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君は青、俺は赤。  作者: ハルタ
5章:無関係な2点の関係性(下)
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22話



 嘉村よしむら正俊まさとし


 まさに嵐のような男だった、というのが当時の彼を知る者達が口を揃えて言うことだった。龍太郎と副総長だったおき賢治けんじをひきつれ、ある日突然、腕試しという名の族潰しを始め、いつしかケルベロスと呼ばれるようになったチームを率いて2年ほど大暴れした挙げ句、あまりにもあっさりと姿を消した、初代総長。


 作り話のような武勇伝は数知れず。幼少の頃から大の大人を相手にケンカに明け暮れていたとか、武器を持った20人に囲まれても無傷だったとか、警察の大規模な包囲網をボロボロのスクーターで易々とくぐり抜けてみせたとか、泣かせた女は1000を越えたとか、大盛りの牛丼を一瞬で平らげたとか、ヤクザを相手に大立ち振る舞いをして無事に生還しただとか。


 龍太郎の話から、ヤクザを相手に云々というのは事実だったようだが、他のは嘘か真か解らないようなものばかり。恐らくそれらはすべて尾ひれが肥大した物――特に色恋沙汰は本人のホラらしい――だろうが、それでも、あの人なら本当にしたかもしれないと思わせるだけの人物であったのも確かだ。


「正俊さんは、ヤクザの下につくことそのものはどう思ってたんスか?」


 八瀬が問うのを、誰もが黙って聞いていた。正俊の人柄から考えれば組織に組み入れられるのを嫌ってのことだろうが、真実が知りたいのは誰しも思うところだ。


「それ事態も嫌がってたぜ。けど、一番は横からちゃちゃ入れられたのが腹立ったんだろ。そういう奴だったからな」

「そうですか」


 満足したのか、ふっと息を吐いて背もたれに体を沈めた八瀬に、道長はちらりと視線をやった。八瀬は恐らくこれからの方針の参考にしようと龍太郎に尋ねたのだろう。あるいは、初代の考えを道長に聞かせるつもりだったのかもしれない。いづれにせよ、道長にとってもありがたい質問だった。


 龍太郎は、残っていた酒を全部グラスに注がせ、それを一気にあおると立ち上がった。


「解散するなら躊躇うな。俺達先代に遠慮する必要もねぇ。カタギの世界に戻る気ならその方がいい。こっちは一度入ったら…そう簡単には抜け出せねぇぞ。…覚悟しとけよ」

「はい。ご忠告、ありがとうございます」


 道長が立ち上がれば、全員がそれにならって立ち上がり、龍太郎に恭しく頭を下げ、礼を述べた。龍太郎は大きくひとつ頷くと、胸元にさしていたサングラスをかけ、廃工場を出た。あとには道長と慶太郎が続く。


 廃工場の敷地の出入り口に、ひとりのいかにもチンピラといった風情の男が立っていたが、龍太郎に気付くとバッと姿勢を正し「お疲れさまです!」と頭を下げた。それに龍太郎は手を軽く挙げて応え、道長に向き直った。


「よぉ道長」

「はい」

「おまえ〝喧嘩上等〟に縛られんなよ」

「――ッ」


 唐突に言われた言葉に、道長は戸惑った。〝喧嘩上等〟は初代からずっと受け継がれたケルベロスの唯一絶対の掟。それを否定するような龍太郎の発言に、知らず知らず眉間に皺がよっていた。


「納得いかねぇか?」


 苦笑する龍太郎に、道長ははっとして小さく「いえ」と答えたものの、その通りだった。それを見透かされたのか「お前らまだ若ぇからなぁ~」と龍太郎は煙草に火をつけながらカラカラと笑った。


「おまえ、頭良いんだから俺の言うこと解んだろ?」


 言いながら龍太郎は道長の頭を乱暴に撫でまわす。


「頭ぁ張るってことがどいういうことか、ってこった」


 道長は頭に龍太郎の手を感じながら、必死にその意味を考えた。頭を張るとはどういうことか。喧嘩上等には縛られるなという龍太郎。龍太郎がいいたいことの輪郭が、見えそうで見えない。歯がゆい思いに、じっと龍太郎を見上げると、龍太郎は困ったように少し微笑んだ。


