七十二話 ホルスタインと死んだ目の魚の話
僕とダイケルさんは、休暇を利用してホン・ロー農園に来ていた。母のこともあるがたまの息抜きである。
「……これは、広いなぁ。この農園が全部ミスターホン・ローの趣味なのかい?」
「はい、牧場は息子のカジキ・ローさんが営んでいます。流石に手が足りないので小麦畑はメバチ・ロー、他の畑はキハダ・ローさんが」
「もういい、頭が痛くなりそうだ。子沢山だということは分かった」
ギルマンは物凄い数産卵して、生存競争するのでむしろ『たくさん生き残った』と評するのが妥当かもしれない。
しかし、見渡す限りの敷地がすべてホン・ローさんの畑か牧場なので、彼の凄さは言わずもがなだろう。これを彼は全て趣味に使っている。
すなわち、食肉の研究だ。
「ユー、所で目的の牛はどこにいるのだね?」
「慌てなくても見れますよダイケルさん。今頃は牛舎で麦を食っているころです」
「……この広い牧草地帯は?」
「凄いことに、食事用ではなく、牛の運動用です」
下手するとここの牛は僕らより良い暮らしをしている。
牛舎に向かうと、カジキ・ローさんが牛にビールを与えていた。
「ユー! ユーッ!?」
「気持ちは分かりますが落ち着いてください。ここは酒造もやってるんですが二級品のビールは牛に飲ますんですよ」
未だに僕も信じられない、牛に何を求めてるんだこの牧場は。
「製造過程で出たゴミも食べさせるんだ、無駄のないシステムだよ」
「どうも、カジキ・ローさん」
カジキ・ローさんはお辞儀をする、お辞儀をしたら鼻が地面に刺さった。
「……すまないが」
「はいはい、相変わらず難儀ですね」
引き抜いてあげる、彼は何でこんなに生きるのが不自由なのだろう。
僕らは作業の手を止めてビーフジャーキーでお茶を飲んでいた、いまいち合わない。ビールが欲しい。
「この広い牧場をミスターカジキ・ロー一人でやっているのかね?」
「はい、そうなんです。時折手伝いが来るみたいですが」
「ギルマンは寝なくていいからね。人件費の節約だよ」
何度も思うがギルマンは何で過労死しないんだろう。
「……昔から思ってたんですが、牧場から食肉直接持って来てますよね」
「加工場と保管場所を兼ねてるからね」
「ギルマン、牛が殺せるんですか?」
「……何を言っているんだい?」
あなたが何を言っているんだ。一つ疑問ができたが、こいつらの『怖い』とは一体何を指しているのだろう。
「さて、牛舎を案内しようか」
この時までは平和な牧場見学だった、そう、これで終わるわけがないのだ。
「ああ!! またやられた!!」
牛舎は破られ、破壊されていた。
「泥棒ですか!?」
「いや、ミスターウィリック。柵は内側から破られているようだよ」
と言うことは脱走か。
「言うことを聞かない暴れ牛がいるんだよ。良かったら捕まえてきてもらえないか」
「ちょっと待って」
素人二人でどうやって牛を連れてくるのだ。
「ほら、これを使っていいから」
「ちょっと待って」
バールでどうやって立ち向かえと言うのだ。
「あの、ダイケルさん。無茶なんでやめません?」
「大丈夫だろう」
ダイケルさんはかなり自信満々だ、この人主導は久しぶりに見る。
「ダイケルダンスで踊っている間に引っ張って行けばいいんだ」
「……牛、踊るんですか?」
帰りたい。
そう思っていると、目的の牛を発見した。
牛は黒牛 凄い鼻息 五人がかりでも勝てそうにない。
「名前は、ホルスタインと言うらしいですね。強そうな名前です」
「強そうな名前だな」
「どのくらいヤバそうか、試してみたいと思います」
僕は道中見つけて来て引きずってたマダインさんを放り投げる。
マダインさんが地面に落ちる音をホルスタインが聞きつけると、ホルスタインは蹄で地面を掻き。マダインさんは死んだ魚の目をしていた。
宙を舞うマダインさんは崖へ落下していく。
「ユーは前々から思っていたが、ミスターマダインになら何をしても良いって思っている節があるね」
ダイケルさんは冥福を祈っていた、僕もそれに倣う。
ま、死にはしないだろう。
そして、そのままホルスタインはこっちに突っ込んでくる。
「え、う、うわ!? ダイケルさん、ダイケルダンス!?」
「無理だ、間に合わない!!」
「逃げろーーーっ!!!」
僕らは無茶と分かりつつも逃げ出した。
ざっぱーん。
「が、崖があって助かった」
僕らはワカメだらけになっていた。ダイケルさんなど完全にドザエモンだ。
「ま、まさかあいつ、崖に飛び込んだ僕らに岩落として追い打ちしてくるなんて」
「侮ってはいけないって分かったよ」
こうなったら徹底抗戦だと僕はバールを握りしめた。
街角のコロッケ屋。そこでコロッケを買い食いしているホルスタインがいる。
「待ってくれ、凄い突っ込みたいけどもう何を突っ込んで良いかわからない」
「良いですか、ダイケルさん。餌のマダインさんを投げ込んで攻撃されている間にダイケルダンス、そのまま馬車に投獄します」
道にマダインさんを投げ込むと猛烈な突進でマダインさんは星となった。
「よし、ダイケルダン……!!」
肩を、ちょいっと突かれる。
「何ですか、今忙しい!!」
そこを見ると、そこにも『ホルスタイン』がいた。
「えっ!?」
振り返ると、そこには別の牛。
「か、影武者!?」
ホルスタインの突進。
僕らは星になった。
「もうやめよう、なんか知らないが知恵比べの時点で牛に負けてる!? ミーが悪かったから!!」
僕らはボロボロで海の中まで来ていた。
「こうなったら究極手段ですよ!! 魔法を使いましょう!! 牛から見えない海の中だったら百パーセント不意打ちは喰らいません!!」
「何をやってもあの牛には勝てる気がしないよ!! ユー!!」
僕は連れてきたローレライに頼む。
「と言うわけで、牛が牛舎に帰るような魔法をお願いします」
「ウィリック様の頼みとあっては、やりますけどね……」
なんで私が、と言う顔をしてローレライさんは魔法を唱える。
「……あ」
「どうかしました?」
「いえ、それが、牛は牛舎に居ます」
「……」
「……」
僕らは、地面に思い切り膝をついた。
「ま、まぁ良いでしょう。奴はこれから肉になるんです、目いっぱい食ってやりますよ」
僕は悪い笑みを浮かべた。勝ったのは僕らなのだ。
牛舎の中、ホルスタインはワインを飲みながら悠々自適の暮らしをしていた。
「ああ、ホルスタイン帰って来たのか。流石ウィリックさんたち」
カジキ・ローが言う。
「んじゃ、乳を搾るからじっとしててくれよな」
カジキ・ローは乳を搾り始めた。
そう、賢明な方は分かるかもしれないが、ホルスタインは乳牛だったらしい。
つまり、メスだ。
彼女は悠々自適にこの牧場で暮らし続けるのだった。
なお、そのころ、マダインは空を飛ぶ巨大なトンビにさらわれていた。
今回一番の被害者は間違いなく彼だろう。
マダインは、終始死んだ魚の目をしていた。