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六十二話 グルメ・ザ・ダイコン

「うわ、すごい人ですねぇ」


 街に入る前から分かっていたことだが、街は人でごった返していた。


「露店が並んでいるし雰囲気から祭りのようだね、ミスターウィリック」


「そうですね、やたら大根売ってますね。まさか大根の収穫祭でしょうか?」


 変わった祭りもあったもんだ。


「この街では古くから大根がたくさん獲れてね、幾度となく襲った大凶作でも大根だけはいっぱい獲れたから辛うじて飢饉は免れたんだ」


 サ・バーンさんの豆知識である。なんでこのギルマン色々詳しいのにギルマン生上手くやれないんだろう。


「ちなみにあそこでダイコンガールがダイコンベリーダンスを踊って……」


「行きましょうダイケルさん」


「だな、もう夜も遅い。宿を取らないと」


「……」


 一人取り残されるサ・バーン。


「踊りましょう。サ・バーンさん」


「マダイン」


 抱き合う魚と魚。あんまり見たくないものである。





 そこそこ高そうなレストランの隅の席に僕らはいた。端的に言えばここ以外は満席だったのだ。


「大根料理……そこまで美味しくないですね」


「そうだな」


 期待したほど美味しくない大根料理を突きつつ、僕らは安酒リッテルで飲み込んだ。


 旅にはお金がかかるとはいえレストランで一番安いメニューはちょっと寂しい。肉っ気が欲しい。


「ラーメン屋が開いてればよかったんですがねぇ」


「しょうがないだろう、スープが尽きたんじゃ」


 パノミーで皿の汁を拭いつつ僕らはもさもさと食事をする。あ、これ、味付けが美味しくない。


「ばかもーんっ! このドゥベルゲング・リーザンの舌を破壊するつもりかぁっ!!」


 カウンターからは怒鳴り声らしき音が聞こえる、聞きなれた声だ。


「出ましょう、ダイケルさん」


「そうだな。ウェイター、急いで勘定してくれ」


 僕らも伊達にトラブル慣れしてるわけではない。こういう時は必ず巻き込まれるのだ。


「この、大根のペケロッパ煮は大根を一番まずく食べる方法だ!!」


 どうやら僕らと同じものを食べたらしい、あの人一番安いメニューでも怒るのか。


「早く来てくださいー、早く」


 僕らはウェイターを急かす、料理は残ってるがこの際代えられない。


「しっかしですねぇ。私オーナーシェフ、ランバニが腕を振るっているので、あなた、舌腐ってるんじゃありません?」


「このドゥベルゲング・リーザンを馬鹿にするのか!! 貴様の料理など足元にも及ばん最高の大根料理を作ってやる!!」


「やばっ! 釣りは良いですから!!」


 銀貨を数枚叩きつけて逃げようとする。


「そこのウィリックがな!!」


 そう、こういう状況になったら何が何でも逃げれないのだ、悲しいかな。




「あの、はっきり言いますけど、僕関係ないですよ?」


 リーザンさんの取り巻き三人である黒服に連行されて、オーナーシェフであるランバニさんの目の前で喋っている。客の目が痛い。


「そぅは言っても……お前も料理を残したのだな」


「一刻も早く逃げたかったんですので」


 隠しても仕方がない。包み隠さず言う。


「このランバニの料理より逃げる方が大事だと」


「命よりゃ大事ですよそれは」


 ボコボコにされて捨てられてもおかしくないのだ。リーザンさん肝座ってんなあの人。


「そこな小僧の料理の腕はすごいぞ、そう……一週間、一週間もあれば」


「今急いでる旅なんで死んでもその時間は出しませんよ」


「……二日でこんな料理より良いものを食わせてやる」


 言いなおした、二日程度なら、義理がないわけでもないしな。今日は泊まるし。


「ほぉ、あっと驚く料理でも食わせてくれるのかね?」


 僕はため息を吐いて、ランバニさんに告げる。


「じゃあ分かりました。条件は明後日の夕刻。大根料理で勝負しましょう。条件はあっと言わせる美味しい料理で良いですね? 審査員は三人。一人はリーザンさんでもう一人は選んでください」


