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君は青、俺は赤。  作者: ハルタ
3章:思春期にみる行動志向
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9話



 翌日、道長は何日かぶりの学校へ向かいながら、昨日のことをいまだ考え続けていた。そして考えれば考えるほど、理解し難い行動をとっていた事を道長は自覚せざるを得なかった。


 そもそもことの発端からおかしいのだ。この、道長が、祖母であるかえ以外の誰かのために、何かをしてやろうと、展覧会のチケットをわざわざ取っておいて、渡し、さらには一緒にそれを観に行った。今までの道長では考えられないことだ。あの双順にさえこんなことはした事がない。


 以前付き合っていた女には一度だけ似たような事をしたことがある。だがそれも周りにさんざん焚き付けられて実行したご機嫌取りのようなもので、道長が自らした事ではなかった。大地や慶太郎に物をやったことはある。それすら、イヤがらせでしかないアダルトグッズや土産物のゲテモノ料理などといった、笑いのネタになった後はゴミにしかならない、到底本人が喜ばないモノだ。それに、そういった物はひとりではなく、数人と共謀しないかぎり買うことはない。要するに個人的に誰かになにかを贈ることなど皆無なのだ。


 しかし、幹也は違う。


「……ふー…」


 歩きながらお気に入りの赤のマルボロに火をつけ、肺に溜っていた息に煙を混ぜて吐き出した。理解に苦しむ自分の行動を自覚するも、理由が解らずイライラしているわけではない。ただ、もやもやと疑問なだけ。もっともこうした状態を放っておけるということも普段の自分からは考えられないのだが。


 普段ならばハッキリしないことがあれば、イライラと周りに当たり散らし、多少乱暴な手を使っても解決させる。それが道長自身の問題だろうがそうでなかろうが関係なかった。


 しかし、今回は何もかもがおかしい。


――何故?


 何度目かの問い掛け。だが、答えは出ない。


――…もういい、めんどくせぇ。


 道長は短くなったタバコと答えのでない問いを道ばたに投げ捨てて、古ぼけた校門をくぐる。しばらくすると昼休みを告げるチャイムがのんびりと鳴った。




 * * *




「ぎゃはははは!ブッサイクだなおい!なんだその頭!」


 朝一で再検査を受けて昼休みに登校した幹也に、親友である一志は開口一番、挨拶よりも先に随分と辛辣な言葉をゲラゲラと笑いながら投げてよこした。


「包帯のせいで髪の毛みょーんってなってる!みょーんって!」

「…他に言う事ないのカズ」

「どうせまたカツアゲにあったんだろ?」

「……間違ってないけどさ…」

「落ち込むな。骨はいつでも拾ってやる」

「勝手に殺すない!」


 ぎゃーぎゃーと喚く幹也の声は他の談笑に混じって大した注目は集めない。頭に巻かれた包帯も、クラスの連中も既に慣れっこなのか「また絡まれたのかー?」なんて暢気な声がかけられるほどだった。


「ま、いいや。購買行こうぜ。俺パン予約してんだよ。幹也もなんか買うだろ?」

「うん」


 鞄から財布を取り出し、連れ立って食堂横にある購買部のパン屋へと向かう。この学校のパン屋は3限目までに欲しいパンの名を注文票に書いて代金を先に支払っておくと、昼休みに焼きたてのパンをひとつの袋に入れて用意してくれるシステムになっていた。カウンター式の狭い窓口で押し合いへし合いをしながら注文する必要がなく、かつ焼きたてをスムーズに買えるということで生徒達はこれをパン予約と呼んで愛用していた。


 同じく購買へ向かう生徒や、何をするでもなく廊下で談笑する生徒などがで溢れる昼休みの廊下。活気に溢れたいつもの風景にふたりは溶け込むようにして購買へと足を進めた。


「で?」

「うん?」

「うん?じゃねぇよ。結構ひどいんじゃねぇのか?大丈夫なのかよ」


 しばくしてぶっきらぼうに幹也の頭の包帯を指差した一志。からかってはいたものの、本当は心配してくれていた事に幹也は嬉しくなり、自然と顔が緩んだ。「平気、ありがと」と答えれば、一志は「そうか」とだけ返事をして再び前をむいた。


「カズは優しいよね」

「…しみじみ恥ずかしい野郎だな。黙っとけよ。言うか普通?」

「言いますよ」

「言うなっつーの」

「言いますよー。あえて」

「あえんな」


 軽口を叩いているうちに食堂のある棟についた。相変わらず入り口は数えきれないほどの生徒でごった返している。食堂の券売機とパン屋の窓口は人だかりが出来ている。毎日できるこの人団子に辟易してお弁当にしたり、学外のコンビニで先に買ってくる生徒は少なくない。


 だが、今日の人だかりは少し妙だった。ある場所を妙に避けたような状態で人が集まっていて、変に人がいない空間がある。誰かパンでも落として、それが踏まれでもしたのだろうかと幹也達は思ったが、さらに近付いてその原因が分かった。


「――波多さん?」

「あ?」

「あそこ!波多さんがいる!」


 幹也が指差したその先には、気怠げにパンを眺めている道長がいた。


「なんで!?」

「そりゃたまには学校こないとなぁ。出席日数足んなくなんだろうし…」

「は、波多さんってここの生徒だったの!?」

「え、何おまえ、知らなかったの?」

「……――えええええッ!!?」


 さらっと告げられた衝撃の事実。驚きのあまり思わず上げた幹也の声に、その場にいたほとんどの生徒が幹也を振り返った。


 もちろん、道長も。




 * * *





 ざわざわと耳障りな雑音が絶えない購買。道長はイライラしながらもパンを買う為に列に並んでいた。


 だが、目の前に出来る空間。列なっているようななっていないような人の流れはじわじわと己を避けて長く続く。いつものことながら鬱陶しい。先に行けという意味なのか、並ぶなという意味なのか。


