七十五話 紙袋の隙間から
「今日はプリンを焼いて来ましたよ。母さん、固形物も少しは取ってますか?」
「まだ、ウィリックの手からじゃないと食べれないー」
見た感じ、彼女は病気には見えないが、そういうものらしい。とにかく理解が大事なのだと、ミスターウィリックは言っていた。
「所で、これ見よがしにホールでやっているのは何でだろうねぇ?」
「あれでウィリック様は影で評判ですからね。誰かが手を付けないようにツバを付けてるのですよ、ああやって」
「なるほど、ミス、ありがとう」
ローレライの女史に礼を言い。コーヒーをすする。もちろんストローでだ。
自己紹介が遅れたが、ミーは『紙袋の男』ダイケルである。今回はミーがミスターウィリックに成り代わって彼の一日を紹介していこうと思う。
その後、こもってばかりだと心身に悪いのでサ・バーン氏からの勧めで二人で散歩をする。ミスターウィリックはうんざりしている。彼は顔に出やすい。
「上に行くんですか? 母さんギルマン嫌いでしょう? 上にはいますよ」
「良いのよ、見る度蹴散らせば。たまにはウィリックが住んでいるところを見ておきたいじゃない?」
その言葉を聞いて、ローレライが複数地上へと泳いで行った。
罪のないギルマンを救うためだ、よろしく頼む。
ギルマンは無事、避難所に避難することができた。
「ギルマンいないわね。いたら魔法で吹き飛ばしてやろうと思ったのに」
「母さん、みっともないからやめてください」
ミスターウィリックはなんとなく察しているようだ。
地上で歩き回る二人。ひょっとするとミスターウィリックはデートのエスコートが下手なのかもしれない。
「そりゃそうですよ。あの人女の子と付き合ったことありませんからね」
「ああ、そりゃそうだね。あのマザーの下に居たらいつまでも親離れできない……というか、どうやって親離れしたんだね?」
「ホン・ローさんの功績が大きいんですよ。ウィリックさんに常識と道徳を教えたのはあの人です。オレイリーア様本人は料理を学びたいって言った、ウィリックさんへの教師のつもりだったんですが」
なんとなく読めてきた気がする。
「それで、変なことを教えたミスターホン・ローを恨むようになった?」
「その通りです」
二人して溜息を吐く。このローレライ女史は常識人である。ミーは彼女と監視を続けていた。ミーが請け負った仕事はこれだ。平和のためである。
「おや、あれは?」
「どうかしました?」
視界の隅に見覚えのある人物を見つける。この間ミスターウィリックが助けた、御者の娘だ。ラヴレターらしきものを持っている。
「まずい、止めるぞ! 女史! 人死にが出る!」
ミーはダッシュで止めに入った。
「いだい痛いいだいい゛たいっ!!」
御者の娘には悪いが腕ひしぎ逆十字をすることになった。
「いやはや、そういうわけで大変なのだよ」
「歩く災害みたいなおっかさんだな」
合間を取ってミスターリチャードにハンバーガーを買ってきてもらって三人で食べながら監視をする。
「良く紙袋を汚さずにハンバーガーが食えるな」
「慣れだよ」
二人は建設中の教会を眺めていた。
「ローレライは神を信じなかったと思うが」
「ええ、ですので単に口実だと思います」
ローレライは神の奇跡より格が高い魔法が使えるので、神を信じていないというよりは、下に見ている。
「おい、教会の上」
「あっ!」
そこに居たのは、ミスタージジムムだ! 教会の上から強襲をかけるらしい。
「二重の意味で命知らずな!?」
「助けてやってくれミスターリチャード!」
「ちっくしょう!!」
瞬時にミスターリチャードはその場から掻き消える。続いて剣戟の音が響いた。
最近彼は人類のカテゴリーから外れている気がするなぁ。
ミーはそこで肩を叩かれる。
「所で、あの人は何でしょう? 見かけないローレライですけど」
ローレライ女史の指先に居たのは。巨大な魔法を準備しているローレライ。ミスジャスティ―ナだ!
「まずい、特級の厄物だ!! 彼女に対抗できるか!?」
「ちょっと難しいような!?」
ローレライ女史は肌でその格の違いを感じ取ったようだ。ミスジャスティ―ナは強いらしい。
「数秒だけでも耐えてくれ!! 応援を呼んでくる!!」
ミーは力の限り走った。応援を呼ぶために。
「いやー、今日はというわけで教会が突然倒壊しましてね。あれ、手抜き工事だったんでしょうかね?」
「そうか、それは良かったね……」
「いや、良くないんですが……足がガクガクしてますよ? 体調が悪いなら休んだらどうです?」
ダイケルさんにしては珍しい。
「そうさせてもらうよ、あとミスターウィリック」
「なんですか?」
「頼むから、ユーのマザーは海から出さないでやってくれ、死人が出る」
僕が、この件の事実を知ったのは、数日後のことだった。
今でもこの時忠告を聞いておけば、と思う。
ジャスティ―ナさんと母さんが鉢合わせをして、街の半分に被害が及ぶ大災害が発生するまで、そう、あと数日なのだ。
その時のことを記すには残念ながら悲惨過ぎてとても僕には伝えることができない。