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八十話 なんか嫌な大決戦~女は怖いよ~

「しかし古巣も久しぶりに帰ってくれば変わるもんですねー」


 僕はハーヴリルの街を散策していた、久しぶりなんで面白い。ちなみに水曜の銀貨袋亭は定休日だ。客が増えようがあのブイローさんが商売舐めきってることは変わらない。


「おおい、ウィリックじゃないか!!」


「長男さん!! ああ、次男さんに三男さんまで!! お元気でしたか!?」


 久しぶりのメンツに合うと安心する。彼らは特に心配していたのだ。


 昔はチンピラをやっていて落ちぶれて大変な目にあっていた彼も、今や小さいながらも会社経営をして何とかやっている。人間努力は報われるのだ。その努力の端っこを手伝った身としては、気にもする。


「ああ、元気だよ。そっちはお母さんどうなったんだい?」


「色々ありましてこちらで暮らすことになりました。命の別状はありません、ご心配おかけしました」


 次男さんの問いかけに僕は頭を下げる、三人はそれを止めた。


「良いんだよ! 俺たちも家族がピンチってわかったら飛んでいくって、それがいざというときに逃げ出したシャア・アックの兄貴だったとしても!!」


 まだちょっと溝があるのか。シャア・アックさんはサメのギルマンだ。まぁ、色々あって逃亡したが今は社長として、働き手として、八面六臂の活躍をしている。


「そのシャア・アックさんはどうしたんです?」


「朝礼。やっぱりギルマンの現場はギルマンが仕切ったほうがやりやすいって分かったからさ」


 この辺三男さんは経営の才能がある。長男さんは外敵からギルマンを守り、次男さんが交渉事を取り仕切り、三男さんが経営管理をする『サメの特急便』という会社だ。


 ギルマンが走ったり泳いだりする泳脚をひとまとめにして仕事を下す業務をしている。


「港に最近、古いけど倉庫を買ってさ。今俺たちそこに住んでるんだよ」


「やっとあの狭苦しくて磯臭い洞窟暮らしやめたんですね!! おめでとうございます!!」


 そして自社倉庫か! ちょっと軌道に乗ってきたのかな。


「ちょっと見ていくかい? そこなんだけど」


 なるほど、港の端っこに小さな石造りの倉庫がある。古いけど頑丈そうだ。


「いえ、ギルマンの邪魔になるといけないので僕は失礼します。頑張ってくださいね!」


 僕は一礼すると立ち去る。いや、本当に良かった。人間は幸せになれるんだ。





「あれ? 母さん、お茶ですか?」


「まぁ、奇遇ね! 私たちはやっぱりそういう赤い糸で結ばれているのね!」


「家族なんで糸で結ばれてないとは言いませんがそれは赤くはないでしょう」


 母さんである。わざわざ足生やして一人でカフェテラスにてお茶をしていた。まぁ、出歩くようになったのはむしろ成長である。精神的な治療も少しは効いているのだろう。


 なお、ローレライの護衛はいらない。単体最強生命体が何で護衛がいるっていうんだ。


「ともあれ、一杯どう? ここの紅茶は悪くないわよ」


「まぁ、そりゃそうでしょう。ここをどこだと思ってるんですか? 砂糖の街ハーヴリルですよ?」


 良い砂糖が集まれば当然良い茶葉も集まる。重いものではないし同時に運ぶのだ。それにしても金に糸目つけずに良いもの飲んでんだろうなぁ。


 僕はローレライの子だから、いわゆるボンボンなのだが、母から身の危険を感じてからは極力アルバイトで生計を立てていたので基本ケチである。


 ボンボンのケチってもう凄いヤバい奴に見えるな。


「遠慮しておきます」


 これで母さんがお茶菓子の一つも食べていれば付き合ってもいいのだが、まだ拒食症の壁は厚いらしい。精神科医でペンギンのダディさんに期待だ。


「だぁり~……ん」


 こ、この地獄より聞こえるような声は……!? なんか僕の危機感知能力がビンビンと『何をやろうが逃げようが無駄だ』と告げている!! 危機感知するなら対処法も教えろよ!!


