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君は青、俺は赤。  作者: ハルタ
5章:無関係な2点の関係性(下)
23/47

23話



 現れたのは、ひょろりとした印象の中年の男。綺麗に後ろへと撫で付けられた髪には白髪が交じっていて灰色の印象を与えた。上品なスーツの上にベージュのトレンチコート。茶色のマフラーを首に下げたそのスタイルは一般のナイスミドルと言えそうだったが、ぎょろりと動く眼と不気味な笑みを浮かべる口元が明らかに堅気でないことを語っていた。


 その半歩後ろには付き人らしき巨漢。慶太郎ほどではないが大きな体躯。映画のような派手で、いかにもといった服装ではなかったが、スラックスのポケットに手を突っ込み、肩で風を切って歩いてくる様は、まさに、といった風情で西村が本物だと裏付ける役目をはたしているようだった。


 道長は、すっと立ち上がり、軽く会釈をする。


「突然すまねぇな」


 男のしゃがれた声が道長を捕らえた。


「森山組、第2支部支部長の西村康夫(やすお)だ」


 そう言って、西村は一枚の名刺を道長に手渡した。道長は、粗相の無いようにと緊張しながらそれを受け取る。そこには西村が言った通りの情報が明朝体で記されていた。


「ケルベロス3代目総長、波多道長です」


 受け取った名刺を持ったまま、道長は西村に名乗ると、上座にある一番綺麗なソファに西村を促し、自らもその対面に配置されたソファに腰を落とした。その後ろには慶太郎が控え、さらにその後ろを八瀬やトビオ達、50人ほどの少年たちが囲んだ。


 貰った名刺を道長と西村の間に設置されたローテーブルに置くと、道長はさっそく本題に入った。


「ご用件は?」

「せっかちな野郎だな。世間話もなしか」


 にやにやと笑いながらそう言った西村に、ひやりと体温が下がった。まずったのかと肝を冷やしたが、西村の表情からこちらをからかっているだけだと自分に言い聞かせる。しかし、食えないタヌキ親父の典型ともいえる西村に、苦手意識が首をもたげた。膝の上に置いていた掌に汗が滲む。


「…失礼しました」

「くっくっく。まあ、そう硬くなるなよ。確かに先伸ばしてもあまり意味はねぇからな。用件は簡単だ。森山組の下につけ」


 何人かの息を飲む声が聞こえる。道長は姿勢を変えず、西村を見据えた。


「縄張りの確保と、ケルベロスの構成員の保証をしてやる。サツにパクられても、組が責任もって出してやろう。ケルベロスだけじゃねぇ、同盟チームのバックアップだってしてやってもいい。俺達がバックにつけば今以上に思いっきり暴れられるぞ」


 言って西村は煙草をくわえる。すかさず隣に立っていた付き人の男がかちりとライターを鳴らした。その様子を見ながら、美味すぎる話だと道長は無表情のまま一笑に付した。西村から目をそらさずに道長は静かに切り返す。


「…その代償は?」

「ハッ!〝代償〟ときたか。若造がいっちょまえに」


 ハッと鼻で笑うと、西村の口から煙草の煙がぶはっと吐き出された。西村は明らかに見下す視線を道長にやる。


「まぁ、解ってるなら話が速い。ハッパ…解るな?大麻だ。大麻を売れ。あとは上納金だ。ハッパの売り上げを入れて月200万。安いもんだろ」


 ざわッ、とメンバー達の間に動揺が走る。どこが安いんだ、と道長は吐き捨てるように口の中で呟く。もちろん顔色は変えない。

 確かに人数が増えた今ならひとり1〜2万円ほど出せば納められる額ではある。だが、徐々に納める金額は吊り上げられるだろう。しかし、大麻を売れというのはケルベロスの掟に反する。何がどうあっても飲めない話だ。


 そもそも、こちらの答えは出ているのだ、あとはそれをどう伝えるか。道長はしばらく黙してそれを考えていたが、龍太郎の言った、西村なら話が通じるかもしれない、という言葉を思い出し、唐突に口を開いた。


