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君は青、俺は赤。  作者: ハルタ
2章:小さな変化と不確定要素
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7話


――またやってしまった。


 幹也は罪悪感に苛まれていた。


 幹也は花に関わることになるとその類い稀なる集中力が発揮され、隣でどんなにどんちゃん騒ぎをしていても気にせず花の世界に没頭出来る。


 だが、それがいつも良い方向にばかり発揮されるわけではない。今日の事がいい例だ。店の手伝いをするようになった4年前は店の客にまでそれをやってしまい、養父である晴海はるみに――幹也の両親は10年前に他界している――しょっちゅう怒鳴られていた。


 連れがいたのに、ましてその人は数少ない男性の常連で――憧れの道長だったのに……


 幹也ははぁあ…と深く溜め息をついた。



 幹也が初めてカツアゲされたのは小学校2年生のときだった。

 学校の帰りに誕生日だから、と特別に両親から寄り道を許してもらった。通学路からちょっとずれたところにある駄菓子屋でお菓子を買う事にずっと憧れていたのだ。

 貰えたのはたった100円だったが、当時の幹也には大金だった。ドキドキしながらもらった100円玉。放課後になり、挨拶が終わった途端幹也は友達への挨拶も早々に鉄砲玉のように教室を飛び出した。もちろんその手にはきつく100円玉を握って。


 しかし、校門へ向かってグランドを走っている途中、お約束のように石につまずいてこけてしまったのだ。当然100円玉も勢いよく手の外へ。


 そこに現れたのが5年生の男子3人。幹也を助け起こす前に転がった100円を拾い上げ、げらげら笑いながら立ち去ろうとする。


 ずるむけた膝は血が滲んで真っ赤、手もジンジンと痛んだが、それよりも100円を死守しなければ、と、幹也は必死で3人のうちのひとりにしがみついた。だが2年生が、自分の倍ほどの大きさに感じる5年生に勝てるはずもなく。


 100円玉はあっさりと奪われてしまったのだった。


 そして下校中ずっと泣き続けながら帰ったはじめてのカツアゲ体験より、幹也は半年に1度、酷ければ2、3週間に1度のペースで、これまでの10年間、カツアゲの神様に魅入られたに違いない数の被害を被ることになるのだった。


 そんな幹也を生まれて初めてカツアゲから救ってくれたのが道長だった。


 嵐のように現れて、目の前の少年達を見る間に吹っ飛ばしてくれた道長。「カツアゲなんてだっせぇことしてんじゃねーぞ!!」と言った彼の台詞はどんな偉人が言った名言よりも深く幹也の胸に響いたのだ。

 今まで被害に遭わないように、避ける事ばかりを考え、立ち向かうということを思いつきもしなかった幹也にとって道長の存在は強烈だった。


 初めて道長にあったあの夜は花の配達の帰りで、そのため礼もそこそこに帰らなければならなかった。どうして連絡先を聞かなかったのかと、家についてからかなり後悔した。


 しかし、それから数ヶ月後、道長と再会して改めて礼を言う機会に恵まれた。そして道長のお祖母さんの月命日に幹也の店で花を買ってくれるようになった。


 細いながらも道長と繋がりが出来た。いつ切れるかも解らない繋がりだったが、幹也にとってはとてつもなく大きな喜びだった。正直に言えば、不良との繋がり――それも暴走族をするほどの本格的な不良だ――は恐い。それでも、切ってしまうかと言われると否と即答する。ほわほわとした幹也とてやはり男なのだ。悪い者に憧れる気持ちは少なからずある。ましてや自分を助けてくれたとなれば尚更だろう。


 そんな道長が、どれだけの偶然や気まぐれだとしても、自分の為に大好きなサニエル・オストの展覧会の招待券をくれたときの喜びと言ったら到底語り尽くせるものではない。


 なのに……


「…僕は、本気で、バカなんじゃないのか……バカだ…」


 情けなくて泣きたくなる。もう何かにめり込む勢いで幹也は落ち込んでいた。「はぁあ…」と何度目になるか解らない深い溜め息を吐いたとき、幹也は自分が人気のない薄暗い脇道に入り込んでいる事に気がついた。


