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君は青、俺は赤。  作者: ハルタ
3章:思春期にみる行動志向
11/47

11話


 なんだろうか。幹也の笑顔に今まで妙に張りつめていたものが溶けたようなそんな気がした。幹也を前に何を取り繕っていた訳でもないのだが、知らず知らず誰に対してでも被っていた仮面を幹也に対しても被っていたのかも知れない。道長はその仮面を取り払ったのを唐突に自覚した。ほっと肩の力が抜ける。


「くくっ…たぬき面」


 気付けば道長は無意識のうちにくつくつと笑っていた。


「…なんだよ」

「へ!? や、あの」


 ふと幹也がぽかんと口を開けて自分を見ていることに気付き、一瞬にして眉間に皺を寄せてそう問えば、幹也はザッと顔を青ざめさせて、アタフタと手を宙で彷徨わせる。その様子があまりにも滑稽で、道長はまたくくっと喉を鳴らして笑った。


「……」

「ったくなんなんだよさっきから」

「波多さん」

「あ?」

「波多さん、笑ってた方が格好良いね。黙っててもすごく格好良いけど」


 くにっと大福のように甘く笑ってそう言った幹也。今度は道長がその言葉と表情にぽかんとする番だった。そして幹也の言ったことを理解した途端、道長はかぁっと頬に熱が集まるのを自覚する。


――クソ野郎……


 だが、怒る気にはならなかった。本気でそう言っている幹也に悪い気はしていなかった。嬉しいとか照れくさいにも似ているが、それらともまた少し違う感覚に戸惑う。


 くすぐったい。


 素直には喜べないが、照れ隠しに怒る気もしない。生まれて初めて味わうこの感覚に耐えきれず、道長は利用者カードに視線を落とした。


「おい」

「ん?」

「……道長でいい」


 ぽつりと言葉をこぼせば、幹也は一瞬の後「うん」と頷いて満面の笑みを浮かべたが、カードを睨んでいた道長はそれに気付くことはなかった。


「…終わったぞ」

「あ。ありがとう」


 表と裏をひらひらと返しながら道長は記入漏れがないかを見る。入学してから初めて入った保健室。こんなカードに何の意味があるのかは知らないが、朝食を採っただの採らないだの、何時に寝ただの起きただのを尋ねて書き込む作業はなかなかどうして、暇をつぶすには面白いものだった。


「どうすんだこれ」

「あ、えと、たぶん利用者ボックスっていうのがカード積んでるとこの隣にあるんでそこに……」


 幹也が言い終わるのを待たず道長は席を立った。養護教諭の机の上にはなるほど、保健室を利用する女子がしたと思しきごてごてにデコレーションされた箱が置いてあった。そこに投げ入れるようにしてカードを放り込み、道長はふと時計を見上げた。もうすぐ3時半。6限目が終わるにはもう少しだけ時間があったはず。


――…飲みモン


 道長はそのままふらふらと保健室を出ていった。



:::



 保健室からすぐの自販機でカップのジュースを買い、一気に飲み干した。空になったコップを潰して、少し離れたところにあるゴミ箱に投げ入れれば、渕にあたってコーンと音を響かせた。深閑とした廊下に余韻が反響する。


「……」


 誰もいない廊下。教室を覗けば40人もの生徒が同じ方向を向かって座っているというのに、しんと静まり返った廊下はそれをまるで感じさせない。学校という大きな箱。その中に、自分がいるのが不思議だった。


 異分子だという自覚。


 そしてそれは幹也にもあてはまると、道長は唐突に思い至った。


 自分とは違って道を外している訳でもなく、健全な友人に囲まれ、両親に愛され、荒んでいない綺麗な少年。不良だの非行少年だのと呼ばれる自分とは真逆の世界で生きているだろう幹也。それなのに、この学校という大きな箱の中に幹也がいることが、道長がこの箱の中にいることと同じように違和感のあることに感じられた。


