七十七話 酷い奴ウィリック
「お母さんは悲しい!! いつからウィリックはそうなったの!?」
涙ながらに語る母さん、だが、僕はそれを制する。
「待ってください。今叱っているのは僕の側です。どーするんですか、死者が出てないのが奇跡ですよ」
ジャスティ―ナさんと母さんの激闘という未曽有の人災により、西の都は半壊していた。本当に犠牲者とかいたらどう謝って良いかわからない。
「だってー、旅先で恋人作ってくるとかー」
相変わらずぶすくれる母さんを僕は諫める。
「妄言だと言ったでしょうが。どう街の人に謝るんですか」
「お金は払ったでしょう?」
頭を押さえる。本当の意味で頭が痛い。これだからローレライは性質が悪いのだ。金を払えば人間が許してくれると思ってる。
多分どんぶり勘定で凄く払ってるから本当に許しちゃうんだろうけど。
「だって~! ウィリックちゃんがぁーーー!!!」
ああ、ダメだ、この人もう勘違いしたら収まらないからな。ローレライってこんなんばっかりなんだろうか。
「まぁ、というわけです。街の復興はもうちょい遅れそうですね」
「そうか、うちはまぁ、店内が荒れただけで良かったなミスターウィリック」
Bar海人は荒れ放題だった、しかし、全損した建物も多い中、良く持った方だ。
「復旧は滞っているそうです、主な労働力のギルマンがおおむね逃げ切ってますからね」
天災(今回はローレライ災だが)の時、ギルマンは無力だ。あいつら縄で縛ってでも置かないと逃げ出してしまう。
「ちょこちょこ戻っているらしいよ。昨日ミスターカジキ・ローも帰って来たらしい」
あいつら意外とメンタル強いんじゃないだろうかと思う。集団だと帰ってくるんだよな、しばしば。
「あれ? 柱に縛り付けておいたホン・ローさんどうしました?」
「その件については言いたいことと聞きたいことがユーに山ほどある」
「紙袋で迫ってくるの止めませんか?」
僕は、逃げられると困るので事件当日からここまでずっとホン・ローさんを柱にふん縛っていたのだ。逃げられたら困るし、死にはしないし。
「ユー、相当酷いことするよね」
そんなに酷いことしたかな。
「永遠にエスケープされて追う羽目になるよりなんだかんだでマシじゃないですか」
ギルマンには人権はない、法律で認められていないし。認めなくても良いとは思っている。尊重はするが奴らにはギルマン権でちょうどいい。
「まぁ、もう大丈夫だろうから開放しておいたよ。彼も権力者だ、色々忙しいだろう」
マグロのギルマン、ホン・ローさんはお金持ちで権力者だ。肉に情熱を傾け続けるだけでそうなってしまったのだから、ギルマンの情熱という奴はすごい。
「まぁ、そうですかね。しかし営業再開はいつにしましょうかねー?」
「しばらく先が良いだろう。この状況でステーキ食おうなんて人間が何人いるのだね」
ダイケルさんは黙々と片づけを続ける。ちょっと怒ってる気がした。
地下のゲスワルド邸。別に地下室が好きなどということではなく、地上は全壊したのだ。
今回一番被害が大きかったのは、この街を裏で支配しているゲスワルドということになる。彼は相当お怒りだった。
さもありなん。
「くそぅ、何とかしてあのローレライをぎゃふぅんと言わせる手はないものかぁ!!」
相変わらず変なイントネーションでまくしたてるゲスワルド。
「しかしね、母親はともかく息子が帰って来たんだろう? あの子は頭が良いよ」
ゴンザレスは筋トレをしながら答える。ローレライのマッチョという稀有な存在だ。残念ながらこれでも女性である。
若干、地下室が磯臭い。
「それもそうだぁ!! 思い返せばオレイリーアの奴が弱っていると聞いたからぁ、次の街の支配者はお前になると思ったのにぃ、回復しているそうではないかぁ!!」
ゲスワルドは、ダンッ! と琥珀色の酒の入ったグラスをテーブルに叩きつける。
「そりゃそうさ。ウィリックの坊やならやっちまうさねぇ。確かに、オレイリーアがいなくなれば私が一番強いけどさ」
ローレライの序列は未婚のローレライから強さでおおむね決まる。
あらゆる意味で異例だが、オレイリーアもゴンザレスもそういう意味では同じだった。
「ぐぬぬぅ……お前がバカでさえなかったらなぁ」
「アタシはバカさ。そこは違いない、アタシはアタシより強い男と、最強の筋肉があればそれでっ、ふんっ!」
「そこにぃ、何の疑問も抱かんのだなぁ」
まぁ良いかと、グラスに酒を注ぐゲスワルド。
「しかぁし、なんとかひぃと泡吹かせたいもんだなぁ」
「やめときなよ、死ぬのがオチだよ」
ローレライと人間の関係は共生関係だが、上下が存在する。人間が下だ。だから人間の法律はローレライには通用しない。怒らせたら殺されても文句は言えないのだ。
