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七十話 西へ~ひとたびの帰還~

「ここが西の都市か、意外に小さな都市なのだね」


「中央見た後だから嫌でもそう感じますよ。ハーヴリルよりもちょっと小さいですね」


 何しろ西の都市は交易都市ではない。この都市はおおむねローレライの都市への玄関口として作られているのだ。


「しかし、予定より早く到着しましたね。怪我の功名とも言えますが」


「……申し訳ない」


 リチャードさんはまだダメージが残っている。この人は旅行中の恋人に全財産を奪われて逃げられたのだ。


 哀れすぎてネタにもできない。


「まぁ、言わないで下さい。そのおかげで船に乗れたんですから」


 リチャードさんは船旅の途中だった。客船には当然リチャードさんの分と、逃げた恋人の分の空きがある。誰が乗っても怒られることは無いだろう。


 そこで僕はダイケルさんとサ・バーンさんの分の料金を捻出して西の都市まで一気にやってきたのだ。


「おかげさまで無一文ですが。まぁ、手持ちの砂糖を売ればまたお金は何とかなります」


 この高級砂糖、売りにくいのは確かだが、売れればまとまったお金になるので重宝する。


「第一、旅は一旦終わりですからなんとでもなるでしょう」


「長い里帰りだったな、ミスターウィリック。所で体調は大丈夫か?」


 ローレライは長い間海に浸かれないと体調を崩す。陸の上ならまだ海に飛び込めば良いのだが、船の上ではそうも行かないのだ。


 金持ちのジャスティーナさん辺りは多分錨を下して貰って泳いでることだろうが、僕はそもそもローレライであることを隠している。


「ギリ大丈夫です。まぁ、そもそもこれから行くのは海の底ですしね」


「え?」


「海の底です」


 僕は笑顔で言った。




「おかえりなさいませ、ウィリック様! 良くお戻りになりました」


 岬で待機していた若いローレライが声をかける。


「うお、美人だ」


「ローレライは大体美人でしょう、リチャードさん」


「では、海の底へご案内しますね」


 慣れた僕とおっかなびっくりの二人はローレライに魔法をかけてもらう。


「これで水の中で息ができます。自由に泳ぐこともできますが、迷子になるといけないので付いてきてくださいね」


 どぼんと飛び込むローレライ。当然慌てだす二人。


「え、え、途中で魔法切れたりしないのか?」


「か、紙袋が濡れて……」


「濡れませんし四、五日は大丈夫ですよ、ほら行った」


 僕は二人を崖から蹴落とした。




 ローレライの都市のことを『絵にも描けない美しさ』とはよく言うが、そりゃあ生きた珊瑚で作られ宝石を飾った街など、絵に描くのは難しいだろうと思う。


「こ、ここは空気があるのか。なんか不思議な感覚だな」


「空を魚が泳いでる……」


「陸の人にはさすがに珍しいでしょうね、ローレライの都市は。ちなみに空気がありますがここは陸じゃなく、泳げるんですよ」


 通りををローレライが泳ぎ回っている光景はシュールだ。僕もその気になればエメラルドの髪飾りを外してローレライの姿に戻れるのだが、リチャードさんの前でそれをするのは抵抗があった。昔その姿でひと悶着あったんだよ、忘れているとは思えない。


