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君は青、俺は赤。  作者: ハルタ
9章:出発の為の総括的展望
45/47

45話



 1月1日。渡樫家も世間に合わせて正月休みだ。家族で近くの神社へ初詣に行き、去年一年無事に過ごしたお礼と、新年の挨拶、そして幹也の合格祈願をして家でささやかに祝い合う。昼から幹也は受験勉強だ。正月とて、休みは無い。


 夜。幹也のスマートフォンが揺れた。風呂から上がり、ちょうど部屋に戻った時にベッドヘッドに置き去りにしていた。小さな音を立てて震えているそれを慌てて拾い上げて、幹也は息を飲んだ。


 発信者の名前は、波多道長。

 一週間ぶりに見る彼の名前。一瞬迷う。だが、幹也は思い切って通話ボタンを滑らせた。


「も、もしもし」


 声が震える。この電話の向こうに本当に道長がいる。激しくなる鼓動を必死で押さえる。相手が答えるまでの沈黙が、やたらと長く感じた。


『…幹さん?』

「……うん」

『俺。道長。今、電話いいか?』


 どこかもごもごと話す道長の声。若干くぐもって聞こえるが、相手は間違いなく道長で、幹也は思わずスマートフォンを持つ手に力を入れていた。


「大丈夫だよ。…久しぶり、だね。あ、あけましておめでとう」

『…ああ』


 罪悪感と幸せが入り混じったような複雑な感情に心臓の音が乱れる。イヴ以来のお互いの声。今すぐ、逢いたい衝動に駆られた。


「どうしたの?」

『…その…』


 平静を装い、幹也は要件を訪ねた。ところが、いつもらしからぬ道長の言いにくそうな声が返事をする。どうしたのだろうと心配になったが、幹也はひとまず道長の言葉を待つことにした。


『明日、制服を貸してくんねぇか…』

「え?制服?学校の?」

『ああ』

「え、い、いいけど…。なんでまた?」

『和尚が死んだ』

「…――え?」


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。そんな幹也を知ってか知らずか、明日通夜なのだと言う道長の声は、不自然なまでに平静だった。


『今朝早く、本堂で死んでるのが見つかった。年が明ける直前くらいには息を引き取ってたらしい』

「…そんな」

『…老衰だってよ』

「まさか…」

『だよな。俺も信じられんねぇ。けど、それ以外考えられねぇんだと』

「双順さんが…」

『老衰だから苦しまずに逝ったらしい』

「そっ、か…」


 淡々と語られるがゆえになかなか信じられなかったが、徐々に本当に双順が逝去したのだと理解する。言いようのない喪失感がぽっかりと胸に穴をあけた。


 幹也にとっても決して遠い人ではなかった双順。その、双順がもういないのか。悲しみに沈みそうになる幹也の心に、道長の柔らかい声がしみ込んだ。


『それでリアルな話、俺制服改造しちまってて、これで葬式にはでらんねぇから貸して欲しいんだ…頼む。受験で、大変な時期に、悪ぃけど…』


 内容は事務的で、淡々としていた。それなのに、それがかえって道長が深い孤独を表しているようだった。


「…受験のことなんか気にしなくていいよ。大丈夫だよ道長くん」

『悪い…』


 道長は、大丈夫なのだろうか。双順のことは悲しい。だが、それと同じくらい幹也は道長が心配でならなかった。


「僕も、お葬式行ってもいい?」

『…あ?』

「たくさんお世話になったから。僕もちゃんとお別れに行きたい」

『そうか…そうだな。和尚も喜ぶ…』

「うん…」

『通夜は明日の夜7時からだ。葬式は、明後日の2時。どっちも寺でやる』

「…解った」

『……』

「あの…」

『ん?』

「…道長くんはどうするの?お葬式に出る?」

『俺は、どっちにも出る。…本当のジジイみたいなもんだったからな』

「そっか…あ、あの…道長くん」

『うん?』

「…ううん、ごめん…なんでもない。じゃあ制服用意しておくから、また連絡くれる?」

『ああ』


 ありがとうという道長の声が小さく聞こえてからぷつ、と電話が切れた。


 先ほど幹也は、大丈夫か、と聞きかけて、やめた。


 大丈夫なはずがない。道長にとって双順は本当の祖父のような存在たとずっと聞かされていたし、つい先ほどもそう言っていた。それでも悲しみに沈みこんでしまうこともなく、こうして、しなければいけないことの為にきちんと動いている。


――道長くん


 支えたいと思った。今きっとひとりで立っている道長を支えたいと。


 クリスマスからずっと、考えていた。道長のこと。自分のこと。自分の将来のこと。道長とのこれからのこと。


――考えるのは、後だ。


 幹也は一志に事情を話して制服を借りることにした。幹也の制服では道長に合わないと思ったからだ。一志は快く制服を貸してくれ、事情を話せば道長も納得したようだった。


 葬式だけにしようかと思っていた幹也だったが、結局通夜にも参加することにした。着替えるところが居るだろうと言って、制服を渡すついでに道長を家に呼んだ。花屋の前で落ち合おうといって。時間が迫るほど落ち着かなかった。


「幹さん」


 シャッターを半分上げた店の中で、道長を待っていた。約束の時間を数分過ぎた時、道長は現れた。


「………道長、くん?」

「ああ」


 現れた道長は変貌していた。


 改造した学生服以外はすべて、以前の道長とは異なっていた。金に染めていた髪は黒く染め戻され、サイドを剃り上げていた少し長めの髪は綺麗に切リ整えられている。重そうに見えるほどたくさんついていたピアスはひとつたりとも見当たらない。

 説明すればたったそれだけのことだったが、雰囲気はがらりと変わる。髪が黒くなったことで以前にも増して落ち着いた雰囲気を纏い、それにより元々整った顔立ちは精悍さを増した。その様は青年と呼ぶに相応しかった。


「髪型、変えたんだね」

「…ぎりぎりまで、迷った。…けど、和尚に恥かかせるわけにいかねぇからな」

「そっか。かっこいいよ」

「はは。さんきゅ。まぁ…族も…引退したしな」

「!…そうだったんだ」


 つ、とふたりは見つめ合う。


 抱き締めたかった。


 さまざまな感情が渦巻いた。ふたりはお互いにお互いを抱き締めたかった。


 だが、ふたりはそれを押しとどめる。ふたりの間にあった距離すら詰めることなく。やがて幹也がこっちだと自室へ道長を案内し、一志の制服を渡した。


「じゃあ、僕、下で準備してくるね…」

「…ああ」


 ぱたん、と小さな音をさせて部屋の扉を閉める。幹也は閉まった扉にとんと背を預けた。ぎゅっと右手で胸元の服を握りしめる。何も出来ない自分がもどかしかった。何が支えてあげたい、だ。何も出来ない。何もしてあげられない。


 不甲斐ない想いだけが幹也を苛んだ。





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