27話
「…………信じられない」
突然、拉致同然に連れて来られること1時間半。幹也達はそれなりに大きなサービスエリアに辿り着いた。
途中で警察につかまると面倒だと言って、道長はバイト先であるシバモーターガレージという名のバイクの修理加工工場に立寄り、道長がシバと呼んだオーナーと思しき髭もじゃ銀髪の小柄な男に、ヘルメットを貸してくれるよう頼んだ。
それまで幹也はあまり信じたくなかったが、道長が本気で群馬県の兼昌寺に行く気だと察し、なんとか隙をみて下車を試みた。当然だ。幹也達が住む横浜にほど近い小さな市から、件の兼昌寺まで、高速道路を使っても車で約4時間。今から行けば、確実にどこかに泊まらなければならない。明日は土曜で学校は休みだが、店は休みではないのだ。幹也はなんとしても、バイクから降りたかった。
だが、当然道長も幹也がそう考えているのを感じ取っていた。解っていて逃がすはずがない。ヘルメットを受け取るまでの間、幹也が降りられないように八の字を描くようにバイクを動かし続けた上、器用にヘルメットを片手で受け取ってかぶると、そのまま再び走り出し、あっという間に高速道路の入り口まで着いた。
しかし、料金所で大型二輪であっても2人乗りで高速は走れない。幹也は速度を落とす様子の無い道長にETCを突っ切ろうとしていると察し、止まらないと飛び降りると脅してようやく引き返させた。兼昌寺はこれにてお開きとなるかに見えた。
だが、意地になっていたのだろう。道長はおもむろに高速沿いの一般道にバイクを止めると、1本の電話を入れた。そして幹也を引きずるようにして高速バスに乗り込んだのだ。電話を入れたのは、慶太郎に乗り捨てたバイクを回収させるためだ。
そうして、ふたりはこのサービスエリアにたどり着いた。
「飯食うか?」
ぐったりとその場にしゃがみこんだ幹也に少しだけ――本当に少しだけ――同情し、夕食をとるかと尋ねると、幹也は大きくこくんとうなずいた。
「…その前にトイレ」
「ああ、なら、ここで待ってる」
「はぁい…」
乗り馴れないバイクに乗せ、抵抗するのも聞かず無理矢理連れて来たからだろう。幹也はすでにぐったりしていた。これはかなり長く休憩が必要だな、と思いながら、道長はジャケットの内ポケットからタバコを取り出して火をつけた。
平日とは言え金曜の夕方だからなのか、サービスエリアには意外に人がいて賑わっていた。夕日が姿を消しそうなほど低くなっていて、空は半分藍色に染まっている。
愉快だった。会った時はいつも自分のペースを乱さない幹也。あの展覧会では道長の方が幹也のペースに振り回わされた。なのに、今、幹也は道長によってぶんぶん振り回されている。バイクに乗せたときの幹也の狼狽ぶりを思い出すと、思わず声を出して笑ってしまいそうだ。
兼昌寺にも、竜胆にも興味は無い。だが、つかの間、チームのことを忘れるくらいなら罰は当たらないだろう。明日には、絶対に地元に帰れば問題ない。道長はそう結論付けていた。
この時点で幹也の都合を完全に無視していることに道長は気付いていない。むしろ道長は、行きたいと言った兼昌寺に連れて行ってやるのだから感謝されるだろう、くらいに思っている。バスの料金も払うと言った幹也を無視して道長が持ったものだから、尚更そんな風に考えていた。最近なりを顰めていた、俺様根性が我が物顔で表に現れていた。
タバコを吸い終わり、ふと目をやると、幹也が耳にスマートフォンをあてて何やら話しながらこちらへ帰って来ていた。一体誰と話しているのか、幹也は随分と楽しげだ。道長は無意識のうちに顔をしかめていた。通話が終わったのだろう。スマートフォンを鞄に納めると、幹也は遅くなってごめんね、と困ったように笑った。
「電話か?」
「あ、うん、母に」
「……」
「どうかした?」
ごく、ありふれた返答。なのに、それを聞いた途端、道長の中で、ごとん、と何かが音を立てて落下した。黒い感情が急激に道長を支配する。
「…ハッ……ママに連絡かよ」
反射的に言ってしまったそれ。
しかし、道長に後悔も反省もなかった。あるのは軽蔑。一気に、道長の幹也に対する評価が下がった。こんなマザコン野郎だったのかと、表情にこそしなかったが道長はかなり落胆していた。
こんな、奴だったなんて。
自分は一体何を期待していたのだろう。幹也はどこか他のやつらとは違うと思っていたのに。結局は親の庇護のもとぬくぬくとぬるま湯に浸っている、骨の無いやつだったのか。ここまで、連れて来たのがバカバカしくなるほど道長の気分は冷めていた。もういっそこいつをここに残して帰ってやろうか、などと考えながら幹也を見下ろした。
