六十話 真鯛とペンギンと珍道中
「はぁ、どうしてこういうことになったんでしょうねぇ」
「だなぁ」
現在の旅は二人と四匹である。
「サ・バーンさんは分かるんですがなんでそこの真鯛くっついてきてるんですか」
「マダインです」
「名前を聞いてるわけじゃないんですよ」
このギルマン無一文で、自分の体で出汁を取る以外の特技は無いのでひたすら迷惑だ。
あと以前のおかしな口調、アレ演技だったんだな。
「そして、なんで一緒にいるんですか、ダディ。そしてその息子」
「コペンだ」
「名前を聞いているわけじゃないんですよ」
「行先が一緒なのだから仕方ないだろう。しばらく共に旅しよう」
「船旅だったんじゃないんですか?」
「あまり深いことを気にするな」
「なんで、その短い脚の歩幅で僕らと同じ速度で歩けるんですか」
「あまり深いことを気にするな」
「お子さん転んでますよ」
「コペーンッ!!」
まったく、なんだかんだで疲れる。
「野宿か」
ダディの言葉にダイケルさんが頷く。
「いつもいつもタイミングよく宿場には着けないからね、ギルマンは寝ないけど」
もうすでに魔法のコンロの炎でヒートアップを始める二人。うるさい。
「前の街で耳栓買って来て良かったですね。辛うじて眠れるでしょう。目を開けると面白いですが」
「夕飯はどうするのだね?」
「とりあえずはこいつで」
僕は海藻の塊と魚の干物を取り出した。海藻は戻しても栄養価が失われにくいのでまぁ多少はマシだ。生魚か野菜が欲しいが贅沢は言えない。
手早く海藻を削ってスープにし、魚の干物を焼き始める。調味料には魚醤と、少々のレッドペッパーを使った。
「手際が良いな」
「料理人なので」
ダディさんに言いながら、持ってたパノミーを軽くあっためる。温かいほうが美味しい。
「……で、それは何なんです?」
食後、ダディさんが黒光りする鉄の物体を磨いている。見たことがない。
「これか? これは拳銃だ」
「へぇ、銃ですか!? 僕は中央で一回見たことがありますけど、ずいぶん違うんですね!?」
中央のは、もっと長かった気がする。ペンギンは極寒の地で謎のテクノロジーを持っていると聞くが、噂は本当だったのか。
「そう、この中に六発入っている」
「六発も。しかし前から思ってたんですが、その小ささでよく人死にが出ますね。矢よりも大分小さい」
ダディさんの横に置いてある弾丸を見て言う。ところで火薬はどこに持ってるんだろう。
「物凄い速度が出るんだ。こんな感じでな」
続く轟音、岩に小さな穴が開く。なるほどあれは頭に当たったら砕けそうだ。
「普段は死人が出ないようにゴムの弾薬を使うが」
「いえ、そうじゃなくって、どうするんですか。ギルマン逃げましたよ」
ギルマンは音に弱い。だばだば逃げ出すギルマン達。もう追えない。
ダディさんは煙草に火をつけた。
このペンギン結構トラブルメイカーだな。
一方そのころ。ウィリックたちを追う影があった。
「一度見失ったと思ったが、どうやら師匠に追いついたようじゃの」
ジジムムである。
「というか、なんで追うんだい。ジジムムの旦那、こっちはあの悪夢みたいな街から出る旅費を出してもらえて助かるけどよ」
詐欺師のスミスである。
(何とか隙を見て逃げられねぇかな? でも一文無しきついな)
と思っている。ジジムムの財布が危ない。
「うむ、ザンド白影真流の奥義に『勝ち逃げ』と言うものがある。勝利したらスパッと逃げ、そのまま行方をくらまし、相手の弱さと自分の強さを吹聴して回る奥義だ」
「ろ、ろくな流派じゃないな、旦那の流派」
「そのようなこと、このジジムムが許すはずもない。何としても師匠を倒しこちらが勝ち逃げするのだ! ふははははは!!」
