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君は青、俺は赤。  作者: ハルタ
8章:蓄積に伴う危機的状況
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42話

 竜胆の青。


 それは、幹也にとってどれほど嬉しい言葉か道長はわかっているのだろうか。道長のさす竜胆は兼昌寺の竜胆だ。幹也が、本当に美しいと心から涙した、あの、竜胆だ。その青だと道長から言われた。この想いをどう言葉にしたらいいのだろう。ぎゅうっと心臓が音を立てた。


 言葉より雄弁に、嬉しいと伝える幹也の視線に、道長は満足げに笑んで応えた。


「また、行こうな」

「ッ――…うん!」


 満面の笑みを浮かべた幹也の顔を、道長は温かい気持ちで見つめ、遊歩道に設置されていたベンチに腰掛けた。


「兼昌寺って竜胆以外もあんのか?」

「季節によって花を植えてるらしいから、四季折々いろんな花が見れると思うよ」

「幹さんの受験終わったら行きてぇな」

「そうだね。3月かぁ…何が見頃かな。椿、はもう終わってるかな。梅、辛夷こぶし、木蓮…ああ、でも兼昌寺ならすみれとか水仙…いや、瑠璃るり唐草からくさの絨毯とか……」

「くくッ」

「あ、ごめん。僕ばっかり…」

「いや、あんたらしいよ」

「うぅーん。いやぁ…ごめん」

「ふ。今度はちゃんと計画たててよ、温泉とかも行こうぜ」

「……あ…うん」


 何気なく言った一言に、幹也の表情が一瞬困惑に変わった。はて、自分は何かまずいことを言っただろうかと道長は首をかしげて、あることに思い至った。 


「あぁ。熱いのだめなんだっけか?」

「!?…な、なんで…」

「あー……あれだ。ラブホんときに、その…あんたのバスローブがはだててよ。それで、その…」

「火傷の痕を見た?」

「…わりぃ」

「ううん。こっちこそ、気持ち悪いもの見せちゃってごめん」

「んなこと思ってねぇよ」


 少し、むっとして道長がそういうと、幹也は嬉しそうに笑って「ありがとう」と礼を言った。


「でも、それだけで僕が熱いお湯に入れないって思ったの?」

「いや、そんときにあんたが張った風呂がかなりぬるかったから、なんとなく、そうなのかなって…」

「すごい洞察力だね」

「……なことねぇよ」


 それはきっと幹也のことだったからだ。なんて。


 あの時は、幹也への気持ちなんてまったく解っていなかったが。けれど、幹也以外の誰かだったとしたら気付かなかったかもしれない。そんな気がしていた。


「…足湯にするか」

「え?」


 ふと思いついてそう言った道長に、幹也はなんのことかと道長を見上げた。


「足湯」

「…足湯…?」

「きもちいぜ。熱い湯も」

「!」


 言外に含まれた道長の意図。いつか、ゆっくりでいい、幹也のトラウマがなくなるといい、と。幹也は目をいっぱいに見開いて、なみなみと驚きを瞳に乗せて道長をみつめた。


 やがて、幹也の視線の色が変わった。その視線は言葉にするよりも雄弁に道長に語りかけた。道長は気付いた。この視線の意味を。この、熱のこもった、視線の意味を。


 気付いた。衝動が言葉を発した。


「幹さん…俺のこと、好きだろ?」


 静かに。告げられた言葉に、幹也は再び眼を見開いた。同時に、ひやりとしたものが背筋を走る。


――気付かれた


 幹也の動揺を余所に、道長は自分自身の言葉に驚いていた。だがそれ以上に、祈るような気持ちで幹也を見つめた。


 目に見えて、幹也が動揺している。ただでさえ下がり気味の眉尻を困ったようにもっと下げて、おろおろと、言葉を探して目を泳がせている。


 違う。そんな顔をさせたいんじゃない。笑って「そうだ」と言って欲しい。そうすれば、自分も幹也が好きだと伝えられるから。


「好きって、言えよ…」


――俺と、同じだって


 ああ、なんてずるい。自覚しながら、道長は幹也に期待を込めた視線を送り続ける。


 だが、幹也は道長の期待の逆を口にした。己の気持ちを隠す術は悲しいことに十二分に持っていたのだ。


 幹也は静かに、口を開いた。


「…好きだよ」

「!」

「そりゃ好きじゃなかったら、クリスマスに男同士であわないでしょー」

「――ッ幹さ」

「道長くんは僕の大事な〝友達〟だ。大好きだよ」


 はっきりと「友達」と言い切った幹也。「なんか照れ臭いね」とダメ押しすることも忘れなかった。


 しかし。道長はその言葉の裏を読んでいた。自惚れと笑われようと、幹也が自分のことを自分が幹也を想う感情と同じもので想ってくれていると確信した。


 そうでなければ、幹也の辛そうな笑顔の意味が繋がらない。


 この男は、家族を〝普通〟から逸脱させる要因を残酷なまでに切って行くのか。嘘を、貫き通して、本当だと見せるのだろう。自分自身をもそうやって嘘で塗り固め、それを真実であるようにするのだろう。


