第2話
「ふぃ~。一件落着」
一息ついた瞬間、剣の持ち手が斜めに折れたかと思えばそこから挿入していたものが自動で射出され、慌てて受け取ってみるとさっきまで薄い赤色だった金属は何故か赤色が消えうせ、黒ずんでいた。
なんだったんだあの力……。
「ま、まぁとにかく一件落着」
「じゃないわよ!」
後ろから叫ばれ、慌てて振り返ってみるとそこには鬼のような形相をしている赤い髪の少女が立っており、その目は明らかに怒りの色で満たされている。
な、なんでだよ。さっき俺助けたじゃん。
「せっかく上位種のドラゴンと契約できるはずだったのに!」
「いや、お前襲われてたじゃん」
「あ、あれは」
あれはどこからどう見ても襲われているようにしか見えないし、俺が行かなかったら確実にこいつは火傷なりの怪我をしていたはずだ。
お礼を言われることはあれど、怒られることはないはずだ。
「た、助けてくれたことには感謝するわ……でも倒してくれなんて言ってないわよ!」
「つっても手加減の仕方知らなかったし」
ふと彼女の後ろから白髪で杖を使ってこちらへ向かってきている初老の男性の姿が見えた。
「リイザさん」
「せ、先生! もう一度契約の儀式をお願いします!」
「そうしたいのは山々ですが」
おっちゃんが彼女の手を優しく取って彼女に見えるようにするとそこに赤く輝いている絵のようなものが浮かび上がっている。
さらにおっちゃんは俺の手の甲も見ていたので慌てて甲を見てみると彼女と全く同じものが浮かび上がっていた。
「ま、まさか」
「さっき彼女の手を取った時に契約が結ばれてしまったのでしょう。残念ながら貴方の申し出は受けることはできません。よって彼を契約精霊と致しなさい」
「そ、そんな……」
「そこの貴方」
「は、はい!」
「彼女の傍に居なさい。それが貴方の役目です」
優しくそういうと初老のおっちゃんは杖を突いて去っていき、他の連中もそれを追いかけるようにこの場から去っていく。
……え? いや役目とか云々じゃなくて俺、元の世界に帰りたいんですけど。
「はぁ……とにかくウロチョロするのはいいけど問題は起こさないでね。後で迎えに来るから」
そう言って彼女も連中と同じ方向へ歩き始めたがその背中からは哀愁が漂うものが見え、何故か俺までも同情に似た感情が出てくる。
ふと周囲を見渡してみると契約精霊となった見たことも無い動物みたいなやつらが一か所に集まっている場所が見えたので俺もそこへと向かう。
コウモリが巨大化したVer、燃えるように赤いヘビの巨大化Ver、やけに綺麗な羽根を持っている鳥、そして子供らしい小さな青い鱗を持つ龍。
マジで俺は異世界へ来たみたいだ。
壁にもたれ掛り、ボケーっと空を眺めているとズリズリと足に何かが擦られている感じがして足元に顔を下げると綺麗な純白の羽根を持っている鳥が俺の靴にスリスリと顔を擦っていた。
「お前も契約精霊なんだってな」
「はぁ? お前と一緒にすんなや、ボケ」
…………何で俺、鳥に罵られてるの? 鳥に罵られてるからチキンなの? 鳥だけに。
「たっくよ~。俺でインパクトあったちゅうのにお前のせいで全部持っていかれたやんけ」
「はぁ? 何鳥が調子こいてるわけ? あたしが一番インパクトあったし」
今度はヘビかよ。なんでヘビは言葉が悪い女子高生みたいな感じなの? なんで鳥が関西弁なの? いつも動物はああやって会話しているのか?
「いやいや、そこはドラゴンのわいですよ」
今度は似非関西弁の青い鱗を持っているドラゴンまでもが参加し、俺の周囲は契約精霊となった動物たちの喋り声で埋め尽くされてしまう。
鳥は関西弁で口汚く罵り、ヘビは鳥を丸呑みしようと大きく口を開けるし、青い鱗のドラゴンは似非関西弁で喧嘩を吹っかけるしでまさにカオスという言葉がふさわしい。
それよりも気になるのは本当に今秋までに帰れるかどうか。もしも帰れなかったら俺、せっかく今まで金貯めたのも無駄になってしまう。
そんなことを考えている時に腕をトントンと何か湿ったもので小突かれたのでそっちの方を見てみると綺麗なピンク色の肌をしているブタがいた。
「主呼んでるから来い」
「はぁ」
ブタに命令される俺はまさにクソブタってか?
