六話 揚げ物祭りと酔客たち
「どーすっかな、これ……」
「どうしましょうねぇ」
深夜に入る前の話である。我々は、大量の揚げ物を前に悩んでいた。
エビで言えば、フライにすり身の揚げ物に素揚げにガーリック揚げ、全メニューが揃っている。大量の白身魚のフライに空揚げまで揃っている。更に、極めつけは三種のポテトフライの山盛りだ。丁寧にコロッケまで揚げてしまっていた。
「肉だったら、冷めても多少はごまかしが効くんだがな」
「二度揚げした海鮮や芋は、洒落になりませんし、なんか申し訳ないですしね」
安いメニューで手抜きまでしたら、沽券に関わる。それもこれも最後の団体客が原因だった。
「酔客だったから不安だったが、大量注文した後に揃って吐いてフラフラになって帰っていくとはなぁ」
「先払いだからお金は貰ってるので、損はしてないんですけどねぇ」
「どうするんだい、ユーたち。ミーたちが食べるのにも限界が有るぞ。他の客に持って帰って貰おうにも、雨足が強くてさっきから客が来る気配がない」
ブイローさんは頭ボリボリ掻きながら吐き捨てるように言う。
「めんどくせーから捨てちまうか?」
「ダメですよ、もったいない!! 魚も油もきちんと良い物使ってるじゃないですか!」
「言うと思ったよこのもったいないオバケ! ちくしょうめんどくさい。こうなったらアレだ、ウィリックの歓迎会を兼ねて飲もうぜ。ビール出してくらぁ。……アウレンもうちょっと寄れないのか?」
「うんっ! 頑張って、八メートル位ならなんとかぎりぎり耐えれるようになったから!」
「それはギリギリというのかね」
その様子を尻目にブイローさんはビールを注ぎに行く。この店でビール樽の管理はブイローさんの仕事だ。あの人はそこだけは決して手抜きはしない。
「歓迎会ですか、嬉しいですけど……こいつの処理を考えるとちょっと憂鬱ですね」
テーブルいっぱいの揚げ物の群体である。始まる前から胸焼けしそうだ。
「ユー、もうちょっと気楽に行こう。ビールが飲めるなんて滅多にあることじゃない」
「ほら、待たせた。程々に冷やしてあるぜ。残念ながら樽がちょうど空になっちまったから今日最後のビールだ。後はリッテルで頼むぜ」
目の前にビールのジョッキが置かれる。アウレンさんは二つ先のテーブルだ。
「それじゃ、ウィリックの仲間入りを祝して、乾杯!」
一部乾杯になってない乾杯を済ませると、僕はフライを一つ摘み、タルタルソースをなすって食べた。良い油を使ってるだけあって、多少の時間を置いてもサクサクになっている。多少豚の脂も使うのがコツだ。
そいつを追っかけビールをごくり。うん、こいつは旨い。
「へぇ、確かに客の来ない日でも一日一樽空いちゃうだけあって美味しいビールですね」
僕としても、ここのビールを味わうのは初めてだった。それだけ、麦を使うビールは高い。
「おう、ビールは管理と鮮度よ。分かってない奴が多すぎる」
自慢するブイローさんに頷いていると、そっと肘にジョッキが当てられた。ダイケルさんが押し渡してきたのだ。
「ダイケルさん?」
「ユーにあげよう。お祝いだ」
「ああ、そいつビールよりリッテルのほうが好きなのよ、変わり者だよな」
そう言われると、ダイケルさんはコップに瓶からリッテルを注ぎ始めた。リッテルはパノミーから作られる蒸留酒で、蒸留酒になってなお塩味と磯臭さが残る安酒だ。
ダイケルさんは、それを紙袋に差し込んだストローでずろろーっと啜り始め……ちょっと待て。
「何ですかその飲み方」
「こうでもしないと紙袋が汚れるだろう? 気にせずやり給え」
そう言うと、魚のフライを解体し。ちまちまと口の中へ運び始めた。もう何も言うまい。
「アウレンさんは、あんまり強いほうじゃないみたいですね」
「うん、そうだね、うん」
こくこく頷きながら彼女は迫ってくる、酔うと近寄れるのか彼女。
「やぁ。やって来たよ、何でもタダ飯が食えるとか」
そこにやって来たのは二メートルのサバ。その後ろで四苦八苦している、恋するバイオレンス。