「もぉ一人は?」


 指を突きつけて適当な僕らの話を聞いていたおっさんを指さす。


「あの人で」


「へぇっ!?」


「……なるほど、テーブルマナーとタバコを吸わないことからあの方が審査員に向いてると瞬時に判断したのだな、構わないだろう」


 と、おっさんの心など関係なしに話は進んだ。おっさん、すまない。




「ではさっそく材料集めをしないとな」


「そんなもの明日の朝市で良いでしょう」


 僕はこれ見よがしにランバニさんに聞こえるようにそう言った。


「しかし、それでは」


「それより僕、人……いえ、ギルマンとペンギンを待たせてるんです。じゃあまた明日合いましょう」


 そう言って去っていった。


「ボス……」


 人相の悪いギャルソンが耳打ちをする。


「あぁ、やっといてくれ」


 ランバニはニヤリと笑った。




「なんだと、売れんとは、大根がこんなに並んでいるのに売れんとは、どういうことだーーーーっ!?」


「何もかにも、あんたらには絶対売るなって言われてて……」


 気の弱そうな商店主は謝るしかなかった。申し訳ないと思う。


「まぁまぁ、その辺でやめてあげましょう。リーザンさん」


「第一お前もお前だ、ウィリック。相手がこの手の工作を仕掛けてくることくらい百も承知だろう!?」


「はい、だから、ダイケルさんとサ・バーンさんたち、あとペンギンの知り合いには海に出てもらっています。とりあえず魚は手に入りますよ」


「魚があっても肝心の大根も、調味料すらなくてどうするんだっ!?」


「とりあえず、市場いっぱい回りましょう。その調子でバカ声上げ続けてくださいね?」


 僕は、ニヤリと笑った。





 夕刻、僕は宿屋に戻った。


「結局旅の肉屋が一軒見つかっただけか!」


「彼女は口こそ悪いですが腕の良い肉屋なのでありがたいです。来ていてくれたのは重畳ですね。肉無しでも行けたんですけど、これで万全です」


 肉は当日まで鮮度を保って届けてくれるらしい、至れり尽くせりだ。


「ただいま、ダイケルさん、首尾はどうです?」


「ああ、定置網もしかけたし、素潜りもできるよ」


 ペンギン組とギルマン組は布で体を拭いていた、あいつらは楽そうである。


「例の物は手に入りそうですか?」


「……ああ、鉄魚、だろう? そりゃあれは網を仕掛けりゃいくらでも手に入るけど、そんなものどうするんだい?」


 ダイケルさんは首を傾げる。ところで紙袋でどうやって素潜りするつもりなんだろう。最悪死にそうだけど。


「アレ、実は水っぽくてまずいけど粘りが出るんですよ」


「ギョまぼこ作っても勝てないだろう」


 ギョまぼこは魚のすり身を混ぜ合わせ蒸して作った料理である。まぁ、これがもうしょっちゅう食卓に上がるんで嫌いなお子様も多いはずだ。


「まぁ、見ててください、仕上げをしてきます」


「仕上げ?」


「人間、勝負って言うのはやる前に勝つもんです」


 僕はにやにや笑いながら宿を出た。




「どーも」


 僕はとりあえず近くにいたギャルソンに挨拶をした。前回見た時近くにいたからこいつは側近だろうと思っていたのだ。


「なんだなんだ、勝負なら明日だぞ」


「いえ、条件を指定するのを忘れまして。場所はここのオープンキッチンで良いとして観客は必要ですよね?」


 周辺の客を見渡す、昨日見たメンツとほぼ変わらない。ここは常連で持っている店のようだ。


「そんなこと聞いてないぞ!?」


「言ってませんから。あと、こちらで使った材料費はそちらにどう請求すれば良いかと思いまして」


「帰れ!! 殴り倒されたいのか!?」


「ここでは客に暴力を振るうんですか? 明日から客が来なくて文句を言わない店主なんてめったにいませんよ?」