「…ンませんが、お断りします」

「ガキがナマ言ってんじゃねぇぞアアッ!!?」


 身内すらぎょっとするほどストレートに拒絶の返事をしてみれば、間髪入れず西村の付き人の方が怒鳴り、道長の胸倉を掴み上げた。咄嗟に慶太郎が動く。


「ケータッ!!」


 道長の鋭い声が慶太郎をその場に縫い止める。道長は足が浮きそうなほど締め上げられていたが、全く抵抗せず、腕もだらりと下げたままじっとしていた。


 やめろ、と声を発したのは、その様子をにやにやと笑いながら傍観していた西村だった。


「やめろ木島。てめぇじゃ相手になんねぇよ。離してやれ」

「ですが、西村さん!」

「やめろって。ふふ。さすが、頭はってるだけある。鯛の尻尾より鰯のなんとかってな。返り討ちにされる前に離してやれ」

「しかし…ッ」

「木島よぉ…俺の面に泥ぉ塗るつもりかぁ?んん?」


 口は笑みの形を保ったままなのに、ギロリと睨む西村の視線。


 その視線に、木島は当然、道長も背筋を凍らせた。


 ぞっとする。手が震え、喉がからからに乾いた。こんな恐怖は久々だった。西村は銃を手にしているわけではない。ただ悠然と座っているだけだ。それなのに、この、迫力。

 言葉を間違えれば、機嫌を損ねれば、殺されるかもしれない。あまりにリアルな命の危険を感じ、無意識のうちに握っていた拳に力が入った。


――これが、ヤクザってか…


 肌が凍り付きそうな恐怖。しかし、極道の世界をかいま見たことで道長は逆に冷静になっていった。この先は、別世界だ。自分達がじゃれている世界とは格の違う、危険な世界だとはっきりと自覚する。


――恐ぇ…


 自覚する恐怖。


 しかし、その恐怖が、道長に本当の覚悟をもたらした。


 木島から解放されソファに座り直した道長を、西村はゆったりと見おろすように眺めた。


「すまねぇな、話がそれちまった」

「いえ…」

「悪い話じゃねぇだろう、道長。理由を言え」


 道長、と呼ばれたことにぴくりと反応する。不思議なことに、勝手に名前呼んでんじゃねぇと内心悪態をつけるくらいの余裕が生まれていた。


「…ガキの喧嘩に大人が入って来てもらっちゃ困る。それだけッスよ」

「クククッ初代と同じこと言いやがる」

「……志なんで…」

「断れば、潰す」

「……」

「そう言ってもか?」


 真顔で、はっきりと脅した西村。膨れ上がる恐怖。血が凍るようだ。道長は、ぐっと拳に力をいれて、なんとかそれに耐えた。


「…俺達が上納する程度なんざ、雀の涙でしょう。そんなンで俺らを潰すって脅すほど、暇なんですか?森山組は」


 脅されたにもかかわらず、そう言い放った道長に西村は笑い出したくなった。だがそれは激昂し声を荒げた木島に遮られた。


「んのくそガキ!」

「木島ぁ!」


 再び道長に掴み掛かろうとする木島。だが、間髪入れず西村が木島の膝を思いっきり横から蹴り飛ばした。木島はうめき声を上げてその場に倒れる。まさか骨にひびが入りそうな勢いで味方に蹴られるとは誰が思うだろうか。


 だが西村は何もなかったかのように涼やかに「悪いな」と道長に言い添えた。道長も、西村同様ちらりと木島に視線をやっただけで特に表情を変えることはなかった。


「もう一度訊く。悪くない話だと思うぜ、道長。考え直せ」

「すんません、西村さん。俺らは喧嘩と単車転がして警察マッポを笑う以外に興味はありません」


 西村は思わず感嘆の溜め息を零していた。姿勢も表情も変えず道長はそう言い放った。道長を守るようにして後ろに立っているメンバーも、緊張はしているが、道長の発言に肝を冷やしている様子はない。道長を深く信頼しているのがよく解った。全員がいつの間にか恐怖を越えて、ギラギラした顔つきをしている。いいチームだ。これは、なびきそうにないな、と西村は感心していた。


 だが、西村もヤクザの端くれ。これで引き下がる訳にはいかなかった。


「…この俺を相手にそれで通ると思ってんのか?」


 本性をちらつかせ、恐怖をあおり、覚悟を打ち崩さんと、西村は殺気が混じるほどの視線で、道長を睨めつけた。


――さあ、どうする。



「なら、小指を」


 



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