46話
日が落ち、暗い夜道を、黒い喪服に身を包んだ人々が、小さな寺の門をくぐる。その中に、道長と幹也の姿があった。
以前までは、並んでいるのが不思議なふたりだった。だが、今は隣にあるのが当然という空気がふたりを包んでいた。道長の風貌もあるだろうが、それだけでは説明がつかないものがある。もっともふたりはそんな事には気がついてはいなかったが。
式は粛々と静かに厳かに進められた。誰もが涙し、ずっと誰かしらのすすり泣く声と読経が響いていたが、それでも「穏やか」と言えるほど式は静かだった。祭壇でほほ笑む双順そのもののような式だった。
通夜が終わり、翌日、また道長と幹也は寺に赴いた。葬式には通夜の3倍もの人が集まった。皆、双順を慕う人たちだった。病どころか衰えすらみせていなかった双順の突然の訃報に集まった人は、皆、誰かしらと抱き合い涙していた。その様子を、道長と幹也はただじっと見ていた。
やがて式が終わり、火葬場へと双順は送られた。道長と幹也もマイクロバスに乗り込み、道程を共にする。双順を入れた桐の棺桶が、静かに炉の中へと送り込まれた。
ゆるく立ち上る煙を、道長はただじっと見上げた。両手をポケットに入れ、気怠げに片足に体重をかけて立ち、ただ、ぼんやりと見上げた。言葉もなく、ただじっと。
やがて、長い長い沈黙の後、道長は幹也の名を呼んだ。
「幹さん」
「ん?」
「肩、借りる」
そう言うと、道長は後ろからこつん、と幹也の肩に頭を乗せた。突然のことに幹也は驚いたが、すぐに体の力を抜いた。ずくりと心臓が痛む。しばらくして、じわり、と左肩が熱く湿った。
「道長くん…」
「…みんな…いなくなっちまった…」
「――ッ」
「ばあちゃんも、大地も、和尚も…みんな……ッ」
「……」
縋るように道長の右手が幹也の右腕の袖をつかんだ。微かに震えるそれ。たまらず、幹也は左手で袖を掴んでいる道長の右手を包み、そっと頭を傾けて道長の髪に頬ずりするようにことりと乗せた。
皆、いなくなってしまった。
道長のまわりから。
これからなのに。これからをこそ、見てもらいたかったのに。
ギィッと道長が己の奥歯を噛み締める音が、幹也の胸を締め付けた。
――違う。ひとりじゃない。
道長は、ひとりじゃない。
「僕がいる」
幹也は、立ち上る煙を見つめながら、はっきりとそう、道長に告げた。
「道長くん…僕がいる」
「……」
「力不足かもしれないけど、僕が、道長くんのそばに居るよ」
「……嘘つけ」
どこか嘲笑うような道長のくぐもった声が返事をする。幹也は道長に直接響かせるようにはっきりと道長の言葉を否定してきかせた。
「嘘じゃない。…ずっと考えてた…道長くんが望んでくれるなら、僕はずっと道長くんのそばに居る。僕が、道長くんのそばに居たいんだ」
「…え?」
「道長くんが許してくれるなら、そばに居させて欲しい。何年でも、何十年でも、ずっと」
「――」
顔を上げた道長を幹也が振り返った。決意を固めた強い瞳が道長を見つめる。信じられないものを見ている気分だった。幹也は、そっと道長の手を握りなおした。
「感傷に浸って、流されて言ってるわけじゃないんだ。クリスマスイヴに道長くんが僕を好きだと言ってくれた時からずっと考えてた」
「……幹、さん…?」
顔を上げれば、そこには覚悟を決めた幹也の強い瞳があった。
「僕、話すよ。全部」
「!」
心臓が止まるかと思った。幹也の言葉の意図するところ。それは、つまり――
「幹さん…けど、それは……」
「合格発表まで、待って…」
「……」
「絶対に受かって、話すから。両親にも…正俊くんにも…包み隠さず、全部」
「幹さん…」
「大丈夫。きっと、受け入れてくれる」
幹也の手は震えていた。口ではそう言っても、恐怖を感じているのだろう。当然だ。幹也にとって幹也自身の命よりも大切に想っている家族がどう受け止めるか知れない現実は、生半可な恐怖ではない。そう簡単に割り切れるものではないはずだ。
それでも、その恐怖に立ち向かい、真実を打ち明け、道長のそばに居ると言った幹也。
魂が震えた。
こんな、歓喜は知らない。
道長は正面から、また、幹也の肩口にことりと自分の頭を乗せた。幹也はそれをそっと抱き込む。
固く、固くお互いの手を握った。じわり、と伝わる体温が、饒舌に語りかけた。ひとりじゃない。自分たちは、決してひとりではない、と。
傷の舐めあいではなく、慰めあいでもなく、共に歩んで行こう。
そう、誓い合うように、ふたりはぎゅっと手を握り、空に昇る煙を見つめた。
「――…」
煙が空に溶けていく。
高く、高く。遥か遠く続く空は、まるで竜胆と牡丹が寄り添うように、青と赤に染まっていた。
君は青、俺は赤。
fin




