六十九話 疾きこと風の如く
「これは大変良い砂糖だね。頂こう」
「ありがとうございます。いっそこれ全部引き取りませんか?」
「それを全部買ったらうちが潰れちゃうよ」
僕が出した荷物に店主は愛想笑いを浮かべた。
「どうだった? ミスターウィリック」
「……ダメですね。ちょっと売り渋りすぎました」
僕らは旅の資金を砂糖と言う形で持ち歩いている。もといた街では砂糖が安かったため、売り歩いた方が資金が充実するからである。
「荷物が一向に減らないのだが」
ダイケルさんの言う通り、いくら良い砂糖だからと言って砂糖は砂糖なので、結構重い。
また、良い砂糖と言うのが逆に悪かった。あまりに値段が張って需要がないのだ。先ほどの店も本音は「そんなもの沢山保管しても売り手がないよ」だろう。
「臨時収入が重なった分、お金に余裕はありますが、これ売らないと重いですねー。まぁ、どっちにしろ次の街です。頑張りましょう」
「仕方がないな」
そして、この話を始終聞いていた男がいた。
「親分、親分!!」
洞窟の中に包みを抱えてやってくる小男が一人。
「なんでぇ、甘党のタンヤボ。またボンボンの特売の情報か? 元が高いからいくつも買えねぇだろうが」
「そんなケチな情報じゃなく、儲け話でゲス! ランボルク親分!!」
「ほぉ、言ってみろ」
ランボルクはニヤリと笑い、続きを促した。
「いつもの紅茶用の砂糖を買いに行ったら、砂糖を売りに来てた男がいたでゲス!」
「お前はもうちょっと詳しく話せタンヤボ。砂糖くらい大したことじゃねぇだろう」
「それが、高い砂糖でゲスよ! こんな小袋で、金貨十枚くらいになってたでゲス!」
ランボルクはなるほどと頷く。
「それを結構持ってたんだな?」
「へぇ、それもハーフローレライのモヤシっぽいのが一人で」
「よし、例の道に部下を集めろ! 狩りの開始だ!」
ここに、まともなピンチが始まった。
「へっへっへ、ちょっと待つでゲスよ。そこの二人」
「……どうかしました?」
「待った、ミスターウィリック、あれはカタギじゃない」
む、と僕も止まる。元喧嘩屋だったダイケルさんの言葉だ。ここは信用しよう。
「第一、スキンヘッドに棘パッドの男なんて百パーセントまともじゃないですしね」
「黙るでゲスよ! その荷物を置いていくで……あ、待つでゲス!!」
僕らも伊達にトラブル慣れをしていない、一目散に走ってその場を逃げようとした。
ヒュカカッ!
「!?」
僕らは目の前に刺さったものに驚いて見回す。
鉄矢だ。四本刺さってる。
「クロスボウですかね。ちょっとまずいですね」
「ミーは自分の身くらいは守れる自信があるが、ユーは?」
「避けながら逃げるくらいは、ギリ」
「無数の矢がお前たちを狙ってるでゲス」
ゲス男がにじり寄ってくる。こいつは論外だ、見た感じ、弱い。
だけど射手は問題だ、結構手馴れてる。最初に撃った威嚇射撃で腕が分かる。
「こういう時ダディさんがいてくれればですね……」
「言ってはいられないだろう」
ダッシュのためにタイミングを取った時だ。
「タンヤボ、やめておけ、そこの紙袋お前が思ってるよりずいぶん強い」
「ランボルク親分!? 親分よりもですか!?」
道の前から現れたランボルク親分と呼ばれた巨漢は大ぶりの槍をぶんと振る。あ、いかにも強そう、これだと前が通れない。
「俺より強いってことは無いだろうが、相手にしないに限る」
「……見逃してくれるってことでしょうか?」
相手はダイケルさんが暴力を振るわないってことを知らない。このまま彼のオーラでなんとかなるなら何とかしたいものだ。
「いや、そうは行かねぇな、おい!」
「次々出てきますね!? 旅人襲うなんてせこい真似してよく生活していけること!!」
出てきたのは、やたら装備の整った剣や槍を装備した歩兵だった。武器より鎧の方がマズい。重い鎧は防具である以上に武器であり壁なのだ。
(ダイケルダンスでなんとかできません?)
(一つ問題がある。ダイケルダンスを踊ってる最中に矢は避けられない)
そりゃそうか。しかし、こいつはやばい。どこかで知ったんだろうけど僕らが金目の物を持ってるって知ってるし。何よりこいつらは多分軍崩れの野盗だ。装備が良すぎる。
「……命より大事なものは持っちゃいないだろう? さぁ、寄越しな」
まずい、非常にまずい、荷物は渡すのはやぶさかではない。だが、奴らは僕の髪飾り、エメラルドで作られた髪飾りに気が付くだろう。
これを取られるとローレライに戻ってしまう、ローレライは黄金でできた髪と宝石、僕はエメラルドの鱗を持っている。要するに殺されて剥がれる。
「い、嫌な汗流れてきましたね」
ダイケルさんも頷く。これは、野盗の皆さんが考えている以上のピンチなのだ。
鎧を纏った野盗たちがじりじり取り囲み始める。
イチかバチか後ろのタンヤボとか言うのをタックルして逃げるか、と、思った時のことだった。
「ゲ、ゲペ」
そう言って、タンヤボがどさりと倒れる。そこに、今、今見かけるのにあまりにも頼りになる人がいた。
「よぉ! 久しぶりだな! 出口で見かけたからダッシュで来たぜ!」
早い男――。リチャードさんである!
