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君は青、俺は赤。  作者: ハルタ
1章:出会いに伴う特筆事項
3/47

3話


 その日の夜。ケルベロスのメンバーがホームと呼んで活動拠点にしている小さな廃工場で道長はいつものように酒やつまみを持ち寄って仲間達とたむろしていた。


「…ケータ」

「なんスか?」


 道長はポテトチップスに手を伸ばしながら隣で聴いているだろう慶太郎にだらだらと話しかけた。


 廃工場には当然のごとく電気が通っていないので、光源がない。なので彼らは現代っ子には珍しく大小さまざまなロウソクを持ち寄り、それに灯をともして廃工場での夜を楽しんでいる。

 ロウソクの光は意外にも強い。それに満ちた廃工場は闇夜でも相手の顔がはっきり解るほど明るかった。それでもゆらゆらと揺れる光に満たされたこの朽ちた空間はどこか不気味だ。そのなかにいる慶太郎はとても10代とは思えない強面の老け顔なので、どうかすると化け物じみて見える。この廃工場を使い始めた頃は随分仲間とからかったものだ。だが慣れきってしまった今では特に何も思わないようになった。


「おまえ、3月頃に新入りがカツアゲしてたの覚えてるか?」

「3月ッスか?あー…まぁなんとなく…」

「今日偶然そのカモられてたほうに会ったぞ」

「へ?」

「花屋だった。家が。おまえによろしくって」

「……」


 酒が適度に回って気分がいい。昼間より若干口数が増える。ふと視線を感じて隣を見れば慶太郎が驚いた様子で自分を凝視していた。


「どうした?」

「え、あ、いや、すんません。なんか、その、ちょっとビビったつーか…」

「…なにに?」

「や、ほら、ミチナガさんって興味ないこと、とことん忘れるじゃないッスか」

「――」

「だから、カモられるようなヤツのこと覚えてるなんてスッゲ珍しいな、っつーか…」

「……」


 慶太郎は言ってなにかを誤摩化すようにしきりにアーティスティックなラインが入った坊主頭をかいた。


 そうだ、と道長は思う。確かに自分は興味の対象が狭く、興味を惹かれないものごとに記憶力をまるで使わない。普段なら会った事すら忘れるだろう少年の事をこんなにもはっきりと覚えていた自分に気付かされ、道長自身も今更ながら驚いた。


「…あいつ、変わってんだよ」

「え?」

「なんか、よく、カモられるらしい」

「へぇ?」

「だからダミーの空の財布持ったり、札を靴ン中いれたりしてるっつってて…」

「ええ?マジっスかそれ?」

「たぶん。首から小銭入れまで下げてたし」

「うっは!キモいッスね!」

「…けどそれがなんか妙に似合ってて……たぬきみたいで可愛かった」

「うぉおちょっとミチナガさん!男相手に可愛いって大丈夫ッスか!?酔ってます!?」


 さっきとは打って変わってげらげらと笑いながら茶化す慶太郎。お前は会ったことないだろうがと文句を言ってやりたい一方で、ああそうだよな男を可愛いと思うなんて酔ってるんだなと思うと、なんだかいろいろ面倒で結局話はそこで終わってしまった。



:::



 翌日、道長は母の日を待たず、白いカーネーションを持って祖母の墓へと向かった。

 平日の昼前とあって道には主婦が多い。大抵の者はただ前だけを見てかつかつと歩いていたり、自転車を転がしているものの、何人かはちらりちらりと昼間から学生服で商店街を歩いている道長に視線を寄越した。


 そのうっとうしい視線を睨み返す気にもならず、道長は気に留めないようにして歩を進める。商店街を抜け、なだらかな細い山道をいく。地面をを踏むたびにじゃりじゃりとなる石混じりの土の音を聞きながらしばらく歩くと、目的の小さな寺の門が現れた。新緑が日に照らされ、その影が門に落ちている。道長はそれにちらりと視線を寄越すと立ち止まることなく門をくぐった。


「おお、道長やんか。おはようさん」

「ッス…」


 庭を掃除していた住職が道長を見つけて声をかけた。柔らかな笑みを浮かべた関西訛りのこの僧侶は笹原ささはら双順そうじゅんといい、道長を幼少から知る、道長の数少ない理解者のひとりだった。


 道長の家庭は複雑だ。道長は不倫の末に出来た子供だった。さらに道長の実母は父・秋長あきながと遠からぬ血縁関係にあったため、事態は面倒だった。


 道長が生まれその存在が親戚中に明らかになり、大騒ぎし始めた頃、実母は男を作って秋長から離れた。秋長は秋長で己の仕事――父・秋長はそれなりに大きな企業の取締役だった――以外には興味が無く、道長には金を落とすのみ。本妻はというと道長を秋長の子どもとは認めようとせず、存在しないものとして道長を扱った。


