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七十四話 負けるな! ザリガニスレイヤー!

 僕らはBar海人の店前を掃除していた。酷いありさまである。


「んー! ひっさしぶりに晴れましたねー!」


 酷いことになっているのはここ最近の長雨のせいであった。ずいぶんと酷い風雨だったので半分営業休止状態だったのだ、客が来ないのはともかく、ホン・ローさんは農場を見に行かなければいけなくなる。


「ミーも紙袋が乾かなくて苦労したよ」


「……それ、洗濯して使ってたんですか?」


 そこにホン・ローさんが出先から帰ってきた。


「ちょっといいかね? 掃除は良いから」


「どうかしたんですか? ロクなことじゃないでしょう」


 後ろにいたのは、リチャードさんだった。




「……と言うわけでな、この村とさらに奥の村が、この雨で流通が滞っててな。さらに道が一本崩れているのが分かった」


「ああー、内陸の村ですかー」


 海辺の村はちょっとくらい食料が途絶えても何とかなる。


 水は魔術で濾過できるし、海に出ればパノミーが取れるからだ。だから基本村と言うのは海辺に作る。


 だが、農村と言うやつはそうも行かない。土地を耕して農作物を作る場合は、パノミーは流通に頼るしかないのだ。


 だから結構簡単に食糧不足に陥るのだ。


「それで馬車を貸すことにしたんですね」


 ホン・ローさんは馬車持ちだ。何しろ農場をやっているくらいなので輸送は何かと必要だからだ。


「ああ、そう決まったから、御者をやってもらいたい。ダイケル君得意だったよね」


「うむ、ミーは馬車の扱いは得意だね」


 ダイケルさんの謎の技能である。


「じゃあ、今回は僕は留守番で?」


「荷下しと交代要員を頼むよ、サボろうとしない」


「はーい、でも、道が一本無くなったって聞きましたけど」


 リチャードさんが地図を取り出して言う。


「ああ、だから、この道を使おうと思ってる」


 リチャードさんの指先を見て、僕は食い気味に呟いた。


「却下」


「なんでだよ」


「そこ、なんて書いてあるかわかりますか? ザリガニ湖ですよ、ザリガニ湖。ザリガニ出るんですよ?」


 もう散々見てきているが、実はレア生命体のザリガニは巨大で鋼鉄の殻を纏った陸上最強生物である。


 彼らは淡水と陸の間を好むのか、こういうところによく出るのだ。


「暫く目撃されてないと聞くが」


「それでも却下です、ここしばらくの雨でどうなってるか分からないですし。出るからそういう名前がついてるんですよ?」


 そこに、ホン・ローさんが口を挟む。


「しかし決まったことなのだよ。悪いが行ってくれないか? 護衛も付くらしいから」


「リチャードさんももちろん来るんです? 出来ればこれはローレライ案件だとも思うんですが……」


「リチャード君は来るが、ローレライは来ない。残念ながら」


 人間は万能ではない。どうしてもという時は、ローレライに頼ることが多々あるのだが。この街はローレライとギルマンの確執が特に強いからなぁ。


「まぁ、リチャードさんがいますし、他にも傭兵がいるなら何とかなりますかねぇ」


 ちょいと不安だが、これは人助けである。




「ぬかるんでますねぇ」


 そりゃ、二週間近く降った雨だ、こうもなろう。岩場の多い草原の道はぬかるみきっていた。 そこを馬車の馬力で力技で進んでいく。何度か立ち往生することもあった。


「道のり的には半分だね、一泊するかもしれない」


 ダイケルさんが手綱を握りつつ片手で地図を開く。器用なもんだ。近くに例の湖が見えた。


 馬車はほとんどが荷馬車だった。御者が半数、御者と用心棒を兼ねているのが半数といった所だ。


「魔術師が少ないのが気がかりかな……? ってか、剣士多いですね」


「ああ、そりゃ、なぁ?」


 リチャードさんは持っている剣を見せる。リチャードさんの愛剣『ザリガニ丸』には魔法じみた魔力がかかっている。これはザリガニを斬ったことによるものだ。


「なるほど」


 つまり、ここにいる連中は、腕に覚えのあるコロシアムかなんかの連中で。リチャードさんの強さを見て自分もザリガニを斬ってあやかりたいという奴らなのだ。


「やる気があるようで結構なことで」


 僕が、荷馬車のパノミー袋の上でゴロンと寝ころんだ時である。視界の隅に、何か動くものが見えた。飛び起きる。


「斜め前!! ザリガニです!!」


 三メートルほどの若いザリガニだろうか。湖の近くで水を飲んでいたのだが、こちらに気が付いてバックジャンプで近寄ってくる、怖い。


 二度ほどバックジャンプしたところで、ザリガニは勢いよく振り返り大きく両のハサミを上げ威嚇してきた。やる気だ。


「魔術師……!」


「行けー!」


「ザリガニだー!!」


「俺もザリガニスレイヤーになるんだーー!!」


 次々抜剣し、突撃していく剣士たち。


