七十三話 ギャンブル破壊伝サ・バーン
「母上の調子はどうかね?」
サ・バーンさんに聞かれる。海人の営業終了ギリギリに滑り込んできたので、せっかくだから僕のまかないと相席しているのだ。
「最近ようやく固形物を食べれるようになりました。拒食症について説明もできてます」
「そうか、良い傾向だ。君は頑張っていいが、母上を気負わせないように」
「はい、ところで相談なんですが。そろそろ資金が怪しくなってきたので、お金を貸してもらえませんか?」
「……なんで私にそれを聞くのだね」
「見りゃ分かりますよ」
肩から背負った金貨袋がパンパン、食ってるのは五百グラムのシャトーブリアンステーキ、しかも一番良いワインを付けた上に、ローストチキンまで食べてる。
「というか、ちょっと分けて下さいよ。僕自分で作った魚のアラのスープにパノミーですよ。不公平だとは思いませんか?」
がつがつ食い始めるサ・バーンさん。あ、てめぇ、この野郎、ケチ。
「というか、何をやったらそんなに短期間で稼げるんです? 闇医者でもやったんですか?」
「ギャンブル」
最後の鶏の骨を投げながらサ・バーンさんは言う。もうちょっと味わって食えよ、ここの鶏ハーブ食ってんだぞ。
「……そうですか、少し今のうちにお金貸してくれません?」
「儲かると思ったら君は食いつきそうだと思ったが」
うっせーやい。
「僕は確実性の低いギャンブルは嫌いなんですよ。策を巡らせて勝ち目上げるのは好きですが」
「そうか、私はこれからまた行くよ。はい」
なるほど、深夜のギャンブルの前に腹ごしらえなのか。
「そして、このお金は、くれるんですか?」
「食事の代金だよ」
……ちっ。
「結局なんだかんだで付いてきてしまいましたね」
トラブルの香りしかしないんだけどなぁ。
それにしても怒号と叫び声が渦巻くこの空間で、よくギルマンが逃げないな。
「サ・バーンさん、この空間怖くないんですか? 深夜のカジノですよ?」
「ここの用心棒は安心できるからね」
サ・バーンさんはポーカーでディーラーとにらみ合っていた。
サバの表情読むのきっついだろうなぁ、ディーラー。
「……エースのロイヤルストレートフラッシュです」
しかし、ディーラーは『最強の役』を提示した。
「あ、負けですかね」
しかしサ・バーンさんは自信に満ちていた。
「問題ない、エースのロイヤルストレートフラッシュの『ダブル』だ」
サ・バーンさんはテーブルに十枚のカードを置いた。ちょっと待て。
「え!? なんで同じトランプに同じエースのカードが三枚あってしかも、サ・バーンさんポーカーで十枚持ってるっていったい何のゲームですかってーか突っ込み切れねぇよこんちくしょう!!」
ディーラーはカードをまき散らしながらテーブルに突っ伏した。
「……次に行こう」
観客がざわめく、そりゃざわめくだろうよ。
僕の役割はなんとなくこれで分かった、突っ込まなきゃいけないんだな、要するに。
「ルーレットですか」
まぁ、これは不正があったとしても常識の範囲内だろう。
「ポーカーのテーブルは再起不能だからな、10と32に、これを半分ずつ」
どちゃっと金貨を置く。
「半分ずつ?」
リスク回避としては微妙だ。確率はそれでも36分の2なのだから。
「見ていたまえ」
と言うと、ルーレットが回り始めた、ディーラーの……あ、ギルマンだ、ギルマンが玉を投げ入れる。
かららららら、ぱっかーん。
玉が割れた。二つの場所に収まる。
「じゅ、10と32、ぎゅぎゅぶぶ……」
ギルマンは泡を吹いて倒れた。
「いや、一ヶ所に賭けても同じじゃん、これ!?」
凄いけど、良く分かったことがある、サ・バーンさんギャンブルに強いんじゃない。
運が物理法則とか常識を超えてるんだ。
「98ですが……」
「ハイだ」
カラカラ。
「99です……」
「ハイだ」
カラカラ。
「100です」
「ハイだ」
「え、あの?」
「ハイだ」
カラカラ、パッカーン。
「わ、割れて107です」
もう言葉も出ない、ダイスが割れたよ、おい。というか、それはノーゲームじゃないのか。
やってるゲームは非常にシンプルなゲームだ。ハイアンドローのダイス版。
0~9までの10面のサイコロを2個振り、赤が10の位で青が1の位と見る。00は100と見るので、ちょうど100まで出る。そして出た目より次が高いか低いか当てるだけ。
同値は没収というちょっと負け要素の強いゲームだ。だがこちらは、確率計算ができる。
引き所が大変難しいゲームだが、サ・バーンさんはこれで百勝目だった。
「お客さん、勝負しませんか?」
現れたのは、店側のディーラー。やはりギルマンだ。フグのギルマンがタキシードを着ている。
絵で見せられないのが大変悔しい。
「構わないが、ハイアンドローでかまわないかね?」
サ・バーンさんは余裕だ。僕もこの人とギャンブルだけは死んでもしない。崖から飛び降りたほうがまだ勝率が高い。
「辞めといたほうが良いですよ? 僕もここらで引き上げるように言っておきますから」
「そうは行かないのですよ。あなたは勝ちすぎました。ここらで負けていただかないと」
「ですよねー」
サ・バーンさんの周りには金貨が山のように積まれている。どうやって持って帰るんだ体一つのギルマンが。
こうして、勝負が始まった。
勝負は凄く退屈だった。何しろお互い同じ方にしか賭けないので、意味がないのだ。
「サ・バーンさん、これ、勝負変えたほうが良くないですか? 僕、明日朝早いんですよ」
「……そうだな。じゃあこうしよう。君がダイスを振る。そして君がハイかローかを言い当てその後私も振る。一発勝負だ」
「構わないでしょう」
フグは頷いた。
フグからダイスが投げられる、目は、50。微妙な目だ。
「ロ……」
と、迷わずフグが言いかけて、止まった。
(待て、止まれ!! ……私!! 奴はダイスを振るとは言っていたが、何個振るかは言っていない!! ……これは巧妙な罠だ!!)
「ハイだ!!」
(三個握っているのだろう!? それなら圧倒的にハイになるはず!! 二個でも半々だ!!)
フグの目を見てサ・バーンさんはダイスを振った。
ぴらっ。
「スペードのエース。目は『1』だ」
「ここでトランプが出てくるのかーーーー!!!」
フグは泡を吹いて倒れる。
「いや、一連の流れ、僕どこを突っ込めばいいんです?」
ギルマンのギャンブルに常識が通用しないのは、よく分かった。
イカサマって言えよ。
「ぎょぎょぎょーーーー!!!」
「こっちです!! こっち!! 僕はこの街の裏路地なら庭より知ってます!!」
結局僕らは逃げていた。結局勝ちすぎて暴力に訴えられたのだ。
そうなると僕らではどうにもならない。逃げるしかなかった。
「結局文無しですね。金貨重すぎてあんなに持てませんし」
先に借りときゃ良かったんだ結局、と思った。
「いや、ウィリック君。ポケットの中身を見せたまえ」
ぎく。
「……なんでバレたんです?」
「そりゃあ、見れば分かるよ」
僕のポケットは金貨でパンパンになっていた、そりゃバレるか。どさくさに紛れて掠め取っていたのだ。我ながら手癖が悪い。
「折半でどうです?」
「そうしよう」
路地裏で、二人、悪いのがいた。
今日はそれだけの話。