 そんななか唯一道長をひとりの人間として接し、育てたのはなんと父方の祖母・かえ、だった。


 道長はそんな祖母に全幅の信頼を寄せ、早くに夫を亡くし気管支を患っている祖母を大切にしながらお互い助け合って生きてきた。父親への反発心からか道長の素行は悪く、祖母にも多大な迷惑をかけてはいたものの、それでも根底ではお互いに信頼しあい、深い絆で結ばれていた。


 しかしその祖母も昨年、肺炎で亡くなった。


 大きな心の支えであった最愛の祖母が亡くなり自暴自棄になりかけた道長。そんな彼を支えたのが双順だった。双順は生前から祖母が信頼し、よく道長を連れて参拝に来ていたため、道長のこともよく知っていた。穏やかで、祖母とよく似た雰囲気を持つ双順はやはり祖母と同じように道長に接し、よく面倒を見てくれていたのだ。


「感心せんなぁ、学校ほったらかして来るやなんて」


 くつくつと笑いながらそう言う双順はしかし、そんなことは全く思ってないようだ。道長の右手に握られている白いカーネーションをみて笑みを深くする。


「かえはんの母の日のお参りか?」

「…ッス」

「喜ばはるわ。はよ顔見せに行っといで」


 黙って頷いてみせると、双順もうんうんと頷いてさらに笑う。


「お話し終わったら本堂にくるんやで?いつもみたいにお茶用意しとくさかいな」


 道長はまたひとつ頷いて、本堂の奥にある墓地へと足を向けた。ざっくざっくと踏みしめる砂の音が変わる。竹を組んだだけの垣根を抜けると石造りの幅の狭い階段が現れた。それを降りきると楠で出来た天然のトンネルに守られ、墓石が二十ほどひっそりと並んでいた。


 道長は墓場の手前にある水道でバケツに水を入れ柄杓をその中に突っ込むと、ただただまっすぐに祖母の墓前まで進んだ。躊躇なく柄杓で墓石に水をかけると、持って来た花束を無造作に置き、道長はすっと腰を落として手を合わせて静かに眼を閉じた。



:::



「はい」

「ッス…」


 熱いほうじ茶と豆餅を差し出され、礼とは言い難い礼を言って道長はそれを受け取った。本堂の裏にある階段にふたりして腰掛け、茶菓子を食べながら雑談する。それが道長の墓参りの後のお決まりのコースだった。


「今日はかえはんと何お話ししたんや?」

「別に。いつもと一緒ッス…」


 死人と話なんか出来ないだろうと道長はいつも思う。一度はそれで双順に食って掛かったこともあったが、双順はへらへらと笑ってそれをかわし、毎度同じことを道長に尋ねた。どう逆立ちしても双順には敵わないことを悟った道長はいつからか、祖母に話したという体で近況を伝えたりしていた。


「そらそうと、今日はまたえらい洒落たお花持ってきとったなぁ」


 ずずっとお茶をすすり、にこにこと笑いながら双順は言う。この人は本当によく見てるなと道長は少し感心した。


「あの花買った店のヤツ、ずいぶん前にカツアゲされてて。それが俺のチームの下っ端だったから、礼だってあんな風にしてくれたんス」

「ふん。やっぱり道長の話はこの老いぼれにはさっぱり解らんなぁ」


 双順はほっほっと笑いつつもばっさりと道長の話を切った。道長はぐっと言葉に詰まる。ここのところこうして、話し方を直されることが多かった。初めの頃こそ道長は面倒くさがっていたが、最近ではまともに喋れるようになろうと努力しているらしい。しばらくじっと考えるようにしてから道長は再び口を開く。


「…祖母さんに花を買いに行った花屋の店員が…ずいぶん前に会ったことがあって…」

「うん」

「そいつがカツアゲされてるとこに出くわしたのがきっかけなんスけど…」

「ほう、そら難儀やったんやな」

「まぁ、で、そのカツアゲしてたのがウチのチームのヤツだったんで…ウチはカツアゲは御法度だから、そいつらシめたら、その、花屋のヤツ助けたみたいになって」

「はあ、はあ、そんで?」

「そんで、偶然今日そいつの店って知らずに行ったら、向こうが俺のこと覚えてて。助けた礼だってちまい花付けてくれました」

「そうか、そら良かったなぁ」


 そう言ってまた笑う双順を目の端に見ながら道長は豆餅を頬張る。さて、あの店員は名前をなんといっただろうか。変わった名字だった。甘そうな――


「わたがし…」

「うん?綿菓子がどないした?」

「あ、いえ。食いもんじゃなくて、そいつの…今話した花屋のヤツ、名前〝渡る〟に〝樫〟って書いて〝わたがし〟っていうらしいです」

「ああ、なんや、道長おまはん幹也くん助けたんか」


 なんやなんやと言いながら双順は面白そうにからからと笑った。道長はというと双順が幹也くんと呼ぶほど親しく知っていることにひどく驚いた。


「和尚なんで知って…」

「そら知っとるよぉ。幹也くんとこも檀家さんや。それにいっつもお世話になっとるさかいなあ、お花」

「……ああ」


 納得だ。世間は狭いと思いながら道長はずずっとぬるくなった茶をすすった。



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