第3話
授業が終わったことは確かみたいで教室から溢れんばかりの生徒たちが流れ出てくるように廊下を歩いてくるがあの赤い髪の少女とはまだ会えていない。
それどころか彼女がどこのクラスなのかさえも全く知らないので会いにも行けないし、さっきから何やら視線を集めているしで大変、居心地が悪い。
それにしてもみんな似たようなローブを羽織ってるんだな。でも色が違うのがチラホラと見えるから多分、ローブの色で学年を分けてるんだろうな。
今のところ確認できたのは黒・赤・緑の三色の色で教師は全員、例外なく白色みたいだ。
「やっと見つけた!」
「おぅ。で、これから昼飯でもあるのか」
「そうよ。今から昼休み。言っておくけど契約精霊が校舎に入ることは許されていないの。だから今回は私の説明不足という事で何も言わないけど今度からはあそこで落ち合いましょ」
そう言いながら彼女が指差す方向を向いてみると校舎の入口らしい大きくて赤色の装飾が施されている扉が見えた。
ていうかなんでここって壁にも装飾が施してんだ? 金の無駄遣いじゃね? 換金したらいくらくらいになるんだろうな……いかんいかん、貧乏性の癖が。
「へいへい。なあ、腹減った」
「分かってるわよ。持って来るからあそこで待っといて」
リイザと分かれ、落ち合う場所に設定した大きな扉を出て近くで待機しているとどうやら契約精霊に餌でも与えに来たのかもそこら辺で契約精霊とその主らしい連中が触れあっている。
なるほど。この広場は契約精霊が飯を食う場所であって他の出口から出ると契約の儀式を行った場所に出たりするわけか。
『うめぇ! 契約精霊サイコー!』
「そんなにがっつかなくてもまだお代わりはいっぱいあるわよ」
……契約精霊があんなことを言っているって分かったら主はどれだけのショックを受けるんだろうな。というか契約精霊の言葉がハッキリと分かるのは俺が同じ契約精霊だからか。
さっきのエリンさんだってブタの言葉は分かっていなかったみたいだし。
「あんた」
振り返ると木のおぼんのようなものにスープ、パン、飲み物を乗せて立っているリイザがいた。
「おう、あとあんたじゃなくてユウマな」
「はいはい」
木のおぼんに乗せられた食事を受け取り、地面に置いて食べてみると中々に美味い。
スープもコンソメに似た味だし、パンも焼きたてなのかまだ温かくて柔らかいし、飲み物もちょうど良いくらいに冷えていて最高。
上手い料理に舌鼓を打っているとジーッとこちらを見ていたらしい彼女とバッチリ目が合った。
「……なに?」
「いや……あんたって本当に人間よね?」
「人間だ。これで狼だなんていったらどうするよ」
「大有りよ。むしろウルフ族は強いから大歓迎よ」
つまり狼男がこの世界にはいるという事か……なんだか向こうのメルヘン設定をそのまんまこっちに持ってきたみたいな感じだな。
とりあえず、普通の生活は出来そうだからよかった。
「ウルフ族はその鋭い爪と目にも止まらぬ速度で移動できる脚力があるの。あんたみたいに剣なんて使わないし、その筋肉は種族問わずにメスに愛されているんだから」
「お、俺だって脱いだらすごいんだからな!」
「な、何言ってんのよあんた!」
……あれ? 俺マジで何ムキになっていってんだ。脱いだら凄いってそれ捕えようによっては超変態ですって宣言してるのと同じじゃねえか!
「と、とにかく! あんたは私の契約精霊になったんだから言う事を聞くように!」
「言う事? 例えば?」
「たとえば…………わ、私がこれやってあれやってとかは全部聞くとか」
「それ契約精霊の仕事じゃなくて召使いじゃねえの?」
「それもそうね……とにかく、契約精霊として生きること。良い?」
「え~い」
ま、とりあえずこう言っておけばこいつも何も言わなくなるだろ……にしてもまさか、異世界に来ただけじゃなくて契約精霊になってしまうとは……ゼロから始まる生活じゃなくてゼロから始まる契約精霊生活だな。本かいたら売れるんじゃねえの?