 何故だろう。


 シンと静まり返った廊下で、道長はひとり考えていた。幹也は道長の中で名前を記憶する(・・・・・・・)存在になっていた。明らかに幹也は道長の中で異質な存在だ。


 そして、道長がそう感じている理由は、幹也がこの学校という箱の中にいることに感じる違和感と関係があるのではないだろうかと思い始めていた。幹也が自分と同じく異分子だと感じる理由が解れば、自分が幹也に対して抱いているこの感覚の理由が解るような気がしたのだ。


 はっきりさせたい、と道長が考え始めた丁度そのときだった。きーんと放送のスイッチが入り、立て続けに終業のチャイムがけたたましく廊下に響いた。


――チッ…


 興を殺がれた。道長はスポーツドリンクの缶ジュースを買うと、なんの迷いもなく保健室に戻った。



:::



 カーテンをくぐって幹也のいたベッドに戻ると、幹也は上体を起こしたまま眠っていた。開いていた窓からひんやりと冷たい風が入って来て、上着を脱いでいた幹也は寒そうに身じろいだ。道長は窓を閉め、幹也を振り返った。


 短い睫毛。一重であるためにぷっくりとした瞼。こめかみにいくつか赤にきびがある以外は割り合い綺麗な肌。唇はぽっかりと開いている。それなりに整ってはいるが決して造形が美しいわけでもない、幹也の顔。だが、温かい。どこか安心しような表情。


 なのに、頭に撒かれた包帯が痛々しく、幹也にこれほど似合わない物はないように思えた。道長は知らず知らず、眉間に皺を寄せていた。無意識に手を伸ばし、その包帯に触れようとした、その時だった。「失礼しまーす」と男子生徒の声が聞こえて、誰かが入って来た。


「おーい幹也ぁ……!?」


 やってきたのは一志だった。誰もいないと思っていたうえに、まさか道長がいるとは夢にも思ってなかったのだろう、びくりと身体を震わせ目をまんまるにしてその場に固まってしまった。


 一方、道長は幹也の友人だろう男子生徒の出現に自分はもやは用なしだと言わんばかりの態度で気怠げに踵を返した。ぺたぺたと上履きをならして一志の横を通り過ぎる。すれ違い様、手に持っていたスポーツドリンクのことを思い出し、トスっと一志の腹にそれを押し付けた。


「え!?」

「…やる」


 それだけいうと道長はぱっと手を離した。突然のことに反応出来なかった一志はそれを取り落としてしまったが、道長はそれに振り返りもせず保健室を後にした。


 さっきまで深閑としていた廊下は授業を終え、帰宅や部活に向かう生徒で溢れ返っている。その光景に道長は眉間に皺を寄せ、生徒を避けるために校舎の外に出て、グラウンドにそって歩くことにした。ちらりとグラウンドに視線をやれば、運動部の生徒が様々に声を張り上げて走り込みや部活の準備をしている。


 ふと、何を思ったのか道長は携帯電話を取り出すと、流れるような動作で電話をかけた。プルルルと呼び出し音が続き、ぷつっと音がすると同時に「はい」と慶太郎の低い声が道長の耳に届いた。


「〝カツアゲ狩り〟やんぞ」


 なんの前置きもなく突然用件をいった道長。いつもの事なのか電話口の慶太郎は特に戸惑った様子は見せなかったが、その内容には疑問を持ったらしい。怪訝な声音が返って来た。


『…カツアゲ狩り、ですか?』

「ああ。今日の夜、集会で話す。だがら全員集めろ。この間取り込んだブラッズも呼ぶように大地にも言っとけ」

『大地さんにですか?ブラッズも、って…ミチナガさんもしかして……』

「察しがいいなケータ。カツアゲ狩りは口実だ」

『じゃあ!』

「…戦争だ…まずは佐宮」

『さ、佐宮ぁッ!!?』


 道長がいった佐宮とは佐宮紅蓮さみやぐれん連合会れんごうかいという。ヤクザと繋がっているとの噂がある老舗の暴走族チームで、ケルベロスの縄張りとする地域の隣に陣取っていた。ケルベロスより規模も強さも数段格上で、すでに水面下で県下の大多数のチームを傘下にしているという話だ。


