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君は青、俺は赤。  作者: ハルタ
6章:平行世界の相互理解
34/47

34話




 その場にうずくまって泣き崩れてしまった幹也を前に、道長は泣けとけしかけたもののどう慰めていいのか解らず、震えるその小さな肩を見下ろしていた。


 こんなにも悲しい想いがあるだろうか。ほんの少し、自分のことを考えた。それの何がいけないのか。ほんの少しの希望を抱いた、それの何がいけないのだろう。


 だが、幹也はそれを許さない。そのせいで泣き崩れるほどに辛い思いをしている。


 道長は考えた。自分なら、どうするだろう。これほどまでに、人のことを考えられるだろうか。捻くれることもなく、素直に物事を受け止められるだろうか。恩義に報いて高潔であり続けようと出来るだろうか。


 答えは〝否〟だ。例え祖母に対してだろうと、幹也のように、聖人君子かといっそ笑ってしまいそうなほどの想いを抱き続けることはできないだろう。


 それならば、幹也が抱えている苦しみは、幹也が言う通り汚いが故に思うものなのだろうか。


 道長の中の答えは明白だった。

 その答えもまた〝否〟だ。


 道長は、そっと幹也の側に膝をついた。


「…幹さん」

「っ、…ッ」

「俺は、本当に汚いものを知ってる…」

「……」


 道長は、言いさして、言葉に詰まった。これから言おうとしていることを聞いた幹也が、自分を見る目が変わるかもしれない。そう思うと挫けてしまいそうだ。


 だが、道長は意を決して口を開いた。


「仲間を平気で売る連中とか、子供を簡単に捨てる親とか…男を食い物にする女、女犯して回る野郎…ヤク、ウリ、ケンカ、リンチ…ヤクザ……」


 言いながら、胸が抉られるようだった。言うほどに自覚する、己の汚さ。己のいる世界の醜さ。幹也は何を思うだろう。黙っている幹也が怖い。


 だが、伝えなければ。


「他人なんてゴミみたいに扱う、えげつねぇ世界を俺は知ってる。…俺がいるのが、そういう世界だ…」

「……」

「本当に汚ねぇのは俺らだ。そっからみたらな、汚くねぇよ。ホモだかなんだか知らねぇけど、あんたなんか、全然汚くねぇ。ちゃんと……綺麗だ」


 幹也は、くしゃりと顔をゆがませると、片手で顔を覆い、声もなくまた泣いた。道長は、少し迷って、そっと、幹也の肩に手を置いた。


「俺が言うんだ。信じろ」


 静かに、そう告げれば、幹也は、微かに頷いた。たったそれだけだったが、それだけで、道長は幹也に自分の思いが届いたのだと感じた。


「…もう泣くな」

「…、…りが、とっ、…道長く…」


 いまだ声が震えている幹也に、道長は少しだけ苦笑した。


 ふと、イメージが湧いた。


「…あんたは〝青い〟な」


 ぽつりと、こぼれた言葉。


 あの竜胆と同じ。

 美しい、青だ。



:::



 高速バスに揺られ、薄暗くなっていく空を眺めていた。隣では幹也が静かに寝息を立てている。まばらに埋まったバスの座席。誰も何も言わず、聞こえるのはバスのエンジン音と窓の外を流れる風の音だけだ。


 道長は考えていた。幹也の泣きながら言ったこと、正俊のこと、ケルベロスのこと、自分のこと。


 考えて、考えて。


 いつの間にか、道長の中で、バラバラに点在していた世界が細い1本の道で繋がり始めていた。


 今、自分がいる、闇に近い世界。西村が誘った、本当の闇の世界。幹也や正俊がいる、明るい世界。それらはみな、何らかの形で繋がっている。決して、バラバラに点在する世界ではない。


 その中で、一番、居たほうがいいのは――いや、道長が居たいと願うのは、幹也や正俊がいる明るい世界だった。そして、ケルベロスのメンバーも、いつかはその明るい世界に戻るものだと、無意識に思っていたことを道長はようやく自覚した。


 だが、現実、ケルベロスのいる世界はあまりにも闇の世界に近い。一歩間違えれば、簡単にそちらへと転がっていってしまう。

 あの汚い世界から、脱せることが一番いい。それは自分だけでなく、今大切に思っているチームのメンバー、全員がだ。


 そのために自分が出来ること。それはなにか。


――県下統一


 安直な考えかも知れない。でも、成し得ることができたなら――。


 きっと、ギリギリのところできちんと踏みとどまれる場所になる。上手くいけば、ケルベロスがあの暗い世界から明るい世界に戻る道になれるかも知れない。


――俺が、それを作る


 頬杖をついて窓の外を眺める。膝の上の拳は、堅く握られていた。


 バスは走る。


 轟々と景色が流れて行った。



:::



