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八十二話 同じ屋根の下で文通

 カリカリカリ、カリカリ。


 僕は、今文通をしている。


 やっすい海藻混じりのパノミー紙に羽ペンを走らせていく、正直描きにくいが草の紙なんてたっかいしなぁ。そして何より……。


「やってられっかぁ!!」


 僕は今、同じ屋根の下、文通している。





「書き上がりました?」


 ひょいっとドアを開けてクラダさんが顔を出す。桜色した奇麗なサクラダイのギルマンである。なお、夢は追うが努力はしないタイプ。きっと成功しない。


「貴方は僕の担当編集者ですか。まだですよ。っていうか、何を書けって言うんです」


 文通の相手は察しの良い方なら気が付いているとは思うが、アウレンさんである。


 そう、察しの良い方なら気がついてくれると思うが、病状が悪化したのである。


 最初に顔合わせした時胸を押さえて鼻血吹きながら倒れて床が血まみれになった時、「ああ、この人はなんか終わったな」感がひしひしとした。


「というかこの町の住民はなんか一つ病を抱えてないと生きていけないんですか?」


「ウィリックさんも似たようなもんかと」


「やかましいわ、アスナロさん」


 ひとしきり言い合うと、僕はやっすい紙の便せんにぶち込んだ、手紙というのもなんだかな適当な日常会話をクラダさんの顔面に叩きつけた。





「では行ってきます!」


 そしてクラダさんは走る。


 そう、この銀貨袋亭二階と三階は……。


 慣れていても必ず迷う人外鬼畜の魔境である。




 小一時間後、僕は自室のベッドで『美味しいザリガニ料理』の本を読んでいた。


「あの、体長五メートルでなんか鉄の殻に覆われた無敵のザリガニも料理する人間ってすごいと思うなぁ」


 著者近影を見た。ギルマンだった。


「あいつら何やってやがるんだ」


 あいつらザリガニなんて見たら逃げるだろうに。


 ダァン!


「乱暴に扉揚げるのやめてくれませんか? 扉が減る」


 そこには肩で息をしているクラダさんがいた。エラ呼吸はどこへ行った。


「ぜー、ぜー、お返事です」


「あの、急いで返さなくても良いんですよ?」


 僕は草で作った紙の可愛い便せんを受け取ってペーパーナイフで開ける。


「封蝋はさすがに要らないと思うんだけどなぁ、凝ってるなぁ」


 中身を見ると、僕は辟易とした。


『ウィリックさんへ、夏の日差しが強い中いかがお過ごしでしょうか? あ、この街では大体夏の日差しが強いですね。本当に、お魚とか早く痛んで困っちゃう。さて、本題の――』


 ここまでで僕はいったん手紙を閉じた。何が悲しくて『会計ミスによる業務連絡』に四回もの文通を介さねばならないのか。


「しかし、会いに行ったらまたあの鼻血スプラッターだしなぁ」


 何より僕はアウレンさんのいる部屋を知らない。この住居スペース、魔界過ぎるだろう。ブイローさんどんなリフォーム業者に任せたんだ?


 僕も自分の部屋とダイケルさんの部屋にしかたどり着けたためしがない。


 迷子になったら窓から飛び降りてる。


「ここいったん潰した方が良いんじゃなかろうか?」


 住環境が最悪である、知らないギルマンが住み着いてても僕は驚かないぞ。


「あの、返事」


 クラダさんはしっかりそこで待っていた。督促か。


「ずっと思ってたんですけど、クラダさんは何で運び屋やってるんです?」


 僕も不思議に思っていた、ここ一ヶ月ずっとだ、おかげで休みに休む余裕もない。


「お時給がもらえて……」


 ギルマンって人種は何でこんなにがめついんだろうか。





 返信は楽だった、その他雑談の部分には触れずに本題の『なぜ会計を貰いすぎたのか』の部分だけ書いて送る。そっけないが、その他雑談に付き合っていては話が終わらない。


「ブイローさんこの手の話付き合ってくれないからなぁ」


 経営者であるにもかかわらず貰い過ぎの分には忍び笑いでポケットにねじ込むのがあの人である。いつか逮捕されっぞ。


「さて、本の続きでも」


 どだだだん! どか、どごっ!


「階段転げ落ちるのやめてもらえませんか? そりゃギルマンは怪我しませんがあなたたち堅いからレンガが割れる。それにそんなに急がなくても良いじゃないですか?」


「一時間以内に持って帰るとボーナスが……」


 それで、あんなに返事を急いでいたのか。


「まぁ、もう良いですから返事を見せてください、いい加減文通も終わるでしょう」


 手紙をひったくって手で破る。


『どうも、久しぶりですね! 最近は晴れて風が気持ちいい季節になりました。ぜひ一緒にピクニックなどはいかがでしょうか? その時は私が頑張ってお弁当を作りますので……』


 べしっ!


「本題について触れてねぇええええ!!!」


 しまった! その手があったか! じゃなくてこの状況を楽しんでやがるな!!


「くそっやってられっか!」


 僕はベッドに寝転がって本の続きを読む。





 だぁん!


「あの、次の手紙です」


「もう騒がしいことに関しては何も言いませんが、僕返事書いてませんよ?」


 ついに一方的に送られるようになってきたか。


『ザリガニの料理本楽しいですか、面白かったらぜひ』


 ずざっ、と僕は後ずさる。怖い。


「……クラダさん、僕が何読んでるか言いましたか?」


「いいえ?」


 何それ怖い。


「もう一通……」


 クラダさんがすっと差し出す。


「いえ! 読みませんよ! ちょっと本人のところ行ってきます!」


 倒れられても死ぬもんか、ちょっと止めないとこれは良い予感がしない!!





 小一時間後。


「ぜーひゅーぜーひゅー」


 僕は自分の宿舎の中で迷子になっていた。クラダさんスゲェな。あとこの狭さでダンジョン作ったリフォーム業者スゲェな。


 そこにすっとクラダさんが現れる。


「あ、クラダさん、すいませんが僕の部屋まで案内を」


「金貨一枚」


 迷わず僕は三階の窓から飛び降りた。





「次の手紙でーす」


 クラダさんがお土産のクッキーを片手にやってくる。半分嬉しい、半分は怖い。


 なぜならアウレンさんが最近僕の動きを逐一報告してくるからだ。何? あの人何やってるの? それを聞いても答えはない。


 なお、僕は三階の窓から飛び降りた際に、うっかり足を捻って入院となってしまった。


 さもありなん。





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