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君は青、俺は赤。  作者: ハルタ
7章:蓄積に伴う状況変化
35/47

35話





 情報というのは、いったいどこから伝わるのだろうか。


 ケルベロスが県下統一を果たしてから3日。暴走族やギャングにかかわりのない一般の高校生たちの間にも、ケルベロスの偉業はまことしやかに囁かれるようになった。


 その頃にはすでに、幹也の耳にその話は届いていた。やんちゃをしている友人がいる一志がそばにいるのだから、当然といえば当然だった。


「結構噂になってんな」

「…とうとう、やっちゃった、って感じだもんね…」

「だよなー。ことの真相聞いて俺もビビったぜ。波多道長、歴代総長から受け継いだバイクをカツアゲ狩りの景品にしてまで、やる気を煽ったらしいぜ」

「マジで?カッコよすぎでしょ、道長くん」

「なー。年下とは思えねぇよ」

「…結局バイクどうなったんだろうね」

「ああ、結局勝ったの波多らしいぜ。だからバイクも本人に戻ったんだと」

「ほんとに!?…ええーカッコよすぎて逆に引くレベルだねそれ…」

「なー」


 一志とそんな話をしながら、幹也はもう2週間以上見ていない、道長を思う。


 無事だろうか。あの強い意志を体現した牡丹のような彼の人は。大きな怪我をしていなければいい。


 幹也はぼんやりと胸が熱くなるのを感じながら、窓越しにキンと澄み渡った空を見上げた。



:::



 道長は、ホームにある自分の特等席であるソファに深く腰をおろし、真っ白な包帯が巻かれた自分の両の拳を眺めていた。


 とにかく何もかもが上手くいっていた。誰も成し得なかった県下統一という偉業。あの初代ですら2年掛かりでもできなかったことを、たった数ヶ月でやり遂げてしまった。簡単だったとは決して言わない。だが、想定していた期間が短すぎて、逆に心配になる。


 危ぶんでいた反発勢力もなく、いっそ拍子抜けするほど。同盟のチームにも不安要素は無い。むしろ仲間としての絆はぐっと深く強くなった。そしてずっと不安だった大地も、幹也との旅行から帰った頃から以前のようにホームに顔を出すようになっていた。


 望みが全て叶ったような、そんな状態だった。ふわふわと、どこか地に足がついていないような感覚。満足感に心を捕われている。気を抜いていると足元を掬われるような気がするのに、何に気をつけたらいいのか解らなかった。


――これでいいのか


 何かを達成した、その満足感と、ほんの少しの寂しさのような不安のような何か。


 それらを感じながら、思い出すのは、県下統一を果たした瞬間のことだった。


 最後に残ったのは、ケルベロスのホームから一番遠い街に拠点を置く、数組のギャングチームだった。ケルベロスが勢力を伸ばすのに対抗して、まわりのチームと同盟を組み、踏ん張っていた。だが、所詮は即席の同盟。連携はひどいものだった。組織としての力はケルベロスの方が圧倒的に強かった。


 チームをバラバラにすることに成功したケルベロス同盟は、短時間で乱闘に持ち込んだ。そうなれば、個々の実力があるケルベロス同盟には圧倒的に有利な状況だ。そこからの勝負は早かった。


 最後の一人を、道長が沈めた。


 肩で息をしていたが、興奮で疲労と痛みは感じなかった。やった、と頭の中に声が響く。


――やった。


 やりきった。てっぺんだ。


 それを自覚した瞬間、道長は吠えた。


「うぉぉおおおッ!!」


 まさに、勝利の雄叫び。それに呼応してケルベロスとその同盟のメンバーも叫ぶ。


 県下統一の瞬間だった。


 何度も、何度も、脳裏に浮かぶ、あの瞬間。思い出すたびに、少しの興奮と、妙な静けさを覚える。


 そしていつもその次には、あの男の顔を思い出していた。


――幹さん、今何してっかな…


 幹也のことを考えるとき、必ず思い出すのは、兼昌寺へ行ったあの2日間。あれはあまりにも濃い2日間だった。


 失望し、驚愕し、大いに笑い、喜び、感動し、強烈な羨望を抱き、嫉妬し、怒り、初めて誰かを慰めてやりたいと思った。


 道長にとってはめまぐるしく変化した感情。幹也の隣にいればいろんな自分を発見した。そして、大事なことを見つけた。ケルベロスをどうしたいのかという、意志。


 幹也と兼昌寺に行かなければ、きっとずっと漠然と不安なまま戦争を続けていた。こんなにもまっすぐに突き進むことはできなかった。おかしな話だが、今の道長には幹也が勝利の女神かなにかのように思えてならなかった。


