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七十一話 闘え! ザリガニスレイヤー!

「ダイケル君、ウィリック君、客が来る前だし昼食を取っておかないかね」


 本マグロのギルマン、ホン・ローさんの言葉に僕は耳をぴくんとさせる。『まかないを作ってくれ』と言われなかったので、あれだ。


「私が焼く、ウィリック君は鉄板を温めてくれ」


「はい、わかりましたー!」


 ごちそうである。今からBar海人の店主である、ホン・ローさんが肉を焼くのだ。


「お、なんなのだい?」


「今からお肉を焼いてくれるんですよ。営業中に見はしたでしょう?」


「ああ、あの凄い奴か」


 確かに見た目何やってるか僕も分からないが、もう、ホン・ローさんはお肉を切り分けている、サーロインの良い所だ。どうやらダイケルさんに食べさせるため奮発するらしい。


「いつ見てもここの肉は白いね」


 ダイケルさんは紙袋の上から表情は分からないが怪訝だろうと思う表情をしていると思う。まぁ、分からなくもない。


「一度ここのお肉は食べてみたほうが良いですよ、人生観が変わります」


 僕はウキウキで鉄板を温めに行く。まぁ、実際には鉄板を火で焼くのだが。




 ホン・ローさんの鉄板パフォーマンスはなかなか凄い。味にはまったく意味は無いのだが、焼き加減も抜群だ。最後に、酒で香りをつけ炎を上げた。


「うわぉ」


 そして焼いた鉄板の上に二百グラムのサーロインステーキが乗った。一緒にワインが欲しいが営業前の手前である。流石にそこまでは望めない、パンはつけてくれた。


「お好みでソースをどうぞ。後、レアで焼いてあるのが一番美味しいとは思うが、生肉に抵抗がある場合は横の石で焼いてください」


「ありがとう。一番美味しいと言われているのだからそのまま頂こう」


 流石にダイケルさんも料理人の端くれだ、分かっている。脂滴るステーキを紙袋の下に入れる。


「いつも思うんですがその食べ方美味しいんですか?」


 見てると、ダイケルさんが黙った。


「……旨いな」


 人間、本当に美味しい物を食べるとこういう反応をする、言葉にならないのだ。


「ええ、脂が違います。ああ、旨いなぁ。普段食ってる赤身の固い肉なんて比べ物になりませんよ。何しろここの牛は主食に小麦を食べてるんですから」


「小麦!?」


 贅沢すぎる、ありえない話だろう。


「だから、ちょっと良いお値段するでしょう? ここのお食事。ですけど、ホン・ローさんは肉食の普及に尽力を尽くしているギルマンなので、こうしてたまに振る舞うのです」


 ああ、脂が美味しい、まったく嫌じゃない。これを食べ慣れるといくら良くできててもよそのステーキは見劣りするんだよなぁ。


「……そう言えば、サ・バーンさんはともかくリチャードさんは今何をやってるんです? あの人文無しでしょう?」


 まぁ、用心棒なり、道場なりで何やっても食っていけそうな人ではあるが……女が絡まなければ。


「コロシアムに出るって言ってたよ」


 かちゃーん。


「フォークが落ちたぞ、ウィリック君」


 ホン・ローさんがフォークを拾う。


「なんでそれを言わないんですか!? 賭けてりゃ大儲けだったじゃないですか!!」


 ダイケルさんに突っかかるが、ホン・ローさんが割り込む。


「落ち着きたまえ、本人、身内の賭けはコロシアムじゃ厳禁だろう?」


「分かっちゃいます。けど、あの人負ける要素がないじゃないですか」


 西の都にはコロシアムが存在する。ローレライは案外過激な力比べが好きなのだ。武器は何でもありで殺しは無し。確かにリチャードさん向けだ。


「聞いた話だと初戦は百二十倍のオッズだったらしいよ」


「でしょうね!」


 僕はふくれっ面でお肉を頬張る、ああ、美味しい!