 幹也と別れてから、道長は、双順の寺に向かっていた。


 暗くなってからの寺は、目立った外灯もなく真っ暗で、近くに墓もあるというのに、不思議と不気味には感じなかった。冷たい風が草木を揺らし、かさかさと音をたてたが、それすら今の道長には心地よかった。


 今の時間なら、双順はおそらく本堂にいるだろう。道長は寺事務所には目もくれず、靴を脱ぎ散らかして本堂の襖を開け放った。思い描いていた通り、双順は本尊に向かって読経を上げていた。道長はずかずかと本堂に入り、双順の後ろにどっかりと胡坐をかいた。


「…さぁて…。どないしゃはった?こんな時間に珍しおすな」


 読経を終え、振り返った双順は柔らかな笑みを浮かべて道長を振り返った。だが、道長は素っ気ない態度で「別に」とだけ言う。本当に、何かあるわけではなかった。ただ、双順の顔を見たいと、ただそれだけで来たのだ。目的は達せられてしまった。


 双順は、そんな道長の心情を察したのかもしれない。フッと笑うと、どっこいせ、と立ち上がった。


「でや、道長。たまには茶の湯の相手でもせえ」

「…茶、ッスか?」


 唐突な誘いに、道長は眼を瞬かせた。双順はというと、ただ、いつも通りくつくつと笑う。


「かえはんに叩っ込まれたんや、覚えたぁるやろ?」

「はぁ…まぁ…」

「細かい作法なんぞ気にせんでええよって一服相手せぇ。な?」

「…ッス」


 道長の答えに満足したのか、双順は顔のしわを一層深くしてひとつうなずくと、本堂を出て、その裏手に設けられている三畳ほどの小さな茶室に道長を通した。


「…なぁ、道長」

「はい」

「おまはん、なんや盛大に暴れとるんやって?」


 茶を点てながら、世間話をするようにさらりと言った双順に、道長は眼を見開いた。


「……知ってたんスか…」

「坊主も付き合いは広いさかいなぁ」


 からからと笑う双順に、道長は胡乱な視線を投げて寄越すが、毎度のことながら双順はその視線さえも笑って流した。一体どんな付き合いがあるというのか、道長は内心「生臭坊主め」と悪態をつく。


「…止めても無駄ッスよ…」

「かっかっか!アホたれ。誰が止めるかいな」

「は?」


 ぽかんと目を丸くする道長。それをみた双順はカラカラとそれはそれは楽しそうに笑った。道長は遊ばれたと双順を睨む。いつもならその視線に悪戯っぽい笑みを返す双順。しかし、どうしたのか双順はふんわりと慈愛のこもった視線を道長に向けた。


「なあ道長」

「…んスか」

「好きなようにやりよし。わざわざ言わんでええ思て黙っとったけどな。ガキの頃にしか出来でけんことも沢山ぎょうさんある。遠慮せんとしぃたいようにしたらええ」


 予想だにしなかった双順の言葉に、道長は言葉を飲む。双順はそんな道長すら可愛いといった笑みを浮かべ、言葉を重ねた。


「おまはん、気ぃ付いてへんやろ。えらい(すごく)顔つきが変わっとぉえ」

「え?」

「大事なモン出来でけたか…、大事な目的モン出来でけたか…」


 指摘され、瞠目する。双順はにやりと笑うと、ふっと真剣なまなざしを道長に向けた。


「迷たらアカンえ、道長」

「……」

「誰かを悲しませても、恨まれてもそれを全部背負って、己の道を行ったらええ。己のごうが背負われへん、言うんやったらアカンけどな。ちゃうやろ、おまはんは。覚悟はあんのとちゃうか?」


 強い、強い、視線だった。

 重い、重い、言葉だった。

 押しつぶされそうなのに、奮い立つような安堵を感じる。


 本来なら、人として許されないことをしている。暴力をふるい、他人に怪我をさせ、たとえそれが自分にも等しく降り掛かるものだとしても、決して許させることではなく、ましてや誇れることでは決してない。


 それなのに。他でもない、双順が、背中を押してくれた。


「思うようにせえ、道長。やりたいことをして、して、し尽くしたら……」

「……」

「ほしたらまた、ここに帰っといで」

「――はい」



 それから2週間後。



 ケルベロスの名が

 県下全土に轟いた。





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