――なら、あんたの幸せはどこにあるんだ幹さん


 愛おしい。こんなにも好きなのに。


 ふと大地のことが頭をよぎった。話をしなかった。自分の中にくすぶっているものから逃げた。


 激情がうずまいた。だめだ。冷静じゃない。今の自分は冷静じゃない。


 解っているのに。


「…好きだ」


 幹也のことも、自分のことも、そこまで、解っているのに――道長はどうしても我慢出来なかった。


「え?」

「俺は好きだ。あんたのことが、どうしようもなく…」

「……え…?」

「…好きだ」

「……」

「…あー」


 言ってしまった。伝えてしまった。

 幹也の、困惑する顔が、悲しい。


「…悪ぃ。忘れてくれ…」


 笑った。道長は、無理やり、笑った。二カッと、困ったように。道長は初めて、幹也に年相応の少年の笑顔を見せた。


「困らせるって、解ってたのにな。悪ぃ」

「……」

さみぃな。帰っか」


 道長はその顔を穏やかな微笑みに変えて幹也にそういうと、ゆっくりと駅へと向かって歩き始めた。


 幹也はその背中を呆然と見つめる。言われた言葉が頭の中をぐるぐると回った。そうしてやっと理解した時、泣きたいほど胸が締め付けられた。


――…道長くん…


 幹也は、胸を抑え道長に見えないように深く頭を下げた。


――…ごめん


 自分も、こんなにも、道長を想っているのに。


「…ごめん、道長くん…」


 震える声で小さく呟いた謝罪は、幸か不幸か道長に届くことはなかった。




 * * *




 虚しいほど静まり返った、道長の自室。電気もつけず、脇に灰皿を寄せて、道長は静かに煙草をふかしていた。


 ぐちゃぐちゃと頭の中を整理できないいろいろなものが渦巻いていた。幹也への想い。大地の安否。伝えてしまった感情。ケルベロスの今後。後悔の念。不安の渦。


 危うい。


 どんな形でか決着をつけなければ。考えないといけないことが積み上がっている。しなければいけないことは大きい。なのに、どれから手をつけたらいいのか、何から考えたらいいのかが解らなかった。


 どうしたものかと深いため息が漏れた、その時だった。ベッドの上に放り出していた携帯電話のバイブレーションが低く唸るように着信を知らせた。


 ぴ、と音を鳴らして応答する。


「おう」

『…道長さん…』


 電話の相手は、慶太郎だった。


「どうした」

『……』


 慶太郎は押し黙った。こんなことは珍しい。道長は、なんとなく慶太郎がこれから言わんとすることが解った気がした。


『…大地さんが、パクられました…』


 やはり。


 大地が警察に捕まった。なんとなく。何故だろう、なんとなく、こうなる気がしていた。道長は静かに慶太郎に尋ねた。


「…パクられた理由は?」

『…ハッパです』

「…そうか」


 大麻取締法違反。ただの所持ではなく、大地の場合は営利目的の所持だ。7年以下の懲役または懲役と200万以下の罰金の併科が課せられる。そしてきっと、森山組は大地を見捨てるだろう。


 ぷつりと携帯電話をきった。大地が見つかった。無事だった。道長は心底、安心していた。望んだ形ではなかった。自分の手で、大地を引き戻したかった。それでも。


 大地は無事だった。何故か、肩の荷が下りたような安堵を感じていた。同時に、そんな安堵を感じている自分に腹が立つ。


 警察に捕まっただけだ。大地が、本当にお互いを解っていたころの大地に戻ったわけではない。和解できたわけではない。むしろ、その距離は広がったと言ってもいいかもしれない。今後しばらく、以前のように気軽に会うことはできないのだから。


 それでも。


 ヤクザの元に落ちたわけではなくなった。その事実が道長を安心させていた。


「……」


 ずっと、対等だと、大地と自分はお互いの隣を歩いていると思っていた。そう思っていたのは自分だけだったのだと改めて感じる。


 どうして、いつの間に、こんなにも解らなくなってしまったのか。戦争を、しなければよかったのだろうか。いくら考えても、解らなかった。


 ただひとつ、はっきりしていること。それは、今でも、こんなにも目頭が熱くなるほど道長にとって大地は大切な存在だということだった。


 じわり、と本音が湧きあがる。


「バカ野郎…」


 握りしめた携帯電話が、みしり、と啼いた。







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