「そりゃそうですよ。あの人に勝てるのってもう人類にはいないじゃないですか。なのに見た目はそんなに強そうじゃないから、初見じゃ皆賭けません。経済問題解決するチャンスだったのになぁ」


「……下世話な話なのだが、ユーの実家はお金持ちなのだろう?」


 ダイケルさんが紙袋を傾げて聞いてくる。


「勿論お小遣いは貰えますけど、断りましたよ」


 かちゃーん。


「フォークが落ちたぞ、ダイケル君」


 ホン・ローさんがフォークを拾う。


「熱は無いですよ、ダイケルさん」


 ダイケルさんは僕の額に手を当ててる。


「だって、銭ゲバで、金の亡者のユーが……」


「そこは反省しますが、考えても見てください。僕はあの人に借りを作ったらどうやって返せばいいんですか」


「あー……」


 頷くダイケルさん。息子と結婚したい母親にお小遣いをもらうのはちょっとまずい。


「お昼の営業終わったらちょっと行ってみますか」


「ほら、これはオレンジのジュース」


 うわお、ホン・ローさんサービスが良い。





 ホン・ローさんによる全力の昼食は夕方近くなっても幸せだった。


「流石肉食の伝道師……」


「と言うより、あのお肉どこで作ってるんだい?」


「ホン・ローさんは自分の農場と牧場を持ってるんですよ。そこで試験的なことを一杯やってるんです、あの人凄いお金持ち」


 レストランは道楽である。


 そうこうしてると、かなり大型のコロシアムが見えてきた。


「でかいね」


「出資者は婚活中のローレライですからね。勝ち続けると嫁が貰えるって凄いシステムです」


 リチャードさんの為にあるようなシステムだが、あの人は玉の輿には興味がないらしい。


「よぉ、こんな所でどうした?」


 ちょうどリチャードさんがコロシアムからファンを引き連れて出てきたところだ、分かりやすい。ファンはミーハーなローレライが多い。


「リチャードさんモテ期来ましたね」


「やめてくれよ。やっぱりガラじゃない」


 そういうストイックなキャラはローレライにウケは良いのだが、というかいちいち悪女に引っかかるくらいなら、この辺で決めてくれないだろうかってちょっと思ったりもする。


「オッズは……もう1.4倍か、賭ける意味があんまりないですね」


 『ザリガニスレイヤー』って二つ名なんなんだ。


「ミスターウィリックのその辺の癖はもう諦めるしかないようだね」


「金持ちに生まれていてもバイト生活してると金に厳しくなりますよ。調子良いみたいですね、リチャードさん」


 リチャードさんは自慢の得物、名剣ザリガニ丸を鞘に紐で固定しながら答える。すぐに抜けなくする配慮だ。今の彼は警邏兵ではない。


「ああ、ファイトマネーで旅費を稼いだらやめるつもりだが、やっぱり剣術を見せ物にするのはあまり好きじゃない」


「……ところでリチャードさん」


「なんだい?」


「場所を変えません? リチャードさんが発言するたびに黄色い声がやかましい」


 淑女の社交場だからな、コロシアムって。




 と言うわけでコーヒーショップである。流石にこれから仕事のある身としては酒場はマズい。リチャードさんの奢りだ、景気良いなぁ。


「で、初戦の奴をぼっこぼっこにしてやったら、いきなりファイトマネーが跳ね上がってな」


「そりゃそうですよ、その人結構長くやってる人ですよ」


 まぁ、このコロシアムでは長くやっている人はうだつが上がらないか、暴力が好きでやってるかのどっちかなのだがその人は後者である。ローレライの嫁もいたはず。


「そうか。まぁ、今のところ負ける感じはしないんだが、負けた所で死にはしないし」


「でしょうね」


 たまに、対ゴリラマッチとか無茶なのを組まされることもあるが、ローレライがいる空間で死者は滅多に出ないだろう。


 そして体長十メートルに達することもある鋼鉄の甲殻類、ザリガニに勝ったザリガニスレイヤーのリチャードさんがいまさら人類にどう負けろというのだ。


「所で、次の対戦相手は? そろそろカードが面白くなくなってる頃合いでしょうが」


 リチャードさんが強すぎるのは、数戦見ただけでも分かるだろう。そろそろゴリラとかライオン出てきてもおかしくない。


「ゴンザレス、って言ったかな?」


「対戦取り消しましょう!?」


 がたっと椅子を僕は蹴った。


「いや、受けちまった以上取り消すほどの解約金は俺にはないぞ」


 リチャードさんのセリフに、あちゃあと僕は顔を覆う。受けたら解約金かかるんだった。


「そんなにやばいのかい? ミスターゴンザレスって言うのは」


「なんだ。人食いトンビでも出てくるのかよ」


 その程度だったら、僕だってリチャードさんを応援するし、逃げろなんて言わない。


「ゴンザレスって言うのはですね……ローレライです」


 その場が、凍り付いた。





 営業の終わった海人で作戦会議を開く。


「試合は三日後ですか。まぁ、大カードですから宣伝しますよね」


 海人にもすでにポスターが貼られている。『世紀の決戦、ザリガニスレイヤーがゴンザレスに挑む!』


「おい、ゴンザレスって、男じゃねぇのかよ」


「ポスター見た限りでも女性には見えないのだけど」


 リチャードさんやダイケルさんが戸惑うのも無理はない。ポスターには片目を凶悪な眼帯で覆った筋肉マッチョの金髪ローレライが描かれている、何の冗談なのかビキニを着ている。