 ごく稀にはいる。


「やめておけ、口で勝てない奴に喧嘩を売るなんて馬鹿のすることだ」


「話せる人が来ましたね?」


「わざわぁざ、このランバニに話を通さない理由は観客を味方につけるためか?」


「ここじゃなんですし、奥へ行きましょう。観客は明日の夕刻にはここに詰めかけますよ。見れなきゃ暴動起こりますよ?」


 そう言って笑った。ギャルソンは怒り心頭だった。




「で、何の話だね?」


 もったいないが礼儀なのでランバニの出したワインを断りつつ僕は切り出す。


「まぁ、まずは下世話ですがお金の話を。正直言いますが僕は今回、料理しても骨折れ損どころか仕入れの分普通に損するんですよ。補填してください」


「あの失礼な客に言いたまえ」


「あの人貧乏なんですよ。それとも勝負の場で『すいません、材料がないから負けです』って言いましょうか。暴動起こりますよ?」


 にやけた僕にランバニさんはため息をつく。おっさんを審査員に入れたのも、わざわざリーザンさんと市場で騒いだのもそのためだ。


「分かった。口で勝てない奴に言っても無駄だ、それはきちんと払おう。観客はそれを狙ってのものか」


「はい、あと、少なくとも大根下さい。腐ってなきゃどんなんでも良いんでメイン食材抜きじゃ勝負になりませんよ」


 ランバニさんは顔を顰めて言う。


「同じ理由ではくれてやらんぞ」


「では、あなたが市場に使った工作費全部パァになりますよ? 大分使ったでしょうし。戦わない相手に勝ったんじゃ勝負の意味ないでしょう? 最初っからそんなことするんなら僕を買収すりゃよかったんです。何の得にもなりゃしない」


「いや、口では敵わんな、今からでも受け取ってくれるか?」


 後ろ髪を引かれるが僕はここを突っぱねた。


「嫌です、ここでわざと負けたら、誰に何言われるか分からない。正々堂々とそちらのルール内でやりましょう? ああ、そう、それからお金くれるなら賞金下さい。オールオアナッシング、良いでしょ?」


「本当に口で敵わないな、詐欺師になると良い」


「良く言われます」


 これで仕上げは流々だ、後はやるだけ。





 というわけでスタートした。僕は助手にダイケルさんを。あちらは、料理もできるのかギャルソンを置いてる。


「しかし、こんなシナシナの大根で何をやるつもりだね?」


「昨日も言いましたけど、この手の工作はやればやるほど負けに近づくんですよ。物語ではそうだとか、そんな問題じゃ無く、もっと現実的な意味で」


 ちらりと相手を見る。なるほど、最高の海産物と最高の肉類で取ったコンソメで大根を煮るのか、なんかもったいないな。


「仕込みはこっちもしてましたが。パフォーマンスはしましょう。相手は料理勝負ってやつを分かってない」


 僕は、軽業師のように鉄魚をさばき派手に鉄板の上で包丁で叩くと次々ボウルに入れていった。鉄魚なら一時間に二千匹さばける。


 観客から歓声が沸いた。


「軽業では勝てんぞ」


 と、ランバニさんが言った気がするが、気にしない。


「ダイケルさんは大根をすりおろしてください」


「わかった!」


 着々と料理は進んでいった。




 料理の内容を逐一伝えてもつまらないだろう。だから、そこは全カットしていよいよ試食である。


「まずはランバニさんから、どうぞ」


「む、なぜ譲る」


「香りが命のコンソメなら先が有利でしょう? 紳士的に譲りますよ」


 口では勝てないことは分かっているランバニさんは頷くと料理を出す。


「ほぉ、これは、ポトフのようだが、それとは一線を画すようなこの香り……コンソメのようだが、隠し味に何か使っているな……東方のカツオブシか! このドゥベルゲング・リーザンには分かるぞ!」


