七十八話 バック・トゥー・ザ・サウス(第二章完)
「んじゃあ、会場はここでと言うことで」
「うむ」
僕の言葉にサバとマグロがうなずく。何というか、この魚が二匹並んでいる光景は、心臓に悪い。慣れたつもりだったんだが。
「ユーたち、何をしているんだい?」
「ああ、ダイケルさん。ダイケルさんにも話しておかなきゃいけませんね。帰る準備をしてるんです」
「Why?」
まぁ、疑問に思うのも無理はないだろう。うちの母はやっと固形物が食べれるようになったところで、まだ治療は途中だ。
「ぶっちゃけて言うとリチャードさんの有給が限界なんですよ」
「ああ」
リチャードさんがいくら有能公僕だからと言ってもその有給には限界がある。なので、そろそろタイムリミットなのだ。
「だとすると、ミスターリチャードは帰るのかい?」
「はい、ですけど、僕らももう帰っちゃおうかと思って」
ダイケルさんは紙袋を傾げる。
「それはあまりに無責任ではないかい?」
それに、サ・バーンさんが割って入った。
「精神科の治療は根気が重要だ、途中での治療放棄は確かに進められない」
続く言葉を僕が取って進める。
「ですけど、どのくらいかかるかサ・バーンさんに聞いたら『二年で終われば早い方』って言うんですよ」
「心と言うのはそんなに簡単に治るものではないのだ。陶器を接着剤でくっつけるんじゃないんだぞ」
「ああー、それは無理だね」
ダイケルさんは頷く。そう、いくらなんでももう少しならともかく二年は待てない。ダイケルさんにだって家庭はあるのだ。
「なので、新しい精神科医を探して来てもらったんです。サ・バーンさんに」
「うむ、これからここで面接を行う。私が見立てた精神科学会の面々だから安心したまえ」
しかし、ここで疑問が湧きあがる。
「その面々、良く都合がつきましたね」
「まぁ、私が話したから」
いやな予感しかしない、だってサ・バーンだもの。
「よろしくお願いします」
すらっと伸びた背筋はいっそ美しい。
ぱっつんぱっつんに張った突いたら中身が出るんじゃないかって感じの人だった。
ってーか魚だこれ、カツオのギルマンだ。
「サ・バーンさん」
「はい、彼は得意分野が……」
「じゃねーよ、この脳味噌魚類。うちの母はギルマンが嫌いだって言わなかったか?」
思いっきりドスを効かせて調理用ナイフを突きつける。
「では、私のアピールポイントから……」
「いらんっ! 国へ帰れっ!!」
第一魚類はこれで終わった。
続いて、第二魚類。
銀の体に縞模様。刺々しいエラはまさにそいつはクロダイだった。
「ですからね。サ・バーンさん?」
「彼の腕は確かですよ」
「腕が確かだろうが脚が確かだろうが、うちの母にかかったら一日一匹単位で蒸し焼きにされるっつっただろうが!? 記憶しろよそこは!?」
「私にかかればたちどころに」
「アンタも話聞けよ、蒸し焼きにされるんだよ!?」
小一時間後、会場はギルマンで埋め尽くされていた。
僕の左ひじの前にはうず高くギルマンの名刺が積み重ねられている。
「……精神科医にはギルマンしかいないんですか?」
「え? 知らなかったんですか? ギルマンは心を壊しやすいので発展したんですよ」
盲点だったというより、もうちょっとくらい人類がんばれよ。何が悲しくてお魚に心のケアしてもらわなきゃいかんのだ。
入り口を鳴らす、ドアベルの音が響く。
「今日は休店日ですよー」
「すまないが、ここにウィリックと言うものがいると聞いて来たのだが」
「ああ、ダディさん!」
そこに居たのは、可愛くもハードボイルドなペンギン。ダディさんとその息子コペンだった。
「なんか懐かしいですね、どうされたんですか?」
「うむ、中央で臨時収入があったので旅の予定を切り替えて中央観光をしていたのだ」
羨ましい話だ。
「……で、どうかしたんですか?」
「いや、君には世話になったので礼でもと思ったが、ずいぶんと賑やかだね」
「おや、ダディさん」
「あ、ペンギンのダディさんだ」
「ダディさんじゃないですか」
一斉に集まる精神科医のギルマン達。
「……お知合いですか?」