 ひたっひたっ、と、ワカメを頭に下げて、水を滴らせて歩いてくるのは、ジャスティーナさんだ。どうやら西の果てから泳いで追いついたらしい。必死過ぎて怖い。


「その女は何ですのよ!!」


 ジャスティーナさんはワカメをぬぐい取って魔法で服を乾かすと、(出来るなら最初からやってほしい、怖くて住民が引いている)母さんに向かって指を突き付けた。


 ちなみに以前、母さんとジャスティーナさんは出合頭に魔法戦争を起こし街を滅ぼしたことがあるが、聞けるもんなら最初に聞いてほしかった。


「こちら、母のオレイリーアです」


「よろしく、ジャスティーナちゃんかしら?」


「……あ、あれ?」


 ほら、変な空気になる。





「お母さまとは知らず、申し訳ないことを」


 ジャスティーナさんは深々と陳謝していた。カフェテラスの椅子の真正面に座っている。


 僕は危機感知能力がまだ仕事してるのでなんか逃げる体勢だ。いや、これ、ヤバくない?


「いえいえ、良いのですよ。ところでジャスティーナさん」


「はい、義母様!!」


「あなたに母と呼ばれる所以はありません」


 僕は逃げる。絶対ヤバい奴だ。この後の会話が予想できる。


「え……あ、わ、わたくしに至らないところがあれば直しますので」


「いえ、そうではありません。……ウィリックは私と結婚するからです!!」


 カフェテラスが爆発した。そりゃあの二人が出会ったら結局そうなるんだよ!!






 氷の嵐が降り、雷が落ち、街は混乱の渦に陥れられた。ってーか、これ、西の都の再現だ!!


「ちょ、ちょっと……!」


「ダーリンは黙ってて!!」


「ウィリックをダーリンって言わないでください!!」


 ちゅどーん、僕は吹っ飛ばされる。生きているのはどちらかがバリアを張ったからだ。


「埒が明かないようですわね」


「若いながらになかなかやりますね」


 この二人は実力伯仲だ。もともと若くして魔法の天才のジャスティーナさんと、数々の魔法を習得した実力者の母さんなので勝負がつきにくい。


 当然ながら周りの被害も……あ。


 ちゅどーん。


 そういう音ともに、どちらが放ったともつかない爆発が小さな倉庫を襲った。

 

 そう、三兄弟の会社である。


「いい加減にしろ!!」


 僕はまず最初に母さんを、そしてジャスティーナさんを平手で叩いた。


「な、な……ダーリン、なんで?」


「む、息子に、叩かれた。お母さんにも叩かれたことないのに」


 暴力で物事を解決させたくはないが、それで二人はへたり込んで事件は解決したのだ。





「あの……」


「なんで正座」


 二人はおとなしく僕の目の前に座っている。地べたに座らせたのだ。


「何か言いましたか?」


 僕はドスを目いっぱい効かせて言う。この際危機感知能力君には帰ってもらう。僕の命など知ったものか。


「と言うか、なんで君たちは怒られているかわかっていますか?」


 今も倉庫からは慌てふためいたギルマンが逃げ出し、見事なダッシュをしている。港が近いのでバタフライで逃げている者もいるようだ。ああ、三兄弟へたり込んでるよ。


『弁償ならきちんと……』


「弁償じゃねぇよ。謝罪しろ。ってーか、二度も三度も言わせるんじゃねぇよ、暴れるな、もしくは海でやれ海で、街でやるな、人間に迷惑かけるなローレライ」


 ゴミを見るような目で見下してやる。彼女たちとの関係はこれでドブに捨てたようなものだが、ぶっちゃけこういうのはマウントをとったもん勝ちだ。


『でもこいつが……!!』


「悪いのは自分だ!! 喧嘩売られたからって買うんじゃねぇよ!! あと売るんじゃねーよ!!」


 一緒に言った二人に一喝する。僕にだって堪忍袋の緒というものがあるのだ。人の幸せを奪って良い権利なんてない。


「だって、ダーリンと私の仲を引き裂こうと!!」


「ウィリックと結婚するのは私よ!!」


 もう一度立ち上がろうとする二人の頭に拳骨を落として引き下がらせる。最強生命体とはいえ、鍛えてない女の人だ。僕の拳骨はさぞかし痛かったろう。僕だって女性にこんなことはしたくない。


