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君は青、俺は赤。  作者: ハルタ
3章:思春期にみる行動志向
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10話



 幹也は自分の置かれた状況をすぐには把握出来なかった。軽々と道長の肩に抱き上げられている。俵を担ぐようにして道長に運ばれていることを理解した途端、幹也は気分が悪かったことも忘れ、慌てて降ろしてくれと叫んだ。


「あ、あの!は、波多さん、お、降ろして下さい!」

「黙れ」


 あまりにぴしゃりと言い切られて、幹也はぐっと言葉を飲み込んだ。一体何処に連れて行くつもりなのだろう。待ってくれと追いかければ、ついてくるなと言って走った道長。てっきり自分と関わりたくないから逃げたのだと思ったが、今こうして運ばれているということはそうではないのだろうか。担がれているので道長の顔は全く見えず――そもそも気分が悪くて頭を上げることすら出来ないのだが――その真意を表情から伺うことは出来ない。


 階段を下りられる度、道長の肩が腹にぶつかって今にも吐きそうだ。だが、道長に担がれている以上ここで吐くわけにはいかないと幹也は必死で我慢する。そのために無意識のうちに道長の上着をぎゅっと握りしめていた。


「……もうちょっとで保健室だから我慢しろ」


 低い、道長の声が届き、腰あたりを支えている手がとんとんと慰めるように幹也を叩いた。たった、それだけ。けれど、それだけのことで幹也はひどく安堵した。ガチガチに固まっていた腕からふっと力が抜けたのだ。


 保健室の前に着くと、道長は器用に足で扉を開け、中に入った。しかし、あてにしていた養護教諭は外出中なのか保健室には誰もいない。


「…誰もいねぇのか」


 道長はそう呟くと、とにかく幹也を降ろさねばと一番手近なベッドに幹也を降ろし、座らせた。


「…あの、ありがとうございます…」


 おずおずと礼を述べれば、道長はふんと鼻を鳴らす。


「別に。俺もサボるからちょうどいい」


 道長はベッドの側にあった丸椅子をガラガラと音を立てて引き寄せ、乱暴にそれに座り、幹也に「寝ろ」と言い放った。


 幹也は素直にそれに従った。教室に戻ったところで本当に気分が悪いので、結局保健室に行きたいと言うに決まっている。それに道長がせっかくここまで運んでくれたのだ。それを無下にはしたくなかった。幹也はゆっくり上履きと上着を脱ぎ、上着は適当に畳んで枕元において、横になった。鼻先まで上布団を被ると、保健室独特の薬品のにおいが和らぎ、さっきよりずっと気分が良くなったような気がする。


「…氷、いるか?」


 無表情で尋ねてくる道長。気遣ってくれているのが解って幹也は素直に甘えた。お願いしますと答えると、道長は黙って幹也の側から離れ、しばらくバンバンガラガラと音をさせた後、氷のうと氷枕を持って戻って来た。


「ありがとうございます」


 幹也はまだ少し色の悪い顔で再び礼を言ったが、道長は何も言わなかった。黙って氷のうと氷枕を差し出し、幹也が受け取ったのを確認すると、先程の丸椅子を幹也の足下側の壁際に移動させて座った。壁にもたれて腕と足を組むと、そのままうつむいて目を閉じてしまった。


 幹也は心の中でもう一度礼を言い、枕を抜いて氷枕を頭の下に入れ、目を閉じる。あっけないほどすとんと眠ってしまった。



:::



 ふ、と目が覚めた。どれくらい眠っていだのだろうか。幹也が周りを見渡すと、電気のついていない保健室がさらに薄暗くなっている。


「起きたのか?」


 声が聞こえ、のっそりと上体を起こすと、足と腕を組んで優雅に座っている道長と目が合った。


「起きました」

「気分は?」


 結構な時間寝ていただろうにずっといてくれたのだろうか。まだはっきりと動かない頭でそんなことを考えながら、幹也は道長の問いに「だいぶ良くなりました」と少し微笑んで答えた。次いで自分がどうして保健室で寝るはめになったのかを思い出し、幹也はがばっと姿勢を正した。 


「あ、あの!波多さん、昨日のことなんですけどッ――」

「そういや、保健室ってなんか書かなきゃいけねぇのか?」

「へッ!?」


 幹也が昨日の謝罪と礼を言おうとしたものの、それを知ってか知らずか道長は完全に無視して話を覆いかぶせた。幹也は驚き、戸惑いながらも、道長の問いにおずおずと答える。


「…えっと、利用者カードっていうのを書かないといけないと…思います」

「どこだ?」

「あ、た、たぶん、先生の机のうえに…あると……」


 聞き終わらないうちに道長は席を立ち、ベッドを隠すようにして吊られているカーテンの向こうへと姿を消す。しばらくがさがさと音がしてカードとペンを持った道長が再び姿を現した。


 どうやら礼を言わせないつもりらしい道長に、幹也はどこかハラハラしながらその一連の行動を見守っていた。利用者カードを書いてくれる気なのだろうか。まさか道長がそんなことをしてくれるとは思えなかったが、カードをとって来たということはそういうことなのだろう。しかし幹也はそれでも信じがたく、堪らずまたおずおずと尋ねた。


「あ、あの、もしかして…書いてくれるんですか?」

「暇だしな」


 再び丸椅子に腰掛け、足を組んでペンを握る。たったそれだけのことなのに、道長がするとまるで映画の一幕のようだった。幹也はぼうっと見蕩れてしまった。


「……なんだ」

「あ、すみません…すごくカッコいいなと思って」

「は?名前なんだって訊いてんだよ」

「え、あ、ごめんなさい…渡樫です…渡樫幹也……」


 また、勘違いして会話をしてしまったのだと、幹也はかぁっと顔を赤く染め、語尾を縮めた。だが、ちらりと伺った道長は黙々とカードに書き込みをしていて気にした様子はない。自分ばかりが空回りしていることに幹也は羞恥で身体を小さくする。