「お前は飯、喰わないのか?」
「わ、私はもう食べてきたの」
リイザがそう言った直後、腹の虫がこれまた大きくなった。
慌てて顔を赤くし、腹を隠すが時すでに遅しというかすでに俺の耳の中に入って頭の中にあるカセットテープに録音したから無意味だよん。
「ん、パンやるよ」
「い、いらないわよ! こ、これでも私は貴族なの! お金はあまりあるほどあるのよ!」
金が有り余ってるならなんでまだ昼飯食ってないんだよ……という突込みをすると何故かあいつが激怒する結末しか見えてこないので言わないでおこう。
「へぇ……ところでお前、名前なんて言うの」
「まだ名乗っていなかったわね。良いわ、主の名前、覚えておきなさい! 私はリイザ・リン・アルデロッド。アルデロッド家の次女よ!」
ま~た長い名前だよ。なんでこの世界の住人の名前は外人みたいに長いんだよ。しかもややこしい名前ばかりだし……とりあえずリイザでいいか。
「なあ、リイザ」
「さん! もしくはお嬢様!」
「リイザさん。授業は良いのか?」
「…………い、行ってくるわ」
「いってらっしゃ~い」
どうやら話に夢中になって連中が校舎の中に入っていくのが見えなかったらしく、周囲をキョロキョロ見渡し、焦りを隠しているようで隠せていない表情をしながら校舎へと戻っていった。
それにしてもこのパン、中々美味いな。しっとりしてるけどへばりつく様なしっとりじゃないし、歯の奥に詰まることも無いし。
「うまうま」
「って何俺のスープ飲んでんだ!」
慌ててフクロウからスープを取り上げると何故か睨みつけてくる。
いや、睨み付けたいのは俺の方だ。
「いや、美味そうだったし」
「飯貰ったんだろ?」
「いや~うちの主人、下位貴族だから学費払うので精一杯なんだって。だからクエストをやらないとお金が手に入らないから二日に一回で我慢してくれって」
下位貴族……なるほど。貴族にも上位・下位ってな感じで地位に差があるわけか。平民、貴族。どれも違う地位だけどそこでも格差が同じようにあるってわけか。
待てよ? じゃあ俺はいったい何になるんだ? 貴族の娘の契約精霊だから貴族? いやいや、流石に契約精霊にまで同じ地位が約束されるわけないか。
じゃあ平民か。平民が一番いいかもな。
「クエストってバイトみたいなもんか」
「バイト? なんだそれ」
「あ~仕事だよ、仕事。金貰ってやる仕事」
「あぁ、それそれ。中々泣ける話でさ~。両親は人柄の良い貴族で珍しく、領民たちと良好な関係を築いているのさ。時にはともに畑仕事をし、時にはともに悲しむ……ただ、その人柄の良さを利用されて金をふんだくられてな。没落貴族になっちまったのさ」
フクロウはそういうと大きなため息をついて軽く飛ぶと俺の肩に止まる。
こっちの世界にも向こうの世界と同じように真面目な奴がバカを見る、っていう普遍的な性質が存在しているというわけか。
「せめて娘には良い教育を受けさせてやりたい。その一心で金を集め、授業料をどうにかして払い、自分は汗水流して働いているのさ」
「なるほど……俺の親にも爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ」
「何それ。爪の垢なんて汚いだろ」
おっと、ついうっかり口が滑っちまった。
「要するに俺の親にも見習ってほしいって話だよ」
「なるほどね」
俺の親は昔からギャンブルなんかの賭けが大好きだった。ただその時は二人とも自制心があったらしく、半年に一回だけという取り決めを決め、その半年に一回のギャンブルのためにコツコツと節約して金を溜めていた。
ただ、俺が生まれてからはギャンブル費用のために溜めている余裕も無くなり、五年ほどはギャンブルとは無縁の生活をしていた。
よく母親とは学校が休みの日はその日の晩飯のメインディッシュを自由に決める権限を賭けてトランプで遊んでいたもんだ。
ポーカー、ブラックジャックなどのギャンブル遊びから七並べ、大富豪などのメジャーな遊びまで。
そして俺が小学校六年生になったある夏の暑い日、あの事件が起きた。
あの事件により、二人の自制心は大きく破壊され、毎日ギャンブル漬けになり、最初は勝っていたけど終盤になってくれば負け続け、気づいたときはもう遅かった。
「お、主だ。お~い」
フクロウは俺の肩から飛び去るとパタパタと羽を羽ばたかせて向こうの方にある大きな門へと飛んでいき、やがて姿が見えなくなった。
校門と校舎までにどんだけ距離があるんだよ、この学校は。フクロウの姿見えなくなったぞ。
「暇なんだな、契約精霊って……あ、そうだ」
ポケットに入れていた魔法記憶石を取り出し、見てみると既に魔力の再チャージが終了したのか黒ずんだ色から元の薄い赤色に戻っていた。
これでいつでも戦えるってわけか……ちょっと体鍛えはじめるか。
『主~。お帰りなさい~』
「もう、フウッたら心配性なんだから。そんなに私と離れるのが嫌なの?」
そんな声が聞こえ、顔を上げてみるとボロボロのローブに身を包んでいる青髪の女子が遠くの方から校舎に向かって歩いてきている。
俺も目がよくなったもんだな。まあ、元々視力は良い方だったけどさらに遠くまで見えるようになったわ。
「あら? 貴方、見かけない顔ね」
「あ、えっとリイザ……な、なんだっけ……えっと……」
「リイザ・リン・アルデロッド」
「あ、そうそう! それの契約精霊っす」
そう言うと何故か青髪の少女は悲しそうな目をして俺を見てくる。
ん? なんか俺ダメなことでも言ったか?