 周りが自分をどういう目で見ているのか、どう思っているのかは理解している。だが、突然何もしていない人間に暴力を振るうような人種だと思われるのは心外だった。ケルベロスの総長をしているということにプライドがあった。一般人には手を出さない。自分より明らかに弱い相手には喧嘩を売らない。今では古い考えだというメンバーもいたが、それを貫くのが、道を踏み外している道長なりのけじめだった。


 なのに、この学校の生徒は道長を、道長が嫌悪している誰にでも暴力をふるい、やりたい放題やる連中と同類だと思っている。それが如実に現れたこのパン屋前の生徒達の態度が道長の苛立ちを助長していた。


 だからと言って暴れるようなことは決してしない。それこそ道長の矜持プライドが何を持っても許さない。自分が並んでいたならすぐ前にいただろう生徒の後ろ姿を追って、のろのろと列の隣をすすむ。決して列には割り込まず、順番も抜かさず、抜かされもしないように、適当な距離を保って自分の番を待った。


――ああ、イライラする…


 煙草が欲しい。そう、思った時だった。


「えええええッ!!?」


 突然誰かの大きな声があがった。雑踏のなか、なにもかもを吹き飛ばすような場違いな大声にその場にいるほとんどの生徒がその大声をだした生徒に注目した。もちろん、道長もだ。


――誰だよ


 反射的に見たその視線の先。そこには、道長の行きつけの花屋の店員がいた。


「!?」


――なんでアイツが!?


 思わず声を上げそうなほどに驚いた。しかし、寸でのところでそれを飲み込んだ道長は、反射的に幹也に背を向けて足早にその場を後にした。


 どうしてそんなことをしたのか解らない。ただ、道長が幹也を見つけたとき、幹也は連れとおぼしき男子を見ていて、こちらは見ていなかった。捕まりたくない、そう思ったのは確かで、気付かれていないことを期待した。道長はパンを買うことも忘れてその場を離れた。



:::



「待って下さい!」


 遠くで幹也の声が聞こえた。やはり見つかっていたかと道長はチッとした舌打ちをする。振り返ること無く、歩くスピードを上げて階段を一気に駆け上がった。飄々と軽々と、幹也が追いつけないように。でも逃げているようには見えないように。


 撒いただろうと思って道長はちらりと後ろを振り返る。しかし、幹也の姿を視界に捉え、ギョッと目を見開いた。それも距離が恐ろしいほどに縮んでいる。思わず声を荒げた。


「ついて来んな!」

「待ってください波多さん!ちょっとでいいんです!」


 ざけんじゃねぇ話聞け、と心の中で吐き捨て、道長はとうとう走り出した。階段、廊下を縦横無尽に生徒をかきわけて走って行く。目指すは屋上だ。


 だが、世の中上手く行くことばかりじゃないらしい。開いたとばかり思っていた幹也との距離は予想を大幅に裏切って縮んでいた。頭に包帯を巻いた小柄な男子生徒がものすごい形相で追いかけてくる。しかもその距離は着々と縮んでいる。さすがの道長も動揺した。


「てめっ!チビの、クセに!なんでそんなッ、速ぇんだよ!?」

「お勘定の、計算と!足、だけは、速いんです!」

「ざけろ!意味わかんねぇよ!」


 もう、本当に意味が分からなくなっているのだろう。幹也はとうとう道長の隣を走るようになっていたが、だからといって道長を捕まえるそぶりはない。まるでマラソンのラストスパートでもかけるようにふたりは加速し、体をねじ込むように屋上に出た。


「――ッ!――ッ!」

「ぜーッ…ぜーッ…」


 声も出ない。屋上に出た途端、待ち構えていたように午後の授業の予鈴がなったが、今の彼らにそれを聞いている余裕はなかった。ふたりは倒れるようにしてその場に座り込んだ。


「……もう、そんだけ走れっくらい、回復してたんだな…」


 道長はまだ、いくらか乱れた呼吸のまま、感心したように幹也にそういった。心配して損した、というのが本音だった。昨日あんなに気にかけていたのがバカみたいだった。


 しかし、幹也からの返事は道長の予想とは違ったものだった。


「いえ、ホントは…激しい運動、禁止されてます……」

「は?」


 驚いて幹也を見れば、幹也は真っ青だった。ぐったりとしていて、よく見れば額には脂汗まで浮いている。


「……うぇ……き…気持ち悪……」

「お、おい。大丈夫かよ…?」

「…すみ、ませ…あの、昨日は……」


 必死に話そうとするが、ふらふらなのだろう。更に顔色が悪くなり、青かった顔が今ははっきり言って土気色だ。地面に手をついて頭を下げているように見えるが、実のところ正座をした状態では上体を支えられず、地面に手をつかないではいられないのだろう。だが、地に着けて身体を支えているその腕も、ぶるぶると震えていた。


「昨日は、本当に……し、失礼をして……」


 必死に言葉を紡ぐ幹也。道長はそれを見つめる。今、そんなことを言ってる場合じゃないだろうに。自分の体調も省みず、道長への謝罪を優先させようとする幹也。その姿に、どう言えばいいのだろう。名前の付けようのない感情が道長の胸中を駆け巡る。


「チッ」


 道長は舌打ちをすると、幹也の腹のあたりに自分の体を潜り込ませ肩に抱くと、そのまますっくと立ち上がった。




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