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君は青、俺は赤。  作者: ハルタ
2章:小さな変化と不確定要素
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6話



 どうも、調子が狂っているように感じる。道長は幹也の隣を歩きながら考えていた。


 普段ケルベロスのメンバーが遅刻しようものならイライラはこんなにも早く解消されたりはしない。そう、すでに道長は幹也を許していた。


 この、驚くべき事実。イヤな気分でなくなった事は歓迎すべきなのに、その理由が見当たらず少々戸惑っていた。イライラと気分が悪いわけではないが、どこかすっきりしない。道長はひとつ大きな溜め息をついた。


「…なんで遅れたんだ?」

「あ、えっと……」


 一度終わったと思った己の失態が再び浮上し、幹也は途端に顔を曇らせた。道長はそれにほんの少しの優越感を覚える。


「なんだよ?」

「あの、……カツアゲに…遭ってました」

「はぁ?」


 予想だにしなかった回答に思わず幹也を振り返り、声をあげてしまった。幹也は怒らせたと思ったのか今度は手まであわせて「すみません!」と勢い良く頭を下げた。


「人を待たせてるからって何度も言ったんですけど全然話を聞いてくれなくて…言い訳でしかないんですけど、その人たちが全然離してくれなくて遅くなってしまったんです。本当にすみません、ごめんなさい…」

「……」


 それは幹也が謝る事じゃないだろうと思うのだが、驚き過ぎて労いの言葉は出て来なかった。


 思い返せば数ヶ月前に店を訪れたときも口元に痣を作っていた。理由はカツアゲに遭ったせいではなかったか。

 毎日のように特定の人物からいじめられているなら頻繁にカツアゲにあうのも分かるが、町をふらふらしていてカツアゲにあう確率というのはかなり低いはずだ。ましてや幹也の場合カツアゲに遭わないように対策もこうじている。それにも関わらずこうも頻繁に遭遇するというのはなんとも可哀想な話ではないか。さすがの道長も同情した。


「…財布は?」


 暴行を加えられた様子はない。もしかしたら無事だったのかも知れないと道長は少し期待を込めて尋ねた。だが返って来たのは苦笑。


「盗られました」

「……」


 哀れな。素直にそう思った。普段カツアゲこそしないが、加害者であることの多い道長は被害者に対してそれほど感情が動く事はない。だが幹也に対しては同情を禁じ得ない。どんな顔をすれば良いのか解らず、少しばかり途方に暮れた。


 しかし、幹也は不意にパッと顔を輝かせた。


「でも聞いて下さい!」

「あ?」

「今回盗られたのは100均で買ったダミーの財布だけで済みました!」

「自慢になってねーよ!」


 誇らしげな顔でガッツポーズをとった幹也の頭をスパーンと気持ちいいほどきれいに道長のツッコみが入った。



:::



 展覧会は大型百貨店の特別催事場で開催されていた。エレベーターガールの独特の発音でされる各階案内を聞き流しながら目的地のある最上階でエレベーターを降りる。土曜日の昼間だということもあり、エレベーターを降りて目にしたのはかなりの数の人だった。ガラガラの展覧会場を予想していた道長はうんざりするより先に驚いた。


「…サニエルなんとかって人気あんのか?」


 先を行く、背中を見るだけでもウキウキしているのがわかる幹也に、道長は思わずそんな言葉を投げかけた。周りを見れば50代か60代くらいの女性が一番多いが、意外にも自分達くらいの年代の男女や、30代前後のカップルも多い。それも皆、手に前売り券や招待券を持っているので「百貨店に来たからついでに」ということではなく、明らかにこの展覧会を見るためにここに来た人たちだ。道長が人気があるのかと思ったのも当然だった。


「さあ、どうでしょう?知る人ぞ知るって感じだと思ってましたけど…でもこの様子じゃ割と人気があるのかもしれませんね」


 言って幹也はまた笑う。受付の女性にチケットを切ってもらい愛想よく礼を言う幹也。だが道長は幹也の連れだという目配せすらせず、受付の女性には見向きもせずに幹也の背に続いた。


 会場に入るとそこは別世界だった。様々な植物が意図的に曲げられ、集められ、または広げられ、別の造形物へと変えられている。だがそれが逆に植物そのものの力強さや奥行きを感じさせられるような、そういった作品が実に自然にゆったりと、天井や壁、床といたるところに並べられている。そこには不自然であるはずなのに実に自然に、まるで木漏れ日の差す明るい森のように感じられる空間が広がっていた。


 これには普段芸術に触れることの少ない道長も嘆息した。隣でもの言いたげに目を輝かせている幹也に少々呆れて苦笑し、道長は黙って歩を進める。大きなものや割と小さなもの、直接触れられる状態のものやガラスに入ったものなど、作品の形態は様々だ。しかしどこかなにか一貫して同じにおいがする。ひとりの芸術家が作っているのだから当然といえば当然だろう。それは不思議と力強く繊細でありながらどことなく男性的で……とにかく道長の好みにはまったのは間違いなかった。


「おい、これ何て花――」


 そう、尋ねようとしたがさっきまで隣にいたはずの幹也がいない。きょろきょろと見回すがいない。

 しまったはぐれたか、と思ってもう一度ぐるっと見回すと――


 幹也はまだ順路の最初の方でひとつの作品を凝視していた。



:::