「ほほ、意外に舌が肥えてますな」


 審査員のもう一人はご老人だ。


「私もこの歳では、もうあまり固いものは、ちょっと」


 おっさんも割と舌が肥えているようで、美味しく味わっている。普通なら勝つだろう。そう、普通なら。


「では、こっちはこれです」


「……蒸し大根かね? しかも一杯あるようだが」


 僕が出したのは、大皿一杯に作った白い蒸し大根だった。山盛りである。


「小さい大根を切って蒸したようだな……だが透明感がない、生煮えではないか?」


 僕は三人に先を促す。


「どうぞ、冷えますからお召し上がりください……いっそ手づかみでガブッと」


「固いのは、少しねぇ」


 三人は言われたままに大根に齧りつく。


『……!?』


 三人は驚く、そりゃ驚くだろう。


「あ、甘い!? 中に、ジューシーな肉の煮付けが入っている!?」


「こ、こっちは辛い!? 舌が焼けるようだ!! あ、だが旨い!! エビだ、エビの唐辛子炒めが入ってる!!」


「こ、こっちはウニじゃあ、熱いウニが溢れて来おった!?」


 ランバニさんは驚いて近寄ってくる。


「ば、馬鹿なことを言うな、あんな大根の中身にそんなもの入るわけないだろう!?」


「そりゃ、大根なら入りませんよ。僕らがいつパフォーマンスしたものを使うって言いましたか? 僕らは持って来て蒸しただけです」


「こ、これは、大根じゃない!?」


 リーザンさんが叫ぶ、あの人は本当に大声で助かる。


「これは……ギョまぼこだ!? しかもただのギョまぼこじゃない。上質な白身魚で作ってある!」


 そうである、これは大根に似せたギョまぼこである。作るのには大変苦労をするのだが、この驚きを見れば分かるだろう。


「そ、それは大根料理じゃないだろう!?」


 ランバニさんに答えたのはおっさんだ。


「い、いや、弾力の中にしゃきっとしたものを感じる。確かに大根の存在は感じる」


 ランバニさんは狼狽する。


「ど、どこで大根を手に入れた!?」


「そりゃ、外で探せば野生の大根位見つかりますよ。ここなんの街だと思ってるんですか。まぁ、大量に作るのは無理ですけど、歯ごたえくらいなら出せます」


「こ、これは全部中身が違うのかね?」


「ええ」


 ご老人に僕は笑顔で答える。してやったりだ。


「……ところで、美味しいと言えばあなたの料理は美味しいでしょうけど。今回はあっと驚く料理でしたよね? 観客の皆さん、どう思います?」


 聞くまでもない、審査員の言葉を待つまでもなく、僕は勝利した。




「じゃあ、これ、請求書ですね」


「……ずいぶん値が張るが、何の値段だね?」


「使った肉と、魚、エビ、ウニ、あとヘルペッパーと砂糖です。相手が手持ちで調味料を持ってない可能性を考えませんでしたね? すいませんが上等な砂糖は一杯持ってたんですよ。その分高くなったんですね」


 上等な砂糖は、何に使っても旨みを増大させる。特に甘みに慣れてない人には効果覿面だ。残念ながら切り札として使わせてもらった。


「ハーヴリルから来たんですよ、僕ら」


「あの街の砂糖か……なるほど、なら勝てんな」


 ランバニさんはがっくりと項垂れた。


「気を落とさないでください。レシピは差し上げますから」


 とランバニさんに紙片を渡す。


 これで彼の信用も回復できるだろう、三方良しだ。





「所でミスターウィリック」


「なんですか? ダイケルさん」


「どうしても不思議に思うところがあるのだが、我々は大根なんて取らなかったし、大根はどう蒸しても火が通って歯ごたえが残らないんじゃないかと思ってな」


 紙袋の頭を傾げるダイケルさんに僕はひそやかに笑った。


「そうですね、今頃頭を捻ってるんじゃないですか?」


「あ、さては何かしたな!?」


「はい、ばれないと良いですね。実は、あの歯ごたえの正体は、持ってきた干し貝柱と海藻によるものなので、あの料理に大根は、結局入ってないんですよ」


 あの料理はギョまぼこ嫌いの僕に師匠が開発したものだ、当時は美味しくて食べたのだが、長旅で再発してしまった。当然渡したレシピは僕が書き変えたものだ。師匠ゴメン。


「ああ! やったなミスターウィリック!!」


 叫ぶダイケルさんに僕は笑う。


「そりゃそうですよ。口で勝てない相手に勝負を挑もうなんて百年早いんです。さぁ、次の街についたら肉食べましょう、肉!」


 ダイケルさんは、大笑いする僕の空恐ろしさに、しばらく一歩引いたのだという。




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