「やあ」


 そこにバタフライでやってきたのはサ・バーンさんだ。みんな忘れがちだが、ギルマンはそもそも水棲生物である。僕は辺りに知り合いがいないことを確認した。


「どうも、サ・バーンさん」


「所でミスターウィリック、なんでミスターサ・バーンだけ別行動だったんだい?」


「まず入れてもらえないんですよ。残念ですが、ローレライはかなりギルマン嫌いです。サ・バーンさん今更ですがよく侵入できましたね」


「砂を潜ってきた」


 サ・バーンさんは体を震わせ砂を払いながら言った。


「ヒラメか貴方は……まぁ、良いんですが、特にうちの母さんはめちゃくちゃギルマンが嫌いで、見かけられたら追い出されると思ってください」


 本当は死ぬのだが、ここで脅してもサ・バーンさんが逃げるだけなので敢えて言わないでおく。なに、うっかり死んでもサ・バーンさんだ。


「なのでこれをお渡ししておきます、変身リングです。ギルマンには魔術魔法の類は効きにくいですがこのリングなんかやたら効くんですよ。マッチョの人間になれます」


「ほぉ、便利なものを持っているのだな」


「一時間しか効きません。何とかごまかしてください。あと、警戒されたらばれるので注意してください」


「……ずいぶんとヤバめだな」


 サ・バーンさんはこの辺で良いだろう。


「あ、リチャードさん。恋人に逃げられて傷心でしょう? これをあげます。使い方を教えますね」


 リチャードさんに僕はそっとクルミを数個渡した。




「キャー! リチャードさん格好良い!!」


「お強いんでしょう!? いろんなお話聞きたいわ!!」


「いやぁ、はっはっはっはっは!」


 クルミを割り、力を誇示すればリチャードさんのモテ期到来である。というか、この人これだけ強いんだからローレライにモテないのがおかしい。まぁ、ローレライは汗臭いマッチョを好む傾向にあるからな。


「サ・バーンさんもお話していきましょう?」


「い、いや、ワシは医者でごわすから」


「そう言うわけですので……」


 ここでサ・バーンさんを連れていかれるわけには行かない。僕はサ・バーンさんとダイケルさんを連れて慌てて退散した。


「ここで改めて言わせてもらうのだが……ミスターリチャードの役割は、ひょっとすると予定ではミーではなかったのかね?」


 口笛を吹いて僕は顔をそらす。


「どうぞ、オレイリーア様がお待ちです」


「オレイリーア? マミーの名前かい?」


「言い忘れてましたね。その通りです。姓は僕と同じでアメラルド」


 言うと、見た目より軽い扉を開けた。中から少しだけ年齢の行ったローレライが飛び出してくる。


「ウ゛ィリ゛ィックーーーー!!! ざみじがっだーーーー!!!」


「母さん」


 しがみ付いてくる母を僕は押しのける。こんなこったろうと思ったよチクショウ!!


 母さんことオレイリーアは、超の上に馬鹿が付く程の親馬鹿だった。


 馬鹿超親馬鹿と書く。




「ぐずっぐすっ」


「はい、ハンカチ。母さんも子供じゃないんだから子供が旅に出たくらいでしょうもない嘘をつかないでよ」


 そのためにどれくらいの犠牲を払ったというのだ。だからと言って親不孝で死に目に会えないのも嫌なので、帰るしか選択肢もなかったわけだが。


「だって~。寂しかったんだもの母さん。ウィリックも寂しかったでしょう?」


「いいえ、これっぽっちも、全然」


 しかし僕は長旅でずいぶん図太くなっていた。二つ返事で切り返す。


「そちらの……かなり怪しい方たちはお友達?」


「ミーはダイケルと言うよ。料理仲間だ」


「ワシはサ・バーンと言うでごわす。医者でごわす」


 サ・バーンさんはポージングをしながら言った。そういう変身リングなのだ。


「サ・バーンさん、下がって客間にでも行っていると良いですよ」


「あら、どうかしたの?」


「長旅で船酔いだそうです、医者の不養生ってやつですね」


 サ・バーンさんはローレライに連れられて去って行った。仮病なわけだし、彼にもう用はない。母さんはこの付近の長なので、屋敷は無駄にデカい。途中で変身が切れたら殺されてしまう。無駄な死者は出したくない。


