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君は青、俺は赤。  作者: ハルタ
4章:無関係な2点の関係性(上)
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12話



 道長が全面戦争を決意したころ、幹也は幸せな眠りの中に居た。外側はいくらか寒いが内側はとても温かい。そんな感覚にふわふわと意識を揺らめかせていると遠くて一志の呼ぶ声が聞こえた気がした。


「幹也」


 肩を軽く揺すり起こされ目を開けると、一志が心配そうに覗き込んでいた。一瞬自分がどこにいるのか解らなかった幹也はきょときょとと周りを見渡したが、道長を追いかけているうちに体調を損ね、保健室で寝ていたことを思い出した。


「カズ…授業は?」

「もう終わったよ。つか、ケータイ持ってたろ?メールくらいいれろよ。心配したんだぜ?波多にボッコボコにされたんじゃねぇかって」

「ああ、うん、ごめん。でもボッコボコって。ふふ」


 実際は殴られるどころか介抱してもらったのだ、真逆のことを言う一志に幹也は思わず笑った。


「ボコられたわけじゃなさそうだけど…大丈夫か?一応鞄持って来たけど帰れそうか?」

「うん。平気。ありがとカズ」


 幹也は上着に袖を通し、ゆっくりとベッドから降りた。一志から鞄を受け取り、ベッドを仕切っているカーテンから出る。グラウンドに面した保健室。部活のざわめきがかすかに聞こえる室内には、幹也と一志以外誰もいない。


「あ、そうだ。幹也、これ」

「ん?」


 振り返ると一志がスポーツドリンクを差し出している。まさかここまでしてくれると思っていなかった幹也は嬉しいよりも先に申し訳なさが先に立った。


「ごめんカズ。気、遣わせちゃって…」

「あ、いや、違うんだ。これ、俺が買って来たんじゃなくて、波多が……」

「ハタ?…って…え?波多道長くん?なんで?」


 幹也は驚いておうむ返しに尋ねると、一志は困惑したように空いた方の手でぽりぽりと頬を掻く。「とりあえず受け取れ」とスポーツドリンクの缶を幹也に押し付けた。


「おまえに解んねーこと俺に解るわけねぇだろ。鞄持ってここに来た時にいたんだよ波多が。まさかいると思わなかったから俺もかなりビビっちゃって、あそこのカーテンの入り口で止まったんだけど…なんか波多が出て行く時にコレ、腹に押し付けられてさ。たぶん、幹也にだと思う」


 落としちゃったからどっか凹んでるかも、という一志の言葉通り缶の底が少しだけひしゃげていた。


 道長が保健室から出て行ったのは眠りの中でも気付いていた。半覚醒の状態だったのだろう。暇つぶしが終わったから道長は出て行ったのだと朧げな感覚が伝えていた。またお礼を言いそびれたなと、そのときは軽く落胆したが、その前に礼を言おうとしたら遮られたので言われたくなかったのかも知れないと、幹也は自分に言い聞かせていた。


 それでもそれで納得出来たのは、なんとなく、道長はまた店に来るだろうし、また会えると、根拠はないがそんな確信が幹也の中にあったからだ。いづれにせよ、もう戻って来ないと思ったらまた眠気に襲われ、それに特別抵抗することもなく、ベッドの上に座った状態のまま寝てしまった。


 だが、一志の話ではそれで終わりではなかったということだ。


――戻って来てくれたんだ。コレを買って…


 冷たいスポーツドリンクの缶を見つめ、心の中でそう言葉にすると、とても温かい何かが胸に込み上げた。


――嬉しい…


「おい顔。緩みまくってんぞ顔」

「うへへへへ」


 だらしなく目尻を下げて笑う幹也に一志は苦笑をこぼした。幹也のその顔を見ながら一志はすこしばかり嫉妬を感じる。悪名高い不良に自然体で接して交流を深めているらしいこの小柄な親友のその社交性に、どうしようもない嫉妬を抱いた。


 古今東西、男は少なからず悪に憧れを抱く時期があるだろう。あわよくば近づいてみたい。だが、その世界に引きずり込まれるのは恐ろしい。だから、遠くから憧れるだけ。しかし、幹也はそれを己の世界を守りながら易々とあこがれに近づいていく。少なくとも一志にはそう見えていた。


