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君は青、俺は赤。  作者: ハルタ
6章:平行世界の相互理解
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26話




 不安を断ち切る為に訪ねたはずの双順の元で、不安をはっきりと自覚した道長。それ以来数日、迷い、定まらない意志を持て余し、ホームにも、ましてや学校にも、双順の寺にすら行く気にはなれなかった。


 かといって家に留まっているのもいやで、道長はなんとなくぶらぶらとバイクで町を流していた。誰にも見つかりたくなくて、道長は適当に見つけたネットカフェに入ると、いくらかの食べ物を頼み、目についた漫画を大量に個室に持ち込んだ。


 ポケットから携帯電話と財布、そしてウォークマンを取り出して机の上に投げ出した。放り出した携帯電話に電源は入っていない。持って来たものの、大地や慶太郎をはじめとした仲間から連絡が入ることを知りたくなかった。


「……」


 ぱらぱらと漫画をめくるものの、内容は入って来ない。気付けば本の中ほどを開いていて、冒頭に戻る、の繰り返し。道長はひとつ溜め息をつくと、漫画を放り出し、リクライニングチェアに体を沈めて目を閉じた。

 夢と現実の間を行ったり来たりするような浅い眠りを繰り返し、道長がネットカフェを去ったのは日が傾く頃だった。


 また宛ても無く、ただトロトロとバイクで町を流す。歩くとメンバーに捕まってしまうかもしれないため、バイクから降りようとは思わなかった。どこに行くでもなく、ただ走らせ続ける。


 いくつ目か解らない信号で止まった時、ふと、歩道を行く人に眼が止まった。


 幹也だ。


 道長は、バイクを道路の脇に止め、クラックションを鳴らし、幹也の注意を引く。ヘルメットを被らず、首に引っ掛けていたので、音に振り返った幹也はすぐに道長だと気がついたらしい。ぱっと花が咲くように笑う幹也。むず痒いような感覚が落ち着かない。


「よう」

「こんにちは」


 もうこんばんはかな、と言ってまた笑う幹也に、道長にも自然と笑みが浮かぶ。


 黒いエプロンをつけたままマフラーをし、臙脂えんじ色とベージュのブルゾンを着た幹也は、美容師が使うシザーホルダーを少し大きくしたような鞄を肩からさげていた。双順のところに花を配達したときも持っていた鞄だ。おそらく花の配達に必要な諸々が入っているのだろう。


「どこかからの帰り?」


 そうたずねた幹也に、道長はなんとなく誤摩化すために曖昧に首を動かした。


「あんたは配達帰りか?」

「うん」

「…ふーん」

「これからどこか行くの?」

「別に……あんたの店…」

「ほんと!?」


 また、ぱっと嬉しそうに笑った幹也。とっさにそう言ってしまった道長は、当然幹也の店に行こうなど、欠片も思っていなかった。それなのにここまで喜ばれるとさすがの道長でも少しばかり後ろめたい。


「…でももう閉めるだろ?」

「まだ全然大丈夫!開いてるよ!今ね、竜胆りんどうがいいよ。今日もいいの入荷したんだ!」

「リンドウ?」

「そう!青い花でね!すっごく綺麗だよ。年配の方とか好きな人多いよ!」

「ふーん」

「そうだ!竜胆って言えばね、兼昌寺けんしょうじが今見頃なんだって」

「…兼昌寺?」

「そう。花で有名なところなんだよ。たしか禅宗のお寺で…修行の一環で花を育ててるとかで一年中花が咲いてるんだって!」


 語る幹也の目は憧れを口にする子供の目そのもの。よほどいいところなのだろう。しかし、伝聞で話すということは行ったことは無いのだろうか。疑問をそのまま口にすれば、幹也はこくりと頷いた。


「群馬県だから、微妙に遠いでしょ?…行ってみたいんだけどねぇ…」


 そういって少し寂しそうに笑う幹也。確かに群馬は場所にもよるが、近くても道長達の住む町からは車で2、3時間ほどかかるだろう。いつか機会があると良いな、と道長がそう言おうとしたときだった。後ろから、幹也を呼ぶ声が聞こえた。


