七十六話 ジジムムの闘争
その日のジジムムは荒れていた。
「なぁにがザリガニスレイヤーじゃ!! ザリガニ丸じゃ!!」
俺が金づ……パトロンに選んだ剣術士の爺さんである。これで結構金を持っているので、食うには困らないが、案外隙が無いのとケチなのでそろそろ切り時かなと考えていた。
自己紹介が遅れた、俺はスミス。ケチな詐欺師をやっている。
最近本当にケチなんでどうにかしたい所だ、あの紫もやしが良くないんだ。
「そう思わんか!? のう!!」
「思う思う、だからその辺にしておけよ」
俺はリッテルの瓶をジジムムから取り上げて自分のコップに注いだ。
「ザリガニくらいワシでも倒せるわい!」
「無茶言うなよ旦那、五メートル近い鉄の塊だぜ?」
「あのリチャードに倒せてワシに倒せんというのか!?」
事の起こりはこの街に入ってからだ。リチャードとか言うもといた街の警邏がザリガニスレイヤーと呼ばれてもてはやされたらしい。何でも剣でザリガニを倒したとか。
「ええい、こうしては居られんわ! ワシは行ってくる!」
迷惑な話だ。まぁ、縁を切ろうと思っていた矢先だったのでそれも良いか。
「行ってらっしゃい。ああ、んじゃあ、これ、サインしてくれ。遺産を寄越すのと年金くれるサイン」
「何を言ってるんじゃ、お前も行くんじゃぞ」
「は?」
俺は目を点にした。
「ちょっと待て!! こら!! なんでこうなるんだよ!?」
あの後俺はジジムムに縛られ、湖のそばをリアカーで引き連れ回されていた。例のザリガニが多数出たという場所だ。
「何って、そりゃ、ザリガニも餌があったほうが嬉しいじゃろう」
「やっぱりそういうことか!? やめろーーーっ!!」
だが、じたばたしても縄はほどけない。くっそ良い縄使ってんな!!
「さて、仕上げにこれを」
俺にざらざら何かを撒き始める。
「なんだそれは?」
「フライドポテトじゃ、なぜかザリガニが好きらしくてな」
「ふざっけんなよてめぇ!? ポテトだけでいいじゃねぇか!?」
ずざざざざざっ!!
「ほれ、さっそく現れよった!!」
「どんだけポテト好きなんだよこいつら!? ってーか縄とかねぇと俺が食われるだろう!?」
ザリガニはデカい。五メートルを超えている。
「はっはっは、ワシの相手にピッタリじゃ!!」
「こうなったら殺れ!! 殺ってしまえ!!」
俺は心の底から応援する、それ以外に生き残る手段がない。
「てやっ」
ぱきっ。
だが、ジジムムの剣はいきなり折れた。
「爺さんーーーーーっ!?」
「ええい、計算違いじゃ!! もう一本あるわい!!」
ぽきっ。
「てめぇこの爺いいーーーーっ!!!!!!!」
俺は全力で吠えた。
「ちきしょう、鉄の甲羅を持ったザリガニに剣が効くわけねぇだろうーーー!!!」
「あのリチャードの若造にできたことがこのワシにできんというのか!?」
「現にできなかっただろう夢見るのも大概にしろよ!!」
そのザリガニが俺に向かってハサミを振り下ろす。
「ロープを切れ、助けろーーーっ!!!」
転がって暴れたが、俺は死ぬことは無かった。
もぐ、もぐもぐ。
「本当にフライドポテトが好きなんじゃのぉ」
ザリガニはフライドポテトを食べていた。
「……良いから縄を切れこのポンコツ爺」
何しろ、ポテトがなくなったら食われるのだ。あの程度のポテトすぐ食べ終わるだろう。それにしても器用に食いやがる。
「しかたないの、ホレ」
ナイフでジジムムは俺の縄を切る。俺達は全力で逃げた。
ずどむっ!
「うわっ!?」
どごむっ!
「ぬおっ!!」
ずぎゃっ!!
「うわあああっ!?」
何とか紙一重でザリガニのハサミから逃げる。逃げ足には自信があったが、全然逃げられない。
「なんか俺ばかり狙われてないか!?」
「フライドポテトの匂いがついとるからじゃないかの」
「……この、殺すぞ!?」
俺が弱いと知っているので、ジジムムは鼻で笑った。
「しかし、これではらちが明かんの」
ジジムムは、足を止めた。俺は走って逃げる。あの爺さんが食われている間に、少しでも距離を。と。後ろを振り向き確認した時だった。
岩の一つが浮いて、ザリガニの胴体を、ぶち抜いたのだ。物凄い速度で。
当然だが、投げたりはしていない。あの老骨にそんな筋力はない。
「ま、魔術、使えたのかよ」
「剣術使いとして、誇りがあるからあまり使わんがの」
……いや、ってーか。
「……ザリガニが一撃で倒せるんなら、いっそ魔術師になれよ。卑怯を売りにしてるのにどういうプライドだ」
心の底からふり絞ったツッコミであった。
「ザリガニスレイヤーがまた現れたらしいぞ」
「ということはザリガニがまた湧いたんですか? なんか異常じゃありません?」
僕ことウィリックは、ダイケルさんと話しながら夜の大通りを歩く、大通りには武勇を語っているのか光る剣を持った男が確かに人だかりを作っていた。
「帰りましょうか、ダイケルさん」
「ミスターリチャードに様子を見てきてくれって言われたんじゃなかったのか?」
確かにザリガニスレイヤーがもう一人いたら、それは危惧すべきことかも知れない。
「ダイケルさん。海産物の一部を絞った汁が発光するって知ってますか?」
「……いや、知らないが?」
まぁ、あまりメジャーではないからね。僕は振り返りながら、後ろの人に質問する。
「ザリガニスレイヤーに挑戦するおつもりですか?」
筋骨隆々の剣士は、頷いた。
「ああ、ぜひとも手合わせを願いたい。吾輩リチャード殿ともそこそこ打ち合えたのでな」
僕は、あちゃーと顔を覆いながら言う。
「それじゃあ手加減してあげて下さいね、あの人弱いんで」
武芸者は首を傾げた。
僕は歩きながらダイケルさんに言う。
「ザリガニ退治をどうやったか知りませんが、素直に報奨金だけ貰っておけば良かったのでしょうけどね。欲を張るからああなる」
「ミーにはさっぱり話が分からないのだが」
「医者のサ・バーンさんを呼んでおきましょう。念のため」
その後、スミスさんがどうなったかに関しては、語るまでもないだろう。