「と言うかあんたら毛先ほども僕に好かれてると思うのか、今までの行動を鑑みて!!」


 僕は、決定的な一言を言った。よし、これで、僕を取り合って街が滅ぶことはないだろう。まぁ、灰になりかかっている二人のローレライには悪いことをしたが。


 最初から、こういう対応をとれば良かったのだ。


 好かれなくてもパワフルに惚れて攻めてくるナニーさんじゃあるまいし、これで大人しくなるはずである。


「おおい!! 大変だ!! ウィリック助けてくれ!!」


 長男さんが駆けてくる。


「どうかしましたか!?」


「シャア・アックの兄貴が燃える荷物の近くにいたらしくてサメの焼ける香ばしい匂いがしている!!」


「大変じゃないですか!?」


 僕は二人を放って置いてそちらに向かった。ちょっと悲しいがこれで良いのだ。





 後日談である。


「と言うわけで、ウィリック、ね?」


「あのですね、母さん、仕事場に来ないでもらえますか? 仕事にならない」


 舐めていた。ぶっちゃけこの人のメンタリティを舐めていた。僕は何年間この人を塩対応していたと思うのだ。そりゃ慣れるわ。


「まぁ、今すぐに結婚はしてくれないと思ったから母さん思ったの」


「何を考えたんですか? あと、邪魔だからってクラダさん追い出すのやめてください」


 逃亡しちゃったじゃないか。ウェイトレスでサクラダイのギルマンのクラダさん。


「うん、待つ女はやめたわ! これからは攻めるの、さぁ、母さんは好感度を上げるためにプレゼントを……」


「そのプレゼント待ってください!!」


 扉を魔法で吹き飛ばして、ジャスティーナさんが現れた。扉は後で請求しよう。


「そのプレゼントが指輪で呪いがかかっていることは明白!! そんな魔の手にダーリンをかけさせてなるものですか!!」


「あなたも凝りませんね……」


 まぁ、受け取る気などさらさらないのだが。母さんが悪意のある時など、子である僕が一番理解している。この人の好意と悪意は見分けがつきやすいのだ。


 プレゼントボックスから可視できるほどの呪いが見えるし。何がかかってるんだあれ。


「ええ、ダーリンが振り向いてくれるまで、私は追う女になりますわ!! 待っててくださいまし!! 力技で振り向かせてあげますわ!!」


「やめてください、ガチで」


「私も、ウィリックとの息子の関係に甘んじるつもりはありません。この際なんでもいいから既成事実を作ってモノにしましょう」


「やめてください、ガチで」


「させるものですか!!」


 ダメだ、二人とも聞いちゃいねぇ。火花を散らしている。


『と言うわけで、勝負を……』


「海でね」


『はぁい』


 すごすごと二人は去っていく。この事件で、二人に関する話は好転した。


 僕以外のところで、おおむね。


「はい、アジフライ。で、会社のほうはどうなんです?」


「ああ、ローレライからの賠償で何とか建て直したよ。シャア・アックの兄貴も焦げ目がつく程度で済んだし」


「それは良かった」


 渡したアジフライを三兄弟はリッテルで飲み込む。これは僕からのおごりだ。


「一度逃げた泳脚は、気まぐれで帰ってきたり、またちらほらと別のギルマンが集まりだしてるから、なんとかはなるかな」


 僕としては、三兄弟の不幸を何とか防ぐことができて一安心である。


「ところでよ、ウィリック」


 長男さんが話しかける。


「はい」


「この環境、落ち着かない」


「僕もそう思います」


 確かに表面上、母さんとジャスティーナさんは仲良く喧嘩している。本気の魔法合戦もしなくなった。


 ただ、見ているのだ。


 店の中で、店の外で、母さんが連れてきたローレライとジャスティーナさんの手下のローレライが、にらみ合いを、縄張り争いを静かにしている。


 表向きは僕の手前喧嘩はできない。


 この、ギャングの抗争のような冷戦は、僕は再び二人を呼び出してとっくりと叱るまでおおよそしばらくきっちり続くことになる。


 その間うちの経営はどん底まで落ちたとか落ちないとか。


 なんというか、僕はほとほと女運に欠けていると思う。


 ちきしょう。


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