「ヨシはバカだから、ヤクザ相手にも掟を貫きやがったが、俺はそこまでする必要はねぇと思ってる。意地張るところを間違えちゃシャレになんねぇぞ」

「……」

「道長。おまえのひとことは、ケルベロスだけじゃねぇ、おまえの下の連中全部の人生だって変えちまうんだ」

「!」


 そのものずばりを言われ、道長は思わず眼を見開いた。解っていたつもりではあったが、はっきりと言葉にされると、どくりと心臓がなった。いつの間にか微笑みを消し、真剣に道長を見つめる龍太郎の眼差しに、眼に見えないものが重くのしかかったような錯覚に陥った。


「脅かすつもりはねぇ。けど理解はしとけ。おまえの下に一体何人いる?もう、たかだか20人程度のチームのトップじゃねぇんだ。そこをちゃんと自覚しとけ」


 道長は、龍太郎の視線にまっすぐ向き直る。そして神妙に一度頷いてみせた。


 道長の返事に満足した龍太郎は「よし」とひとこと言うと満面の笑みを浮かべて、再び道長の頭をかき混ぜた。道長はやめてくれと抗議するも、そのおかげで肩の力が抜けた。だんだん可笑しくなって来たふたりは声をあげて笑う。そうして道長は何気なく正俊と賢治は元気かと投げかけた。


「賢治はいま横浜でキャバクラのボーイやってんぜ。18越えたら行ってみろよ」

「正俊さんは…」

「ヨシは知らねぇ」

「連絡とってないんスか…?」

「ヤクザの俺がカタギのヨシに連絡とっちゃまじーだろうが」


 ついうっかり尋ねてしまったことに、道長はハッとして自分の軽率さを恥じた。だが、龍太郎はニカッと笑うと「なーんてな」と明るい声を投げかけた。思わず道長が顔を上げる。


「俺が極道こっちに入る、つったときに大ゲンカしたんだ。アイツとはそれっきりだ」


 そう言って龍太郎は心無しか寂しげな目で、自嘲気味に微笑んだ。


 道長がどう声をかけたらいいのか解らず黙っていると、後ろから、先ほどのチンピラが申し訳なさそうに龍太郎に「そろそろ時間です」と耳打ちした。見張りが最初に報告したふたりの内のもうひとりはこの男のことだろう。龍太郎はそれに「解ってる」と応えるともう一度、道長の髪をかき混ぜた。道長の頭髪はすでに寝起きでも有り得ないほどぐしゃぐしゃだ。


「お前は、大地や慶太郎とうまくやれよ」


 その言葉に、道長は今度こそ言葉に詰まった。


「……あ…あの、龍太郎さん」

「ん?」

「……」


 大地のことを話そうとして、道長はとっさに踏みとどまった。最近の大地のことを、果たして龍太郎に話してもいいのだろうか。これは、自分たちだけで解決するべき問題なのではないのか。


「どうした?」


 首を傾げる龍太郎に、道長は戸惑った。ちらりと視線をそらせば、チンピラが若干苛立たしげな目で道長を睨んでいる。本当に、時間が差し迫っているのだろう。龍太郎は割といい加減なところがあって、特に時間にルーズだったように記憶している。


 これ以上、龍太郎をここに留めるのも憚られ、道長は軽く頭を振って「すみません」と誤摩化すように少し笑った。


「なんでもないッス。今日は本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げて道長と慶太郎は、龍太郎の背を見送った。


 龍太郎の背中が見えなくなったのを確認して、道長はその場で今同盟を組んでいるチームの幹部全員を招集した。道長直々に全員を呼び出した。全員が集まったのは、夜中の2時を回っていたが、それでも全員を集めきった道長は龍太郎から聞かされた事の次第を丁寧に伝えた。


 そして、ケルベロスの意思として、道長ははっきりと宣言した。


 ヤクザの犬にはならない、と。


 大激論を覚悟していたものの、意外にもどのチームからも反論の声はあがらなかった。みな、道長の決定を肯定したのだ。これは、おまえが起こした戦争で、俺達だけの問題だと。だから、ヤクザという名の大人の介入は必要ないのだと。


