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君は青、俺は赤。  作者: ハルタ
6章:平行世界の相互理解
33/47

33話



 あまりに予想外の告白に、幹也は未だ口を閉じることはできないでいた。道長はというと、そういった話に慣れていたため、正俊がここまで照れていることが信じられず幹也と同じように口をぽかんと開けていた。


「まぁその、なんだ。嫁とは、俺が渡樫を離れた後に入った施設で知り合って…そこでは特に何もなかったんだけど、施設出てからばったり会って、なんか盛り上がっちまって……それでまぁ、なんつーか…そんな感じだ…」

「そ…そう、だったんだ…」

「おう…まぁ…つか、その、大事なのはこっからなんだよ。その、親父に電話でな、結婚するつもりだって報告したんだよ。んでまぁそんときに、ついでに生まれてくるガキにじじいとばばあがいねぇのは寂しいもんなのかなって。そんなことを、ちらっと話したんだよ……そしたら、電話口で怒鳴られた」

「怒鳴られた?お父さんが怒鳴ったの?」

「おう。すごかったぜ〝おまえは俺のことを『親父』って呼ぶくせに、本当の親父だとは思ってなかったのか〟って」

「それって……」


 ようやく口を閉じた幹也が、正俊の話に口を挟んだ。すると正俊は、どこか照れくさそうにしながらも、誇らしげに笑み、幹也を見た。


「ああ、正式に養子に来いって言ってくれた。お袋も、賛成してくれてる」

「……!」


 幹也は目を見開いた。


 正俊は、体をぐぃっと幹也に対面するように向けると、真剣な目で幹也を見た。


「今更、俺の都合で勝手なこと言ってるって解ってる。気持ちだけじゃねぇ、法律とか、相続とか、考えなきゃイケねぇコトはやまほどある。それでも…いや、そこを解った上で、幹也が許してくれるなら、俺は〝嘉村正俊〟じゃなくて〝渡樫正俊〟になりてぇ」

「……」

「幹也」

「…はい」

「俺を、おまえの兄貴にしてくれねぇか」


 静かだった。周りは未だざわざわとした喧騒に包まれているのに、とても静かな気がした。


 道長は音を立てないようにごくりとつばを飲み込んだ。そして、ゆるゆると幹也に視線を向ける。幹也はただ、真面目な顔をして正俊を見つめているだけだ。そこからは、何を考えているのかを読み取るのは難しかった。


 たった数秒だろうが、ひどく長く感じられた沈黙の後、幹也はふと顔を伏せて口を開いた。


「いまさらだよ、正俊くん…」


 幹也の言葉に、正俊の顔が一瞬にして青ざめた。全身の血が凍ったようにひやりと温度を落とした。それは、道長もおなじだった。まさか幹也がこんな言葉を紡ぐとは――


 どこか震えた声で「いまさらだ」といった幹也。抱えていた感情は複雑で、そう簡単にはいかないものなのかもしれない。正俊は、神妙な面持ちでがっくりと肩を落とした。


「…そう、だよな」

「いまさらだ。すごい、いまさらだ…!」

「…おう…」

「僕は、ずっと…ずぅーっと。正俊くんを本当の兄ちゃんだと思ってたんだから!」


 おもてを上げた幹也の顔は、歓喜に紅潮していた。


「え?……あ…え?」

「いまさら言い直さなくても、正俊くんはもう僕の〝兄貴〟だよ!」


 正俊の腕を掴み、叫ぶように言った幹也に、正俊はようやく自分の理解と幹也の言葉が真逆だったことを知る。喉に熱が詰まったように声が出なくなった。


「……ッ」

「結婚おめでとう!兄ちゃん!!」


 満面に笑みをたたえて祝福した幹也に、正俊はようやく、くしゃりと安堵と歓喜に顔を崩した。


「まぎらわしぃんだよ、ちくしょう…!」


 照れ隠しに幹也にヘッドロックをかけて、ぐしゃぐしゃとその頭をかき混ぜる正俊の目には、きらりと光るものがある。


 不覚にも、道長もまた、目頭を熱くしたのだった。



:::



「ごめん、ちょっとトイレ」


 ひとしきり笑いあって、話が落ち着いたのを見計い、幹也はそう言って腰を上げた。それを受けて正俊は右手の腕時計をのぞき、ああもうこんな時間かとつぶやいた。


「丁度いいや。もう出るか。俺も仕事だ」

「え?お休みだったんじゃないの?」

「んなわけねーだろォ。仕事の途中だ」

「ええ!?」


 驚く幹也に政俊はひらひらと手を振って気にするなと笑う。こういう鷹揚なところは昔と変わらないな、と道長はこっそりと微笑んだ。


「ごめん!じゃあ、すぐ戻ってくるから!」

「おー。先に出とくぞ」


 そういって、正俊は道長を視線で誘導して、会計を済ませ、店外へ出る。当然のように3人分の会計を済ませた政俊に、道長が「ご馳走様です」と頭を下げた時だった。


「おい」

「はい――ぁがッ!?」


 突然、胸倉を掴まれ、肘から下、腕全体で喉を絞めるかのように、道長は政俊に壁に叩き付けられた。喉を潰された衝撃と壁に頭を打った衝撃で眼の奥に星が飛ぶ。


「……幹也とは、どうやって知り合った?」


 地を這う低いうなり声にも似た正俊の声が道長に疑問をぶつけた。牙を剥き出しにした獣の眼が、道長を捕らえる。こんな正俊の眼は初めて見た。ケルベロス時代の正俊ですらこんな目をしたことはなかった。こんな、人を殺してしまいそうな眼は。