「知り合いも何も、精神科学会に所属していたことがあって」
『それだーーーーっ!!』
僕とダイケルさんは、二人して叫んだ。ギルマン達は逃げだした。
「そう、行っちゃうのね。お母さん悲しいわ」
母は僕の手を取り涙ぐむ、片腕にはコペン。アニマルセラピーと言うらしい。
「まぁ、たまには帰ってきますからみっともなく泣くの止めて下さい」
「そうね。危ないことしないでね、ああ、こんなことならちゃんとした攻撃魔術でも教えたらよかったわ」
「いえ、そういうのは要りません、暴力は暴力しか呼ばないので」
最近思うことだが、強い力を持つとさらに強い敵が現れてこじれる。そういう人生は嫌だ。
「我が息子ながらなんて立派、せめてこれを持っていきなさい」
赤い、ルビーの髪飾りを渡される。
「これは?」
「今日のために作って置いたの。足だけ生えてローレライが歩いているように見えるから」
ああ、それは何かに使えそうだ。いちいちズボンが破れるの困ってたんだよね。
「ありがたくそれは貰います」
一礼をして、船に乗り込む。母さんも僕のことを考えてくれてはいるんだなぁ。
「ミスターウィリック! 出港するそうだよ!」
「……にしても、まさかホン・ローさん。金を出してゲスワルドさんから船を買っていたとは……どこに行く気なんだあのマグロ」
弱り目に祟り目のゲスワルドさんから虎の子の船をホン・ローさんは買ったらしい。ゲスワルドさんはゲスワルドさんであの人しぶとく悪い人だからまぁ何とかするだろう。
しかし、客船ではないとはいえ、大型船である。
「早くて助かりますけど、この船、何を乗せてるんですか? やっぱり肉?」
「肉なんて腐るに決まってるだろう。その辺はミーティス君の箱に期待してるよ」
あの肉の腐らない箱、大活躍してるなぁ、呪いがかかってるけど。
「じゃあ、何を運搬してるんです?」
「牛」
「え?」
思わず聞き返す。
「種牛を積んだ。あっちで新たなる牧場経営をしようと思って。向こうの牧場も買った」
「ホン・ローさん、根っこを下すつもりですか!? というかひょっとしてその牛の世話って僕らですか!?」
「うむ、そのつもりだ。さぁ、美味しい牛肉をこれから一杯育てるぞー」
ヤバイこのギルマン、肉で世界征服する気だ!?
船旅は早い。船の上だとローレライは海に浸かれず(船は動き続ける物だからね)弱るものだが、この船は僕の貸し切りみたいなものなので、時折停泊しては海に浸かることでそれを凌いだ。
牛の世話は疲れた。
「んーっ、久しぶりの陸ですねぇー!」
「帰って来たのか……」
「感慨深いな」
僕ら三人は、思い思いの感想を口にする。リチャードさんやダイケルさんは流石に帰郷が懐かしいようだ。感動しているようだ。
「流石に今回は忘れられなかったようだな」
サ・バーンさんも付いてきている。
「いや、いくらなんでも恩人を見知らぬ地に放置するほど薄情じゃありませんよ。……なんですか皆さんその目は」
物凄い薄情者を見る目だ。
「……それ以上に、なんでマダインさん付いてきたんです?」
どこまで粘着する気だこの真鯛。
「ここで米を炊く仕事はないですか」
「無いです、自分を出汁にして米を炊く特技のことはいい加減忘れて下さい」
何はともあれ、長い里帰りは終わった。さて、古巣の様子を見に行くとしよう。
「ウィリックー!」
「何ですか、母さん……へ、母さん?」
駆け寄ってきて、僕をハグしたのは母さんである。
「久しぶりー! もう、居ても立っても居られなくって!!」
「物凄い言いたいことも聞きたいこともあるんですが、なぜここへ?」
「ゲートを開いたのよ」
「ゲート?」
そういえば、前方になんか黒い洞穴みたいなものが開いている。
「あんまり長い時間は開けられないけど、こっちに別荘建てれば良いし……来ちゃった♪」
「『来ちゃった♪』じゃねぇよ!? 僕らの苦労どこ行ったんだよ!! 最初から使えよ!?」
古い偉人曰く。
このことを、徒労と呼ぶ。
ハーヴリルの街に帰った僕らだが、どうやらヤバさは二倍に増えそうなのであった。
第二章『料理人三人里帰り編』完