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君は青、俺は赤。  作者: ハルタ
8章:蓄積に伴う危機的状況
40/47

40話


 マサシから話を聞いた直後、道長は大地に電話を入れた。思えば電話すら久しぶりだ。コール音を聞きながら、出ないかもしれない、と心配になる。だが、大地は道長の電話に応えた。


 思わず、ほっとする。


 だが、繋がったからと言って解決したわけではない。ようやくスタートラインだ。手短に、話がしたいと伝えると、すぐそばの公園で落ち合うことになった。道長はあえてバイクをホームに置いて、待ち合わせの公園へ一歩一歩、地を踏みしめるように歩を進めた。


「よー。道長ぁ。どした?なんかあったのかぁ?」


 公園につくと、大地がいつも通りの薄汚れたニッカポッカに使い古した黒のダウンを着込んでベンチに座っていた。


 葉が落ちきった木々で囲まれた公園は寒々しい。誰もいない上に夕方の曇天も手伝って見慣れているはずの公園はいっそ不気味だった。


「あんだよ、こえー顔してんな。なんかあったのかよ?」

「なぁ…」

「あん?」

「おまえ…俺になんか隠してんのか?」


 決定的なひとことを言えなかった。向き合っているのに、確かめに来たのに、道長は言葉を濁した。すがるような気持ちで大地を見つめる。


 途端、大地は無表情になった。その顔をどう読みとったらいいのか解らない。何も知らなくて、一体何の話だ、と言いたいのか。それとも、心当たりがあるからその表情なのか。


 しばらく沈黙が下りた。


 道長は、思い切った。


「おまえ、ハッパ…売ってんのか?」


 無音が場を支配する。しばらくふたりは、ただ探り合うがごとく、視線をぶつけあっていたが、突然大地が、にらめっこに耐えきれなくなった少年のように、ぷっと小さく吹き出した。


「くっくっくっくっく。んだよ。誰だよ。道長にチクったのぁよぉ。あとでシメとかねぇとなぁ?」


 けらけらと笑いだした大地に、道長は信じられない思いだった。最後の最後まで嘘であってほしいと思っていたことが、肯定されてしまった。


 ごう、と全身の血管を伝って怒気が駆け抜ける。


「…大地、おまえ、ハッパなんか売って何考えてんだ。売人かヤクザにでもなるつもりなのかよ?」

「うるっせえなぁ~…だぁから口止めしてたのによぉ」

「血迷ってんじゃねぇよ大地。どっから手に入れた」

「だからっせぇって。西村さんだよ。森島組の」

「!なんでお前が…」

「めぇーし」

「名刺…?」


 言われて、はたと思いだす。西村が来たあの夜、奴はいつでも連絡しろと名刺を置いて行った。大地はそれを見て、西村が来たことを知り、西村の誘いを断ったことに逆上した。その後、名刺が無くなっていることに気付いたが、深く考えてなかった。大地が持ち帰っていたかもしれないと思ったが、連絡していたとは考えたくなかったからだ。


「大地、お前…森島組のは断ったっつっただろぉがこのクソ野郎。何勝手なことしてくれてんだ。あ?」

「……っゼぇ…」

「は?」

「ウーゼーえ、っつったの。おまえほんっとマジうぜぇわ」

「!」


 ショックだった。


 ただ、ひたすらショックだった。他の誰にも言われても大地にだけは言われたくなかった言葉を、吐き捨てられたことに。それが、本気で向けられた言葉だということに。


 怒りで熱くなっていた体は、急激に冷えた。


 そんな道長を解っていてわざとなのか、大地はピエロのようにふらふらとけらけらと笑いながら道長に近づいた。


「なぁ道長ぁ~。おまえよぉ知ってっか?県下統一したのはケルベロスだなんて誰も思ってねぇんだぜ?」

「…は?」

「誰か、そこらのヤツに聞いてみろよ。なんて答えると思う?」

「……」

「誰に聞いたってな、こういうぜ。〝県下統一したのは波多道長だ〟ってな」

「…――え?」


 言われたことが理解できない。ケルベロスが県下統一をしたと思われていない?響き渡ったのは、道長個人の名でしかない、大地はそう言ったのか?追い打ちをかけるように、大地がさらに言葉を重ねた。