「くく、あのタヌキ面が勝利の女神か…」

「…?道長さん?」


 ぼそりと呟いた言葉に、そばにいた慶太郎が訝しげに声を掛けてきた。それに、道長は少し笑んで返事をする。


「ああ、いや、なんでもねぇ」

「なんか機嫌いいッスね」

「そりゃな」


 ケルベロスとはまた違った、居心地の良さを懐かしく感じる。久しぶりに、幹也に逢いたいと思った。



:::



「道長ー!久々にナンパしに行くぞー!」


 冬のせっかちな太陽が沈み、あたりがすっかり暗くなった頃。仕事が終わったのだろう大地が、ホームに入ってくるなり大声で道長にそう言葉を投げた。挨拶もなしにそう言い放った大地に、ちらほらと居た、雑談をしていた他のメンバーが苦笑ともとれるにやけ顔を向けた。


 道長は呆れた顔でそばに来た大地を見上げた。


「ナンパぁ?…あんま乗り気しねぇな…ケータでも連れてけよ」

「バカ言え、アイツ連れてったらゴリラしか釣れやしねえよぉ。おまえいた方がいいのが釣れんだから付き合え!ほら!行くぞ!」


 言うが早いか、大地は道長の肩に腕を回し、ぐいぐいと引き起こす。こうなった大地は警察が来ようが止まらない。道長はやれやれと重い腰をあげた。


 乗り気ではない。が、関係がこじれかけた戦争の時のことを思えば、以前と変わりなくなった大地の誘いは単純に嬉しい。久しぶりにナンパして遊ぶのも悪くはない気がした。大地の為ならなどと、道長は決して表には出さないが。


「解ったから腕離せ」

「離したら逃げんだろてめー」

「逃げねぇから離せ」

「言ったなおまえ。絶対だぞ?」

「わーった、わーった」

「マジメにナンパしろよ?」

「マジメにナンパってどんなだよ」


 他愛もない話をしながら、ふたりは所謂ナンパの名所の繁華街へと向かう。狙うのは、派手な身なりをした、ノリのよさそうな2人組の女の子だ。


 手当たり次第、なんて無粋な真似はふたりはしない。ぶらぶらと歩きながら、じっくりと品定めする。そしてお気に入りを見つけると、さりげなく声をかけて気を引く。大地も道長も見目はかなり良いので、成功率は高かった。

 軽く話をして、少し遊び、そして、別れてそれぞれの相手とホテルへ。それがいつものパターンだった。


 今日も、今日とて、例外ではなかった。大地はかなり好みの子を捕まえたらしく、すこぶる上機嫌だ。道長も、それなりに好みの子をホテルに連れ込んだ。


 長く伸ばした髪を綺麗に染めてゆるくウェーブをかけたその子は、部屋を見て意外に綺麗だの広いだのとはしゃいでいる。それをぼんやりと眺めた。


 入った部屋は確かにおしゃれだ。ぴしりと整えられた大きなベッドのシーツは北欧を思わせた。青味の強い薄紫の間接照明に壁紙のラメがキラキラと反射していて、雰囲気もいい。戦争に明け暮れて、ナンパもラブホテルもそれなりに久しぶりだ。前回これらに触れたのはいつだったかと思い返せば、幹也と入ったのがそれだと気付きふっと微笑が漏れた。


「なぁに?ニヤニヤしてるぅ。やらしー」


 気付けば、連れ込んだ女の子が袖を引いて道長を見上げている。確か名前をミカといったか。男の視線を攫う服装と身体、そして小さな顔。随分長く量の多い睫毛が大きな目を縁取っている。綺麗にネイルの施された細い指が意味深に道長の胸元を這った。カーゴパンツのポケットに両手を突っ込んだまま、道長は彼女ミカを見下ろす。