「そうなの……私はアリア・レン・ローレンス。よろしく」
「ど、どうも」
可愛いな……落ち着きがあるっていうか年上の女性特有の包み込んでくれるような温かくて大きな空気の持ち主だな……あぁ、やっぱ俺、年上の女性好きだわ~。
ちなみにストライクゾーンは俺の年齢±10歳までならOKだ! 年上サイコー!
「お前、主にエロイ目向けるな」
「む、向けてねえし」
「フウと何を話しているの?」
「い、いえ! 主は綺麗だろって話です!」
そう言うとフクロウは俺にウインクを飛ばしてくる。
フクロウにウインクを飛ばされる俺はどうかしているわ。
「ふふ、またお世辞を」
「い、いえいえ!」
「じゃあね、フウ。また夜に」
「ぽっ!」
そう言うとアリアさんはフウの頬にキスを一つ落とし、校舎へと入っていくが肝心のフウは幸せそうな笑みを浮かべながらフラフラと左右に揺れながら地面に落ちた。
「お前、フクロウじゃなくて人間だろ」
「ひぃ~主~」
フウは目を回しながら幸せそうに主の名前を呼んだ。
―――――――☆―――――――
「綺麗なもんだな。星空っていうのは」
「そうかしら。いつも見てるけど」
夜、主たちが夕飯を食べている時、俺達契約精霊は広場に集まり、主が夕飯を食べ終わるのをじっと待つのだそうだ。
夜空には向こうの世界では見ることのできない満天の星が光り輝いている。ちなみに今日の相席者はヘビだ。これでもまだ子供らしく、大人になれば全長を見ることができないほどの長さにまで成長する個体もいるらしい。
「結局、今日一日は何もしなかったか」
「そりゃそうよ。契約した初日は何もしないわ。本格的に動き出すのは明日からよ」
「随分詳しいんだな」
「あたしの種族には人間と契約した奴らが多いのよ。毎晩、自慢げに爺さんから話されたものよ」
「なるほどな」
初日はほとんど主とは会わず、朝から晩までずっと契約精霊のために準備されたらしい広場で昼寝したり筋トレしたりとかしかしなかった。
この世界に来て初日でまさかここまで色々なことが起きるとわな……魔法が常識の様に存在し、魔法使いと契約し……はぁ。
「主が呼んでるわ。じゃ」
そう言うとヘビの近くに魔法陣が浮かび上がり、その上に乗ると一瞬にしてその場から消え去った。
他の奴らも同じように魔法陣の上に乗り、この場から去っていく。
そんなことを考えていると俺の傍にも赤い魔法陣が出現し、そこに乗ってみると一瞬だけ輝いたかと思えば次に視界に入ってきたのは部屋の風景だった。
おぉ、これが噂に聞く瞬間移動か。
「ど、どうも」
「おう……良いな~。こんな部屋に住めて」
「そう? 私の家に比べたら狭いけど」
玄関入ったらすぐ部屋が見えるような狭い場所にこいつが住んだら発狂しそうだな。ベッドは天蓋付きだし、クローゼットもある。
十分にいい部屋じゃないか。
「と、とにかく座って」
「お、おう」
「コホン……と、とにかくあんたは私の契約精霊になったわけだからこれからずっと一緒にいることになるわ。だから約束事を決めましょう」
「約束事?」
「そうよ。主の言う事を聞くという事はもちろんのこと私が授業に出ている間は部屋の掃除、洗濯ものをすること。良いわね」
どこからどう見ても契約精霊じゃなくて召使いがすることじゃねえか。
「い・い・わ・ね」
「はいはい」
「はいは一回!」
「はい」
「よろしい。じゃ、お休み」
そう言い、リイザは明かりを消すと自分だけフワフワで柔らかそうなベッドに横になり、俺はただ単に固い床に布団だけを敷いた場所に横になった。
固くて冷たい……これだったらまだ畳の方が温かかったぞ。
そんな不満をブツブツ思いながらも俺も目を閉じた。