七話 ザリガニと食物連鎖とマンボウと
「……店長、ついに完成しましたよ!!」
「……そうか、そうか、完成したか!!」
「ちょっと話があるんだが……。ユーたち、揚げ鍋の前で何をしているんだい?」
ダイケルさんに僕らは満面の笑顔で答える。
「完成したんだ……! 『ポテトフライの香水』が!!」
「いやぁ、苦労したなぁ!! 肌にかけても油っぽくならないポテトフライの匂いの抽出!!」
「ユーたちも相当変わり者だね」
うん、まぁ、そうかもしれない。ああ、でもポテトフライ臭がする。幸せだ。
「……で、カンカンカンの草ですか?」
「そう、カンカンカンの草。ポテトフライの香水にかまけてたら、在庫切らしちまってよ」
「ミーが管理を怠ってて、切れてたことを忘れてしまっていてね。すまない」
「そうなると、足りない食材はムブリですか?」
「おう、ムブリだな」
ムブリとは要するにパノミーの麺である。ただ、パンを焼くときはドロドロの物を焼けば良いのだが、パノミーは単体でこねても決して固まらない。そこで形のある麺にしようと思うとつなぎがいる。
その時重宝するのが、このカンカンカンの草なのである。これを溶かしたカン水という水を入れてこねると、うまい具合に粘りとコシが出るのである。そうして出来た麺が、ムブリだ。平たくても縮れてても太くても細くてもムブリという。
「うちで、ムブリってーとパスタかラーメンですか?」
「パスタは乾麺だから、作った在庫が残ってる。ラーメンだな」
ムブリは、魚介との相性がとてもいい。ちなみに、小麦粉で作った麺のみをパスタと呼ぶか、パノミーで作ってもパスタと呼ぶかは業界で抗争中である。
「ラーメン、あの、その件なんですが……銀貨一枚で三杯出すのやめません? お客さんみんな最後の締めでどうすんだって顔しますし、やたら大盛りですし。銅貨三枚にしましょうよ」
「やだよめんどくさい。取り分ければいいだろう?」
三杯作るのも労力なんだが、この人金勘定はとことんドンブリなのであった。
「まぁいいですよ、うちのラーメン人気ですからね。海藻と魚と豚のスープでしたっけ? まかないで食べましたけど、あれたしかに美味しいですよね」
「ああ、ミスターブイローは煮込みやスープは絶品だ。チャーシューもホロロと旨い」
「おう、で、スープはもう仕込みに入ってしまったんだけどな。カン水がねぇのよ。この街でムブリ出す店って、うちと屋台が一軒あるだけなのな。海原の月夜亭は全部小麦粉使ってるから……要するにめんどくせぇことに仕入れができないのよ。だから、ちょいと摘んできてくれねぇか?」
「……なるほど、そこに繋がるんですね。良いですよ、ダイケルさんが場所知ってるんですよね?」
「ああ、ミーも一緒に行くけど、それなりに遠いのでできれば量を摘みたい。荷物になるからミスアウレンも呼ぼう」
カンカンカンの草は群生してるところには『お前らなんでそんなに生えてるんだよ』ってほど生えてるのに生えないところは、五つ葉のクローバーほどに生えてないのだ。なるほど、確かにそれは面倒だ。
「あれ、手数多いほうが良いですもんね。そうしましょうか」
「ちなみに場所は、街道を南に進んだギルマンから東の原っぱである」
なんか、聞きなれない繋ぎを聞いた気がする。違和感がバリバリだ。
「……ギルマンから東って住んでるんですか? それとも像でも建ってるんです?」
「行けばわかるよ、めんどくせぇ」
ブイローさんはスープを煮込みながら欠伸をするのだった。だってこの街で説明不足って、死に直結する恐れもあるんだよ。
「……なるほど、これは確かに、ギルマンですね」
ギルマンがそこには立っていた。一ミリも動くことなく、ただ、ただ立っていた。あまりに動かないので苔まで生えている様子だ。
「マンボウ、ですか」
「ああ、マンボウさ。ミーの知る限り、五年位はここにいる」
ダイケルさんの目の前に立っているのは彫像のように動かないマンボウのギルマンだ。巨体だから彫像かと思うが、多分生物である。目がまだ生きている。
「動かないんですね……彼」
「時々ぴくりとするから、生きてるみたいだけどー!」
アウレンさんは、相変わらず遠い。十二メートルとは結構な距離だ。話しかけるのも疲れるだろうに。
苔むして蔦が生えているギルマンに、僕らは手を合わせるのだった。飲み食いが要らない彼らは本当に生きているのだろうか、という疑問を胸に秘め。
岩がゴツゴツと並ぶ草原である。膝丈くらいあるちょっと分厚い葉っぱの草がカンカンカンであった。
「なるほど、これは生えてますねぇ、むやみにとってもカンカンカンの草が取れそう」
「おう、そうだろう……おや、先客がいるようだ」
膝丈くらいある草を刈ってるのは、ギルマンと少女である。げ、あの組み合わせは。
「おや、皆さん」
「ウィリックさーん!!」
いつもの二人、サ・バーンさんとナニーさんであった。
「んで、お二人なんでカンカンカンの草毟ってるんです?」
「いや、お子さんが疳の虫で困ってるという患者さんが出てね。この草を香にして焚くと効くんだ」
「効くんですか」
「超クッサイですけどね」
覚えておいても役に立つ知識ではなさそうだ。忘れよう。
「にしても、見渡す限りの草原だけど、この沢山の岩が邪魔して耕地に向かないんですね、なんとなく納得しました」
荒れ地に分類される土地である。放牧くらいだったら使い道はあるかもしれないが……特にあの奥から動いて寄ってくるおっきい青い岩が……青い? 動いてる?