「幹也くん?」


 そう声をかけて来たのは中年の女性だった。年齢の割に綺麗なボディーラインをした上品な身なり。ブランド物のバックを自然と肩からかけたその女性は、振り返った幹也に、人違いじゃなかったと安心したのかぱっと笑顔を見せた。


「ああ、やっぱり!」

「植村さん!」


 幹也もその相手の名を呼び、驚いた様子ながら笑顔を返した。こんなところで会うなんて珍しいですね、なんていう幹也はどう見たって男子高生なのに――植村と呼ばれた女性が若くみえることも手伝って――ふたりが話している様子はまるで女子高生がはしゃいでるようにみえるのだから不思議で仕方なかった。


「植村さん、こちら僕の学校の後輩で波多道長くんです。道長くん、こちら植村さん。お店の常連さんで、毎日来て下さるんだ」


 幹也がごく自然にお互いを紹介すると、植村と呼ばれた女性は、にっこり「こんにちは」と道長に声をかけた。まさか、紹介されるなどと思っていなかった道長は、驚いてただ会釈を返す。


「これからどこかお出かけですか?」

「いいえ、帰るとこよ。ちょうど幹也くんのお店に寄って帰ろうと思ってたの」

「ホントですか!今なら母が店にいますよ」

「あら、雪江さんが?なら絶対行かなくちゃ!タイミング悪くて彼女にはなかなか会えないのよ。楽しみだわ。ねぇ、何かオススメはある?そろそろ新しい鉢植えが欲しいんだけど…」

「それなら竜胆がいいですよ。いま、道長くんとも話してたんです」


 幹也と植村の世間話に花が咲いて蚊帳の外だった道長は、唐突に幹也の口から自分の名が飛び出して来たことに驚いた。植村も驚いた様子で道長に視線を送る。


 それはそうだろう。こんな幹也の隣にいること自体不自然な、いかにも問題児といった風体の男が花のことを幹也と話していたなど、にわかには信じ難いに違いない。案の定、信じられないといった口調で幹也に「彼と?」と問い直していた。


「はい、道長くんも時々来てくれるんですよ、お店」


 笑ってそう言った幹也に、道長ははっとした。


 ――時々――


 幹也の中の道長に会う感覚と、道長の中の幹也に会う感覚が随分違うことに、道長は何故かショックを受けた。道長にとって、今や〝花屋=幹也の店〟だ。再会してからの半年以上、月に1度は必ず通った花屋で、いきつけの花屋だと思っていた。


 しかし、幹也にとっては違うのだ。毎日、学校の後に店先に立ち、多くの客に接している幹也にとって、道長は〝時々〟来る客でしかなかった。いきつけの店として常連客を名乗れるのは、目の前にいる植村とか言う女のことをいうのだと、道長はこの時初めて思い知った。かぁっと、全身が熱くなる。勘違いしていたことに、ひとり恥ずかしくなっていた。


 次いで感じたのは腹立たしさだった。道長にとって幹也はどこか特別だった。カツアゲから救った珍しい存在。大切な祖母の墓参りの花を買う花屋の店員。誰も知人のいない学校の中で、唯一目で追うことの出来る先輩。興味のないことはとことん忘れる道長が、珍しく覚えていた人物。


 どこか特別に思っていた平凡少年が、自分を特別に思っていないかもしれない事実に、道長は、静かな怒りを感じていた。


 にこやかに挨拶を交わして植村が去って行き、ようやく幹也が道長を見た。幹也が「ごめんね」と言うより先に、道長は口を挟んだ。


「…行くぞ」

「え?どこに?」

「兼昌寺」

「へッ!?」

「乗れ」

「乗れって、バイクに…?」

「早くしろ」

「………ええッ!?」


 驚いている幹也を無視して、道長はいったんバイクから降りてスタンドを立て、自分が首にぶら下げていたヘルメットを幹也に被せると、幹也の背後からぐっと抱き上げて無理矢理後部座席に座らせた。


「ちょ、ちょっ!待って待って道長くん!ストップ!降ろして!」

「掴まっとけよ。落っこちんぞ」


 自分が特別でないのなら、無理矢理〝特別〟な存在として幹也の意識に植え付ければいい。


 道長は、ドルンドルンと獣のうめき声のようなエンジンを噴かし容赦なく、発進した。





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