「ケルベロスが県下統一したんじゃねぇんだよ。誰もがみんな、おまえがケルベロス使って、統一したと思ってやがんだ」

「う、そ…だ」


 今日は、何度ショックに頭を殴られればいいのだろう。道長は完全に混乱の境地に立たされていた。波多道長個人が県下統一をしたと思われているなど、思惑はずれもいいところだ。それでは一体なんのために、戦争を始め、終わらせたのかわからない。ケルベロスの名を轟かせるために、やったというのに――


 文字通り絞り出すようにつぶやいた道長の言葉を、しっかりと拾った大地は、先ほどまで気味が悪いほどの笑顔だったその顔を憤怒に歪めた。


「そうだ!嘘だよ!おまえひとりで県下統一なんか出来やしねぇっつうんだよ!!チーム纏めたのはおまえじゃねぇ!俺だ!」

「……」

「てめぇが県下統一したんじゃねぇ!俺がいなかったら県下なんかとれてねぇ!そうだろッ!?」

「……」

「なのに、誰に聞いてもおんなじことを言いやがる!〝県下統一したのは波多道長だ〟ってな!!くそムカつくんだよ!てめぇじゃねぇ!俺だ!」


 確かに、大地がいなかったら、新しく入ったチームはきっとどこか疎外感を感じ、あそこまでひとつにまとまることは出来なかった。狙ったチームを潰す時、同盟チームとの連携に必要な連絡役は大地が担っていた。大地が言っていることは、決して〝間違い〟ではない。


 しかし。


 それが正解だというのは、大きな自惚れだ。チームを纏めた功労者は確かに大地だが、戦争の後半それを担っていたのは慶太郎とブラッズの八瀬だ。それに道長自身はそれほど自覚も意識もしていなかったが、纏まって大きくなったチームを動かすだけのカリスマがあったのは道長だけだった。県下の無数にあったチームを確実に仕留める戦略を練ることが出来たのも、道長だけだった。


 情けない。あまりに情けない。大地の自惚れも、思惑違いの結果も、親友に理解されなかった自身の理想も。なにも、かも。


 だが、今の論点はそこではない。道長はぐっと奥歯を噛み締め、大地を睨んだ。


「仮に、そうだとして……それと、ハッパ売んのと、どう関係があるっつーんだ。あ?」


 道長が冷静にそう問えば、大地は面くらったように押し黙った。それをじっと道長が答えを待つように見据える。大地はふいと視線を外した。次いで、タオルで巻いた頭をバリバリと乱暴にかき、ポケットに両手を突っ込み、のけぞって道長に投げやりな視線を寄越した。


「バカバカしくなったんだよ」

「…な、に…?」

「ケルベロスの副総長だっつっても、ふたこと目には〝波多道長の〟って言われんだぞ?ハッ!俺はおまえの家来じゃねぇっつーの。やってられっか」

「……」

「なにが〝喧嘩上等〟だ。古くせぇにもほどがあんぜ」


 大地が言い放った言葉に、一瞬にして頭に血が上った。


「――大地ぃいッ!!」


 にぶい、人を殴った音が、誰もいない公園に響いた。


 道長の全力の右ストレートをまともに食らって、大地はざぁーっと地面を滑る。


「大地、てめぇ…ッ!」

「――っぅ、…の、黙れ!金持ちのボンボンがッ!」

「!」


 立ち上がりざま、大地の回し蹴りが道長の鼻先をかすめた。蹴り技は大地の得意分野だ。不用意に近づけば、あの慶太郎の巨体でさえ倒れる。道長は近づくのを警戒しつつも、態勢を整えた大地がつかつかと近づくのを許した。大地は、道長の胸倉を力任せに掴み上げる。