「漢字は?」

「え、あ、渡る、に樫の木です」

「…カシノキ?」

「木扁に、堅いって書くやつです」

「ああ…ミキヤは?」

「新幹線の幹に、俳優の渡哲也の也……」

「…新幹線の、って木の幹と同じか?」

「あ、はい。そうです」


 淡々と質問と応答を繰り返す。会話とは呼び難いほどの短い言葉のキャッチボール。だが道長の抑揚のない落ち着いた声で紡がれるそれは、徐々に幹也のもやもやした感情を取り払っていった。


「…あの」

「あ?」

「波多さんはなんて書くんですか?お名前」


 するり、と漏れた問い。ただ単純に知りたかった。道長は無表情で視線だけ幹也に寄越し、またカードに目を落とした。


「…波が多く、道が長い、で、波多道長」

「良い名前ですね」


 そう言った幹也に道長はまた視線だけ寄越した。


 道長は、バカにしているようならシバき倒してやろうと物騒な考えでもって幹也を見た。だが、そこにあったのは心底良い名前だと思っているだろう笑顔。表情こそ変えなかったが、道長は拍子抜けする。


「波乱に満ちてるけど、きっと幸せに長生きしますよ波多さん」

「……」


 そんなことを言われたのは初めてだった。変わった名字だと言われることは多かったが、名前をどうこう言われたことはない。しかも道長は憎んでいる父親の名が一字受け継がれていることをあまり快く思っていなかった。


 なのに。幹也の言葉がくすぐったい。胸の辺りが暖かい。


「…波乱に満ちてんのが良い人生なワケねぇだろ。バカか」


 こんな感情は初めてで、道長はそれを持て余す。ぶっきらぼうにそう返事するのが精一杯だった。幹也はまたふわりと笑った。


「いろいろあるけど、道長さんなら簡単に乗り越えていきそうだなって思って」

「そりゃおまえだろ。しょちゅうカツアゲされてもヘラヘラしてるくせしやがって…」

「あぁ、ホントだ」


 そういってカラカラと笑う幹也は夕日に照らされてとても綺麗だった。


――綺麗ってなんだ。男だぞ。


 道長は自分に舌打ちをして、慌ててカードに視線を落とした。


「クラス」

「え?」

「クラス」


 話題を変えたい一心で道長は次に書き込まなければならない項目を読み上げる。すると幹也は話題が元に戻ったことを特に気にする様子もなく自然とそれに答えた。


「あ、3の5です」

「は?」


 自分が想像したものと随分と違う答えが聞こえた気がして、道長は思わず顔を上げた。きょとんとして幹也を見れば、幹也も微笑んではいるものの、聞こえなかったのだろうかと少し不思議そうに首を傾げて道長を見返した。


「3の5です。3年5組」

「………3年?」


 そんなバカな。信じられない、と思わず聞き返した道長。途端に幹也の顔がわずかばかり引きつった。


「…3年です…」

「1年じゃねぇの?」

「…………3年です………」


 がっくりと肩を落とした幹也にウソじゃないのだと思うものの、それでも道長はどこか信じられないものを見ている気分だった。


 道長は花屋にはいつも学生服で行っていた。しかも自分は有名人だという自覚があった道長は、幹也が敬語を使って話す理由を学年のせいだと思っていた。つまり、道長は現在高校2年生なので、幹也は1年生で道長が先輩だということを知っているから敬語で話していたのだ、と。それに幹也の顔立ちからも絶対に1年生だと思って疑っていなかったのだ。なのに蓋を開けてみれば――


「………年上かよ!」


 何故だか良く解らないがどうにも裏切られたような気分に襲われた。わけの分からない妙な脱力感に、たまらず道長ははぁ~と大きく一度溜め息を吐く。それから呆れたような疑うような眼差しを幹也に向けた。


「…マジで、3年?」

「…はい」

「……」

「も、もしかして、波多さんって2年生?」

「ああ…つかなんで俺に敬語使ってんだよあんた」

「いや、だってお客様だし、それに大人っぽいから、絶対年上だと思ってて…」

「いつも制服着てただろ。あんたが3年ならタメか下しかいねぇだろうが」

「え、あ…それは…その……」


 そこまで言いさして途端に幹也は言葉を濁した。一体なんだと先を促せば、幹也は小さな体を更に小さくて申し訳なさそうにその理由を述べた。


「…あの……りゅ、留年した、先輩かと……」

「……」

「……」

「…どんな偏見だよ」

「ほ、ほんとすみません……!」


 顔を真っ赤にして謝る幹也に、道長は怒る気も起きなかった。気まずい沈黙が流れる。大人っぽく見られるのは構わないが留年してると思われていたのはいただけない。とは言え、道長も幹也を年下だと思い込んでいたのだ。どちらが悪いと責めるのはあまりにもバカげている。


 だが、幹也は道長と違い、間違えていたことを随分気にしていた。沈黙に耐えきれず、幹也はもう一度「ごめんなさい」と蚊の鳴くような声で呟いた。道長がちらりと視線をやると、顔を真っ赤にした幹也がもじもじと手を遊ばせながら、ちらりと道長を伺っては視線をそらし、視線をそらしては伺っていた。


――子ダヌキみてぇ……


 もっとも子ダヌキがそんなことをするのかどうかは解らないが。


 気付けば道長はフッと苦笑していた。


「敬語やめろよ。俺のが年下だろうが」

「…でも」

「やめろ」

「…うん」


 道長が気にしてなかったことが嬉しかったのか、でれっと笑ってありがとうと言った幹也になぜかまた苦笑が漏れた。




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