「あ、あの、ダイケルさん……ひょっとして、あれって」
「ユーも気がついたか、うん、そのまさかだと思う」
「ザリガニだーーー!?」
ザリガニ、陸の王。
湖畔などに好んで生息している全身が鉄で出来ている甲殻類。極稀に人里に降りてきては、討伐隊が組まれる。その性格、極めて獰猛生きているものに飛びかかり、何でも食う。
なお、体長は小さいもので五メートル弱である。
「じょ、冗談じゃない!! 逃げろぉーーーー!!!」
僕らが慌てて逃げ出す前に、疾風のように駆け出すサ・バーンさん。あのサバずるい!!
ザリガニは僕達に気づいているようで、どすどすと音を立て迫ってくる!!
「どどど、どうしようっ!?」
「アウレンさん、落ち着いて! ナニーさん、握りしめてもあいつに鉄の棒なんか効きません! 死にたいんですか!? ダイケルさん、なんか使える魔術とか持ってませんか!?」
「ミスターウィリック! 残念ながらミーはダイケルダンスしか踊れない!!」
「尖ってますねあなた!? ちなみに効かないですから試そうとは思わないように!? 他、他なにかないですか!?」
僕が言うとナニーさんが答えた。
「私は、私の魔術は身体強化系を少し!」
「とりあえず逃げ足に使っておきなさい! アウレンさんは!?」
「私は、普通に火をおこしたり、水を浄化したり……あ、目眩! 相手を一瞬気絶させる魔術があります!」
『それだ!!』
このように、魔術は身近な存在である。大体の人が何らかの魔術を使う。代償は普通魔力であるが、僕は魔力を持たなかった。
「ダイケルさん! なんとかアウレンさんが呪文唱えるまでの時間稼げますか!? 五秒でも十秒でもいい!!」
「分かった、やってみよう!」
僕は、荷物をおろしてリュックの中に使えるものがないか確かめる、網は使えない。ええっと……!
ずんずんずんずーん♪ずーんずんずずずーん♪ずんちゃっ♪
「何ダイケルダンス踊ってるんだー!? 効かないって言ったでしょう!?」
「あっ、でも、聞きなれない音にザリガニちょっとビビってますよ!?」
おおっ!? そんな使い方があったのか! あ、殴られた、吹っ飛んだ。
その間に、アウレンさんは噛まないように必死に呪文を唱え、目眩の魔術を炸裂させる。おお、なんかふらふらしてる!
「よし、最後に、これだ!!」
そこいらの岩にポテトフライの香水をぶつける。瓶が割れてポテトフライ臭が辺りに漂った。
噂で聞いたことがある、ザリガニは目が殆ど見えず、音と匂いで獲物を判別するのだと。
ザリガニは狙い通り、岩にハサミを立て、食べ始める。
「よし、食いついた! 今のうち逃げますよ!」
「ダイケルさんは!?」
「今は放っといたほうが生存率高いです! 彼の生命力を信じましょう!!」
とにかく、今は逃げることだ!!
「どうやら順調にこっちを追っているようですね! ダイケルさんを見殺しにせずに済んだけど、僕らが死にそう!!」
ザリガニの足は早い。正直、逃げきれる気がしない。街まで逃げるのはちょっと気が引けるが、こうなったらなんとか連れて警邏の人たちに任せよう。
マンボウのギルマンの横を曲がって、街道の方面へ向かう。ザリガニは急には止まれない、ギルマンに激突しようとしたところで奇跡が、起きた。
マンボウの瞳が、輝く。
指を一本立てて、天空を指し示すと、その天空から星が、降った。
「あれは……流星!?」
その流星は、すさまじい速度でザリガニの……上を通過し。
ずどーん!!
「外れるのかよぉーーーーーーー!?」
奇跡は起きただけだった。そのままギルマンは跳ね飛ばされ、崖から海へ落ちる。
ザリガニはしつこく僕らに迫る!
「もうダメか!?」
思った時の事だった。
天空から飛来する影、その影はズバッとザリガニを掴み、飛んでいった。
「……トンビ」
トンビ、神の鳥。
滅多に見られないことから信仰の対象になっているが、二十メートル近い鳥である。空の王とも呼ばれており、ザリガニや象を主な主食としている。
「結局、何が起こったんです……?」
「さっぱり……」
ナニーさんとアウレンさんの言葉に、僕は、空を見上げて
「彼も、結局は食物連鎖の一部だったということです……」
ダイケルさんを助けに行こう。まだ、生きているうちにと僕は思った。
その夜のことである。
崖の下から、ずるり、ずるりと這いずる音が聞こえた。
崖を這い上がったマンボウのギルマンは、何事もなかったかのように、また同じ場所に、同じ姿勢で佇んだ。
……どうやらこの環境が気に入っているようだった。