「見たとおりですよ。ゴンザレスはリングネーム“海の金髪ゴリラ”ゴンザレスって言うリングネームです。本名は僕も知りません、一応女性ですよ」


「……色々戦いたくねぇな。流石にローレライの魔法には対抗できないとは思うぜ」


 僕は、ビールを煽ってから答える。これもリチャードさんの奢りだ。


「戦闘スタイルは筋肉でぶん殴ることですが、魔法で色々強化します。まぁ、勝ち目はないでしょう。エキシビジョンマッチにて海でクジラ二十体殴ってますし」


 リチャードさんが人類最強ならあっちは世界最強である。いや、ローレライ界は深いから一概にそうは言えないが。ジャスティ―ナさんなら勝てたかもしれない。街滅ぶけど。


「戦績は千九十二勝二敗。暴力のために出てきては大体の人が敗れてます。最近じゃカードになりませんね」


「オッズ見たら四百八十倍になってたぜ」


「でしょうね! 僕だって賭けたいって思いません」


 リチャードさんはいろんな意味で渋い顔をする。この最終兵器だって今度ばかりは無理だ。


「二敗は?」


「不戦敗です。あの人たまに不戦敗するんですよ」


 うーんと唸りながらから揚げをつまむ。やっぱ鶏が違うな。鶏もここの鶏はハーブ食って生活してるらしい。僕らより良い生活してないか?