「あらまぁ、せっかくだから親子水入らずで話しましょう?」


「そうしないためにダイケルさんは残したんです」


「いや、せっかくだから本当にそうしたらどうだい? 親孝行は今のうちだぞ。ローレライだって寿命は我々と変わらないのだから」


 ローレライの寿命は意外なことに人間と大差がない。見た目は非常に若いし、母さんもすごい見た目は若いが、まぁ、そういう生き物なのだ。


「母さんはことあるごとに僕と結婚したがるんです」


「……パードン?」


 ダイケルさんは聞き直した。そりゃそうだろう。


「やだ、結婚してくれるの!?」


「しませんよ!! 倫理的にアウトでしょう!?」


「私とウィリックは血が繋がってないって言ってるのに!?」


「確かに、僕はそれを幼いころからしつこいくらいに聞かされましたが!! 拾われ子だって話ですが!!」


 僕はエメラルドの髪飾りを取り、人魚の姿に戻って言う。


「僕と同じアメジストの瞳でエメラルドの鱗を持った母さんに言われ続けて『はい、そうですか』って信じることができるかーーーっ!?」


 びしっと指を突きつけると、母さんは泣き崩れた。


「ああっ、旅ですっかりスレてしまって!!」


「旅の前からこうです!! スレたのは自覚してますけど!! 何度どう言われても母さんの言葉を信じるのは倫理上許されません!! というか信じた所で結婚できるか!?」


「せっかく良い男に育てたのに!!」


「すっごい話についていけないが本筋は分かった。それはいけないなミスターウィリック」


 ダイケルさんは話が早くて助かる。




「うーん……」


「何キスマークだらけで悩んでるんですリチャードさん? ローレライは人間から見たら大して見た目変わらないからさっさと決めちゃったらどうです?」


「いや……俺は剣で身を立てたいのであって海の底で養って貰うのはなんか違うような気がしてな」


 あ、正気に戻ってる。それは良かった。


「まぁ、皆さんにはご迷惑を掛けました。本当に母さんの仮病でここまで付き合ってもらって……」


「ああ、いや、良いんだ。ミスターウィリック。ミーもこの旅で得る物があったし、料理も習ってたし」


 ダイケルさんが止めると、ベッドの下に隠れていたらしい(どうやって隠れていたんだ?)サ・バーンさんがにゅっと飛び出してきた。


「言っておくが、仮病ではないぞ」


「……あの、その体勢でいきなり真面目なこと言うの止めてもらえませんか?」


「あのな、あれは魔法でも治らない。ローレライといえども食わなければ、死ぬんだ」


 ……僕は一気に押し黙った。サ・バーンさんは続ける。


「この街に精神科医はいないんだろうな。病の名前は拒食症。心のバランスが崩れて食べ物を受け付けなくなる病気だ。痩せ方で分かる」


 ローレライの痩せ方を一目で見抜いたサ・バーンさんは流石の名医だ。連れてきた甲斐がある。


「治し方は、無いんですか?」


「……少しずつの食事療法と、薬と、後はカウンセリングだが、ギルマンを徹底して嫌われているとなると私がカウンセリングするのは難しい」


「じゃあ僕が……」


「精神科医の仕事は真似事ではできないぞ。だが、そうだな、君にしかできないだろう。できるだけ傍にいて心を癒してやりたまえ、原因も君なのだろうし。子が離れて心を痛めない母はいないのだぞ」