「おい、あの二人呼んだの誰だ」
ドスを利かせて問い詰める。ブイローさんはリッテルをがぶ飲みしながら答えた。
「おう、最後の客がヒ・ラメイだったから使いに出したんだ。あいつらは大雨でも嫌な顔をしないからいいよな、まぁ、魚だからな!」
「海水魚だけど淡水でも平気ですからな!」
『はっはっは!』
ギルマン・ジョークで盛り上がる二人。うぜぇ。
「あ、ぁあっ!」
そして、ナニーさんは気がついたのかサバの股下から抜けだして僕のもとまでやって来て、アウレンさんひっぺがして僕の横の椅子を無理やり占拠した。
「おお、モテるじゃねーかお前、ハッハッハ!」
「モテて嬉しくないって感じるのは、本当に生まれて初めてですね」
どうしろっていうんだ、このめんどくさい人たち。今すぐ部屋に帰りたい。
「で、さぁ……聞いてるぅ? ウィリックー?」
ナニーさんは絡み酒だった。しかも弱い。ヤダもう帰りたい。
「はい、はい、はい……」
生返事をしながら、磯臭い酒を飲む。しょっぱい。
サ・バーンさんは当初の目的だけは快調にこなしている。この人貧乏人だからなぁ。
「旨い旨い、こんなに旨いものは久しぶりだ。そう言えば、私が食べたもので一番旨いといえば」
「あ、その話、興味があります。なんなんです?」
料理人の端くれとして、それは面白そうな話だ。ギルマンは肉食を好むというから肉だろうか。
「親父……かな?」
「……親父? 手料理美味しかったんですか?」
ギルマンの料理人は多い。サ・バーンさんの父親が料理人でも別に驚かない。……魚種には驚きそうだが。
「いや、親父。葬式の時、親族で捌いて。生のまま食した時の感動と言ったら……思わず涙したよ。その後の焼き親父も旨かった」
……リッテルがコップから溢れているが、僕は呆れて動き出せなかった。
「……そうだ、ギルマンは食葬だった」
僕も、一度ギルマンの葬儀に包丁持たされて参加したことはあったが。あまりに嫌な思い出のため記憶の底に封印していたのだ。泣いて辞退した記憶がある。
あまり魚を食べてる最中にしたい話では、無かった。
「さて、だいたい片付いてきましたし、僕はそろそろ」
「主役が辞退してどうすんだよ。というか、お前いつまでこの街にいるつもりなんだ?」
リッテルを大瓶で五本空けたブイローさんの言葉に、僕はしばし考えて答える。
「……多分、暫くは、お金あんまり貯まらないですし。もうちょっとお給料弾んでくれるんなら考えますけど」
「お前なんなら、結婚でもなんでもしてこの店継いでくれよ。んで、マージンで俺一生寝て暮らすから。ぶくぶく太ってさ!」
なんてことを言うんだ、この酔っ払い。そんな着火剤を入れたら、止まらない人たちが酔っ払ってるんだぞ!
『はい! 私お嫁さんやる!!』
二人共手を上げたよ、ちくっしょう。めんどくさい。ブイローさんじゃないけど、今日はとにかくめんどくさい。
二人は睨み合い、ナニーさんが先に口を開いた。
「ウィリックくんは、どっちのほうがいいのよ」
『どちらが好き』なのか聞かない辺り、自分のことが分かっている。そしたら僕は『どちらも嫌だ』と答えただろう。
「マシなのは、アウレンさんです」
ガタッガタガタッ。お互い立ち上がる。どう答えてもダメならいっそ前に進むのが人間の道だ。と言うかナニーさんあんたは好かれているつもりだったのか。
アウレンさんはさささっと、離れていく。ナニーさんは拳を握りしめ。
ずんずんずんずーん♪ずーんずんずずずーん♪ずんちゃっ♪
「ダイケルダンス、スタートッ!!」
『オウイエー!』
その場にいた全員が、一心不乱に踊りだす。
本日空いていたリッテルの数は、総勢十九本……そう、僕を含めて全員酔っ払いなのだ!
翌日聞いた唯一の常人サ・バーンさん曰く。「酷かった」と聞いた。
なお、翌日からの変化といえばアウレンさんとの距離が十二メートルに開いたことくらいだった。
仕事がしにくくて仕方がない。