
『分かった。10時な。』
「遅れないでよ。」
『それは俺の台詞だ。』
「大丈夫、大丈夫。これでも社会人なんだから。」
『佳純がきちんと社会人として出来ているってのが、都市伝説に近いがな。』
「もう!ひどい!」
『むくれんなよ。んじゃ、日曜日な』
「うん、じゃあね。」
「・・・・・・遅いな。もう10時半回ったのに。佳純のヤツ。」
「ごめーん!佑樹。待った?」
「待った?じゃねえよ。待ったに決まってんだろ。」
「ごめんね。出かけに、電話が入っちゃって。家を出るのが遅くなっちゃった。」
「全く。相変わらずだな、佳純は。」
「佑樹は、大学の頃より、大人になったね。っていうか、おっさんになったね。」
「2年やそこらでおっさんになるか!」
「はいはい。ほらほら、行くよ!」
「遅れてきといて、その台詞かよ。・・・・・・全く、変わんねえな、佳純は。」
「こっち、こっち。」
「分かったって。相変わらず、歩くのだけは早いよな。」
「歩くのだけは、って。そんなことないじゃん。」
「だって、食べるのは人一倍時間かかるし。」
「猫舌なんだもん。熱いと食べられないよ。」
「俺、生きてきた中で、ラーメン食べるのに30分以上かかるヤツ、佳純以外に知らねえわ。」
「適温になるまで冷ましてたら、そんな時間になっちゃったんだもん。」
「おかげで、麺が伸びきってて、量が倍位になってたし。」
「佑樹ってば、それみて、お腹抱えて笑ってて。ほーんと、ひどいよね。」
「ひどくないだろ、それは。ってか、あんなの笑わずにいられるかよ。」
「佑樹って、いつもあたしをばかにするんだよな。」
「ばかになんか、してないぞ、多分な。」
「・・・・・・それって、ばかにしてるんじゃん。」
「悪かったって。ばかにしてるんじゃないって。ちょっとからかっているだけだって。」
「むー。」
「悪かったってば。・・・・・・むくれんなよ。」
「むくれてないよ。」
「立ち直りの早さは、きっと日本一だな。」
「やった!あたし、日本一だ。」
「そうやって調子にのるところも、相変わらずだな。」
「2年やそこらで、そんなに変わんないよ。」
「まあ、そう、だな・・・・・・」
「・・・・・・佑樹。」
「うん・・・・・・」
「寝ないでよ。電車に乗ったら、すぐに寝ちゃうんだもん。」
「う・・・・・・ん・・・・・・」
「・・・・・・寝ちゃった・・・・・・」
「起きて!起きて!佑樹。次の駅で降りるよ!」
「・・・・・・ん・・・・・・」
「もう!相変わらず寝起き悪いなあ〜。」
「んー、もうちょっ・・・・・・・」
「だめだめ!起きて!駅に着いちゃうよ!」
「う・・・・・・ん。」
「あー、もう!しょうがないなっ。ほら、佑樹。行くよ!」
「うわっ!びっくりした!」
「起きた?行くよ!」
「起きた、けど。急に引っ張るなよ。びっくりするだろ。」
「だって、佑樹、起きないんだもん。」
「それは悪かったよ。」
「ね、早く行こ?」
「分かった分かった。」
「・・・・・・ここって・・・・・・」
「覚えてる?」
「あ、ああ。覚えてるよ、もちろん。」
「良かった。それじゃ、あそこの岩場に座ろ?」
「・・・・・・ああ。」
「久しぶりに来た〜。大学の卒業式の後に、みんなで来た以来だよ。」
「俺も、そう、だな。」
「そっか。」
「・・・・・・あの時は楽しかったな。卒業式が終わって、酒とつまみを持ってきて、ここで祝杯あげてさ。」
「うん、楽しかったね。」
「春なのに寒くってさ。なのに、智史のヤツ、スーツのまま海に入ってさ。」
「そうそう。で、あのあと、智史ってば「風邪ひいた~。」ってメールしてきて。当たり前じゃんって。」
「智史のヤツ、ほんとバカだよな。」
「あの頃はみんなしてバカなこともいっぱいやってたね。」