 僕は、少しだけ心が痛んだ。


「……結婚を迫るようなのでもなのかい?」


 傷んだ胸が少しもんにゃりとなった。




「とにかく何か食べられるようなものを作るのが肝要だ。厨房は使えるかい?」


「ここに厨房はありますが……サ・バーンさんが入るのはマズいですね。一日一時間しか変身できませんし」


 何よりベッドの下に入っていてもすぐに見つかるだろう。拠点がいる。


「そしたら海人に行きますか」


『ウミンチュ?』


 皆は首を傾げた。




 僕らは一旦陸に上がった。ダイケルさんとリチャードさんは陸酔いしている。


「オレイリーアさんが僕の母さんなら、僕の父さんというか、まぁ師匠です」


「ああ、例のギルマンか。そうなると海人と言うのは店かい?」


 サ・バーンさんの言葉に僕は頷く。


 BAR海人と書いた看板が目に入った。




 そこに居たのは、大きなマグロだった。マグロに手足が生えている。


「ホン・ローさん!」


「やぁ、ウィリック君じゃないか……」


 サ・バーンさんと、ホン・ローさんの目と目が合う。もう嫌な予感しかしない。


「兄さん!!」


「弟よ!!」


 抱き合うサバとマグロ。知ったことか。




 サ・バーンさんが兄でホン・ローさんが弟らしい、考えたらもう負けだ。


「ここに暫く泊めてもらいたいんですが……」


「構わないよ。三十年来の兄にも会ったしね」


「ありがとう弟」


 そもそも、同じ魚群にいた彼らはどっちが兄で弟なのか……やっぱり考えたら負けだ。


「で、ここは酒を出す店なのかい?」


「ええ、新鮮なビールととろける牛肉を出すお店です。まぁ、それは置いておいて先に厨房をお借りしても良いですか?」


 多少の身銭を元に買ってきた材料を取り出す。


「しかし、注文を付けといてなんだが、私の言った材料を口に入れさせるのは難しいぞ?」


 サ・バーンさんに僕は腕を捲って言う。


「サ・バーンさん、あまりに知名度が低いんで料理人で通してますがね。僕の職業をなんって言うか知ってますか?」


「ギョ?」


 サ・バーンさんは首(?)を傾げる。


「菓子職人、パティシエって言うんですよ!」


 ここが、一世一代の勝負所である!!




「あ、あの、せっかく作ってきてくれてありがたいんだけど……母さんお腹が減ってないの」


 今見ると、確かに異常だ。何で言われる前に気が付かなかったんだろうか。


 僕は色とりどりの菓子を数々作り上げていた。


「そりゃそうですよね。こんなにたくさんは食べれませんよね?」


 むろん、こんな重くて甘いお菓子を口に入れさせるなんて無理である。これは、カード勝負で言うところの捨て札だ。


「下げて貰っても良いですか? ええ、皆さんでどうぞ。これくらいはどうでしょうか?」


 僕は目の前に一つの透明な菓子を出した。


「……赤いクラゲ? 奇麗ね」


 見た目はそうだろう。


「一部の肉のエキスと海藻を煮詰めたものを甘くしたものです。中央では有名なんですよ、ゼリーと言います」


 嘘だ。これは僕の発明なのだが、いかにも旅の成果だと見せておく。実際中央ではすでに人気なのだし。


 煮たような煮凝りは既に存在するのだが、僕開発のゼリー菓子のキモは奇麗さと透明度である。


「そ、そうね、これくらいなら……」


 スプーンを持つ手が震えている。これでもダメか。


「これですね、こんなこともできるんです」


 僕は、ためらわず母さんのゼリーを取ってスプーンで紅茶に落とした。


「あ、……溶けた」


「溶けるんですよ、このクラゲ。どうぞ、ひと啜りだけでも」


 さすがの母さんも、それなら口にすることができる、事前に、若いローレライから飲み物は何とか飲めると聞いていた。


「……甘い」


「そうでしょう? 良い砂糖を使ってますので」


 だが、甘みを入れると胃が拒絶すると聞いていたのだが、問題ない。良い甘みには嫌味がない、すんなり入る。一番良い砂糖を惜しげもなく使ったのだ、これくらいは活躍してもらわなくては困る。


 僕は、母さんと久しぶり、水入らずで、様々な……主にハーヴリルでの愉快な話を楽しんだ。




「……その程度で良くなるのかい? ミスターウィリック」


 ダイケルさんは皿洗いをしている。僕は横で肉の仕込みをしていた。


「はい、以前毒と間違えてハケチャッピーさんが持っていた胃薬覚えています?」


「あれ、しつこく持っていたのかい?」


「何かに使えると思って。サ・バーンさんの話だと胃薬としても優秀で、しかもなぜか砂糖の甘みを感じにくくするんですよ」


「……それで?」


 ダイケルさんは紙袋を傾げる。


「あのゼリー、見た目に反して砂糖がカップ一杯入ってます。普通に食べたら太りますよ」


 高カロリーゼリーである。十秒で一日分のエネルギーをチャージができると思う。


「最終的には物を食べさせるのが目的ですが、この場はそれで凌ぎます。それで申し訳ないんですが……持ってきた切り札の砂糖はそれに全部使おうかと」


 金額にすると凄まじいことになるが、もう仕方がないのだ。


「それでミスターホン・ローの店でアルバイトと言うわけだな。構わないよ、友達じゃないか」


「ダイケルさん!!」


 僕はダイケルさんに抱きついた。持つべきものは友だ。


「とりあえず、あそこで弟の厚意に甘えてステーキ食ってビール飲んでるミスターサ・バーンをぶちのめそう」


「そうですね!!」


 やっぱり持つべきものは友だ!! そう思い二人でフライパンを手に取った。



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