 道長は、初めて、正俊を恐ろしいと思った。


「答えろ。幹也とは、どうやって知り合った?」

「ケッ、ケルベロスの、下っ端がッ、幹さんをカツアゲしてて…」

「ケルベロスは喧嘩上等が掟だろうがッ!!」

「ぁぐッ!」

「幹也に手ぇ出したらマジぶっ殺すぞッ!!」


 このままでは落ちてしまう。道長は必死に正俊の腕を掴んで、声を張り上げた。


「だ、からッ、ス!」

「あ?」

「だからそいつらを、ボコって!幹さんを助けたのが初めです!」

「……」

「そのあと、俺のババアの墓参りで、ッう、花を買いに偶然入った店が、たまたま幹さんの店ッ、だったんス!それだけです!マジでッ!」


 緩やかに正俊の腕から力が抜け、少しだけ道長の首が解放される。久々に感じた暴力への恐怖。ふいをつかれたとはいえ、未だ正俊には勝てないのだろうかとそんなことを考えた。ぜ、ぜ、と呼吸を整えていると、いくらか落ち着いた正俊の声が、また道長に降って来た。


「…幹也を、ケルベロスに引き込んでねぇだろうな」

「ねぇッス。そもそも幹さんとケルベロスは接触してません」

「……」

「マジ、げほ、です。俺だけです」


 真っ直ぐに、睨むほどに真っ直ぐに正俊の眼を見て道長は答えた。そうすることでようやく、正俊の手が道長から離れた。


「…どこまで聞いてる?」

「表面的な出来事は、ひととおり…」

「そうか…」


 そういうと、正俊は射抜くような真剣な目で、道長を見据えた。


「道長」

「…ッス」

「俺が言うのは、おかしいかもしんねぇけど……幹也を、頼む」


 突然の正俊の言葉に、道長は眼を見開いた。


「裏の世界から、守ってやってくれ」


 ぽつり、と零された正俊の本意に道長は、ああ、そういうことか、といつの間にか力が入っていた肩の力を抜いた。


「…心配しなくても、幹さんは〝こっち〟には来ません。それに…戦争に参加するきっかけに、カツアゲ狩りをしました。今も、それは続いてます」

「カツアゲ狩り…?」

「はい」

「……幹也の、為に…?」

「まさか。…けど」

「……けど?」


 思わず口にした「けど」という言葉。

 そうだ。カツアゲ狩りは佐宮を潰すためのきっかけだった。でもその裏にあったもうひとつの自分の思惑。やはり、ずっと引っ掛かっていたのだと今更ながらに思い至り、そのことが少しだけ恥ずかしく感じて、正俊に告げることが躊躇われた。


 だが、正俊に「けど、何だ?」と問われ、道長はしぶしぶ、口を開いた。


「……結果的に役に立てば、とは…」


 視線をそらしてそう言ったのに、正俊が目を見開いたのが、何故か雰囲気で解ってしまい、道長の頬にフッと熱が集まった。


 正俊はしばらく何も言わなかった。どう思われたのか気になって、道長がちらりと正俊を伺おうと視線を上げたその時、大きな手が、突然道長の金髪をかき混ぜた。


「憎いヤローだね。おまえはよ」


 見れば、そこには破顔一笑した正俊がいた。やっと認めてもらえたような気がして、道長はむずがゆいような心の温かさに戸惑うしかなかった。



 幹也がトイレから戻ると、正俊は乗ってきていたトラックに乗り込み、幹也の頭を撫でまわしてから、じゃあな、と笑った。少しだけ、名残惜しい。しかしまたすぐ会える、と正俊と幹也はあっさりと別れを告げた。


「じゃあね、正俊くん」

「おう。また、近いうちにな。嫁連れて、戻る」

「楽しみにしてるよ」


 乱暴な運転で出て行ったトラックを手を振って見送る。


 道長は、軽トラックが完全に見えなくなってから、幹也に自分たちも行くか、と促した。


 しかし、それに返事をした幹也は様子がおかしかった。いつもの調子なら、浮き足立っているだろうに、その様子はなく、むしろどこか沈んで見えた。


「…どうかしたのか?」

「え?何が?」

「暗くねぇか?…なんでそんな顔してんだ」

「そうかな?そんなことないよ」


 なんでもないと言って笑う幹也に、道長は何故かひどい苛立ちを感じた。


 誤魔化されている。

 そう直感した。


「言え」

「…だから、なにも…」

「言わねぇと、今すぐ嘉村さんに連絡いれるぞ、あんたの様子がおかしいって」


 胸倉を掴み、カツアゲでもするかのようにそう言えば、幹也は驚いた様子で目を見開いて道長を見た。道長自身も驚いていた。何をこんなに苛立っているというのか。なんでもないというのなら、放っておけばいいのだ。それなのに、幹也が何かを誤魔化して自分に嘘をついているということが、たまらなく腹立たしい。


