第5話
翌日の朝は精霊会ということなので授業は全て休みらしく、朝起きてからリイザに連れてこられたのは精霊会が行われている広場とは校舎を挟んで反対方向にある契約精霊が集まる広場だった。
「良い? 契約精霊になった以上はあんたの力は前とは比べ物にならないほど強くなっているわ」
「それは自覚してる。目がよくなったり、耳がよくなったりな」
「ただその強化の幅は他の種族に比べて小さいわ」
え? これだけの強化がなされていて他の種族と比べると上り幅が小さいのかよ。まぁ、他の奴らは魔物、俺はただの人間だからある意味仕方ないかもしれないけど。
「だから強化される基礎を鍛えるわ」
なるほど。現時点での俺の力を1として強化の幅が3としたら結果は3だけど俺の基礎力が1ではなく10だとしたら結果は30に跳ね上がる。
つまり筋トレをしたりすることで体の筋力を鍛えることで強くしていくというわけだな。これがある意味人間という俺の特性かもしれない。
他の魔物は限界があるかもしれないけど人間は生きている限り、どんどん強くなれるからな。80になっても筋肉は強くなるっていうし。
「で、何するんだ? 筋トレ? 走り込み?」
「もっと簡単よ」
そう言うとリイザは懐から赤い本を取り出し、ページを繰ると赤色の輝きを発し、彼女の周囲にいくつもの火球が浮かび上がる。
「あ、あのリイザさん?」
「な~に?」
「それは一体」
「あぁ、これ? 魔導書よ。魔法が刻まれているの。別にこれを使わなくても魔法は使えるんだけどこっちで使った方が威力は高いから」
気のせいか? 今、あのお方は威力が強い方で魔法を発動して俺に向けていますって大々的に宣言していたような気がするんだけど。
「良いこと? これ全部避けなさい!」
「ひぇぇぇぇ!」
容赦なく俺に向かって落ちてくる火球をその場から飛び退いて避けるが着弾すると同時に軽く爆発が起き、地面に穴が開く。
よ、容赦ねえ! あんなもん食らったら大やけど負って一発でお終いだ!
「ま、待って!」
「待たない! ほら避ける!」
「熱ぅ!」
近くに着弾した際に飛んだ火の粉が頬にあたりながらも降り注いでくる火球を避けていく。
あぁもう! なんで俺こんな危険な目に合ってんだよ! というか普通は威力が低い方で鍛えませんかねぇ!? がーもう頭来た!
背負っていた鞘から剣を抜き、降り注いでくる火球を剣で叩き落す。
「なっ!? 剣は卑怯よ!」
「卑怯もくそもあるか! 命最優先じゃぼけ!」
「あ、あんた主に向かってそんなはしたない言葉! 許さない!」
炎が空へと上がり、一か所へと集まると巨大な火球となって俺に向かって落下してくるがそれを剣で受け止め、力任せに剣を振りぬくと軌道がそれ、巨大な火球は空の遥か彼方へと消えていった。
流石にあれ、最長点まで行って地上に落下するとかないよな。
「な、中々やるじゃない」
「はっ! 人間生きるためには凄い力を発揮するんだよ!」
「そう…………だったら私の全力みせてやるわよ!」
直後、赤い本が今までで一番の輝きを放つと彼女のローブがまるで風に煽られているかのように翻り、彼女を中心にして風が放たれる。
な、なんだ……これが魔力解放とか言うマンガみたいなシーンか!? ヤバイの来るんじゃねえの!?
「魔導書に刻まれしアルデロッドに伝わる魔法よ。今こそ我に力を与えたまえ!」
直後、彼女の周囲にいくつもの魔法陣が出現し、そこから炎が噴き出す。
ひぇぇ! こ、これが魔法使いの全力!? こんなもん受けたら俺死ぬぞ!
「魔導書を解放した私には触れることはできない!」
「いや、これ俺の特訓だからお前に触れる意味は」
「問答無用!」
―――ゴアァァァ!
「っ! なんだあの叫び声!」
「精霊会をやっている広場からよ。行くわよ!」
「お、おう!」
校舎の中を突っ切り、精霊会議が行われている広場へと繋がる扉を蹴破って広場へ向かうとそこには全身が黒く染まり、黒い煙のようなものを全身から噴き出している二足歩行の恐竜みたいなやつがいた。
会場となっていた広場は至る所に大きな穴が開いており、逃げ惑う生徒たちの悲鳴が周囲に木霊する。
な、なんだあれ!? あれも誰かの契約精霊なのか!?
