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六十六話 ヒ・ラメイの至福

「これ、下げてちょうだい」


「はぁ、し、しかし」


「私がまずいって言っているのよ」


 ギャルソンは恐縮して、慌てて皿を下げる。シェフ自慢の一品だったが、相手がちょっと悪すぎる。ローレライだ。


 逆らって津波で店が流されても嫌だし、金払いはどうせ良いだろうとギャルソンは思う。


「ほんとに、ついてないですわね」


 白ワインを一気に飲み干す。ケチの付き始めはウィリックが女に連れられて旅に出てしまったことだ。当然ジャスティーナは激怒した。


 すべて彼女の妄想なのだが激怒した。


「今度見たら問い詰めなきゃ」


 どうやら会話ができる程度には落ち着いたようだ。


 ローレライは酔いにくい。こういう時酔えたらな、と少し思った。




「あの、そろそろ閉店の時間になりますが」


 恐る恐るギャルソンは聞いてくる。この店は接客がよくないとジャスティーナは思った。


「分かりましたわよ。えっと」


 伝票を見て財布を取り出そうとする。


「あら、無いわ」


 ジャスティーナは慌てない。お金を無くしたくらい大した痛手ではないからだ。


「なっ」


 ギャルソンは青ざめる。普通の客だったら警邏を呼ぶところだが相手はローレライなのだ。店が吹き飛んでもおかしくはない。


「参ったわね」


 ローレライの髪は黄金、鱗は宝石だ。一部置いていけば丸く収まるのだが、髪を置いていくのは女として嫌だし、鱗はこの場で下半身を晒すのが嫌だ。


 何よりプライドが許さない。ローレライはプライドが高いのだ。あのウィリックでさえ、鱗を使うのは最終手段としているほどに。


「お金ですね、これを」


 横にぬっと現れたのは横に平たい不気味な魚影。ヒ・ラメイだ。金袋を置く。


「あ、ありがとうございます」


 ギャルソンは礼を言う。店の危機は去った。



「礼には及ばないですよ」


「礼を言ってないわよ。どこかに行ってちょうだい」


 ジャスティーナはヒ・ラメイを手で追い払う。


 二人は深夜の町中まで来ていた。これから宿に戻るところだ。


「明日の宿代あるんですか? まだチェックインしてないでしょう?」


「う、嫌な魚ね」


 確かにない。魚に頼るのは癪だが、他のローレライに頼ったり、鱗を剥ぐのはもっと癪だった。洞窟で過ごすなんてのも嫌だ。彼女たちはプライドが高い。


「息子よ」


 そこに、サバのギルマンが現れる。サ・バーンだ。


「お父さん」


 ひっしと抱き合う。


「不気味ね」


「不気味ですね」


 マダインまでいた。ジャスティーナは人魚なのに思わず鳥肌が立つのを感じた。


「散りなさいよ魚っ!?」


「まぁ、そんなことを言わず」


 ずいっと寄るサ・バーンをジャスティーナは殴った、手が痛い。


「あ、でも、あんたがここに居るってことは愛しのダーリンがここに居るってこと?」


 きょろきょろとジャスティーナは辺りを見渡す。


「いえ、いません」


「だから寄らないでっ!?」


 ずいっと寄っていたサ・バーンは蹴られて倒れる。足が痛い。


「居ないってどういうことよ」


 威嚇するジャスティーナにサ・バーンはややおびえつつ答える。


「私たちは置いて行かれたので、ウィリック君は冷たい」


「冷たい」


 マダインが同調する。ヒ・ラメイを合わせた三匹で泣き始める。


「う、うざい」


 とてもうざい。





「というわけでお金を貸してくれ」


「貸しません、どういうわけですか」


 ヒ・ラメイはケチだった。


「実は無一文なのだ」


「ギルマンは困らないかと」


 ヒ・ラメイはジャスティーナ以外にはケチだった。


「銀貨三枚でいいから」


「二枚でいいなら……」


 徹底してケチだった。財布を探り始める。


「あ、無い」


 いつも腰に下げている財布が無い。


「無いってどういうことよーーーーー!!!」


 ついにジャスティーナがキレた。物理的に雷が落ちる。




 ぶすぶすと焦げる魚たち。焼き魚の良い匂いがたちこめる。


 さしものギルマンもキレたローレライから逃げることは叶わなかった。


「いえですね」


 さらっと立ち上がるヒ・ラメイ。ギルマンには魔法がなぜか効きにくい。


「これだからギルマンって嫌いなのよ」


「どうやら紐が切られているようなので、スリにあったようです」


「理由は聞いてないのよ、どうにかしなさい」


「はい、どうにかなります」


「どうにかなるのか」


「どうにかなるんですね」


 頷くサ・バーンとマダイン。


「散れっ! お前たちは!!」


 雷で散らした。近所迷惑だが、キレたローレライなどに注意する勇気ある住民はいないのだった。




「……で、結局なんで洞窟なのよ」


 金目の物でも売ればよかったとジャスティーナは後悔する。しかし、持っているものはすべてお気に入りだ。


「はい、今から海に潜ってサンゴを取ります」


「サンゴ?」


 二束三文にもならない、ジャスティーナは首をかしげる。


「私はサンゴ彫刻家なので、適当な作品作って私の名前を刻めば即売れます。すごい値段で。ウハウハです」


 相変わらず、ヒ・ラメイはギルマン生舐めていた。





 洞窟で魔法の火をおこし、ギルマンとローレライが火に当たっていた。


 ヒ・ラメイは黙々とサンゴを彫っている。


「一つ聞きたいのですけど」


「はい」


 黙々とサンゴを彫っているヒ・ラメイが答えた。


「いったい私のどこをそこまで気に入って追いかけているのです?」


 ぱちぱちと火が二人を照らす。


「歌声」


「朝まで歌いますか」


 ジャスティーナはすっと立ち上がった。


 この町で誰一人眠れない怪現象が起き、警邏まで出動したが全滅するという異常事態が起きた。


 建物三件が崩壊したが、人的被害は一応出なかったらしい。


 また、この日。後世に残るヒ・ラメイの傑作『ローレライの歌姫』が完成した。





「ダーリン! というわけで追いかけてきたわよ!!」


「ジャスティーナ様第一の下僕、ヒ・ラメイ参上!」


 二人は笑い声をあげる。


「ヒ・ラメイさん!? 本当に、本当にその立ち位置でいいんですか!? ヒ・ラメイさん!?」


 青空にウィリックの悲痛な叫び声が響いた。



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