「やれ!」
ランボルクの号令一下手下たちが一歩踏み出そうとした時だった。
「先手必勝!!」
リチャードさんが六人いた手下を次々と斬り付けていく。すれ違いざまに全員斬って、鞘に剣を収めた。
「ふ、遅いにも程があるぜ、そんなの着てるからだ」
リチャードさんの十八番、先の先である。
野盗たちは、あっという間に剣や槍、鎧や服をバラバラに切り刻まれて丸裸になった。うわ、ちょっと見たくない。
「って、なんで鋼鉄の鎧が切れるんですか!? 鉄で鉄ですよ!?」
僕は余裕を取り戻してリチャードさんに言った。だってこの人が来た時点ですべてが大丈夫だ。
リチャードさんは飛んできた矢を蚊でも払うように剣で撃ち落としつつ、その剣を見せた。いつものリチャードさんの愛剣だ。名剣ではあるが魔剣ではない。
「おう、この名剣ザリガニ丸の前に切れないものはもうないぜ!」
ザリガニ丸。
「だ、ダサッ!? ……いえ、そうじゃなく、ザリガニ丸ってことは……リチャードさんザリガニ斬ったんですか!?」
「おう!」
ザリガニ、十メートルに達することもある陸の王。動くものなら何でも食べる生きた巨大怪生物である。体の表面を分厚い鉄の殻で覆っていて、普通は斬れない。
「いやぁ、タイマンで出くわして、三時間くらいかかっちまったが、なんとかな!」
「タイマン!?」
身長の数倍はある体高を持つ鋼鉄の生命体をこの人は剣で斬ったのか!? ちなみに、その難易度の高さから伝説となっているが「ザリガニを剣で斬るとその一念で剣が魔法に似た加護を受ける」と伝わっている。今実証された。
だってほの青く輝いている。
「……あの、謝るなら今のうちですよ。この人今ザリガニに勝ったって言いましたよ?」
この人の敵はもうトンビとクジラにローレライだけになってしまった、世界最強でも目指しているのか。
「そんなものやって見ないとわからねぇだろう!! このランボルク様の素敵で愉快な」
と言い槍を振り回す。
「魔術さばきを見ろ!! 喰らえ!! サンダー!」
「うわあっ!?」
僕らがいる場所を稲光が貫く。辛うじて避けたが、あまりのバカバカしさにあの速さバカのリチャードさんが先手を譲ってしまった。
「ふはははは、この距離で魔術が相手だと剣では手も足も出まい!!」
「ば、バカだけどその通りだ!!」
こいつあの図体で魔術使いだったのか!!
「それはどうかな……」
リチャードさんが納剣する。一種の緊張感が伝わった。
「ファイアーボール!!」
先に動いたのはリチャードさんだ! リチャードさんが魔術をぶっぱなした! そう言えばこの人もそういう人だったよなぁ!?
「ぐぉっ!?」
爆発音と振動と爆炎、リチャードさんの魔術は素直で奇麗、そして詠唱がやたら早い。本人の性格を写したような魔術だった。
「くそっ!」
結構な威力の火炎だったが、ランボルクは生きていた。
そして、この人相手に一瞬のスキを許すと……賢明な方ならお分かりだろう。
「先手必勝!!」
嵐のような連撃が襲う、ランボルクさんは、それを必死に槍で受けた。あ、飾りじゃないんだ。
「その槍さばきはザッパー槍術だな!!」
「この変態的な剣術はヴェイン疾風一刀流か!? にしても速いにも程があるだろうお前!?」
付いてってるランボルクさんが凄い。あの人最強レースに躍り出てくるんじゃないかな。
「矢だ!! 矢をぶち込め!! 巻き込んでもかまわん!!」
なるほど的確だ。しかし、矢が飛んできていた方向から、何やら先ほどから音楽が聞こえる。
ずんずんずんずーん♪ずーんずんずずずーん♪ずんちゃっ♪
超久しぶりのダイケルダンスである、向こうではきっと地獄のダンスレッスンが始まっているのだろう。
「こりゃ勝ちましたね」
僕は趨勢を見極めるまでもなく、逃げ出そうとしていたタンヤボに足元の石を投げつけた。
結局特に見せ場がなく、ランボルク一味は捕まった。いや、相手が悪いだけで強かった方だと思う。
もはやリチャードさんは化け物だ、止められるのはローレライしかいるまい。
「と言うか、なんでリチャードさんこんな所にいるんです? めちゃくちゃ助かりましたけど」
その様子を見ながら警邏隊から金一封を受け取った。(この場合リチャードさんのお手柄だろう)リチャードさんに疑問をぶつける。
「ミーも気になっていた」
「そりゃ、決まっているさ。……有給休暇をとったのさ!!」
『う、羨ましい!!』
僕ら場末の雇用者の、心の底から出た魂の慟哭だった。
「で、旅行ですか? ずいぶんと気合入れましたね」
自分で言っててなんだが、リチャードさんのこのパターン、嫌な予感しかしない。
「ああ、女と一緒に船旅さ。婚前旅行ってやつ? ひひひ」
いやらしい顔をするリチャードさんに、僕は顔に手を当てるのだった。
もう言うまでもないが、宿に戻った時にはすでに遅し。荷物が空っぽでチェックアウトしており、『さようなら金づる』という実も蓋も鍋すらないセリフが書かれたメモが残っていた。
僕らは無一文(厳密には違うが)のリチャードさんを放っておくわけには行かず、とりあえず今日はやけ酒にもつれ込むのだった。