「負けても死にはぎりぎりしないでしょうが……何かあったら嫌ですね。ちょっと交渉してきますか」


「本人にかい?」


 僕は首を振る。


「フロントが存在するんですよ。ゲスワルド商会のゲスワルドって男です」


「ミーも名前聞いただけで嫌なやつだってのは分かるよ」


 ダイケルさん、正解。この都を裏で操る黒幕みたいなやつである。


「なにか、大変な話になっているようだね。ほら、肉でも食べると良い」


『うわあ』


 三人で感嘆の声を上げる。これは良いスペアリブのローストだ。熱した鉄板の上で脂が踊っている。


「これも例の農園の物なのかね?」


「ええ、一部街に卸しますが基本はここでしか食えない絶品ですよ。あちっ」


「はっはっは、そう慌てるもんじゃない」


 こういう時のホン・ローさんは生き生きしている。流石趣味で食事する種族は違うな。


「一度その農園にも行ってみたいものだね」


「ホン・ローさんの息子さんがやってるんですよ」


 どすっどすっどす。


「あ、やってきたようですよ」


「本当だ」


 扉にホン・ローさんが向かう。


「ミーには鉄扉に槍を刺してた音にしか聞こえないのだが」


 実際、勝手口は穴だらけだ。現在も刺さっている。


「カジキ・ローさんはカジキマグロのギルマンなんですが、鼻が固くて尖ってしかも手より長いので扉を叩けないんですよ」


「ギルマンは時々、難儀するね……」


 ダイケルさんの言葉に僕も頷いた。あと、サバとホンマグロとカジキマグロの血縁についてはちょっと触れたくない。





 豪奢なシャンデリアのかかった趣味の悪い金色の部屋に通された。成金はこうしなきゃいけないって法律でもあるのか。


「なんだねぇ? キミは」


 独特なイントネーションで喋り、髭を撫でつけている男が、ゲスワルドだ。


「アポイントメント無しですいません、リチャードのマネージャーです」


「……どうせ、不慣れな剣闘士から毟りとってやろぅという口だろぅ。キミも」


 僕は何も言わない、買ってきた伊達眼鏡を釣り上げる。


「……で、不戦敗の手続きなら受け付けないよぅ? 大分盛り上がってるからねぇ」


「はい。興行収益の大事さは僕も知っている限りです。ですのでそれは致しません。出来ればゴンザレスさんに挨拶をと思いまして」


 ゲスワルドは髭を撫でつけながらワインを注ぐ。グラスは一つだ、ケチでもある。


「すまないが、ゴンザレスは今調整中だ。用件は私の方で請け合おぅ?」


 まぁ、そうなるよな。


「今回、リチャードを説得してコロシアムに立たせて見せましょう。彼は根無し草なので、逃げる可能性がありますよ?」


「ほぉ?」


 ゲスワルドは初めてこちらを見た。好感触だ。


「……で、いくら欲しい?」


「それはお気持ち程度で構いませんよ。こちらからも手土産があります。ゴンザレスはことのほか肉が好きだというのでホン・ロー農場の肉をたくさん」


 手を鳴らすと、スタンバイしていた相方が、肉を持って扉を開けた。




 コロシアム当日、僕らは店を休んでチケットを買い求め。席に座っていた、満席だ。


「ゴンザレスー! 殺せー!」


「きゃー! ゴンザレスー!」


「リチャードさーん! 死なないでー!」


 歓声を聞きながら、ダイケルさんが不安そうに見渡す。


「……ずいぶん物騒な歓声だね」


「まぁ、死者が出ないってわけじゃないですから。手加減間違えるとゴンザレスは本当に殺しますよ」


 僕は、買って来たサンドイッチをつまみながら言う。


「ずいぶん呑気だね。仕込みはしっかり出来たということなのかい?」


「ここまで来たらあとは運を天に任せるしかないって意味です」


 何しろ、リチャードさんが負けるだけなら何とかなるが、もう僕に実害があるのだ。祈るしかない。




 歓声降り注ぐ中、リチャードさんは相手と対峙する。


「でかいな、本当に、本当だったか」


 身長二メートル五十センチの巨体を誇るローレライ、ゴンザレス。もはや生命体としてローレライの面影がない。魔法で足が生えているので、その金の髪だけが唯一の証だ。


「フフフ、坊や、可愛いねぇ。どう料理してあげようか……」


「まずは四百億倍の筋力を見せてあげよう!!」


 ぼごん!! と、二倍位にゴンザレスが巨大化した。縦にも、横にも。


「ユー! 四百億倍って何なんだい!?」


「そこ突っ込んでたらキリありませんよ!! 始まりますよ!!」


 すると、ゴングが鳴った。


「!? ……先手必勝!!」


 リチャードさんは、それでも怯まず自分のスタイルを貫く。相手が踏み出そうとした隙を狙っての先の先だ。


「おおっ!! リチャードさんのスピード。相手に通用してますよ!!」


 観客席の僕が吠える。


「いや、アレじゃあだめだね。ミスターリチャードの鉄も切り裂く剣で皮膚しか切れてない。筋肉が固すぎるんだ!!」


 ダイケルさんの解説に、僕は息を飲んだ。




(……良いですか? とにかく、時間を稼いでください)


 リチャードさんは僕のセリフを反芻する。


「って、上手く行く相手じゃないぞちょっと」


 掌にじっとり嫌な汗を掻いていた、これはまずいとリチャードさんも思っているのだ。


「あたいの強さを分かるって言うのは、ただもんじゃないね、坊や」


 筋肉は、鈍重な重りではない。鍛えた筋肉と言うのは、スピードにも繋がるのだ。


「だから――」


 横っ飛びして躱そうとしたリチャードさんの背中にゴンザレスが追い付く。ゴンザレスは金髪ゴリラの異名の通り振りかぶって両の拳を叩きつけた。


 地面が、吹き飛んだ。


「ちぃっ!!」


 リチャードさんはギリギリのところで半身を捻ってそれを躱していた。リチャードさんは細く見えるが、スピードに必要な筋肉『だけ』をつけていると聞いていた。


 重量スピードと軽量スピードのせめぎ合いが始まるかと思った時、ゴンザレスに動きがあった。


「……凄いね、なら、これでどうだい!! 初めて見せるよ!! 一千兆倍の筋力!!」


 ゴンザレスが膨れ上がる。凄い、あれをもう生命とか呼びたくない。


「……頭が弱そうなことは分かったよ」


「惜しむらくはそれが弱点にならないことですね」


 だが、変化が起きたのは、その時だ。


「ぐっ、ぬ、ぬぅっ!?」


 脂汗を掻いて、その場にうずくまるゴンザレスさん。


 しばし粘ったものの、決着はほどなくリチャードさんの勝利で終わった。




「ど、どうしたことだねぇ……」


 椅子から転げ落ち、脚の腐ったテーブルの下敷きになってシャンデリアを頭から受けたゲスワルドのところに、僕は向かった。


「ミーティスさん、箱を回収してください。便利キャラみたいに使ってすいませんね」


「ホン・ローさんの義理ってぇんじゃ、この程度朝飯前って事よ」


 ひょいっとミーティスさんはゲスワルドが持っていた小箱を回収した。旅の肉屋のミーティスさんだ。


 用意していた相方というのは彼女のことだ。黙ってれば可愛いので十分通用する。


 そう、小箱というのは肉を保存するのにとても便利で、中にたくさん肉を入れておける小箱だ。だが、ミーティスさん以外が持っていると呪われて死んだ方が良いという目に合いまくる箱である。


