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君は青、俺は赤。  作者: ハルタ
6章:平行世界の相互理解
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28話



 幹也は少し迷ってから、ゆっくりと話し始めた。両親を亡くして移った薄暗い印象の冷たい建物。そこにいた自分を含めた11人の子供。その子供達をまるで奴隷のように扱っていた3人の職員。暴力に耐え忍び、怯えながら暮らしていたこと。2年生活した後の、脱走のきっかけになった事件。正俊の存在。渡樫夫妻との出会い、その生活。そして、正俊との別れ。


 ゆっくりと、しかししっかりと。朗読でもするかのように、幹也は己の半生を道長に淡々と伝えた。


「…そうか…」


 聞き終わり、道長はただひとこと、そう呟いた。


 やっと解った気がした。以前、幹也を学校という箱の中で異質な存在に感じたその理由が。そこいらに普通に居そうな少年なのに、どうしてもそう思えなかった、そのわけが。当然だ。たった18年の人生でありながらすでにこれだけの壮絶な経験をしていたのだ。普通であるはずがない。


 自分の中で幹也がどこか特別な存在に思っていた理由はこれだったのだ。無意識のうちに惹かれていたのだろう。それだけの過去を持ちながら、それを感じさせない幹也のその強い人間性に、知らぬうちに魅せられていたのだ。


「道長くんは?ご両親ってどんな人なの?」


 まっすぐ、目を見て尋ねてくる幹也。道長はその目を見ながら、幹也になら話してもいいと思った。幹也ならおそらく、ただ淡々と受け入れてくれるだろうと。


「親父は…」

「うん」

「割とでかい企業の社長でよ。仕事だけが生き甲斐みたいな野郎だ。俺は、いわゆる私生児ってやつで、お袋は親父と不倫して俺を産んで…結局すぐに別の男つくって出てったらしい」

「……そう」

「当然、愛人の子だから親父の本妻は俺の存在が邪魔でよ。一応、兄貴がいるけど、そいつも本妻も俺のことは完全シカト」

「…そっか」

「ついでに言っとくと、俺のお袋と親父は腹違いの兄妹だ。戸籍上はまったくの別人だけどな」

「昼ドラみたいだね」

「くくっ、俺もそう思う」

「苦労してんだね」

「あんたほどじゃねぇよ」


 くつくつと笑い合う。こんなことは初めてで、ひどく不思議だった。まるで他人事のように自分の話をする。しかし、だからといって乾いた感情があるわけではなかった。


「身内で唯一俺の味方だったのは父方のばあさんだった…でもそのババアも昨年くたばった。血縁で俺を人間扱いしてくれたのは、死んだババアだけだ。うるさくてクソ厳しいババアだったけどな」

「道長くんはお祖母様のこと大好きだよね」

「……どこが」

「素直じゃないねぇ」

「っせぇ」


 くすくすと笑う幹也に、むず痒い照れが道長の背中を登る。じわりと耳が熱くなっていくのが解って、道長は誤摩化すようにスプーンを指先で弄んだ。


「…つらい?」


 道長は顔を上げた。幹也がなにを指してそう言ったのかははっきりとしない。だが、真剣な目が尋ねた疑問に道長は少し考えてから、ゆるく首を横に振った。


「いや。ババアは死んだけど、和尚がいるしな」

「双順さん?」

「おう。それに、俺にはケルベロスがある」


 言って、道長はもう一度心の中でその言葉を反芻した。


 揺らいでいる。ケルベロスのある世界と幹也や双順のいる世界。本当の居場所をどちらだと思っているのかと。ケルベロスに居続ける以上、暗い世界は限りなく近くそれの恐怖は無くならない。不安がずっと胸に巣食っている。


 しかし、それが辛いのかと問われれば、少し違う。不安は消えてくれた方がいい。だが、ケルベロスが消えて欲しいかと問われればそれはありえないと即答する。ケルベロスは間違いなく、今の道長に必要な居場所であることは確かなのだ。


 道長は真っすぐに幹也を見る。


「ねぇ、道長くん」

「あ?」

「僕も聴きたい。道長くんのこと」


 話してくれるか、と視線で問う幹也に、道長は柔らかく微笑んだ。



:::



「……すごい時間になっちゃったね……」


 話が一段落したため、そろそろ移動しようかとふたりが席をたつと、時計はすでに午後11時をゆうに過ぎていた。フードコートを出てみれば、真っ暗な夜空と冷たい風がふたりを襲い、思わず胸元に手を寄せる。


「しゃーねぇ。兼昌寺に一番近いとこで高速降りて、適当にカラオケでも入るか」

「そうだね」


 そう言って、サービスエリアを出てから約1時間。道長と幹也は高速道路を降り、一般道に出ていた。しかし、ふたりは未だ移動し続けている。その顔にはいつしか疲労と不安が浮かんでいた。


 道長が、コンビニのドアを開け、店員にひとことふたこと尋ねた。中にいた店員は一瞬道長に怯えるも、しばらく考えて申し訳なさそうに首を横に振る。道長はそれに頷いて店を出ると、幹也の元に戻った。


「あ、どうだった?」

「やっぱこの辺には泊まれそうなとこはねぇんだと」

「…そっか……」


 そう、ふたりは宿を探していたのだ。しかし、向かう先は山の麓の片田舎。街灯以外に電気の灯っているところといえばガソリンスタンドか小さなコンビニ。あてにしていたカラオケはもちろん、漫画喫茶やネットカフェ、ファミリーレストランなど、深夜営業をしている施設はまったく見つからなかった。