「どうなってんだ」
「あの体……もしかして凶精霊にでも憑りつかれたんじゃ!」
「なんだよその凶精霊って!」
「契約精霊にだけ憑依する一種の伝染病よ! それに感染した契約精霊は主の言う事を聞かず、目に映るすべての物を破壊するの。死ぬまでね」
そう言っている間にも二足歩行の恐竜みたいなやつは鋭い爪で地面を切り裂き、口から吐き出す炎で周囲を燃やし尽くしていく。
「おい、俺達も早く逃げないと!」
「分かってるわよ! でも女王陛下は」
「そりゃお前ちゃんと護衛の奴らに連れていかれただろ!」
女王とか言う最高位の身分の奴の周囲を護っている護衛の奴がいないはずがないし、こんな緊急事態が発生した時のために何回も訓練を重ねているはずだしな。
「主から離れろボケ!」
そんな口汚い罵詈雑言が聞こえ、慌てて振り返るとフクロウが何倍も体が大きい相手に向かって必死に威嚇している光景が見えるとともにその近くに青髪の女の子が頭を押さえて倒れているのが見えた。
たしかあの子、クエストとか言うバイトに行っていた子じゃないか……もしかしてこれまでの過労がたたって動けなくなったんじゃ。
「リイザ! お前は先に行ってろ!」
「ちょ! あんた何する気よ!」
「あいつを助けてくる!」
剣を抜き、フクロウめがけて振り下ろされてくる鋭い爪を受け止めると体に衝撃が走り、思わず膝がガクッと崩れる。
こ、この前のドラゴンよりも力が強い! これが感染した奴の力ってか!
「おいフクロウ! お前はさっさと主を連れていけ!」
「そうしたいのは山々なんだが俺みたいな小さいフクロウじゃ主を」
「ほら、あんたもさっさと立って!」
振り返るとリイザが青髪の少女の肩を抱えているのが見えた。
なんだ、意外と肝っ玉座ってるじゃねえか。貴族って聞いてたから温室育ちの少女かと思ったけど外見で判断するなって話か!
「どらぁぁぁ!」
どうにかして立ち上がり、力任せに剣を振りぬき、相手の腕を払い、跳躍して降下の勢いのまま剣を相手の顔めがけて振り下ろすが金属音が響く。
こ、こいつの体固ぇ!
一度、距離を取るが奴が大きく口を開けた瞬間、俺達に向かって炎が放たれる。
ここで俺が避けたらリイザたちが巻き添えを喰らう!
「うおぉぉ!」
「ユウマ!」
剣を向かってくる炎めがけて全力で大きく振るった瞬間、風が吹き荒れ、炎が大きく形を変えるとそのまま軌道を逸らし、地面に叩き付けられて爆発を起こした。
……そうか! 俺契約精霊になったから身体能力が大幅に向上してるんだ!
「行くぜ!」
振り下ろされてくる鋭い爪が生えた腕による一撃を姿勢を低くして避け、そのまま低姿勢のまま足元に入って剣で切り裂くと血が噴き出すとともに悲痛な叫びが周囲に木霊する。
さっきまで今まで通り、人間の力でやっていたかこいつに効かなかったんだ! 俺は契約精霊! 契約精霊の力で行けばこいつの固い皮膚なんて簡単に切裂ける!
足元から出てきた俺めがけて振り下ろされてくる尻尾を跳躍して避け、降下する勢いを利用して一回転しつつ、背中を切り裂く。
「えあぁぁ!」
足を蹴飛ばし、体勢を崩すと同時に二本目の剣である鞘で顎を殴りつけ、隙だらけの腹部を切り裂くと血を噴き出しながら痛みに地面を悶え、転げる。
あいつの契約精霊になった以上、俺は強くなる! 元の世界に帰る方法も探しながら俺はあいつの傍に居る! なんせ俺は!
「リイザ・リン・アルデロッドの契約精霊だ!」
軽く跳躍するとともに相手の顎めがけて拳を叩きつけ、一度距離を取る。
こいつで決めてやる!
持ち手の部分を斜めに折り、挿入口を開けてそこへ薄い赤色をした金属を挿入し、持ち手の形を元に戻すと剣に封じられている魔法が発動し、刀身から炎が噴き出す。
「えあぁぁぁ!」
剣を横薙ぎに振るった瞬間、軌道に沿って炎が斬撃として放たれ、相手に直撃した瞬間、大きな爆発を起こす。
顔面から黒い煙を吹きながら相手は背中から地面に倒れ、動かなくなった。
ふぃ~。一件落着。
「やったー!」
翌日の朝、そんなバカでかい声が聞こえ、無理やりに起こされ、リイザの方を見てみると一枚の用紙を持ってやけに嬉しそうに飛び跳ねている。
こんな朝っぱらからいったい何があったってんだよ。
「みなさいこれを!」
いや、見なさいって言われても俺この世界の文字読めないから分からないんだが……。
「評価を頂けたわ! 今回の暴走事故を抑えたってことで中の上評価よ!」
まあ、こいつの喜び方から察するにそれは超良いことなんだろうな。というか中の上の評価でここまで大喜びするなら上の上の評価をしてもらった奴はどれくらい喜ぶんだろうか。
「最初はあんたと契約することになってどうかと思ったけど…………ま、まぁこれからもよろしく」
「お、おう」
元の世界には戻ることはできないかもしれない……でも、この世界での生活も中々良いみたいだ。