「ああ。楽しかったよな。あの頃。」
「うん。楽しかった。だから、謝恩会に行かずに、みんなでここに来て、解散会をしたんだよね。」
「ああ、そうだったな。」
「次にみんなで会うときまで、それぞれで頑張ろうって言ってね。」
「で、酔っ払った耀司がここで宣言したんだよな。『俺は営業で全国一位になってやる』ってさ。」
「そうそう。で、それからみんなで、ここで宣言し合ったんだよね。」
「そう、だった、な。」
「あたしは、早く仕事を覚えて、いつかはバイヤーになるって宣言したっけ。」
「そうそう。で、俺は・・・・・・」
「・・・・・・うん。」
「俺は、俺は、いつか新しい雑誌を立ち上げて編集長になるって、言った・・・・・・んだよ、な。」
「うん。」
「あのさ、佳純。」
「うん。」
「俺さ、その・・・・・・。」
「うん。」
「部門縮小のため、リストラされて・・・・・・。」
「うん。」
「・・・・・・無職になっちまった・・・・・・。」
「・・・・・・うん。実はね、知ってたよ、そのこと。」
「え!」
「智史から聞いたの。」
「智史のヤツ!誰にも言わないでくれって頼んだのに!」
「あたし以外には言ってないよ。だから、智史のことを責めないでね。」
「・・・・・・はあ~」
「ね?あたしが無理に聞いたんだし。」
「・・・・・・分かった。」
「良かった。」
「・・・・・・だから、ここへ俺を連れてきたのか?」
「う~ん。それもあるけど、ね。」
「あるけど?」
「うん。海が見たかったの。佑樹と一緒に。」
「俺と?」
「そう。佑樹と。」
「なんで?」
「あたしね、海を眺めるのが好きなんだ。波を見ていると心が落ち着くし。」
「・・・・・・」
「なによ、黙っちゃって。どうせ、『佳純らしくない』って言うんでしょ?よく言われるし。」
「・・・・・・いや。そういうところも、佳純らしいよ。」
「ほんと?ありがと!」
「そういう素直なとこ、好きだったな・・・・・・」
「え?」
「あ、いや、その、そういうのは、えっと。」
「仲間として?それとも、女として?」
「えっと、そ、その・・・・・・」
「教えて、佑樹。」
「あ、でも、俺・・・・・・」
「過去の話なんでしょ?過去形で話してるもの。だったら、言ってもいいじゃない。」
「いや、その、でも、な。」
「じゃあ、今もなの?」
「あ、その、えっと。」
「教えて、佑樹。」
「・・・・・・か、佳純。」
「・・・・・・」
「・・・・・・そんな顔、も、できるんだな、佳純。」
「・・・・・・」
「か・・・・・・佳純。今も、その、女として・・・・・・」
「うん。知ってたよ。」
「え?」
「知ってたよ、大学の頃から。だって、あたしもだもん。」
「ええ?」
「だから、ちゃんと言って?」
「あ・・・・・・」
「・・・・・・」
「でも・・・・・・」
「・・・・・・」
「佳純、好きだ。その、大学の頃からずっと。」
「うん。」
「俺、今、無職で、それで、あ、いや、ちゃんと求職活動はしてるけど、その。」
「仕事は気にしてないし、関係ないよ。大丈夫。」
「・・・・・・俺と、その、付き合ってくれ。」
「うん!」
「あ、わわ!急に飛びつくなよ!危ないだろ!」
「うん。佑樹。私も大好き!」
「ね、あたしがここへ佑樹と一緒に来たかったもう一つの理由、知りたい?」
「もう一つの理由って、海が見たいってことだろ?」
「ん~、まあ、それはそうなんだけど。そうじゃないんだな。」
「ん?どういうことだ?」
「子どもの頃からの夢だったんだ。海見ながら告白されるのが。」
「あ、え?」
「だから、佑樹と来たかったんだ~、あたし。次に海に来るのは、佑樹とって思っていたんだ。」
「・・・・・・そっか。」
「うん。だからね、佑樹。」
「なに?」
「あたし、すっごく幸せ!」