「やっぱり野宿かなぁ…」


 スマートフォンで地図を眺めながら幹也はそう呟く。しかしそれは本気で避けたかった。11月のこの寒空の下、野宿などしたら風邪をひくどころか、下手をすれば凍死する危険がないわけではない。道長も同じ考えだったのだろう。幹也の呟きに返事をせずに押し黙ったまま、目を凝らし、どこかないかと探していた。


 実のところ、道長は内心かなり焦っていた。勢いで幹也をここまで連れて来てしまった手前、野宿などさせるわけにはいかない。にもかかわらず、軽い気持ちでしでかしただけに、このあまりに予想外の状況を、どうすればいいかわからなかった。


――なんでもいい。どこか温かく寝られる場所…


 道長は必死で目を凝らす。暗闇のなか真っ直ぐ続く道路。ぽつぽつと見える看板を、必死で識別した。


 すると、ふと道長の目にとまるものがあった。


「おい」

「え?」

「あそこいくぞ」

「え?どこかみつかった?」

「あれ」

「どこ?」

「あそこだ。あのピンクの看板」

「………マジでッ!?」

「凍死よりマシだろ」


 戸惑う幹也を無視して道長はずんずんと歩を進めた。そうして道長がとまったところ。


 そこは、随分と古めかしい――ラブホテルだった。



:::



 部屋に入った途端、幹也はずるずるとその場に座り込んだ。


「…何してんだ」


 ジャケットを脱ぎ、クローゼットにかけていた道長は、幹也のその様子に思わず声を掛けた。ゆるゆると幹也のうなだれた首が持ち上がり、目が合ったと思ったら、くしゃりと幹也の顔が歪む。


「道長くんのスケコマシ!」

「……は?」

「このイケメン!ドS!」

「……」

「エロボイスぅうあああ!一体それで何人の女の子泣かしたんだぁああ!!」

「…うっざ…」

「わかってます!でもはしゃがないとやってられない僕の心情も察して下さい!!」


 幹也の訴えに、道長は先ほどフロントで交わされたやりとりを思い出した。



 ラブホテルを見つけた道長は、何やら言いたそうな幹也を連れ、ラブホテルの扉を開けた。道長は戸惑う幹也を放ってさっさと中へと歩を進め、さっさとパネルから一部屋を選んだが、何故か鍵が出て来なかった。道長は舌打ちをして仕方なくフロントで係員を呼び出した。


 問題が起きたのはそのときだった。


『失礼ですが、お連れ様は男性の方ですか?』


 遠回しに利用拒否を口にしたフロントの人物に、道長は思わず舌打ちをしそうになったのをなんとか耐えた。どうやらこのホテルは男同士での利用は断る方針らしい。


 こちらから受付内の人物は見えなかったが、向こうからはこちらが見えているのだろう。となればマフラーを口元まで巻いていたとはいえ、幹也の頭は坊主頭を放置して出来たような髪型だし、いくら男にしては優しい目元をしていると言っても、女には見えない。


 脅しても良かったが、万が一話がこじれでもしたら、宿探しをまた一からやり直さなければならなくなる。これ以上宿を探す為に労力は割きたくない。もう疲れていたこともあるのだろう。道長は自分でも信じられない行動に出た。


「こいつ、こう見えて女なんスよ」

『…はい?』

「たまにいるっしょ。男みてぇなカッコしてる女」

『…え、いや、…あの…失礼ですが…』

「じゃあ、証拠みせたらいいッスか?」

『はい?』


 無理のある嘘をついてでも部屋を確保しようとする道長にあわせ、後ろで黙っていた幹也も、道長が発した〝証拠〟という言葉に首を傾げた。いったいどうするつもりなのかと見守っていたら、道長はふいに幹也を振り返ると、あまりにも自然に幹也の腰を抱き寄せた。


「おい、服脱げ」

「!?」

『ちょ、お客さん!?』


 フロントの人物すら戸惑いの声をあげる道長の発言に、幹也も眼が飛び出るほど驚いて道長を凝視した。とっさに声を出さなかったことを褒めてもらいたい。


「なんだよ、他のラブホでも脱いで見せただろ?」


 無表情でさらりとそんなことを言う道長に、幹也は混乱の中にも道長の意図を必死で汲み取ろうと頭をフル回転させる。恐らくは無茶なことを言い募ることでフロントにそこまでするなら入れと言わせる気なのだろう。それならば、と幹也はとにかく首をぶんぶんと横に振った。


「首振ってんじゃねぇ。早くしろ」


 予想が当たったのか、道長は強引に言い募る。抱いていた腰をさらに引き寄せて幹也の背後に回ると、ぴったりと体を密着させ、さらにはフロントのカウンターに幹也の体を押し付けた。


「…恥ずかしがってんじゃねぇよ…ミキ。……脱げ」

「――ッ!!」


 ふいに耳に届いた、甘く響く道長の声。濡れ場でしか聞けないだろう、その妖しさを含む声音に、図らずもぶわっと幹也の全身が粟立った。どっくどっくと心臓が鳴る。これは演技、これは演技だと幹也は必死に自分に言い聞かせたが、顔が熱くて頭に心臓があるように感じるほど赤面していた。


 もうなにをどうしたらいいのかの判断がつかないまま、硬直していた幹也。するとこともあろうに道長は後ろから幹也のブルゾンのファスナーを手探りで探し当て、ゆっくりと下ろしていくではないか。


「!!?」


 声こそあげなかったが、幹也は思わず道長の手を止めた。それでも道長の手はさらに下へとファスナーを下ろそうとする。一体何を考えているのか、体を見られたらそれこそ利用拒否されるのは解っているだろうに。


――何考えてんだよ道長くん……!


 もうやめてくれと叫びかけたまさにその時。ようやく我に返ったフロントの係員が慌てて鍵を渡してくれたのだった。




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