「俺はな!道長!てめぇが一番ムカつくんだよ!!」

「ッ――!」

「テメェのなにが族だよクソが!パンピーには手ぇださねぇ、ヤクもシンナーもやらねぇ、ヤクザとは関わらねぇ。ざけんじゃねぇよ!族のくせにイイ子ちゃんか!なにがカツアゲ狩りだ!ヒーロー気取りかクソったれ!卑怯なんだよてめぇはよ!」

「違う、大地!俺はッ」

「黙れクソ野郎!金持ちで何の苦労もねぇまんま、いつでも俺の前を歩きやがって!てめぇがいるせいでッ!俺はずっとオマケなんだよッ!!」

「…だい、ち…?」

「てめぇなんかケルベロスごと腐れ死ね!」

「――」


 言葉が出なかった。代わりに体が動いた。


 拳が熱い。


 殴り返された頬が熱い。


 でも、それ以上に


 喉が熱い。

 胸が熱い。

 頭が、顔が、眼が熱い。

 心臓が、痛い。


――大地。


 いつからだ?


 一体いつから――?



:::



 目が覚めた道長が一番最初に見たものは、泣きそうな顔をした幹也の顔だった。夢を見ているのかと思ったが、何度か瞬いてこれが現実なのだと知った。


「…幹さん?」

「…良かった…目、覚めたね。今、看護師さん呼ぶから…」


 そういって幹也はふわりと笑うと、道長の頭の上あたりに手を伸ばした。段々と周りを見渡せるようになった道長は、自分が今どこに居るのかを認識し、幹也がナースコールを押したのだと理解する。


「…病院?」

「うん」

「なんで…幹さんが」

「…本当に、偶然みつけたんだ。道長くんが公園で倒れてるの…」


 学校からの帰りだった。幹也は降り出した雨にほんの少し雨宿りをしようと、通学路の途中のその公園に立ち寄った。そこに人が倒れていることに驚いて駆け寄り、さらにそれが道長だったことに心臓が止まる思いだった。慌てて救急に連絡し、今に至る。


 道長はそれを聞いてただ「そうか」と呟いた後、幹也に視線を向けた。


「大地は?」

「え?」

「大地…俺のツレも、倒れてただろ?あの、公園に。……あいつ、どうした?」

「他に、人がいたの?」

「……誰も、いなかったのか?」

「うん。…僕が、道長くんを見つけたときはもう、誰もいなかったよ」

「……そうか」


 力なくそう応え、また天井に顔を向けた。


「…幹さん」

「うん」

「俺、ツレと喧嘩した」

「大地、君?」

「うん…俺の…」


 そこまでいって、言葉に詰まった。喉の奥にぐっと熱が集まる。


「俺の、親友。…だと…、思ってたヤツ…」

「……」

「…最高のツレだと、思ってた…」

「……」

「ガラにもなく…マジで、親友だと思ってたんだ…」

「…うん」

「なのに…」

「……」

「なのに、あいつは俺のことが…――邪魔だったんだってよ」


 自嘲に口が歪んだ。こういうとき、人は嗤うのかと、道長は涙を流しながらくつくつと喉を鳴らした。


「…道長くん…」

「俺が、県下統一したのは、誰も地獄にいかねぇようにしたかったからだ。誰もヤクザにならなくてすむように、族やっててもパンピーにちゃんと戻れるように。県下統一したら、それが出来ると思った。だからやったんだ……。なのに…俺は、大地を止められなかった…」


 ぎしり、と奥歯が鳴った。噛み締めても、唇が戦慄いた。声が震え、うっとうしいほど目頭が熱い。


「俺は、一番止めたかったヤツを、止められなかった…!」


 とうとう、天井が見えなくなる。手で顔を覆いたかったが、道長の腕も手も、まるで捥がれ失ったかのように動かなかった。


「…クソ…」


 知らず拳を握り込めば、シーツごと掌に爪が食い込んだ。


「…クソ…」

「……」

「…クソッ…クソッたれ…」

「……」

「なんで…ッ」

「……ッ」

「なんでなんだよクソがぁぁあああッ!!」


 深閑とした夜の病室に、獣の慟哭がこだました。






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