「み、道長くん…?」

「嘘ぶっこいてんじゃねぇ、言え」

「だから、別に…」

「言え、つってんだろ!」


 胸倉を揺さぶるようにしてそういうと、観念したのか、幹也は視線を落とし、ぽつりと言葉を零した。


「…僕、ゲイなんだ」

「…………は?」


 道長は何を言われたのは解らなかった。


「……ゲイ……?」


 目が飛び出るほどに幹也を凝視する。言われた言葉をオウム返ししても、道長は幹也が言ったことが信じられず、聞き間違えたとしか思えなかった。


「うん。…同性愛者…ホモって言ったほうがわかるかな…」

「あ…あんた、が?」

「うん…」


 突然のカミングアウト。道長は、ただ目をパチパチと瞬かせた。何度も幹也の言ったことを脳内で繰り返すも、ショートしたように言われたことを理解することはできなかった。にもかかわらず、幹也が兼昌寺に行く途中のホテルで、男同士がラブホテルを使うことについて、意味深に言葉を濁したのはこのせいかと、どこか冷静な部分で、そう思いを巡らせた。


 だが、混乱した頭はただくるくると空回りするだけで、何か言おうと思うも、口を開閉させるも音は出ない。そうこうしているうちに、幹也が再び話し始めた。


「…正俊くんが、渡樫の養子になりたいって、赤ちゃんも、もう奥さんのお腹の中にいるって…」

「あ…ああ…」

「それを聞いて、純粋に喜べなかった…」

「……」

「…一番最初に、おめでとうって思えなかった」


 苦しげにそう吐き出した幹也を見て、道長の脳裏にひとつの考えが浮かぶ。


 まさか、幹也は正俊が好きだったのだろうか?


 だから、突然の失恋にこんなことを言いだしたのだろうか。何故か、ずくり、と、胸がきしんだ。

 そのことに道長はひどく戸惑ったが、それに気付いていない幹也は再びゆっくりと口を開いた。


「…僕は…将来、女の人と結婚しなくてもいいかもって……、一番最初に、そう思った……」

「あ…?」


 予想と違う幹也の言葉に、また声を失う。一体どういう意味なのか。


「正俊くんと父さんと母さんに命を救ってもらって、ここまで育ててもらったのに……正俊君が養子に入って長男になれば、僕は将来、女の人と結婚して子供を作る必要はなくなる、って……」

「……」

「ゲイとして生きられるかもって。僕……僕は…一番最初に自分のことを考えた」


 そこまでいうと、何を思ったのか、幹也は突然「あはは」と力ない笑い声を上げた。しかし、その声はあまりにも乾いていて、怪訝に思った道長の眉が片方ぴくりと上がる。


「……おい?」

「自分が、こんなに汚い人間だったなんて、知らなかった…」


 言って、幹也は嗤った。


 醜く、幹也自身を嘲笑う笑み。


 それは、道長の胸を抉る笑顔。


――なんて、顔すんだよ…


 この男は、一体どれだけの苦難を背負わなければいけないのだろう。幸せだという生活を送りながら、ともすれば今ある幸せを壊す可能性を、その身に抱えているというのか。


「……嗤うな」


 それでも、幹也が考えるのは、自分の幸せよりも、その幸せをくれる他人のこと。それ故に、幹也は苦しんでいる。幹也を苦しめるものと幹也を幸せにするものとは、どれほど近い場所にあるというのだろう。


「嗤うなよ」


 道長の中に怒りが湧き上がる。何に向けられた怒りなのかは道長自身にすら解らない。それでも、道長の中にはやり場のない怒りが恐ろしいほどまでに渦巻いていた。未だ嘲笑が消えない幹也の顔。道長は幹也の胸倉を両手で掴みあげた。


「嗤うんじゃねぇ!泣けッ!!」


 周りの視線を集めることも気にならないほど、道長は我を忘れて怒鳴った。驚きに見開かれた幹也の瞳が、戸惑って小刻みに揺れる。


 やがて、幹也の眼を薄い水の幕が覆い、溢れ、つ、と一筋頬を滑り落ちた。


「僕は…」


 ぽつりとこぼれた幹也の声。それをきっかけにするように、道長は締め上げていた幹也の胸倉をゆっくりと離した。途端にぱたぱたぱたっと堰を切ったように幹也の瞳から涙がこぼれた。くしゃり、と幹也の顔が歪む。


「僕はっ、汚い…!」


 絞り出すように、弱々しく紡がれたのは、悲痛なまでの小さな叫びだった。


「消えてしまいたいよぉ……!」






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