 だからこそ、自分は幹也の友人なのだ。羨望や嫉妬を抱いたところで、幹也のこの気質は自分には真似出来ないし、幹也のこの気質を自分自身が一番気に入っているのだ。


「おら、帰っぞ。さっさと帰って、さっさと寝ろ」

「うん。そうする。それにしてもカズよく解ったね。僕がここにいるって」

「幹也のことだからな。保健室行く以外授業サボらねぇだろ」

「それもそっか。あ、ねぇねぇ聞いてよカズ、道長くんを追っかけてった後ね――」

「つーか、なんなんだよその〝道長くん〟って!波多のことそんな風に呼んでんのかよ!?」

「え、うん。だって……」


 そうして帰る道すがら幹也に聞かされた話に、先ほど一志が感じた嫉妬は一瞬にして吹き飛んだ。不良を追いかけ回した末に保健室まで運ばせ、介抱させたなどと。一志は一体何のおとぎ話を聞かされているのかと思わずにはいられなかった。



:::



「ただいまー」


 幹也は大きな声で返事の無い家に帰宅を告げて玄関を上がった。店とは反対側にある家の玄関は北向きで日がな陰っている。薄暗い玄関は冷たい石造りで、割と大きな下駄箱の上には花はおろか何の植物も置かれていなかった。


 渡樫家らしからぬと訪れる人は言うが、理由を探れば当然のこと。日が当たらなければ植物が可哀想だ。幹也はこの殺風景な玄関が、実は愛に満ちていると心密かに感じている。


 廊下を抜け、店側へと顔を出す。みれば養母の雪江が客をひとり見送ったところだった。


「お母さんただいま」

「あら、おかえり幹也。早かったのね」


 雪江はゆったりと振り返って笑う。


「頭はどう?痛くない?」

「あ…実はちょっと昼間無理して…そのせいで早退させてもらったんだ」

「ええ?大丈夫なの?」

「うん!今はもう平気!」


 むん、とガッツポーズをして見せたが、雪江の顔は心配そうに曇ったまま。それもそのはずで、幹也はやはりどこか養子だという遠慮があるのか頑張りすぎるきらいがある。数年前にも風邪で体調が優れないのに、心配させまいとしてあわや入院かというほど無理をしたことがあった。


 最近でこそ無理をする方がかえって雪江達を心配させるということを理解したため、そこまですることはなくなった。だが、生来真面目で何事にも一生懸命に取り組む性格の幹也だ。渡樫夫妻の心配は尽きなかった。今も、着替えたら店を手伝うと言った幹也に雪江は渋面を作ってみせた。


「今日はいいから、休んでなさい」

「ほんとに大丈夫だよ、お母さん」

「ダメよ幹也。無理しないの」

「じゃあ今からもう少しだけ寝るよ。それで店には出ない。そのかわりご飯の用意は僕がする。それでいい?」


 そこまで妥協して、ようやく雪江は承諾した。それをみて幹也は苦笑したが、雪江も同じように苦笑してみせた。


「それじゃあ早く洗面所にいってらっしゃい。そうそう、冷蔵庫にケーキがあるわ」

「ほんと!?やっふー!」


 まるで子供のような反応をする幹也に、雪江はまた少し苦笑する。とても高校卒業を控える男子高生には見えない。


 だが、と雪江はそれを否定する。幹也は同年の子よりも、ずっとずっとしっかりしている。子供のように見えるが、決して中身まで子供ではない。それは幹也の生い立ちからすれば当然だ。物心ついた頃に実の両親を失った。血縁に引き取られることもなく、施設ですごし、そして数奇な運命の導きによって何の繋がりも無かったこの渡樫家にやってきた。


 雪江はぱたぱたと2階の自室に着替えにいった息子の背中を見た。明るく、元気な、笑顔の可愛い息子。


 初めて出会った頃には想像もできなかったことだ。


 雪江は思い出す。初めて幹也に出会ったのは今から8年前。ひどい雨の日のことだった。




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