「せめて息子だけでもぉ、ぎゃふぅんと言わせたいもんだ」
「なら、あれをさらっちまうのはどうだい? ギルマンの。肉屋の」
「なるほどぉ! たぁまに賢いなぁ!!」
ローレライはギルマンを嫌う。特にオレイリーアの嫌いようは異常だ。だから手をかけても何も言われまい。そして、ホン・ローはウィリックの拠点であり大事なギルマンだ。
「あぁれがいなぁくなればぁ、奴もこの街から消えるからなぁ、うってつけよぉ」
「すいません、ゲスワルドさんいますか? ……何ですか、その空気」
扉を開けて入ってきたのは、そのギルマンだった。
「ホン・ローさんがさらわれたですって!?」
僕はその報告をミーティスさんから聞いた。相変わらず格好だけかわいい肉屋だ。
「おう、間違いねぇね。ありゃぁ街の中央を歩いてるときの話だったが、えんやこらとゴンザレスが肩にギルマン袋に入れて担いでたのさ。手足としっぽがはみ出していたぜ」
「ミスミーティス間違いないのかね?」
「あたぼうよ!!」
黙ってりゃかわいいの典型で、人は良いのだが相変わらず喋るときっぷが良い。わざわざカジキ・ローさんの牧場から肉を届けに来てた最中だったらしい。
「ユー、どうするかね?」
「まさか、何かするってことは無いと思うんですけど……」
「その保証はどっから来てるんでい?」
僕は二人に考えを述べる。
「この街に長く住んでてホン・ローなしで生きていけるやつはいませんよ。ゲスワルドだって時々食べにくるか肉を注文するでしょう?」
『ああ』
この店の肉はある意味悪魔的だ。他で代替が効かないのでホン・ローさんを追い出したり、ましてや殺すことはできない。
僕が縛り付けてでも逃がさなかった理由はそこにある。
「そうなると……まぁ、理由は一つしかないですね」
「と、言うと?」
ダイケルさんに僕は答える。
「当然、その技術を盗むんです」
そうなると、そう早急な問題ではないはずだ。だが、手は立てておこう。
郊外のゲスワルド別荘。ザリガニ湖が近いので最近使えなかったところだ。
「良ぉく考えたらゴンザレスがいるのだからぁ、街に拘る必要はなかったなぁ」
縛りつけたギルマンを、地下室に送る黒服たちを見ながらゲスワルドは言う。
「ザリガニ位目じゃないねぇ。逆に歯ごたえが無いくらいさ」
ローレライは伊達で世界最強生命体では無い。ゴンザレスは胸筋をぴくぴくと唸らせた。
「さっそく来たようだねぇ。やっぱり、来るんだね、ククク」
ゴンザレスはニヤリとほくそ笑んだ。
「あぁまり遊ばんようになぁ。まぁ、警戒すべきは奴くらいだろうがぁ」
ゲスワルドもニヤリとほくそ笑んだ。
「ハックショイ!!」
「リチャードさん、もしかして風邪ですか? 急ぎませんから出直しても良いですよ?」
その『奴』である。
「いや、大丈夫だ。むしろ調子は良い。ちょっと悪寒はするが、なんとなく理由は分かる」
「ああ、察します」
「まぁ、あの人には借りがあるからな。ところでなぜ急がないんだ?」
「理由は簡単ですよ。話を聞き出すのには尋問しなきゃいけないじゃないですか。ギルマンに、鞭や兵糧攻めが効くんですか?」
ギルマンを脅す手段は意外に少ない。今回は脅したからどうだっていうって言う理由もあるしね。長期戦になったら飽きて話すだろうけど。
「あ、ああ。まぁ、できれば助けてやろうぜ」
リチャードさんも街に来た当初はだいぶホン・ローさんに助けてもらっている。無理を承知で頼み込んだ。ゴンザレスに対抗しうる手札がこちらにはリチャードさんしかいないのだ。
人間の身で凄まじいことだと思う。
「出てきやがったぜ野郎ども!」
ミーティスさんの言葉とともに、ずんっ。地響きとともに空気が変わる。
「良く現れたねぇ。マイダーリン」
「そう呼ぶな、怖気が走るわ」
僕だって走る。リチャードさんは一歩前に出る。流石に臆しない。
「来い、ゴンザレス」
言って魔術までかけて全力のダッシュで走る。
「捕まえたらハニーって呼んでやるぜ!!」
「な、なんだってぇええええ!!!?」
目の色を変えたのはゴンザレスだ。黒曜石の目が光る。
「いくぞだぁりぃいいいいいん!!!」
二人は一瞬で豆粒のように消えていった。
「……いまさらですけど、リチャードさん良くこの作戦受けましたね」
「すげぇ度胸だな、あの若造」
あんたほど若くないですよミーティスさん。
「だーああだだだだだだっ!!!」
徒歩で一時間はかかる距離をさらっと走り抜け、リチャードさんは瓦礫の街まで戻ってきた。
「ぬぉおおおおお!!!」
幸いなことにゴンザレスは筋肉の塊な為かリチャードさんほど足は早くなく、まだ追いつかれてはいない。