徐々に色を無くす道長の瞳を見つめ、幹也は道長の言わんとしたことを察した。解らなくはないと幹也は苦笑した。だが、幹也は恥じることなく、ただ頬をぽりぽりとかいた。
「まぁ、道長くんの言うのも解らなくはないんだけどさ、一緒に生活してる以上、連絡くらいいれる方がいいでしょ?心配すると思うし、連絡なかったらさ」
「……」
「道長くんだって、お祖母様が予定の時間に帰らなかったら心配したでしょ?」
「……」
それを言われるとさすがの道長でもぐっと詰まる。
「…すっごくお世話になってるから、心配かけらんないよ」
そう言って視線を落とし、大切なものを扱うようにスマートフォンを入れた鞄を撫でた幹也に、道長は大きな違和感を感じた。どこか、他人と生活しているような口ぶりに道長は首を傾ける。
「…どういう意味だよ?世話になってる、って」
「あ、僕ね、養子なんだ。小学校の時に両親が他界して、今の両親が引き取ってくれたんだよ」
「………は?」
思考が停止する。すぐには何を言われたのか理解出来なかった。まるで昨日の他愛無い出来事を話すようにあっさりと告げられた幹也の事情。それは、道長の想像を軽く飛び越えていた。
「だからさ、余計心配かけたくないんだ」
「……」
「さ、ご飯食べいこっ!お腹すいたー」
そう言ってぽんと腕を叩かれ、道長ははっとして建物の中に向かう幹也に続いた。だが、頭の中は混乱したまま。このどこにでもいそうな普通の、こののんびりした青年は、いったい何者だ。先ほど感じた軽蔑の念はもはや完全に霧散していた。
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セルフサービスのフードコートで、幹也はたぬきうどん、道長はカツカレーを注文し、適当に空いてる席に腰掛け、ふたりは夕食をとった。
その間、幹也は拉致されたことに開き直ったのか、サービスエリアでご飯を食べるのは初めてだと浮ついた様子で、いろいろと道長に話しかけていたのだが、一方の道長は対照的にどこか上の空だった。
道長は、先ほどの話が気にかかって仕方が無かった。なにか、触れてはいけないものに触れてしまったような、後ろめたさが拭えず、幹也が話す他愛無い話が耳に入って来なかった。気付けば山盛りのカレーはきれいさっぱり無くなっていて道長は思わず皿を凝視した。腹は膨れたものの、カレー代700円損した気分だ。ふぅ、と思わず溜め息が出た。
「…何か、訊きたいことがある?」
突然、幹也にそう言われ、道長は驚いて顔を上げた。顔を上げたそこには「ん?」と首を少し傾けて微笑んでいる幹也がいた。
「……」
訊いてもいいよ、と言うその表情。道長は迷うようにしばらく黙ったが、やがて静かに疑問を舌に乗せた。
「…親がいねぇってのは、本当か?」
「うん。血の繋がった親は、僕が8歳の時に事故でね」
「……じゃあ、花屋のは…」
「花屋のふたりは養父母。血は繋がってない。ご縁があって10歳のときに今の両親に引き取って貰ったんだ。安いドラマみたいでしょ」
「…親戚でもねぇのか?」
「うん。言葉は悪いけど…赤の他人、だね」
まさか、としか考えられなかった。どう、答えたらいいのだろう。チームに家庭環境が複雑な者は多い。片親いないなんてヤツはざらにいる。こんな話は慣れていると思っていた。なのに、道長は今ひどく動揺し、幹也になんと言えばいいのか解らなかった。
混乱の末、道長の口から出て来たのは、謝罪の言葉だった。
「…わりぃ」
「ははっ、謝らなくていいよ道長くん。ごめん、意地の悪い話し方したね」
「…、その…」
「ごめんね。ほんとに気にしないで。僕、ものすごく幸せなんだよ」
そう言って笑った幹也の笑顔は、それが本心だと手に取るようだった。綺麗な、曇りの無い笑顔。どうして、目の前のこの男はこれほどまでにまっすぐ笑えるのだろう。
知りたい。
道長の脳裏にそんな言葉が浮かんだ。
「8歳から10歳まで、どうしてたんだ?」
「…施設にいたよ」
「施設…。どんな?」
「………ひどい、トコだったよ」
「ひどいトコ?」
「……」
同じ言葉を繰り返せば、幹也は水の入ったガラスコップを弄びながら、困ったように少し笑った。訊いてもいいという割に、その点に関しては聞いて欲しくないのだろうか。
だが、道長は踏み込んだ。
「知りてぇ」
まっすぐに、幹也を見据える。
「教えてくれ。アンタの人生、どんなだったんだ」