(これは早く金をゲットして逃げないとひどい目に合うな)
スミスは本能的にそう思った。そして、いま逃げることを決断しないのが彼の甘さでもある。
「とりあえず、使うならあの鯛だな」
「お主本人が行った方が騙しやすいのではないか?」
「あのな、俺は面が割れてるっての。変装してもウィリックの野郎は変に勘と知恵が回るからすげぇばれる。俺より詐欺師に向いてるんじゃないかってくらいだ」
「なるほど、手の内が知られてるのではだまし討ちは無理だな」
スミスは掌を出す。
「どうした?」
ジジムムは握手をする。
「そうじゃねぇよっ!? ちょっと工作してくるから金をくれ。ギルマンは買収しやすい」
「そうか、ならこれを」
と言って財布を渡す、なかなかの重さだ。
「気前がいいね」
「それほどでもない」
「んじゃあちょっくら行ってくるぜ、ギルマン足速いからな」
言うとスミスは走り出した。
(しめしめ、このまま逃げてやってもいいが、あとで会った時が怖いから指定の場所にウィリックが行くよう小細工はしておくか。あの爺さん騙したら後が怖そうだしな)
案外真鯛は近くにいた。まっすぐ走りすぎて崖にぶつかり気絶していたのだ。
「手間がかかるのかかからねぇのか。おい、真鯛、起きろ、真鯛」
「はっ、私はマダイン」
「自己紹介は良いから、マダインさんよ」
マダインは首(?)を振って瓦礫を払う。
「助けていただいてありがとうございます。お礼に何でも致します」
「話が早すぎねぇ?」
「何の話ですか?」
スミスは慌てて手を握って答える。
「いや、なんでもない、俺は命の恩人だ、さっそく」
「さっそく?」
そこでスミスはいったん固まる。
「……いや、金をくれると嬉しいかなって」
「すいません、私は金を持ってないんです」
スミスは変な顔をして言った。
「何でもするって言わなかった?」
「私にできることなら何でもで」
スミスは何か嫌な予感がしつつ言う。
「じゃあ、何ができるのよ」
「……私の体を出汁にして飯を炊くのが得意です」
「伝言を頼む」
あっさりとスミスは折れた。
「おう、戻ったか」
スミスは、なんと素直に戻ってきた、物凄い渋い顔をしている。
「旦那、なんだよこれ」
財布を開けるとそこにはザラッと大量の鉄貨が入っていた。
「何って、金じゃが」
「ガキの駄賃じゃねぇんだからさ!? 数が多ければ良いってもんじゃねぇよ!?」
「というか、ワシ、今それが全財産じゃ。まぁ、そのうち金は入るじゃろう」
「付いてくる人間ミスった―――――!!!」
スミス魂の慟哭であった。
「さて、現れるだろうか」
「ちっきしょう、早く片付けて街へ行こうぜ、もしくはウィリック片付けて金を奪おうぜ」
スミスはやたら物騒になっていた。まぁ、自分は喧嘩はからきしなので手を出すつもりはないが。
ぺた、ぺた、ぺたぺた。と歩いてくる音がする。
「来おったか、尋常に勝負……」
「マイサンに手を出すとは……命知らずなやつだ」
じゃきんと二丁の拳銃を突きつけるペンギン。
ダディである。
「誰だお前は――――っ!?」
「ダディだ!!」
「名前を聞いておるわけではないわー!」
「あの真鯛一体誰に何を伝えたんだーーーーっ!!」
徹底的に人選……ギルマン選を誤るとこうなる。という見本であった。
この後彼らはサ・バーンの手によって命からがら助けられ最寄りの街の病院で過ごすことになる。
「どうした、ミスターウィリック」
「いえ……窮地を何者かに助けられた気がして」
素泊まり宿で米を洗いながらウィリックは答える。
「米か、風呂に入るか?」
「要りませんよ。マダインさん」
彼らは今日知らずに順調であった。