「…やらしいことすんだろうが」

「ふふ。そうだね」


 くっとつめられた距離に、キスをねだられているのだと察した。視線を落とした唇は丁寧にグロスが引かれている。てろてろと光るそれはグラサージュを施された桃のようだ。


 道長は顔に出さずに心の中で渋面を作った。グロスたっぷりの唇は、天ぷらを食べた後、口を拭かずにいるように見えて嫌いなのだ。出来ればキスをせずに誤摩化せないかと、顔を寄せ、鼻先で頬や耳の裏をなぞってみるもうまくいった試しは無い。


 今回も期待出来そうになかった。顔が近づいたことでファンデーション独特の油のような臭いが香水に混じって鼻についた。この臭いはパフに湧いた雑菌のせいなのだがミカが気付かないものを道長が知るよしもない。ナンパは別に嫌いではないが、この瞬間だけはうんざりする。なんだって女はこんなにキスが好きなんだろうと毎度不思議だ。


 ミカがうっとりと目を閉じた。ああ、これが幹也だったらいいのに。


「――はぁッ!?」

「きゃッ!なにッ!?」


 ガバッと音がするほど勢いよくミカを引きはがすと、目を丸くしながらも非難するようなミカの視線が道長に突き刺さった。


 だが、今の道長にそんなことを気にしている余裕は無い。


「……」

「…ちょっと、どうしたのよ?」

「……」

「ミチナガ?」


 道長は突然くるりと身体を反転させ、ドアの精算機に紙幣を突っ込んだ。ミカが慌てて道長のジャケットの背中を引っ張る。


「ちょっ、ちょっと!ねぇ、何してんの!?」

「帰る」

「はぁッ!?」

「帰る、つったんだ」

「か、帰る、って!ちょっと待ってよ!意味解んないんだけど!」


 道長はとにかく、一刻も速くひとりになりたかった。精算機のきゅいきゅいと音を立てて紙幣を飲むスピードが遅くてイライラする。


「ねぇってば!」

「冷めたから帰る」


 ようやく理由らしい理由を返した道長だが、それは彼女が望んだ答えではない。とうとうミカは道長の腕を掴んで抗議した。


「はぁッ!?どういうことよッ!意味解んないんだけどッ!」

「うるせぇ黙れ」


 清算が終わり、かちりと鍵が開く。道長は一度もミカを振り返ることなく、足早にホテルから立ち去ってしまった。



:::



――有り得ねぇ有り得ねぇ有り得ねぇ有り得ねぇ!マジ有り得ねぇだろ俺…!


 道長は何も考えず――正確には何も考えられず――ただひたすらその言葉を頭の中で繰り返しながら、一般道を80kmものスピードを出して自宅へとバイクを走らせる。


 バイクを降り、離れの玄関を開け、厳重に鍵をかけ、猛スピードで部屋に閉じ篭る。肩で息をしているのは、走ったからだと思いたい。思いたいのに、それを許さないように鼓動はさらにさらに加速する。


 道長は髪をぐしゃぐしゃと掻き回し、呻きながらその場に座り込んだ。


 何を想像した?

 何を考えた?


 いったい、誰を(・・)、思い描いた?


 反芻すればするほど、突きつけられる事実。今まで感じたことの無いショックに道長はだらだらと冷や汗が止まらなかった。


 ぐるぐると落ち着かない思考。洗濯機のようにぐちゃぐちゃになった頭の中に、晴れやかに笑う幹也の顔が浮かぶ。そして、唐突にベッドでしか見れないような艶っぽい幹也の顔が、脳裏に浮かび上がった。


「いやいやいやいや、待て俺!悪化してんじゃねぇか!」


 思わず言ってしまった独り言が狭い離れの自室にこだまする。


――マジかよ。俺ってホモだったのか?いや、ホモって言っちゃいけねぇんだっけ?ゲイ?俺ってゲイなのか?いや、女抱いてたんだからバイ?つかそんなんどっちでも…よくねぇけど問題はもっと別で。幹さんだろ。幹さんが…ミカが、幹さんで…キスを……違ぇええッ!!


 盛大に、それはもう盛大にグルグルと回る思考。回して整理されるならとことん回す。だが、回せば回すほど訳が解らず、疑問は回されすぎてバターになりそうだ。もうパンに塗って食ってしまいたい。


 座り込み、うずくまること1時間。道長は唐突に諦めて布団にもぐりこんだ。


 翌日、知恵熱を出して寝込むことになるとは思いもしなかったが。








7章にしてようやくBLのLが…!

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