「……ほんと、なにやってんだろ……」


 幹也はひとりごちて駅に行くために道を引き返そうとくるりと後ろを振り返った。


 しかし、そこに見えたのは駅への道ではなく、にやにやと笑う3人の不良によって出来た壁。


 幹也は、再び深い深い溜め息をついた。



:::



 真っ暗なトンネルを抜けるとそこは真っ白な病室だった。などと冗談を言っていられる状況ではなかった気がする。幹也は己が見ているものが、意識を失う直前とあまりに様子が違う事を唐突に理解した。


「?」

「気付いたか幹也!?」


 目が覚めた途端、聞き慣れた男の声が聞こえた。見れば青い顔をした養父母の晴海はるみ雪江ゆきえが飛びかからんばかりに身を乗り出していた。


「お父さん、お母さん。僕……?」


 言って起き上がろうとする幹也を晴海が慌てて制した。


脳震盪のうしんとうだそうだ。大した事はないそうだが、じっとしてなさい。……良かった、気がついて……一体何があったんだ?」


 幹也は怪訝そうに眉をひそめた養父の晴海を振り仰ぐ。いぶしたような金フレームの丸眼鏡がわずかに蛍光灯を反射して、分厚い二重の目が一瞬消える。馬のような面長の顔にそれはよく似合っていた。口まわりにあった長めのヒゲがなくなって顎だけになっているのを見て、また形を変えたんだな、と思いながら幹也は自分に何がおこったのかをぼんやりと思い返していた。


「また、カツアゲにあっちゃって…まるで話を聞かない人達に囲まれてしまったから…それで……」


 すみません、と目を伏せた幹也に晴海は謝る事じゃないだろう、と少し語調を強めた。雪江も後ろでただでさえ白い顔をさらに白くして何度も頷く。


「友達は?一緒に展覧会を観に行ったんだろう?その子は一緒じゃなかったのか?」

「波多さんは…カツアゲに会う前に僕が失礼なことをしてしまって…怒らせちゃったから……」


 そこまで言って幹也は言葉を濁す。それでも晴海はそれで幹也が何をしでかしたのか解ったようだった。晴海はひとつ溜め息をついたが、ようやく安心したように苦笑した。


「なんにせよ、気がついて良かった。後遺症もとくに心配ないみたいだし…」


 良かった良かったと繰り返す晴海が大きく息を吐いたのを合図に、雪江もぐっとベッドに近寄り「よかった」と言いながら、優しく幹也の頬を撫でた。線の細い、年齢は感じさせても美しい養母。慈愛のこもった手に撫でられて、幹也はくすぐったさと恥ずかしさに耐えきれず、小さくやめてくれと訴えた。


「ところで、誰が僕を?」


 さっきから気になっていた事だった。自分が記憶を手放した脇道はほとんど人が通らないはず。見つけてもらえただけでもかなりの幸運だというのに、自分が倒れてから大して時間が経たないうちに見つけてもらえたのだ。それは今晴海の腕時計を盗み見たから間違いない。そのあたりも含めて幹也はとにかく礼を言いたかった。だが、晴海からは渋い顔が返って来た。


「それが名乗らなかったらしくて解らないんだ。ただ、おまえくらいの年頃の不良っぽい子で、びっくりするくらいのイケ、イケ…」

「イケメン?」

「そうそれ。その子がウチの店の名前を言って連絡するように言ってくれたそうだ。ただ、それだけ言って同乗しなかったらしい」


 道長だ。幹也は確信する。どうして自分よりも随分先に帰ったはずの道長があんな脇道にいたのかは解らない。しかし、同じ年頃の不良っぽい美形などという条件を満たし、かつ幹也が渡樫生花店の息子であることを知っているのは道長くらいしか当てはまらない。


――波多さんが助けてくれたんだ。


 お礼を言わなければ。でも、どうやって?あんなことをしてしまったから、きっと店にはもう来てはくれないだろう。どうしよう。なんだって展覧会に行く前に連絡先を交換しようと言う話にならなかったのか。もう2度と会えないかも知れない。お礼すら、お詫びすらまともに言えないまま。


 そう思った途端、鼻の奥がツキンと痛んだ。





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