――――――☆―――――――
ブタに案内された場所は建物の三階に位置している場所でどうやら研究室らしい。
それとブタから聞いたんだがここは王立エウレオス魔法学園という場所で王国の中でも五本の指に入るほどのエリートが集まるいわば超エリート学園らしい。
中に入るとそこはやはり研究室といったような散らかり方をしており、机の上には数多くの本が無造作に置かれている。
「主、連れてきた」
「ん? あぁ、連れて来てくれたんだね。ありがとう」
ブタの声に反応して書類の山の中からぼさっとした格好の桃色の髪をした女性が出てきた。
紙の中から出てくる人なんてマンガでしかいないと思ってたけどまさか現実で見かけることがあるなんて……というか書類、上に重ねすぎだろ。
「やあやあ、君が私の剣を使った子だね」
「あ、はい。すみません、勝手に使っちゃって。返します」
「あぁ、良いよ。君にあげるよ」
え、マジで? でも俺一週間後にはこの世界にいないかもしれないしな……でもなんか契約精霊とか言う面倒なことに巻き込まれているみたいだから一応、貰っておくか。
「ありがとうございます」
「その代わり、私の実験に付き合ってくれるかな。私はエリン・オルブランド・アリエ」
な、長い……えっと、エリン・オルブランド・アリエさん……面倒だからエリンさんって言えばいけるよな……いけるよな?
「俺は里見悠馬。よろしく」
「よろしく、ユウマ。さて、君が使った剣なんだけどそれは私の発明品の一つ、マジックブレイドだ」
「はぁ」
「コンセプトは魔法が得意でない者でも扱えるマジックブレイド。使用者の魔力を注ぎ込めば魔法が剣を媒体として発動する仕組みだ。さっき、君が使ったのは魔法記憶石と呼ばれる金属に魔法を記憶させたものをマジックブレイドに装填。発動したんだ」
要するに必要なパーツを剣に挿入してそれで発動する必殺技みたいなものってわけか。なんかどっかの特撮ヒーローみたいな技だな。
魔法記憶石の色が赤から黒ずんだ色に変わったのも記憶した魔法を使ったからって感じか。
「そのマジックブレイドって何ですか?」
「おや、マジックブレイドを知らないと来たか……まぁ、良い。マジックブレイドというのは剣自体に魔法を封じ込めた物のことを言う。魔力を注ぎ込めば自動的に発動する。炎系統をよく使用する物であれば炎のマジックブレイドを、水系統ならば水のマジックブレイド、雷系統ならば雷のマジックブレイド、風系統ならば風のマジックブレイドといった具合だ。一応、それはどの属性も使えるようにはしているが威力は低めにしてあるから弱い部類だ」
その弱い部類の剣による一撃でドラゴンをぶっ倒せたってことはあいつが呼び出したドラゴンがそのグループの中でも弱かったのか、それともただ単に偶然、辺りどころかよかったのかのどっちかか。
まぁ、なんにせよ当分の間はこいつに世話になるわけだ。特性くらいは知っておかないとな。
「今はこの金属に記憶されている魔法が弱くなっているが十分もすれば元に戻る」
「という事は一回の戦闘で一回きりの大技って考えた方が良いんですよね?」
「中々鋭いね」
一撃必殺の大技か……外せば終わり……。
「まあ、改良は続けるから」
「はぁ……あ、あのところでなんですけど」
「ん?」
「次元を飛び越える魔法とかってあるんですか?」
「ない」
あまりの即答ぶりに落ち込む暇もないどころか逆に驚きが出てしまった。
そんな即答するという事はつまり、次元を飛び越えるような魔法はこの世には存在せず、俺はもう戻ることはできないという可能性が強くなったわけか。
まぁ、向こうの生活は色々と問題ありな生活だったし、こっちの世界だとゼロからのスタートだから向こうと比べたらマシな生活はできるだろ。
「しかし、君も随分と不運なものだね」
「へ? 俺がですか?」
そう言いながら椅子に座ったエリンさんの足にピョンと勢いよくブタが飛び乗り、腹這いになって幸せそうな顔をしながら横になった。
あのブタがあの人の契約精霊ってことか。
「契約精霊とは一生、主の傍に仕える存在。人間と契約するという事例は過去にいくつかあるがそのどれもが最悪な結末を辿っている。ある者は病死、ある者は主からの酷い扱いによって過労死、またある者は永遠の戦いの中、苦しみもがきながら死ぬ。そんな結末ばかりだ」
「はぁ……まあ、それってその人たちはそうなだけあって俺はそうならないかもしれないですし」
「ま、君の言う通り全く違う結末かもしれない。でも気を付けておくに越したことはない」
「まあ、それもそうっすけど」
その時、授業が終わったことを告げる重い鐘が鳴り響く。
やっぱりこっちの世界もあっちの世界と同じように授業の始まりと終わりはチャイムだけど向こうはデジタル音声、こっちは生のアナログ音声って感じか。
腹に響く音だな。
「いきたまえ。君の主が待っているよ」
「あ、はい。これ、ありがとうございます! 有難く使わせていただきます!」
―――――☆――――――
「結局のところ、人も契約精霊も何ら変わりはない。契約した時点でその種が持っている力がさらに強化される。ピグ、君なら自在な体重変化。ヘビなら自らの体内で生成している毒の強化、コウモリならば超高周波による相手への錯乱……人間と契約した時は例外なく身体能力の強化だ。目がよくなり、鼻がよくなり、ジャンプ力・腕力・脚力などが人間のそれとは比べ物にならないほど上がる。さて、君はいったい何日生きることが出来るだろうね。サトミ・ユウマ君」
――――☆―――――