 道長は、心密かに感動していた。そして、ひどく安堵していた。ケルベロスを筆頭とする、大きなチームはひとつの意志の元に動いていることに、感動し安堵したのだ。


 たったひとつ、大地の姿がないことを除いて。


 ヤクザとも全面対決だ!と歓声に沸く廃工場の中に大地の姿だけが、無い。大地とはどうしても連絡がつかなかった。ここ数日、ずっと。そして、どうしてもいて欲しかった今日も、大地と連絡がつかなかった。


 それだけが、不安となって道長の心に少しずつ、じくりじくりと影を落とす。


――大地…


 また少し、道長に不安の影がにじりよった。



:::



 龍太郎の訪問から3日後の夜もとうに更けた頃。出来る事ならずっと来て欲しくなかった客がやってきた。


「ミチナガさん!ミチナガさん!!」

「総長ーッ!」


 見張りについていた少年のうちふたりが、血の気を無くした顔で必死に幹部も集う大広間へとかけこんできた。その場にいた道長や慶太郎をはじめとする50人ほどの少年たちが一斉に何事かと、不安と緊張を宿した視線を駆け込んで来たふたりに寄越す。


「なんだうるせーぞ!」


 不安が伝播しないようになのか、はたまた自分の不安を払拭する為なのか、慶太郎が取り乱しているふたりの少年を叱責する。ふたりは「すンません」と謝ったものの、顔を真っ青にしたまま道長を見る。


「ミチナガさん…ヤクザです…ついに来ました…」

「森山組、西村ってヤローが…道長さんに会いたいって……」


 途端にざわッ!と廃工場が揺れた。


「騒ぐな」


 道長は、ひやりと温度の無い声で皆を制す。


「いまさら騒ぐんじゃねぇ」


 迷い無く言い放たれた道長の言葉に、廃工場がシンと静まる。道長は報告に駆け込んで来たふたりに、その訪問者を丁重に迎え入れるようにと指示を出し、どっかりとソファに座り直した。


「…おい、ケータ」

「はい」

「おまえの右腕に言って大地に連絡いれさせろ」

「?…トキにですか?」


 慶太郎が、ではなくわざわざ慶太郎の補佐役のトキという少年をさした道長の意図が汲み取れず、思わず問い返す。ソファの後ろにたった慶太郎の位置からでは、道長の顔色は伺えなかった。しばらくの沈黙の後、道長は慶太郎に告げた。


「……おまえは、ここにいろ」


 ぎょっとして、見下ろした道長の顔はやはり見えない。しかし、腹の上で硬く組まれた道長の手には色が無かった。


 道長が恐怖している。いや、恐怖と闘っている。


「……はい」


 慶太郎は短く返事をすると、トキに大地に連絡するようにと指示を出した。


――大地さん


 この場に、どうして彼がいないのだろう。三ツ首の獣は三つ揃ってこそ、ケルベロスだというのに。ましてや道長という大首を支えるのは、自分ではなく大地だ。ぎり、と奥歯をかむ。慶太郎は己の中に渦巻く不安を振り払うように大きく一度頭を振ると、突然ソファの後ろから道長の肩を掴んだ。


「ッ、…ケータ?」


 驚いて振り向いたそこには、強い光を宿した慶太郎がいた。隣には八瀬とトビオも並んでいる。ふたりもまた、慶太郎と同じ眼で道長を見ていた。


「道長さん。俺、絶対ぜってぇ道長さんのそば、離れねぇッスから」

「……」

「覚悟は出来てます。道長さんの思う通りにして下さい」


 慶太郎がはっきりとそう言うと、道長はしばらく慶太郎達をどこか驚いたような表情で見つめ返した。だが、慶太郎が掴んでいた道長の肩からふっと力が抜ける。道長は、顔をまた部屋の出入り口へともどした。


 ふいに慶太郎が掴んでいた道長の肩口へ、音も無く道長の拳が上がって来た。


 無言で礼を言う道長の拳。その拳はゆるく握られているだけで、緊張はしていなかった。慶太郎はほっと息をついて、その拳に自分の拳を「礼には及ばない」と軽くぶつけたその時――


 暗闇の向こうに、招かれざる客が姿を現した。





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