「くっそう持久走は苦手だぞ!!」
むしろこれが持久走なら明らかにゴールに入ってるだろう。だが、スタミナで敵わないのも事実だ。
「そろそろ本気を出そうかしらねぇ!! 九千兆倍の筋力!!!!」
もごっ!! そういう、危険な音がして筋肉が膨れ上がる。今までで一番の膨張率である。筋力はスピードにつながるのでこれは危険だ。
「捕まえたっ!!」
そのパワーでスピードを上回りゴンザレスはリチャードさんの後ろを取る。
「甘ぇよっ!!」
だが、リチャードさんが剣を抜く方が早かった。剣をゴンザレスに当て、反動でゴンザレスの後ろに回る。リチャードさんは手の速度の方が足の速度よりも何倍も速い。
「おのれ、九千九百九十九兆……」
「ってーか、お前『兆』の次の桁さては知らねぇなっ!?」
これ以上はヤバイ。そうリチャードさんが思った時だった。
ずんずんずんずーん♪ずーんずんずずずーん♪ずんちゃっ♪
唐突に、音楽が鳴り始める。リチャードさんはひとっ飛びにゴンザレスと距離を離した。
通りに男が二人と、音楽を鳴らす小箱を持った女性が一人、後ろにバックダンサーの皆さんがいる。これらはみんな被害者だ。数は百人にものぼる。
ずんずんずんずーん♪ずーんずんずずずーん♪ずんちゃっ♪
彼らは、踊りながらゴンザレスに近寄る、当然真ん中にはダイケルさんだ。
「な、なんだいアンタたち、体が、筋肉が勝手にっ!?」
ゴンザレスといえども踊りだす。ダイケルさん曰く、ダイケルダンスは人数がいればいるほど何故か効果を発揮するらしい。なので、有志の皆さんに犠牲者になっていただいたとのことだ。
「では行ってくるよ!!」
「どこか遠くに捨ててきてくれ!!」
リチャードさんは、流石に息を切らせて石畳に座り込む。リチャードさんとゴンザレスのスピード勝負では、ダイケルダンスをかける暇がないだろうと、街中にわざわざ罠を張っていたのだ。
ダイケルさんは少しずつ踊りながら進んでいく、時折小芝居を挟みながら。
「所でこれ、ミーが一番割食ってないかい!?」
それは、誰もが無視した。
「さて、ゲスワルドさん。凝りませんね、というか、文句はあると思いますがそれは言葉で言ってください。心中はお察しします」
同情しないこともないし謝りもしたい。だが、やって良いことと悪いことがある。
「いやぁ、私もホン・ロー氏にあぁまり手荒い真似はしたくないのだよぅ。しかぁし、あの肉の技術があれば世界を取ることだってできる」
「あれ採算度外視だって昔言ったじゃないですか」
「おう、案外仲が良いなぁ、おめぇら」
ミーティスさんの突っ込みを軽く流しつつ、僕らは話し合う。
「肉が食べたいなら持ってきましたよ」
「何度も同じ手は食うかっ!?」
「ちっ」
ミーティスさんの手から『持つと死んだ方がマシだと言うほどひどい目に合う箱』を渡されそうになったゲスワルドさんは慌てて避ける。そりゃそうだ。
「しかし、見た所小童と小娘一人、それでどうすると言うのだね?」
ゲスワルドが指を鳴らすと奥から黒服たちが出てくる、何らかの戦闘訓練は受けてるだろう。僕らはそれに対して空手である。
奥には……。
「おおい、助けてくれー」
ホン・ローさんの兄、サバのサ・バーンさんがいた。鞭で打たれている。
ああ、一般人は大きさが一緒だとサバとマグロのギルマンを間違うのか。まぁ、分からんでもない。
「帰りましょうか」
「合点承知」
二人で踵を返す。
「待てぇっ!? 何故帰るっ!?」
「後で良く分かります。……とまぁ、言えないんですよね。『十数えたら。頼みます。』それじゃあ、急ぎますんで」
ギルマン違いにも気が付かず、ポカーンとしている。彼らはその後、酷い目に合うだろう、僕らはそそくさと逃げだした。
応援を頼んだ常識人のローレライが、空の上から魔法を唱えているのだ。今、魔法の装置で会話した。
別に、切り札を二枚持ってないとは言ってない。まぁ、ゴンザレスさんは不確定要素だから消えてもらっただけで。
その日、ゲスワルドさんの別荘は消滅した。
「と、言うわけで、おーい、サ・バーンさん生きてますかー? 辛うじて義理程度に助けましたよー」
こんがり焼けているサ・バーンさんの表皮の鉄をこんこん叩く。熱い、これ目玉焼きが焼けそうだ。試しに卵を落としてみたら焼けた。
「君に言いたいことがある」
サ・バーンさんは責め立てるように僕に言った。
「ウィリック君、君は酷い」
「酷いと思うな」
「私すらぁ酷いと思うわ」
ゲスワルドさんまで含めた(生きてた)全員からの酷いの連呼である。
そんなに非道なことは、してないと思うんだけどなぁ。