 道長達がいる県には大小あわせておよそ30程のギャングチームや暴走族チームが存在する。それぞれのチームは縄張りを持ち、喧嘩によってその範囲を広げ、負けたチームを傘下に引き入れて勢力拡大に躍起になっていた。戦国時代の縮小版だと考えていいだろう。


 その中でケルベロスは少々異色のチームだった。他のチームが縄張りにこだわっているのに対し、現在のケルベロスは警察を相手にした路上暴走行為に重きを置いており、道長達が戦争と呼ぶ、陣取り合戦にほぼ参加していなかったからだ。


 最初からそうだった訳ではない。ケルベロス結成の歴史をたどれば解る通り、もともと暴走族として発生したのではなく、喧嘩好きの3人によって出来たチームだ。初代はむしろ喧嘩しかしていなかった。何故ギャングではなく暴走族を名乗ったのかと首を傾げるほどである。

 その明けても暮れても喧嘩をしていた初代幹部は県を制覇する勢いだった。しかし、さすがに県下統一は難しかったのだろう。2年暴れ回ったが結局県下統一はかなわなかった。そのかわりに北部以外の地域のチームと縄張りを完全に支配下に納めると、あっさり幹部の座から引退した。


 そうして続いた二代目は初代に敬意を表して、代がかわると同時に傘下のチームをすべて独立させた。一から県下統一を目指したのである。


 しかし、二代目は同族と争うよりも警察を相手にすることに楽しみを見いだした。傘下のチームと顔なじみになってしまったやりにくさもあったのだろう。そのため〝流し〟と呼ばれる暴走行為に重きを置いて暴れ回るようになり、実質の支配地域としては縮小の一途をたどったのだ。


 二代目からのケルベロスの支配地域が縮小の一途をたどっても、ケルベロス自体が崩壊しなかったのは、初代幹部の元に自然発生したこのチームが〝喧嘩上等〟の旗の元に成り立っていたからにほかならない。二代目の方針に誰も文句を言わず従ったのは、喧嘩上等さえ守られていれば他は特に気にしないという特殊な気風が出来上がっていたためだ。そのため、支配地域は縮小しても、個々の戦力は依然高いままだった。


 さて、道長が佐宮という強大なチームを叩くと言い出した理由はここにあった。

 三代目になった今もケルベロスの戦力が維持されていることを知るチームが非常に少ないのだ。チームの戦力を測る物差しが支配地域になって久しく、ケルベロスと直に対峙する機会が激減した為である。今のケルベロスは〝負け犬〟と呼ばれているくらいだ。


「佐宮を最初に叩く。ケルベロスとブラッズでやりゃ四分六しぶろくで勝てる。格下だと思われてる今がチャンスだ」

『確かに…そうですけど……』


 歯切れの悪い慶太郎。道長は慶太郎のその反応に、自分が本気だということが伝わっていないのだと気がついた。


「ビビってんだったらブッ殺すぞ」

『!』

「いいか、最終は県下だ」

『けッ!?』


 慶太郎が驚くのも無理はない。道長はずっと戦争の参加には乗り気ではなかった。

 三代目を引き継いだ道長は、どちらかというと二代目と同じ気質だった。バイクいじりが好きだということも手伝って、戦争をずっと避けていた。


 しかし、副総長の大地と特攻隊長の慶太郎は初代に似ており、以前から勢力拡大を訴えていた。ビビっているならと脅した道長だが、慶太郎の歯切れが悪かったのも、県下という単語に驚いたのも、決して怖じ気づいたからではないことをよく理解していた。


『マジ…スか?』

「俺がシャレで言うと思ってんのかよ」

『………』


 沈黙が降りた。

 覚悟を決める、沈黙。


「やんぞ」

『…ッス』


 ニヤリと、これ以上なく嬉しそうな顔で笑う慶太郎が見えた気がした。道長は返事を確認するや、ブツッと電話を切った。ふと見上げたグラウンドがいつの間にか強烈なオレンジ色に変わっている。グラウンドで部活をしている生徒の声がこだましていた。


 道長はしばらくの間、その声を聞きながら、ただじっとオレンジに染まるグラウンドを見つめた。そして保健室を一瞥すると、静かにホームである廃工場へと踵を返した。




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