「な、なにをやったが分からんが、覚えていろよぉ。貴様ごとき、この私が……」


「この僕に向かってそれを言うんですか?」


 最後はそういう手段に出ると思ったので、僕にも奥の手があるのだ。あらかじめスカートを巻いていた僕は椅子に座ってズボンを脱ぎ、髪飾りを外す。本当にこの手順面倒だな。


「げ、げぇっ!? お、お前はウィリック!?」


 この街の権力者が誰であろうと、ローレライの長の息子には勝てないのだった。


 虎の威を借りた狐みたいで、嫌なんだけどさ。




「……と言うわけで、円満解決です」


 僕は海人で打ち上げをしていた。もちろんリチャードさんの奢りだ、肉を食べるぞー。


「決め手は、カジキ・ローさんのところにミーティスさんがいたことですね」


「あたぼうよ」


 ミーティスさんはスルメで蒸留酒をカッ食らっている。渋いなぁ。


「それは良いとして、二~三、気になることがあるのだが。ミスターウィリック」


「なんですか? ダイケルさん」


「まず、よく気が付かれずに行動できたね。いくらなんでも伊達眼鏡のおかげってわけでもないだろう?」


 僕は、買ってきた伊達眼鏡をテーブルに置いた。


「ああ、気分出したかっただけですよ。僕はローレライとして生きてきましたからね。金髪じゃないと僕だと認識されないことが多いんです。この街だと」


 ハーフローレライに変装できる髪飾りを貰ったのはこの街を出る時なので、それまでは足が欲しいときは母か知り合いに頼むしかなかった。


「なるほど、んで、なんでゴンザレスは突然倒れたんだね?」


「ゴンザレスさん、腹が弱いんですよ。何でも気を付けててもたまに下すとか。そこを狙いました」


「あれは緊張性胃腸炎と言う。気を付けたほうがなるんだ」


 サ・バーンさんが突然現れて解説する。このギルマン、宴会の匂いを嗅ぎつけやがったな。


「……肉を食わせたのかい? 下剤か何か入れて」


「食べる訳ないじゃないですか。あんな怪しい肉。僕はゲスワルドさんに箱を持たせたかっただけです。肉はそのための口実ですよ」


 ゴンザレスさんは多分だが、勝ち負けにそこまでこだわっていない。ゴンザレスさんが箱を持っても『酷い目』のうちに勝敗は影響しなかったろう。


「ゲスワルドは多額の賭け金をゴンザレスさんに突っ込んでたんだと思います。でなけりゃいくらなんでも四百八十倍なんてオッズ出ませんよ。で、それが損失するのは酷い目になるだろうな、と。箱の呪いに賭けたんです」


 結果は見てのとおりである。試合前に腹痛になったら多分不戦勝になっていただろうが、不戦勝では賭け金は帰って来るだけなのだ。


「じゃあ、三つ目を聞くが……その金貨袋は何だね?」


「ホン・ローさんに借りて有り金賭けてみました。もちろん賭けたのはホン・ローさんです」


 僕が賭ければ違法だろうが、ホン・ローさんは他人である。


「ユーはきっちり稼ぐんだね」


「いえ、そうでもないんです。撒き餌に使ったお肉、ゲスワルドの奴きっちり食ってやがってまして。あいつめちくしょう」


「ほとんどの金はこのミーティスに流れてくるってわけよ」


 ミーティスさんはにししと笑った。


「なるほど、ユーもそれなりに酷い目に合った、と。まぁ、それでオチも付いたじゃないか」


 僕は、神妙な面持ちでワインを煽る。やっぱりここの牛肉にはワインが合う。


「残念ですが、この一件、一番酷い目に合うのは……リチャードさんです」


「へ、俺?」


 もう蚊帳の外だろうと、バクバク飯食って酒カッ食らっていたリチャードさんがフォークを止める。


「なんで宴会の費用を前払いでもらったか分かってませんね? ゴンザレスさんはローレライ」


 僕はここで一つ溜めた。全員が息を飲む。


「彼女の戦う目的は……婚活です」


 リチャードさんはダッシュで逃げた。裏口から。


「リチャードさぁん!! どこだい!!」


 表のドアを吹き飛ばしながらゴンザレスさんが入ってくるのは、同時だった。


 リチャードさんの長い夜が始まる。


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