「は、はたッ、さん!!」


 展覧会場である百貨店からでてしばらく、後ろから走って来た幹也が息を切らせて道長を呼んだ。


「はぁ…はぁ…なんで……先……ッ」


 道長は帰路についていたのだ。それも幹也になんの断りもなく。


「ざけんな、付き合ってられっかよ」


 道長がこういうのも無理はない。道長が一通り全ての作品を見終わった段階で、予想通りというべきか幹也はまだ5、6作品見終えただけだった。仕方がないので道長はもう一周する。しかしその時点で幹也はやっと半分。設置されていたソファで待つ事約10分。そして物販コーナーで図録やグッズを物色する事15分。もう見終わっただろうと思って会場を覗いた時にみたのは最後まで見終わってないだろうに順路を逆走しようとしている幹也のウキウキした後ろ姿だった。


 一緒に来たのだからそれなりに解説なんかもしれくれるのだろうと勝手に思い込んでいた。だがそこは男同士ということもある。百歩譲って会場内で道長を放置したことは目を瞑ろうと思える。実際道長自身、ゆっくりと自分のペースで好きなように見ることが出来たのだから。


 しかし。しかしだ。そこまで興味がない道長が、幹也ほどじっくりこの展覧会を楽しめるはずはない。ましてや幹也を待つ努力をこの俺様総長道長にしては珍しく惜しまなかった。それなのに、この仕打ち。付き合ってられるか。そう思ったが最後、道長は幹也にひとことも告げずに会場を後にした。


「…へ?」

「俺が会場2周してもまだ半分しか見終わってねーような変態野郎に付き合ってられっか。ふざけやがって。しかももう2時だぞ?餓死させる気かっつーんだ」

「……あ……す、すみません……」


 まだ肩を上下させながら幹也は腕時計を確認し、やっと理解したのか、かぁっと赤面し恥じ入ってさらに俯いた。


「あ、あの…お昼ご馳走します!招待券のお礼とお待たせしたお詫びに……!」


 ばっと顔を上げ、本当に申し訳なさそうに眉尻を下げる幹也。だが、道長はその提案にうんざりと眉根を寄せた。


「冗談じゃねぇ…おまえなんかと店入ったら注目の的だろぉが。なんでそんなクソうぜぇとこで飯食わなきゃいけねんだよ」

「……?」

「てめぇみてぇなチビと、俺みてぇなヤンキーが一緒にいたら誤解されるだろっつってんだよ!頭悪ぃな!」

「あ、ぼ、僕なら平気です!」

「俺がイヤだっつてんだよこの自己チュー野郎!」


 おまえが言うな。


 と、道長の知人がここにいたならばそう言っただろう。だが幹也は、道長への配慮がなく、自分に都合のいいように解釈してしまったことに、更に顔を赤くしてますます申し訳なさそうにその小さな身体をさらに小さくした。


 確かに展覧会は予想外に面白かった。だが、これ以上幹也に付き合うのはごめんだった。あまりにもペースが違う。所詮、道長と幹也は違う世界に生きている人間なのだ。もう、次から渡樫生花店に行くのもやめようかと考えるほど、道長はそれをしみじみと感じていた。


 道長はふんとひとつ鼻を鳴らすとさっさと幹也に背を向け、駅前のファストフード店を目指して歩き出した。


 幹也にはこれ以上道長を追いかけることは出来なかった。



:::



 図らずも昼時を外して入ったファストフード店は随分と空いていて、道長はスムーズに昼食を終えることが出来た。ふぅと一息ついてさっさと店を出る。


 今日は土曜日。懐はそれなりにあったかい。遊ぶには調度いいだろう。冬物がぽつぽつ出だしているし買い物も良いかも知れない。駅前だけあって複合商業施設も少なくない。道長はとりあえず移動しようと何気なく気の向くままに歩を進めた。


 人ごみに紛れながら道行く人を眺める。若者が多いが、主婦と思しき女性や案外スーツを着たビジネスマンも多かった。だが場所柄なのか老人は少ない。それに気付いて道長は昨年他界した祖母を思いだす。


 いつも着物を着て、しゃんと背を伸ばしていた祖母のかえ。丸い背中はみっともないとずっと気をつけていたようだ。厳しい、気の強い女性だった。かえに小言を言われれば道長は時折ものを投げて怒鳴り散らしたが、彼女はそれに臆する事も怯む様子も見せず、しゃんと背を伸ばして、ぴしゃりとものを言う人だった。


 だからだろうか。かえはそんなに笑う人ではなかった。病床においてもみっともないことはないようにと病人服をきちっと着ているか、髪は乱れていないかに気を配り、調子がいい日には薄化粧をするほどだった。横柄な態度をとる医者や看護士がいると叱りつけるほどで、本当に病人なのかと疑った事もあるほど、自分に厳しい、そう「厳格な」という言葉がぴったりの女性だった。


 ただ、どんなことがあっても道長が家に帰って来たときは「おかえり」と言って微笑んでくれる人だったのだ。


 かえの微笑んだ顔を思い浮かべると同時に幹也の笑顔が脳裏に浮かんだ。


 道長はぎょっとする。どうしてあんな常時笑顔の平凡少年の顔を大切な祖母と同時に思い出すのか。


――いや、まぁ確かにあの笑いかたは似てるとこがある、のか……?


 そういえば、あの悲しそうな顔もどこか似ている気がする。かえは滅多に悲しげな顔は見せなかったが、道長が喧嘩でひどい怪我を負い、入院沙汰になったときは、ただ黙って悲しそうな顔を向け、そして「無事で良かった」といって頬を撫でるのだった。それにはさすがの道長も毎度罪悪感にも似た居たたまれなさを感じていたのを覚えている。


 幹也のあの申し訳なさそうな顔がどこかかえのそれに通ずるところがあったのかも知れない。だからふたりを同時に思い出したのだろう。


――あいつの花屋にはまた行くか


 ひとり納得して、気まぐれにかえへの供え物でも買おうかと道長は大通りから外れ、薄暗い脇道に入った。




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