「馬鹿っ!?」


 思わず僕は叫んだ、次々剣が鉄の殻に弾かれる。


 魔術師は火力のある派手な魔術が使えず、まごまごしている。剣士が邪魔なのだ。


「馬鹿は放っておいて先に進みましょう!? あれだけ食えばザリガニお腹いっぱいになりますよ!」


 ザリガニは厚い鉄の殻を持っている。リチャードさんみたいな化け物はともかく、剣はあまり効かないのだ。斧かハンマーが賢い。


「そうも行かないだろうっ!!」


 流石に待っていたリチャードさんも飛び出す。一瞬でザリガニに複数の傷をつけた、だがザリガニは怯まない。あの人はたくさん斬りつけるタイプの剣士だ。浅くしか斬れない。


「と、とりあえず今のうちに前へ……!」


「い、いや、ユー! あ、あれを!!」


 前からガザザザと音を立ててやってきているのはでかい!! 今まで見た中でも一番でかいザリガニだった!! さっきの三倍はある。


「今度こそ魔術師!!」


 僕が言うまでもなく、魔術師たちが降りて派手な爆発魔術等を叩きつける。


 ガザザザザ!!


「効いてない!? ひ、引きましょう!!」


「ユー! それが、後ろの傭兵たちがみんな降りたんで、御者が足りなくてつっかえてる!!」


「こいつらどんだけ馬鹿なんだー!?」


 僕は荷馬車から飛び降りる。


「ユー!?」


「ダイケルさんも逃げて、積み荷や馬車は二の次です!! 戦闘は戦えるのに任せて一旦逃げますよ!!」


 僕は立ち往生している御者の人たちを集めて、逃げ出した。この場にはリチャードさんがいるんだ、時間はかかって被害が出ても何とかなるはず。




「めちゃくちゃ離れると何かあった時、問題です。だから、見える岩場に隠れましょう」


 御者はそんなにいなかった。僅か四人で身を潜める。


「所で、ユー」


「はい、判断ミスは認めます。僕も慌ててました」


「ユー」


「分かってますよ」


 後ろの、岩が動き始める。こいつらはたまにコケの生えた岩に擬態するのだ。


「何で三匹もザリガニがいるんですかーーー!?」


 僕たちはダッシュで逃げる。


「えいっ!!」


 近くの岩に香水瓶をぶつける。するとその岩をザリガニは食べ始めた。


「……ユー、あれは!?」


「フライドポテトの香水です!! 連中好きみたいでお守りに一本持って来ていました!! 一本きりですが!! 大丈夫ですか!?」


 御者さんは親娘だ。おっさんは健脚だが、少女はそうでもない。僕は抱きかかえる。


「あ、あの!!」


「こっちのが早いです!! 我慢して!! くそう、こういう時の人員は健康な男子にしてくれよ!!」


「ユー! 泣き言言うんじゃないよ!!」


「ダイケルさん、ダイケルダンスで止めて下さい!!」


「効かないって知ってるだろう!?」


 言い争いながらも、岩を食べ終わったザリガニが詰め寄ってくる。


「先手必勝!!」


 振り下ろされそうになった、ザリガニのハサミが落ちた。


「リチャードさん!? もうザリガニ倒し終わったんですか!?」


「おう!! 美人の危機には駆けつけねぇとな!!」


 気にしてなかったが、僕が抱えている娘は、なるほど美人だ。


 近くでは先ほどから戦っているでかいザリガニに苦戦している傭兵たちがいた。魔術師の一人、これも美人だ。彼女にハサミが襲い掛かる。


「うぉおおおおおおおお!!!」


 いつの間にか、リチャードさんはそっちでも戦っていた。


「……あの人、分裂しながら二匹のザリガニと戦ってるよ」


「もうあの人一人でいいんじゃないかな?」


 傭兵の誰かが、ボロボロで呟いた。まったくもってその通りだ。




「……で、その後どうなったんですって?」


 僕らは打ち上げで肉料理に舌鼓を打ちつつ、リチャードさんの愚痴に付き合っていた。まぁ、いつもの愚痴だ。今日の酒は奢らせよう。


「傭兵の魔術師の方はさ。旦那持ちでさ、子供もいるんだとよ」


「さいですか、ビフカツ美味しいですね」


「こら、ユー、一人三切れだろう?」


 レアのビフカツなんて僕も初めて食うのだ。ホン・ローさんから今度作り方を聞こう。


「もう一人は?」


「好きな男がいるんだとよ」


「いつもの事じゃないですか?」


 リチャードさんはめっちゃ睨んで来た。あ、いや、これはマズい。


「ちょ、ちょっと待ちましょう。リチャードさん、ひょっとしなくてもそういう事なんでしょうが。刃物はマズい!!」


 剣を抜こうとするリチャードさん。ザリガニ殺しはさらなる強い輝きを放っていた。そりゃそうだろう、あの人ザリガニを結局三匹屠ってるもの。伝説の剣士になっててもおかしくないレベルだ。


 ってーか、そんなのと刃傷沙汰になりたくない。死ぬ。


 僕は必死の言い訳をし、結局この場の払いをすべて請け合うことになった。


 言っておくが僕は悪くない。


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